19 告白
一方、オリーヴと同じ建物に暮らし、その存在を間近に感じながら暮らすうちに、バルジオーザは彼女への想いをどんどん募らせていた。
もうフォッティニアの服装などさせない、とばかりに、フォッティニアの民に新しいドレスを何着も作らせ、クリーチィを通じて彼女に贈る。
ある日の夜、オリーヴはそのうちの一着を身につけて、食堂に現れた。
光沢のある薄紅色の胸当てとスカートに、透ける白の長いベスト。そして、瞳の色に合わせた深い緑の長い帯を前で結び、長く垂らしている。
(黒も似合うが、華やかな色も似合う……我のオリーヴは、何を着ても美しい)
バルジオーザは陶然としながら、彼女がテーブルにつくのを見つめた。
給仕が始まり、彼は言う。
「今日の食事は、半分がイドラーバの食材だ。だいぶイドラーバに染まってきたな」
この言葉を聞けば、オリーヴは彼を疎ましく思うかもしれないが、二人が近づきすぎるよりはいいとバルジオーザは思ったのだ。
その時、オリーヴがためらいがちに言った。
「……あの……」
「何だ」
「少し、お話を、したいんだけど」
「好きに話すがいい」
「そうじゃなくて」
オリーヴはうつむく。
「あの……他の人には、聞かれたくない話」
(ふ)
バルジオーザは、固まった。
(ふ、二人きりで、ということか!?)
「……後で、寝る前に、廊下の暖炉のところで待ってるから」
そう言うと、オリーヴはもくもくと食事を始めた。
(「待 っ て る か ら」)
バルジオーザの頭の中で、オリーヴの言葉が木霊する。
(これは……噂に聞く、「待ち合わせ」というものではないだろうか!?)
彼はイドラーバの王であり、誰かと会うときは呼びつけるか、勝手に押し掛けるかしていた。待ち合わせなど、したことがない。
背中に緊張が走るのを自覚し、バルジオーザは気持ちを立て直す。ただ単に、食事が終わって少ししたら廊下の暖炉のところでオリーヴに会う、それだけのことに緊張する必要などないはずだった。彼女は彼の妃であり、すでにこうしてともに食事をする仲なのだ。
しかし結局、バルジオーザは夕食を食べる気がなくなり、オリーヴを見つめながらひたすら「待ち合わせ」のことを考えていた。
三階の廊下は、しん、と静まりかえっている。風や雷鳴さえ、今夜は息をひそめているかのようだ。
カチャッ、と扉の開く音が響き、オリーヴが廊下に出てきた。
ドレス姿のままのオリーヴは、物憂げな表情をしている。その立ち姿に、ランプの灯りが陰影をつけ、神話の女神のように幻想的に浮かび上がらせた。
暖炉から少し離れた柱にもたれていたバルジオーザは、腕組みをしたまま言った。
「我と『待ち合わせ』とは、いい度胸だな」
本当は、「我を呼び出すとはいい度胸だな」と言おうとしていたのに、頭の中で「待ち合わせ」「待ち合わせ」と唱えていたためにこう言ってしまったバルジオーザである。
「…………」
オリーヴはバルジオーザをじっと見つめると、彼の方へ近づいてきた。
「座れ」
彼はオリーヴが暖炉の前にさしかかったところで、命じる。オリーヴは軽く首を傾げた。
「あなたは?」
「我のことは良い」
バルジオーザが答えると、彼女はドレスの裾を慣れない仕草で摘みながら、ソファに腰を下ろした。そして、離れたところにいる彼を見る。
「あの……今、あたしとあなたの他に、話を聞いている人はいない?」
彼女の仕草や視線の一つ一つに見とれつつも、バルジオーザは辺りに意識を張り巡らせた。今、この別棟には、彼と彼女の二人だけである。
「おらん」
「じゃあ、言うけど、あの」
オリーヴはバルジオーザから目を離さないまま、こくり、と喉を鳴らしてから言った。
「予言が、あったんだってね。あたしが生む子がイドラーバを滅ぼす、みたいな予言が」
バルジオーザは、頭の中が一瞬真っ白になるのを感じた。
直後、かっ、と彼の全身が熱くなる。
「お前は、予言のことなど知らなかったはずだ! 誰が教えた!? ギルフから聞いたのかっ」
ぐわっ、と翼を広げてギルフを捜しに行こうとすると、オリーヴは中腰になってあわてた様子で止めた。
「ち、違う。この間、逃げようとしたときに、図書室を通って、その時に初めて知ったの。本で」
「本だと!?」
図書室に、予言を勝手に記録する『予言録』があるのは、バルジオーザも知っている。しかし、どの本が『予言録』かなどオリーヴは知らないはずだった。
焦りと苛立ちと心配を押し隠しながら、彼は問いつめる。
「逃げようとしている時に、自分が予言に出てきたことも知らず、わざわざその一冊を探し出したのか? あの大量の本の中から?」
「呼ばれたの、本に。あの、うまく説明できないんだけど」
オリーヴは座り直しながら、たどたどしく言う。
「本たちが、まるでひそひそ、噂話をしてるみたいだった。その中から、オリーヴ、って声がして」
「『予言録』がわざわざ教えたのかっ。あの本め、予言の本人が来るなどと言う珍事に、浮かれおったな……!?」
バルジオーザはギリギリと歯を鳴らした。
逆に、オリーヴは落ち着きを取り戻した様子で言う。
「ギルフさんはやっぱり、予言を知ってるのね? ……確か、『フォッティニア王国ガーヌの町に住む乙女、名をオリーヴ。彼女が生む子は、フォッティニアの敵を滅ぼすであろう』……だった」
彼女の記憶は正確だった。
バルジオーザは翼を納め、心を落ち着けようとしながら威圧的に答えた。
「予言を知ったからとて、どうする」
「どうする、って」
オリーヴは一度視線を膝に落とし、両手の指を絡めた。
「知って、色々考えて、疑問が解けたなって……。例えば、あなたがなぜあたしを、ここに連れてきたのか」
どくん、と、バルジオーザの心臓が脈打つ。
(何を言い出すのだ、オリーヴは……)
彼女のふっくらした唇が、動く。
「普通なら、あたしを殺すはず。ガーヌに来たのは、殺すためでしょ? でも殺さなかった。女なんていくらでもいるのに、よりによって一番生かしておいちゃいけない女を、王妃に選んで。ずっとあたしを見てる。どうしてかなって、考えた」
オリーヴは顔を上げ、バルジオーザの目を見つめた。
「予想が違ってたら恥ずかしい、って一瞬思ったけど、あたしをさらったあなた相手に恥じらってる場合でもないし、言うわ」
そう言いながらも、彼女の唇はためらい、視線は揺れる。しかしとうとう、オリーヴは思い切ったように言った。
「あなたは、あたしを……すき、に、なったの? だから殺さないの?」
バルジオーザの角から力がピーッと吹き出し、廊下の壷が一つ、割れた。
「……な……なに、を」
彼は、言葉を詰まらせる。
オリーヴが予言のことを知ったらどういう行動に出るだろうか、ということは、バルジオーザも考えていた。彼でも誰でも良いから、とにかく誰かとの間に子を作ることを望むだろう、と。
しかし、面と向かって、「あたしをすきになったの?」などと聞かれるとは、彼の想像をはるかに超えていた。
唇を引き結び、バルジオーザの返事を待っているオリーヴ。
決意の表情の彼女は、凛として美しく、そして可愛らしかった。バルジオーザから本心を、引き出してしまうほどに。
「そうだ。好きだ」
つい、口をついて出た。
はっ、と、オリーヴが目を見開く。
バルジオーザは、一瞬、時間が止まったと思った。
ソファに腰かけた自分たちを、客観的に見つめているような気分になる。それほど、自分がその言葉を口にしたということに呆然としていた。
今まで「気に入った女」程度の扱いをしつつ、さんざん威圧してきたオリーヴは、彼の本心を信じるだろうか――信じたその時、何かが変わるのだろうか。