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エピローグ 予言の成就?

 別棟の空間があれこれとつなぎ直され、草原部屋はなくなった。晴れの日が増えてきて、偽りの青空は必要なくなったのだ。


 オリーヴは洗濯物を干し終わると、階段を上って外廊下をぐるりとたどっていった。厨房のある方へ回ると、裏庭でエドラがトカゲ頭の人物と話をしている。野菜を持ってくる農民だ。話が弾んでいるのか、笑い声が聞こえる。


 やがて農民は帰って行き、エドラが彼女の方にやってきた。

「あら王妃様、見てたですか?」

「ごめんなさい、あたし、エドラさんがクリーチィ以外の人と仲良く話してるの初めて見たから、何となく……」

 オリーヴが肩をすくめると、エドラはにっこり笑った。

「仲良くする、いいことですネ!」

 そして、続ける。

「エドラ、王様は誰でもいいと思ってた。でも、王様と王妃様が仲良くしてて、特別な人っていうの、いいなと思ったですヨ。力が変わっちゃうくらいなんて、すごいですネ!」


 オリーヴは顔を赤らめた。

 バルジオーザとオリーヴとの間に子どもが「生まれ」て以来、バルジオーザの力は幸福感まで一緒に、イドラーバの民に届けている。言葉よりも雄弁なそれのおかげで、民は身体で実感しているのだ。一人と一人のつながりが、このように大きな力を生むのだ、と。角のない民にも、その感覚だけは伝わっているらしい。

 今まで、愛し合うことは身体のつながりの結果でしかないと思っていた民が、少しずつ考えを変えてきている。エドラのように。

 もちろん、今まで欲望優先で暮らしてきた人々なので、一対一の付き合いはそれなりに問題も起こり、なかなか難しいようではあった。


「そうかな、すごいかな……」

 オリーヴが答えると、エドラは両手で頬を抑えて言った。

「すごいですヨ! エドラも、王様と王妃様みたいな相手、欲しいですネー」

(……何だかこっちが恥ずかしくなっちゃうんだけど、まあ、いいのかな。これで)

 オリーヴは微笑む。

 これが普通になれば、生活が変わる。人と人が大事にし合うようになれば、死んでもいいから戦いに行きたい、という気持ちにも変化が訪れるかもしれない。バルジオーザも、フォッティニアに行こうというそぶりは見せなくなっていた。

 ふと、オリーヴはあることに気づいた。

(……これで、もしかして、「フォッティニアの敵が滅びた」ことになるのかな。……まさか、ね)


「かーたま」

 高い声がして、小さなものがオリーヴのスカートにぶつかってきた。

「姫」

 オリーヴはしゃがみこみ、姫──彼女は未だに信じられず、ぎこちない可愛がり方しかできないでいるのだが、バルジオーザとオリーヴの娘──と視線の高さを合わせる。

「どうしたの?」

「ひめ、おなかちゅいた」

 姫は腹をぽんぽんとたたく。角があるため、本当の意味では空腹ではないのだろうが、何か食べたいという合図だ。

 その可愛らしい仕草に、オリーヴは頬をほころばせてうなずいた。

「じゃあ、エドラさんにお願いしようか。ギルフさんは? 一緒に遊んでたんじゃないの?」

「ぎうふであそんでたー。ぎうふ、つかれたって」

(……ギルフ「で」遊んでたんだ)

 思わず笑ってしまいながら、オリーヴは姫がエドラに「おやつ、くだちゃい」というのを見守る。エドラは「はいヨ!」と快く、姫の手を引いて連れて行った。


「さて、お店の準備をしなきゃ」

 オリーヴは外廊下の一番端まで歩いた。そこには扉がひとつある。イドラーバ南部の、とある町につながる扉だ。


 オリーヴはその町で、染み抜き屋を開くことになった。今、この扉の向こうにある空き家を、店に改築しているところだ。

 

「……あの土が取れる場所、バルジオーザに教えようかな」

 立ち止まった彼女は、独り言を言う。

 オリーヴが彼女の母親から受け継いだ、汚れ落としの土。それが採れる場所は、誰にも教えたことはなかったのだが、フォッティニアの土がイドラーバの人々の服やテーブルクロスの染みを落とすということが、オリーヴにとっては何だかとてもいいことのような気がしたのだ。

(あたしが、この国の色を変えていくような、そんな気がして……)


「オリーヴ」

 名前を呼ばれ、物思いに沈んでいたオリーヴは振り返る。

 バルジオーザが、おやつを食べ終えた姫を腕に乗せて、こちらにやってくるところだった。

「オリーヴ、姫が、今日は三人で入浴しないかと言っておるぞ! 姫がな!」


 子どもを使う卑怯な手に、オリーヴは呆れる。

(姫が生まれたあの瞬間は、そりゃ……バルジオーザをちょっとは愛おしいと思ってたけど……でも! 今もそうとは限らないんだからねっ!)

 どう入浴の件を言いくるめるか考えつつ、オリーヴは苦笑しながら二人を待った。


 バルジオーザは足を止めない。以前のように、遠くから見つめることなどしない。

 愛した人に愛されたという初めての経験に、彼は幸せを感じていた。そして、王妃の望むことを早く叶えてやろうと、怪我が治ってすぐに染み抜き屋の話を具体化することにしたのだ。


「オリーヴ様に店を持たせる? はあ。いいんじゃないですか」

 バルジオーザに準備を命じられた時、オリーヴに興味のないギルフは淡々と答えた。

「フォッティニアの貴族なんかは、愛人に店を持たせたりするらしいですしね」

 彼はギルフをにらんだ。

「愛人などと同列にするなっ! 別に王妃が店をやっても構わんだろう。 おい、ユスティムの町に、店をやれそうな物件を探せっ」


 ユスティムはフォッティニア南部の町で、角を持たない住民が多い。オリーヴはおそらく、客に角がない方が怖がらないだろう、と彼は考えた。

 また、ユスティムは道路の整備が済んでいないので、住民は服の裾を泥で汚しがちだ。優秀な染み抜き屋が必要に違いない。


「本当に、男のお客と『間違い』がないように、あたしを見張るわけ? 王様の仕事はいいの?」

 ある日バルジオーザは、昼食の時にオリーヴにこう聞かれた。今では二人は、昼食もよく共にする。

 彼は顔をしかめた。

 本当はずっとオリーヴと共にいたいのだが、それなりに国王の仕事もある。特に、イドラーバは気候が安定していないため、配下が常に見回って天災による被害の報告を上げてくる。最近めっきり減りはしたが、なくなった訳ではないので、早めに対処しなくてはならない。

「開店時間を短めにしろっ。我はその間だけ店にいる。時間が来たら、町から空間を切り離すぞっ」

 仕方なく彼はそう言った。オリーヴは軽く肩をすくめることで応えた。


「……ところでオリーヴ」

 バルジオーザは咳払いをし、続ける。

「そろそろ、寝室も共にしても良いのではないかと、我は思うのだが」

「あたしは別に思いませんけど」

 即座に答えが返ってきた。

「うぐっ」

 バルジオーザが詰まっていると、オリーヴはテーブルに目をやり、少し口ごもりながら言った。

「こうして、前よりずっと近くで、一緒に食事してるじゃない……」

 二人は今、テーブルの角に、斜め向かいに座っていた。手を伸ばせば届く距離だ。バルジオーザはそわそわしながら言う。

「本当は、今すぐお前を膝に乗せて口づけしたいくらいだっ」

「うわ……あの、恥ずかしいから」

 額に手をやり、ため息をつくオリーヴ。そんな様子も、バルジオーザは可愛く感じられてたまらない。


(しかし急に距離を縮めては、オリーヴは恥じらって嫌がるだろう。当然だ、ガーヌで男とつき合ったことはないわけだからな! 我が初めての恋人であり夫なのだからな!)

 恋の駆け引きというものをしなくてはならない――そうバルジオーザは考える。そしてそれも、オリーヴとなら楽しいのだった。

(我は自制を学んだ。もう少しだけなら待てる。もう少しだけな! 明日くらいまでな!)

 しかし、オリーヴには共に入浴するのも断られている。どんな触れあいなら断られずに済むだろう、と思ったバルジオーザは、こう提案した。


「では、それを一口我によこせ」

 オリーヴは彼の顔と自分の皿を見比べた。

「え? この果物?」

「そうだ。よこせ」

 バルジオーザはガパッと口を開ける。

 うへえ、などとオリーヴは声を上げたが、仕方なさそうに丸くくり抜かれた果物をスプーンですくい、彼の口に運んだ。

「うまい……たまらん……これで三回はイける……」

 彼が陶然としていると、オリーヴは顔をしかめた。


 そこへ、高い声が飛び込んできた。

「とーたま! かーたま!」

 開け放したままの扉から、よちよちと姫が入ってくる。彼女は、クリーチィの縫った小さな赤のドレスを着ていた。クリーチィは姫のため、レースとリボン満載のドレスを何着も、嬉々として作り続けている。

 姫は食事の必要がないため、ギルフを従えては城のあちこちで遊びまわる日々を送っていた。

「おにわ! いく!」

 姫の誘いに、オリーヴが立ち上がった。

「うん、えっと、母……さんと一緒に、行こうか」

 まだ実感が湧かないながらも、彼女は自分のことを姫の「母」と呼んでいた。

(良い。良いぞ。何しろ「父」は我だからな!)

 バルジオーザは嬉しくなって、立ち上がる。

「『父』も行くぞ!」

 姫はオリーヴと手をつないでいたが、彼を見て嬉しそうに笑い、もう片方の手を伸ばした。二人の「愛の結晶」の手を、バルジオーザは軽く握ってやる。


 バルジオーザとオリーヴの間に、手をつないだ姫がいる。このくらいの距離が、今の夫婦の距離だ。少々顔を寄せれば、口づけることもできる距離。

(口づけたら、オリーヴはどんな顔をするだろう? 必ず近いうちに……できれば明日までに、あと一歩のこの距離を埋めてみせる)

 誓いを新たにしたバルジオーザがオリーヴを見つめると、彼女は目を反らしてしまった。それを恥じらいと見て、バルジオーザは機嫌良く姫の手を引くと、庭に向かって歩き出した。


 オリーヴの横顔を見ながら、バルジオーザは思い描く。明日、夕食の後で、彼が彼女を食堂のバルコニーに誘う場面を。

 オリーヴを腕に抱き、バルジオーザは夜空へと飛び立つ。

 意識のある時に空を飛ぶのは、オリーヴは初めてのことになるはずだ。最初は驚き怯えるかもしれないが、彼の首にしっかりしがみついていれば、そのうち落ち着くだろう。そして、イドラーバで一番大きな町の灯りに目を見張り、夜空の溢れんばかりの星に目を見張る。城にも盛大に篝火を焚かせれば、彼女は感嘆の声を上げるだろう。


 そしてバルジオーザは、オリーヴの耳に口を寄せ、こうささやく。

「お前は、この景色より美しい」

と。

 恥じらいつつも、オリーヴは彼の腕から逃げ出すわけにもいかない。彼がささやき続ける愛の言葉を聞くうちに、いつしか身体の力を抜き……

(そして、我はオリーヴを、我の寝室に連れ帰る。計画は完璧だ!)

 

「バルジオーザ」

 声がして、バルジオーザはようやく妄想の世界から帰ってきた。

「ななな何だっ」

 彼が答えると、オリーヴがいぶかしげな顔で言う。

「なんか、翼が出てるけど」

(しまった、明日の夜のことを予習していたら、うっかり翼も出してしまった)

 バルジオーザは急いで黒い翼をしまう。

 その様子を見ていたオリーヴが、言った。

「……前から思ってたんだけど、あの……」

「ん?」

 彼が首を傾げると、オリーヴはわずかに頬を染め、視線を逸らす。

「いいな、って……あたしも一度くらい、飛べたらなって」

「ゆっ」

 あわててしゃべり出そうとして舌を噛みながら、バルジオーザは言った。

「夕食の後で、どうだ! 我が、夜空の散歩に連れて行ってやる!」

「……うん」

 オリーヴは微笑み、うなずいた。

「じゃあ、夕食の後、姫が寝たら……どこで、待ち合わせる?」 


 

【魔王と花嫁のディスタンス 完】

次の後日談で完結になります。

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