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23 今までと違う視線

 さっきまで笑っていたオリーヴが表情を曇らせたので、バルジオーザはもっと彼女を笑わせたいと、次の言葉を探す。

(店だ。店の話をもう少し)

 オリーヴが店をやるのにふさわしい場所はギルフに探させるとして、彼女を一人で自由に町に出すわけにはいかない。宣伝担当の者が必要だ、と、バルジオーザは考えながら言った。

「『王妃の染み抜き屋』となれば、興味を持つ者も多いだろうな」


 オリーヴは目を見開き、焦った様子で言った。

「ちょ、待って待って!? 王妃が店をやる、っていう風に宣伝するつもり!?」

「もちろんだとも。こればかりはハッキリさせておく」

 バルジオーザは言い切る。

「オリーヴ、ガーヌとは違うのだぞ。お前のように美しいひとり身の女が店を開けば、余計な男が寄ってくる。お前は我のもの、オリーヴは王妃だと、最初から知らしめておかねばならぬ!」


「あなたがあたしを大事に扱ってくれてるのはわかってる、でも……あたし、王妃みたいな身分なんて」

 オリーヴは眉をひそめ、首を横に振った。

 その言葉を聞いて、彼は気づいた。

 オリーヴが考えている『王妃』と、バルジオーザの考えている『王妃』とは、少々違っているのではないか、と。


「政略結婚、という言葉を知っているか?」

 バルジオーザが言うと、オリーヴはひるんで彼を見つめた。

「え……な、何となくは。国の思惑の絡んだ結婚のことよね」

「うむ。そしてその形の結婚では、敵国の女を娶るのは珍しいことではない。人質としての役割を果たすし、故郷に情報を流すなどの有利をもたらすこともあるからな。……我がお前を急に連れ去ったために、フォッティニアではお前がひどい目に遭っていると思っている者もいるだろう」

 戦場で会った金髪の軍人を思い出しながら、バルジオーザは続ける。

「しかし、政略結婚によりフォッティニアのオリーヴがイドラーバの王妃になった……となれば、どうだ。フォッティニアの人々は、いつか子を生むかもしれないお前を生け贄として差し出したような気分になり、お前に大きな負担がかかっていることを申し訳なく思う分、お前に幸せになって欲しいと願うのではないか? 少々贅沢したところで、むしろフォッティニアの者どもの罪悪感を薄める結果になる」


 オリーヴは戸惑って、視線をさまよわせた。その様子が少なくとも辛そうではなかったため、バルジオーザは安堵する。


 今までは、フォッティニアの民がオリーヴの事やイドラーバをどう思っていようが、彼は気にしていなかった。しかし、オリーヴと触れ合ううちに、彼は少しずつ変わりつつあった。オリーヴの心が安らぐなら、フォッティニアの民の心情も慮ってやろう――そんな風に。

「お前は、自分が楽に暮らせるよう、好きにやって良いのだ。それだけの役目を、お前は果たしている」

 こんな説得でオリーヴが納得するかどうかは、彼には分からない。

(しかしせめて、この城で暮らすことを辛いと思わなくなり、逃げ出そうとしなくなると良いのだが)

 オリーヴを見つめ、バルジオーザはもう一度、繰り返した。

「お前は、我が妃だ」

 

 その直後、バルジオーザは息を呑んだ。

 オリーヴの瞳が、ふと、潤んだのだ。


「や……やだな、こんなのおかしい」

 彼女は、手のひらで口元を隠しながら、声を震わせた。頬が薄紅色に染まっている。

「ずっと、嫌だったのに。逃げようとしてたのに。好きだって言われて、ここで暮らしてもいいんだって言われて、だんだん……でも、王妃っていうのが、どうしても気になってて……それも、今」

 ぎゅっ、とオリーヴが目を閉じると、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。その美しさに、バルジオーザは吸い寄せられるように一歩、近づいた。

 オリーヴの唇から、涙と共に言葉も、こぼれ落ちる。

「このままでいいのが、嬉しいなんて……」

 おずおずと顔を上げ、もう一度彼を見つめる、深い緑の瞳。


「オリーヴ」


 バルジオーザは、手を伸ばした。

 肩をつかむと、オリーヴが一瞬身体をすくませて、目を見開いた。小さく開く唇は蜜をたたえた花のようで、バルジオーザを誘う。


 バルジオーザは、パッと彼女の肩から手を放した。

「……っ、お前は我が子に父親を殺させたくないのだろうっ! あまり我を誘惑しすぎぬよう気をつけることだな!!」

 すぐに踵を返しながら、言う。

「しばらく留守にする、店のことは考えておけっ」

「こ、今度はどこに行くの」

 オリーヴの戸惑った声が、バルジオーザの背中を追う。彼はそれには答えず、中庭から草原部屋を抜けて廊下に出た。翼を広げ、窓から外へ飛び立つ。

 

(何だ?)

 服の胸元を握り締め、バルジオーザはうめいた。オリーヴが彼を見つめた視線が、今までと違うような気がしたのだ。

(あんな目で見つめられて、正気でいられる者などいるだろうかっ!? いや、我は正気でいなくてはならないのだ。子ができれば、我にとってもオリーヴにとっても良いことにはならないのだからな! しかし、次にまたあの目で見つめられたら、もう……!)


「陛下?」

 見回りから戻ったらしいギルフが、並んで飛びながら声をかけてきた。

「どうかなさいましたか」

「黒枯の森に行ってくる」

 バルジオーザは早口に答えた。

「本当ならフォッティニアで発散したいところだが、あそこで戦うとオリーヴが泣く。フォッティニア以外で、我が戦える場所は森しかない」

「しかし」

 黒い犬頭の彼が目を見開き、耳を伏せ、珍しく驚きと恐れの感情を表す。

「あそこは、われら程度の者ではお供できません。お一人で行かれるつもりですか」

「無論だ。一度くらい、我が力を試したいと思っていた」

 胸の奥の衝動を抑え込みながら、バルジオーザは低く笑って見せる。

「オリーヴは別棟から出られぬようにして行く。留守を頼んだ」

 そしてギルフを置き去りにして、ぐん、と翼をはためかせた。身体が上昇し、加速していく。


 黒枯の森は、イドラーバの民の故郷だった。始祖の一族が、今も住まう地である。

 イドラーバの民の祖先は、その一族とかつて袂を分かった。


 その末梢のバルジオーザが森に戻れば、一族は遠慮なく彼を追い返そうと立ち向かって来る。当然、戦いになるだろう。そして、血の濃い王族であるバルジオーザでも、その攻撃に耐えられるかどうかはわからなかった。

 始祖の一族が満足できるような強さを見せることができなければ、恥と思われ、叩きのめされて死ぬかもしれない。しかし、今の彼にはその厳しさが必要だった。


(オリーヴにあの瞳で見つめられて浮かれれば、彼女をも不幸にする。我は、そんな王であってはならぬのだ)

 バルジオーザは全速力で飛びながら、決意を固める。

(これも、王の試練だ!)

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