乙女ゲームを脱出しろ!
突然始まって突然終わります。ご都合主義のため攻略対象が置いてきぼりで空気。
「誹謗中傷、あげくの果てに命まで狙うとは。これ以上貴様のリディア嬢への振る舞いを見過ごすことは出来ない。一応聞いておこう。何か申し開きはあるか?」
「お待ちください殿下!わたくしは、わたくしはそんなことを――」
続く言葉は侮蔑を孕んで細まった、殿下の瞳により喉の奥で凍りつく。
「証拠も証人も揃っている。我が身可愛さに嘘を述べ罪を重ねるとは、全くもって嘆かわしい。聞く意味などなかったか」
「お、お聞きください殿下!わたくしは――」
「黙れ、耳障りだ。アラベラ・ベネディット、お前との婚約は今この時を持って解消する。私の意思ではないとはいえ、貴様が私の婚約者だったことが汚らわしい。これ以上私を煩わせるな」
こんなはずではなかった、こんなはずでは。もう少しで殿下にまとわりつく泥棒猫を排除できるところでしたのに。
ギッと殿下に庇われるように立つ汚ならしい庶民を睨み付ければ、それを遮るように殿下が体をずらされた。黄金の髪に薄青色の瞳を持った、とても美しいこの国で王に次いで貴いお方。その美貌も権力も、わたくしにこそ相応しく、決してその庶民に渡せるものではない。
「殿下、殿下は騙されているのです。わたくしは殿下のためを思いその庶民を」
「これ以上私を煩わせるな、と言ったはずだ」
「殿下!!どうしてそんな庶民のお庇いになさるの?殿下はわたくしの婚約者でしょう?ああわかりましたわ、その庶民が悪いのですね。その毒婦が殿下をたぶらかしたから!」
憎悪が体を支配する。このわたくしが蔑ろにされるなどあっていいはずがない。ベネディット公爵家の令嬢たるこのわたくしが!
怒りが体を操るままに、毒婦へと飛びかかる。が、掠りもしないうちに地面に組み伏せられ、強かに側頭部を打ちつける。痛みに回る視界をこらえて見上げれば、あれ…あれ…?
これは 誰 だっけ。
ああ、そうだ、白銀の髪に翠の瞳。このビジュアルはあれだ、レオポルド王子と同じ攻略キャラで、騎士のノンベルトだ。この二人で人気を二分してたけど、私は魔法使いのディーデリヒが一番好きだったなぁ…ってなんですのこの記憶!?え?え?
痛みを忘れて回りを見回せば、私を半円状に取り囲む5人の男性と1人の女性。
私をゴミでもみるような目で見る、金髪碧眼のTHE王子様なレオポルド王子。その乳兄弟で、現在私を取り押さえてるノンベルトさんは近衛騎士。レオポルドに庇われながら此方を見つめる唯一の女性はヒロインちゃんだ!デフォルト名リディアなヒロインちゃんだ可愛い!それからリディアちゃんの隣でやはり私を汚物のように見てるのは隣国から留学してる貴族の…名前忘れた。あんま好みじゃなくて攻略しなかったから仕方ないね。で、リディアちゃんのもうかたっぽの隣で私を哀れなもののように見てるのは神官見習いのイリヤくんだ。流石後輩枠、あざといほどの可愛さだな。それからその集団から一歩離れて、腕を組みながら私を睥睨するのはお待たせしました私のアイドル魔法使いのディーデリヒ様ですヤッフゥゥゥゥその冷たい眼差し!我々の業界では!ご褒美!です!!
ってだからなんですのこの記憶!!?
わたくしではない私の記憶がどっと溢れて徐々にわたくしを組み替えていく。
そうだ、これは乙女ゲーだ。ヒロインのリディアが入学した学校で繰り広げられる恋愛劇。障害があればあるほど燃えるのが恋愛、そんなスパイスがアラベラ・ベネディット…私だ。私、だと?なんてこった!ヒロインが幸せになれば比例して不幸になる悪役令嬢じゃないか!追放没落処刑選り取りみどり、全く嬉しくない!
「救い難い奴だな。大人しく縛につけ」
「よくやった、ノンベルト。そのまま取り押さえていろ」
「神は貴女を許すでしょう。償いにこれからを捧げるべきです」
「はっ!神が許そうと俺様が許すものか」
「……」
しかもしかもこれ、5人係りで囲まれて弾劾されるとか逆ハーエンドのほぼラストシーンじゃんヒロインぬっ殺そうとしたから処刑されるやつじゃんなんでこんなタイミングで記憶が甦るのっていうかこれは私この乙女ゲー世界に転生したの憑依したのトリップしたの、もしかして死んだ?私死んだ?いや今から処刑だから生きてるのか?全く状況がわからないよ誰か助けて!もはや乾いた笑いしか漏れない。夢ならいいのに。でも打った頭超痛い。夢落ちはないのか。乙女ゲーってヒロイン視点だと萌えるけど悪役視点だとちっとも楽しくないんだね**…ん?**って誰だ?なにか、大切なことが思い出せない気がする。
「わけがわからないよ…」
「え…」
つい某インキュベーターの声真似をしたらリディアちゃんが反応した。そういえば不自然なほどリディアちゃんは喋らなかった。疲れたような、諦めたような、そんな目で私を見ていた。とても逆ハー愛されヒロインがする目じゃない。
けど、今は期待と不安が入り交じった目で、覚束ない足取りで私に近寄ってくる。
「リディア、近づくんじゃない」
「そうです、俺達に任せてください」
「いけません、リディアさん」
「リディア」
「まあいいじゃねぇか、恨み言のひとつやふたつあんだろ」
ぺたりと私の目の前に座り込んだリディアちゃんのためにか、拘束が強まる。腕が、肺が、悲鳴を挙げる。
「ぁ…ぐ…」
「やめてくださいノンベルト様!」
「しかし、」
「このままでは話せません。私はアラベラ様と少しでいい、話がしたいのです」
図りかねたのかノンベルトが王子を仰ぐ。微かに王子が首肯するのが見え、拘束が弱まる。痛いし怖いし苦しいしもうやだ。乙女ゲーなんて大嫌いだ。帰りたいよ帰りたい、嫌い怖いやだやだやだ。
「こんなの絶対おかしいよ!」
「本当の気持ちと向き合えますか?」
「……は?」
それは、その言葉は。
微妙に噛み合わない会話に王子たちが怪訝な表情を浮かべるが、それどころじゃない。
「あたしって、ほんと馬鹿…」
「そんなのあたしが許さない」
「もう誰にも頼らない」
「最後に残った道しるべ」
「「私の…最高の友達」」
ああ、ああ、ああ、そうだよ、ま●マギ面白かったよね。映画も一緒に見に言ったっけ。おすすめのマンガの貸し借りは楽しかったし、ゲームは同じタイトル買って感想言い合った。そんな私の大好きな、最高の親友。
「理恵」
「思い出してくれてよかった、亜弥」
「待たせてごめん」
「私こそ。逆ハールートが一番酷い目に合うってわかってたのに」
「もしかして何周もした系?」
「うん…」
「もう、もう、ほんとごめん愛してる」
「いいってことよ」
泣き笑いの理恵が私にしがみついてくる。抱き締め返したいのに、ああノンベルト邪魔!
「リディア?」
狐につままれたような男たちが理恵と私を交互に見る。最高にわけがわかんないんだろうな。でも気遣う余裕も義理もない。全部思い出した。
私と理恵は、神の気まぐれとやらに無理矢理付き合わされ、この世界に捩じ込まれた。友情という奴を試したいんだというのがそのクソヤロウの言だ。もう神様なんて信じない。なんで私と理恵だったのか、そんな検証に人間を巻き込むなとか、色々言いたいことはあるけど、でもこれで。
「帰れるね」
「帰れるよ」
そう、脱出の条件はただひとつ。この乙女ゲー世界に合うように植え付けられた記憶を食い破り、敵同士になった親友を思い出すこと。どんくさい私は理恵より思い出すのが遅くて、先に思い出した理恵には何周も辛い思いをさせたみたい。そんな私を見捨てないでいてくれたなんて、ごめんでもありがとうでもたりない。いつの間にか解放された私は、理恵と抱き合いながら泣いた。
「どういうことだ、リディア。説明してくれ。何がどうなっているんだ」
パチパチパチ
焦りと困惑で動揺する王子たちを、拍手が遮る。
「いやはやお見事お見事、先に目覚めたリディアが壊れてゲームオーバーだと思っていたが、なかなかどうして」
間抜けなくらい朗らかな声が場を支配する。無口無表情が標準装備の魔法使い、ディーデリヒが満腹な猫のような笑みを浮かべ手を叩いている。その笑い方には覚えがある。忘れたくても忘れられないとも言う。
「なにちゃっかり参加してんだこのクソヤロウ」
「随分な口の利きかたをする」
暴言にも楽しくて堪らないというように、クソヤロウ基この世界に捩じ込んでくれた神様(笑)が嗤う。パチリと指を鳴らせば、王子も騎士も神官見習いも他国の貴族も空も大地もみんな消えた。驚く私たちに、この実験のためだけに作った仮初めの世界だ、終わればもう必要なかろう?と宣った。これだから神様(笑)って嫌い。神の気まぐれに踊らされた世界に罪悪感に似た苦い思いが込み上げるが、ただの人間に何ができたんだと諦念が上書いていく。理恵も似たものを感じているのか、目が合うと力なく首を振った。
「さて、約束通りお前たちをもとの世界に帰そう。なかなかよい暇潰しができた。面白かったぞ、また遊ぼうな?」
二度とごめんだクソヤロウ
私も理恵も、再び乙女ゲーをプレイすることはなかった。