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13 間一髪の事故

 その一方で、オリーヴは果物を口に運びながら冷や汗をかいていた。

(危ない危ない、フォッティニアに戦いに行く方向に話が流れるとこだった) 


 とっさに話を変えようと思い、町を見たいなどと言ってしまったが、バルジオーザが彼女を見張りについて来るのならフォッティニアに行かせずに済む。好都合だ。

バルジオーザが彼女を気に入っているなら、なるべく彼を惹きつけておきたい――今では、オリーヴはハッキリとそう考えるようになっていた。


 食事を終えたオリーヴが食堂を出ると、ランプの点った廊下が長く続いている。ただ歩いているだけで、あの草原部屋の近くに出るようになっているのだ。便利ではあるが、オリーヴにとっては不気味以外の何物でもない。

 先導するクリーチィの後ろをゆっくり歩きながら、オリーヴはちらりと後ろを見た。

 バルジオーザが、食堂を出た所の柱に寄りかかって、彼女の方を見ている。黒い稲妻のような角がわずかに赤く光っているのは、今まさに力を使って、草原部屋の近くに廊下をつないでいるのだろう。


 オリーヴは小さな声で、言った。

「……おやすみなさい」

(自分を監禁してる奴に挨拶だなんて、こんな媚び方……ううん、色気で迫るよりずっと楽だ。このくらい、なんてことない)

 彼女は、微笑んで見せた。


 そのとたん、バルジオーザの背筋が、しゃきーんと音を立てそうな勢いで伸びた。

(な、何を驚いてるの、あの魔王……)

 オリーヴが思った瞬間、ぐらっ、と身体が傾いた。


 もう体調がおかしくなったのかと思い、オリーヴはどこかにつかまろうと手を伸ばす。

 その時、ふっ、と足が浮いた。

 上にあった天井が前に、下にあった床が背後にぐるりと回る。そして廊下の先の方が、彼女の足下に──

 声を出す間もなく、内臓が持ち上がるような感覚とともに、オリーヴは縦穴と化した廊下の奥へ、落下した。


「オリーヴ!!」

 バルジオーザの声が飛ぶ。


「や……」

 オリーヴが何か声を上げそうになった時、ぐいっ、と彼女の腰に腕が回った。身体が引き上げられる。


 ──瞬きをした時には、天井と床は元の通り、彼女の上と下にあった。

 オリーヴとクリーチィは、いつの間にか壁にもたれさせられている。

「バルジオーザ様。王妃様に見とれるのも結構ですが、空間はしっかり繋いで下さいよ」

 黒い影が、彼女たちから離れながら呆れた声を出した。

「せっかく殺さずに連れてきたのに、ついウッカリで死なせるおつもりですか。まあ、そうしたら、予言が成就しないところを初めて見られるわけですが」

 バルジオーザに歩み寄ってからチラリとオリーヴを見た影は、角の生えた黒い犬の顔に人間の身体という姿をしていた。

(ま、魔族)

 しかし、その犬男は上着もズボンもぴったりと身体に合ったものを着ており、胸元にはスカーフがのぞいていて、洗練された雰囲気である。このまま何かのパーティに出られそうだ。


「ギルフ! 貴様、オリーヴに近寄るなと言ったはずだぞ」

 バルジオーザが犬男を睨むと、犬男は肩をすくめて答える。

「城に戻ってきたらたまたま空間に『巻き込まれ』て、そこに誰かがいたので何となく助けてしまったんです。王妃様だとは気づきませんでした、不可抗力ですよ」

 ギルフ、と呼ばれた犬男はそう言って、さっさと食堂の方へ去っていった。バルジオーザの配下にしては、主君に対して適当な対応だ……とオリーヴは思う。

 バルジオーザが鼻を鳴らすのが聞こえ、もう一度、彼の角が光り──


 一瞬後、あたりの様子が変わり、オリーヴは草原部屋の前の廊下に立っていた。

(……何だったの、一体)

  

 混乱したオリーヴは、これ以上何も起きないうちにと草原部屋に入った。クリーチィはちょこまかと寝台を整え、お辞儀をして出て行く。

 一人になり、オリーヴはようやくホッと息をつき寝台に腰掛けた。

 先ほどの事を思い出し、整理してみる。バルジオーザが空間を繋げようとしていたちょうどその時、オリーヴが挨拶したことが、なぜか彼を驚かせてしまったようだ。空間が「滑った」ようになって、本来と異なる方向に繋がってしまった。そこへたまたま、犬頭のギルフという配下が居合わせ、オリーヴとクリーチィを助けてくれたのだ。

 納得したところで、オリーヴはさらに食事中の出来事に思いを馳せる。

(やっぱり、身体を慣らすことには反対しないんだ、魔王)

 彼女は最初、『魔王の花嫁』というのは愛人として囲われるか、愛玩動物として飼われる、という意味だと思っていた。しかし、バルジオーザは彼女を王妃として、イドラーバの民に知らしめるという。本当に、彼女を正式なイドラーバの王妃にするつもりらしい。


 そこまで考えたとき、オリーヴはあることに気づいて愕然とした。

(もしかして、魔王は……近づいてこないまま、あたしの身体がイドラーバに慣れるのを待ってる(・・・・)の?)


 一国の王妃の重要な仕事といえば、まずは世継ぎを産むことだ。

 しかしオリーヴはフォッティニアの人間であり、イドラーバの空気の中にいると体調が悪くなってしまう。そのような状態ではおそらく、跡継ぎなど産めないだろう。

(あたしの身体がイドラーバに慣れるっていうことは、あたしが身体もイドラーバの民になるってことなの? 魔族の仲間に? そうなってから、あたしに子どもを産ませるつもり……?)


 寒気を覚えたオリーヴは、自分の腕をさすった。

 彼女にとって、身体がイドラーバに慣れることは希望だった。慣れれば自由に動ける、逃げ出せる、と思っているからだ。

 しかし、慣れたその時、そのような目に遭わされるとしたら。その時まで、彼女が自殺などしないように、好待遇で暮らさせているのだとしたら。

 単にバルジオーザが「フォッティニアくさい」女が嫌で近寄ってこない可能性ももちろん残っているが、さらっておいて何もしないままというこのおかしな状況について、「身体がイドラーバの民になるのを待っている」という考えはうまく当てはまっているように、オリーヴには思えた。


 しかし、王妃になるのがなぜ、彼女でなければならないのだろう。

 そう考えた彼女は、さっきの犬頭を思い浮かべた。

「そういえば、あのギルフっていう犬みたいな人が、予言がどうとか……予言?」

 オリーヴはハッと顔を上げた。

「予言、って言えば、神座山の予言者……!」


 国の東、イドラーバとの国境近くにある神座山に住まう予言者について、フォッティニアに知らない人間はいない。数十年に一度、神託が降りると、山の周辺に予言者の声が響きわたるという。そして、その予言は絶対に外れない。

 ガーヌの町はフォッティニアの西の端にあり、神座山からは遠いため、オリーヴはその山を見たことはない。ましてや、予言を聞いたこともなかった。

(でもギルフは、あたしが死ぬと予言が成就しないようなことを言った。ってことは)

 オリーヴはつい、口に出して言う。

「あたしが、予言の内容に出てきたんだ……! な、なに? 一体、予言の中身にあたしがどう関わって……」


 その疑問と、さきほどの考えが、頭の中でカッチリと音を立ててはまった。

「それが、子どもか……! 予言っていうのは、あたしが魔王の後継者を産む、っていう内容だったんだ!」

 今までオリーヴが不可解に思っていたことが、頭の中でどんどん整理されていく。

 オリーヴが名指しで後継者を生むと予言されたために、バルジオーザは最初から彼女を狙ってさらい、王妃にすると言ったのだろう。軍人はそれを阻止するために、オリーヴを保護しようとした。これで辻褄が合う。


 少し呆然としてから、オリーヴは思わず笑い出した。

(このあたしが、魔王の子の母親になる!?)

 オリーヴの母が女手一つで大事に育てた、娘の身体。それが、『魔王』の子を産むために使われるなどとは、母も思ってもみなかっただろう。

 そう、彼女は思い浮かべ――


 ――笑いを納め、きり、と、唇をかみしめた。


 予言は、外れたことがない。だからといって、抗わないまま従うことなどオリーヴにはできなかった。予言が当たらなかった第一号になる可能性も、全くないわけではないのだ。


(早く、身体を慣らそう。でも、なかなか慣れないふりをしよう)

 オリーヴは拳を握り、決意を新たにする。

 本当に王妃にされる前に、逃げ出すために。

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