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18 もどかしい気持ち

 朝食を食べながら、オリーヴは扉越しに聞こえてくる物音に顔をしかめ、ため息をついた。城は石造りで、廊下は暖炉の前あたりにしか絨毯が敷かれていないため、端的にいってバルジオーザの足音がうるさいのだ。

(何をうろうろ歩き回ってるんだろう。あたしをさらって来る前から、こんなに落ち着かない性格だったのかな)


 しかし、一緒に暮らしたいと言い出したのはオリーヴである。それには理由があった。

 離れて暮らしている限り、状況はなかなか変わらない。そのまま二百年を過ごすなど、言語道断である。しかし近くにいれば、バルジオーザはますます彼女を好きになるかもしれない。その一方で、早く彼女に飽きるかもしれない。

 事態が変わるのが(・・・・・・・・)早くなる(・・・・)のではないかと、オリーヴは思ったのだ。

 

 食事を終えたオリーヴは、洗濯するものを探すために廊下に出た。バルジオーザは部屋に戻ったのか、姿が見えない。

 現在、下の階へと通じる階段はなくなっており、窓の外にも庭は見えない。バルジオーザが空間を操っているためだが、この魔法のような効果は本人が城にいなくとも続く。ただ先日は、彼が空間をしっかり保持しないまま城を飛び出してしまったため、効果が弱く、時間が経って元に戻ってしまったということらしい。


 歩きながら、彼女は寝込んでいたときのことを思い出していた。

 見舞いにきたエドラは、

「王様、あわてて出かけて、お城をちゃんとしておくの忘れたネ。しばらくしたら元に戻っちゃったのヨ。おかげで、オリーヴ様、危ない目に遭った! うかつ!!」

と言って怒った。

 寝台にいたオリーヴは天井を見つめながら、

「迂闊でいてくれた方が、ありがたいわ。また逃げる機会もできるかもしれない」

と答え、エドラを見た。

「あたしは逃げたいの。エドラさんもクリーチィも、あたしに良くしてくれて嬉しいけど、逃がしてくれたら一番嬉しい。そういうわけにいかないの?」

 バルジオーザをオリーヴが惹きつけておけば、彼はフォッティニアを攻撃しない。一方で、バルジオーザがフォッティニアに行かなければ、オリーヴが逃げる隙はできない。それでは困るのだ。

 エドラは困り顔になった。

「王様の『好き』は、オリーヴ様。王様が好きなことをするのが、イドラーバの民は大事です」

 バルジオーザが欲望を満たすことで、イドラーバの民はその力を受けて生きているのだ。そんな人々が、力の源になる彼女を逃がすはずはなかった。

「……魔王なんて、死んじゃえばいいのにっ」

 逃亡に失敗して荒れていたオリーヴは、感情の高ぶるまま、乱暴に吐き捨てた。

「あたしに殺せるもんなら殺してやりたい。毒でも持ってれば良かった。ねえエドラさん、いくらなんでも、今の魔王が死んだらあたしを逃がしてくれるでしょ!?」

 すると、エドラはあっけらかんと答えた。

「今の王様が死んだら、次の王様が好きなことを、エドラたちはお手伝いするだけネ」

「……今の魔王が死んだら、って話をしてるのよ? そういうのって、イドラーバの民は怒らないの? 不敬罪だ、とか」

 話すのに少し疲れてきた彼女は、投げやりに尋ねた。


 するとエドラは、愕然とするような一言を放ったのだ。


「王様は、誰でもいいネ」


 オリーヴは絶句した。

(誰でも、いい?)

 イドラーバの民の信条は、「やりたいようにやる」ことである。王が誰であれ、自分たちさえ力を得ることができればそれでいい――つまりはそういうことなのだ。


「あ、でも」

 何かエドラは言いかけたが、疲れた様子のオリーヴを見て言葉を切り、

「またおしゃべりしましょネ! ゆっくりして! もうすぐ良くなる!」

と励まし、部屋を出ていった。そこで、その話は終わりになったのだが――


 ――回想から現実に戻ってきたオリーヴは、廊下の先の階段を眺めた。

 上の階にいるはずのバルジオーザを、意識する。

 

 彼女は、王とはもっと大事にされているものだと思っていた。しかし、もし本当に大事にされているならとっくに、彼の配下の誰かがオリーヴを――王を殺す子を産むかもしれない女を殺しているはずである。もちろん、その配下が予言を知っていれば、だが。


 王は誰でもいい、と民に思われていることを、バルジオーザも当たり前に考えているのだろうか。イドラーバの歴史において、王がずっとそういった存在であったなら、それが「普通」だと彼も思っているかもしれない。そう考えた時、オリーヴは憂鬱になった。

「……何だか、寂しい存在だな。魔王って……」

 彼女はつぶやきながら、廊下を歩いていく。

 すると、廊下の暖炉の側にあるテーブルに、茶のカップが置いてあった。オリーヴは足を止め、カップを見つめる。

(……今まではこそこそとあたしを覗いてたくせに、同じ建物で暮らし始めたら、こんなところで堂々とお茶しながらあたしの様子を伺うようになったんだ)


 一度意識すると、バルジオーザがオリーヴを好いていることが嫌というほど伝わってくる。彼はフォッティニアに行って戦うことより、オリーヴを見つめることを選んでいる。

 わずかな不愉快と、してやったりという達成感。そして、何かもどかしいような気持ち。

 オリーヴはそのもどかしさがどこから来るのかわからず、そのまま立ち尽くしていた。



 窓の外が暗くなり、ランプの灯りがゆらゆらと照らす廊下を、オリーヴはクリーチィに導かれて歩いていた。四階に上がってすぐの部屋が、新たな食堂になったのだ。

 食堂に入ると、バルジオーザはテーブルの向こうで待っていた。前の食堂ほどにはテーブルは長くないが、まだかなりの距離がある。

「今日はイドラーバの魚料理だ。我もたまには、お前の食事につきあってやろう。ククク」

 そう言って偉そうに笑うバルジオーザの前には、珍しく彼女と同じ料理の皿が並んでいた。

(……あたしに、気を使ってる?)

 オリーヴは戸惑いながらも、黙って椅子に腰掛けた。


 食事が始まった。共通の話題があるわけもなく、静かに時間が過ぎていく。

 オリーヴが視線を上げると、必ずバルジオーザと目が合った。

(……どうしてそんなに見つめるの? あたしの外見が好きだから?)

 外見と言えば、と、オリーヴも改めてバルジオーザを観察した。落ち着いて見ると、フォッティニア人の彼女の基準から見ても、彼は美男子と言えなくもない。不思議なのは、四百年生きているという話なのに、見た目が若いことだ。

 年を取らない種族なのか、見た目を変えられるのか、それとも自分が見ているこの姿は幻覚なのか……と、様々な可能性を考えながらオリーヴがバルジオーザを見つめていると、彼のフォークから魚の身が皿の上に落ちた。オリーヴは少々呆れる。

(食べ方、イマイチだなぁ。あたしばっかり見てないでフォークを見なさいよ)


 バルジオーザの方は機嫌よく、口の端をゆがめるようにして笑った。

「体調もすっかり良くなったようだな。そろそろ結婚式でもやるか? フフ……」

 今のオリーヴには、その笑いがわざとらしく見える。脅しつけているつもりなのかもしれないが、予言を知り、彼が彼女を好きなのではないかと気づいたオリーヴには、もう通用しない。

 オリーヴは口の中のものを飲み込んでから、言った。

「そうね、って、言ったら?」

 しゃきーん、と、バルジオーザの背筋が伸びた。

 ぷっ、と、思わず吹き出してしまったオリーヴは、あわてて咳払いをしてごまかす。

(いけない、つい、可愛い……なんて思っちゃった。だって、外見はあたしよりかなり年下だし……まるで、初恋に戸惑ってるみたいなんだもん)


 ふと、オリーヴは動きを止めた。

(……って、本当に、初恋だったりして……。え、まさか。あたしなんかを相手に、まさか、ね)


「オリーヴ」

 バルジオーザが、オリーヴを呼んだ。

 そして彼女をじっと見つめ、何か言おうと口を開きかけた。


 オリーヴは食べかけの皿をそのままに、即座に立ち上がる。

「ごめんなさい、こんな冗談は嫌いよね! もう部屋に戻ります」

 彼女が身を翻すと、クリーチィがあわててついてくる。


 心からオリーヴに恋しているバルジオーザと、思わせぶりな態度を取って彼を惹きつけようとするオリーヴ。そんな対比を自覚してしまうと、オリーヴは自分がとても残酷に思え、戸惑ってしまったのだ。

 王など誰でもいいと考えている、イドラーバの民。そして、王であるバルジオーザにとっても、女は誰でもいいはずである。

 しかし、彼はオリーヴを選んだ。


(それってもしかして、かなり特別なこと、なの……?)

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