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 こんな青春があってたまるか!!


 登校するや否や、中庭で男子生徒同士が争っているとの情報を聞きつけた俺は、嫌々ながらも現場へ急行した。

 漫画やドラマなんかで見るような、胸の高鳴るような恋愛とか、固い友情で結ばれた友人と過ごす毎日だとか、部活動に励んで汗を流す日々なんぞとは全くの無縁。正反対の位置に立っていると言っても良いであろう、俺の日常は大体こんな感じだ。

 そう、今まさに目の前に広がる光景が俺の学園生活の全て。不幸極まりない青春を送る俺の全てである。


 その光景を詳細に説明するのであれば、我が校の誇る無駄に広い中庭で、数々のイベントが行われるその場所で、朝からイベントでは無くトラブルを起こしている男子生徒が二人。ブレザーを着崩した茶髪の男子生徒がタケノコを手に持ち、対峙する相手に向けて威嚇している。

 何をしているんだコイツは。

 タケノコを向けられた男子生徒は臆する事無く、両手に靴下を持っている。その目に宿る光は勝機を見ているのだろうか。どこか自信有りげな表情をしているように思う。

 何をしているんだコイツらは。


 あまりにも滑稽な光景を目にした俺は、いつものようにそう呟いた。


「こんな青春があってたまるかよ……」


 この学園には、日常的に起きる生徒同士の『許可の無い戦闘行為』を取り締まる風紀委員なる組織がある。不幸にも正義感の塊のような幼馴染みが居る俺は、不幸にも高校へ進学すると同時に、半ば強制的に風紀委員なる組織へと加入させられた。そんな俺は不幸にもトラブルに直面する機会が多く、本日もまた……不幸にもトラブルに直面した。

 そう、風紀委員の肩書を持つ俺が『男子生徒同士が争っている』という情報を耳にした以上、素通りするわけにはいかない。だからこそ登校するや否や、自分の意思に反してまで中庭へと急行した。そして、その場で男子生徒が二人、今にも戦闘行為を始めようとしている。もしかしたらツッコミ待ちをしているのかもしれないが。

 これから始まるのが戦闘行為なのか、漫才なのかは見た目からは判断出来ないが、恐らく前者だろう。彼らの目がそれを物語っている。


 だとすれば……俺は更なる不幸へと見を投じなければならない。

 野次馬で人だかりの出来た中庭においてただ一人、風紀委員たる俺には成さねばならない事がある。


 許可の無い戦闘行為を止めさせる。それこそが、風紀委員に与えられた忌々しい役割の一つだからだ。


 争っている男子生徒を遠巻きに見ている人だかりから一歩踏み出し、人の輪から外れる。『赤信号皆で渡れば怖くない』とは良く言ったもので、まるで防壁のようになっている人だかりから離れた俺は、一瞬にして緊張感に包まれる。風紀委員の存在を快く思っていない輩は多く、『抵抗』される可能性もあるからだ。この学校において、風紀委員とは『水戸黄門の印籠』のような絶大なる効力は無いし、そもそも効力があるのであれば、こんなトラブルは起きないだろう。


 だがしかし、風紀委員に所属した以上、所属させられた以上は、やはり自分の役割は果たすべきだろう。

 こんな青春があってたまるか。心底そう思う。


 俺は意を決し、大きく息を吸い込んで。

「風紀委員です! そこの二人、生徒同士の許可の無い戦闘行為は重大な校則違反です! 直ちに武器をしまい、教室へ戻って下さい!」

 などと風紀委員のマニュアルに記載されている、テンプレ通りの台詞を放った。タケノコと靴下の争いには興味はあるが、実際に戦闘行為が始まってしまえば仲裁する労力も格段に跳ね上がる。事前に介入する事が出来たのは不幸中の幸いというヤツだろう。


 俺の声が中庭に響き渡り、その場の全生徒の視線が俺に集中し、俺は緊張感から胃が押し潰されるような感覚に襲われる。本来、俺は目立つ事を好まず、コロポックルのように物陰でひっそりと暮らしていたいタイプなのだ。こうして視線を浴びる事に耐性が無い。

 しかし、この緊張感はそんな俺の性格から来るモノでは無い。

 ……俺に向けられた無数の視線。その中に明確な敵意を感じているからだ。


 視線の主は茶髪の生徒。見るからに問題児である風貌で、タケノコを手に持つ意味不明な生徒だ。見た目の印象だけで言うのであれば、その手に握られるべきは木刀とかバットなんだろうと思うが、これが彼の戦闘スタイルなのだろう。それに、考え方によっては確かにタケノコも鈍器の部類に入るかもしれない。


「……風紀委員だと?」


 茶髪の生徒が口を開き、俺の方向へと向き直る。その手には相変わらずタケノコが握られている。もし彼が『抵抗』するような事があれば、俺はそのタケノコの餌食となってしまうのだろうか。俺は目立つ事も苦手だが、それ以上に争い事が嫌いだ。あんなに太くて硬そうなモノで突かれたら頭がおかしくなってしまうだろう。

 嫌な想像、というか妄想が頭を過り、たまらず俺の視線はタケノコに釘付けとなる。そして次の瞬間、そのタケノコが、茶髪の生徒の右手に握られた太くて硬そうなタケノコが、彼の左手へと移った。


 こいつ、実は左利きか!?


 などと思ったがどうやら違うらしく、彼はズボンのポケットからミニタブレットを取り出して、そのカメラ部分を俺へと向けた。そのミニタブレットは全生徒に配布されている生徒手帳だ。主に授業やイベントのスケジュール確認として活用されているが、それ以外にも多数の便利な機能が付いている。

 彼が今、俺にカメラ部分を向けているという事はつまり、そんな便利機能の一つである『生徒情報確認機能』を使用しているのだろう。確認したい生徒にカメラを向けて読み込むだけで、対象生徒の学園内で公表されている情報を読み取る事が出来る機能だ。彼が知りたい情報は恐らく、俺が本物の風紀委員であるかという事だろう。


「……くっ」


 読み取りを終えた茶髪の生徒が声を漏らす。俺が本物である事を確認して観念したのだろう。


「……くっくっく」


 ……と思ったが様子がおかしい。


「ぎゃはははははは!!」


 茶髪の生徒が急に笑いだした。それも、左手にタケノコを握り、右手にミニタブレットを握った状態でだ。もしかしたら、ただの変質者なんじゃないかな……。


「確かに風紀委員みたいだけどよぉ、お前……ぎゃはははははは!!」


 相手がただの問題児であれば、俺もそれなりに場数を踏んでいるので対処のしようもあるが、相手が変質者であれば話は別だ。校内で変質者と遭遇するなんてイベント、どこの世界にも存在しない大事件だろう。こんな事なら、校内で変質者に遭遇した場合の対処法も聞いておくべきだったと激しく後悔する。


 俺を含めたその場の一同が、異様な光景に沈黙する。

 そんな中、心ゆくまで笑ったであろうタケノコを握った変質者がゆっくりと口を開く。


「お前、学園ランク『1777位』でどうやって風紀を守るんだ?」


 あぁ、それがそんなに面白い事だったのか。


 この学園には『許可のある戦闘行為』、いわゆる『ランクマッチ』を行う事によって変動する、全生徒を対象とした学園ランクなるモノが存在する。俺にとってそれは、俺を含むこの学園の全生徒が生まれながらにして背負った十字架とも言うべき忌々しい『能力』がもたらした、狂ったシステムでしか無いという認識なのだけれど、中にはそんなランクを誇らしげに自慢するような奴も居る。彼もまた、そういった部類の人間なのだろう。


 俺は争い事か嫌いだ。苦手では無く、嫌いなのだ。だから、そんな狂ったシステムなんぞに興味は無い。

 それ故に俺は彼に問う。


「それが何か関係あるのかな?」


 俺の言葉を耳にした茶髪の生徒は、不機嫌そうな表情を見せて。


「お前さぁ、風紀委員で、しかもこのランクで、まさかこの学園の生徒数を把握してない、なんて事は無いよな?」

「把握してるけど、それとこの場の争いが関係するのかな?」


 茶髪の生徒は見下したような笑みを浮かべて言う。


「1777人中の1777位。つまり学園最弱のお前がだ、この場で何が出来るって言うんだ?」


 その言葉を聞いた野次馬もどよめき始める。風紀委員の腕章を身に着けている、というだけで俺に過度な期待をしていたのだろう。事実確認をするためか、野次馬の中からも多数のカメラが向けられていた。心の底から不幸だと思う。


 この世に生まれた事を。生まれながらに背負った十字架を。


「その風紀委員、噂のアイツじゃん!」


 野次馬の中から声が上がる。


「1年の『真壁 護(まかべまもる)』だよ。『不可侵の護』って言われてる奴!」


 また野次馬の中から声が上がる。学年や本名は端末から確認出来るが、中二病臭い二つ名は違う。俺がそう呼ばれている事実は把握していたが、俺の想像以上に広く知られていたらしい。


 『不可侵の護』と呼ばれる俺。それは、この学園内における俺が高く評価されている事から付いた称号的なモノでは無い。むしろ真逆だ。この学園におけるランクマッチは『自信より下位の者にランクマッチを挑む事が出来ない』という大原則がある。つまり、全生徒中最下位の俺は誰からも挑戦を受けない。俺が自ら上位の者へランクマッチを挑まない限り、俺は永遠に挑戦を受ける事が無い。


 不可侵。何者にも侵害されない存在。

 『不可侵の護』とは、学園最下位の俺に向けられた皮肉めいたあだ名である。


「不可侵の護ねぇ……。十中八九、風紀委員も経歴の為にやってんだろ?」


 茶髪タケノコ族がそんな事を言う。

 だが、俺がどれほど不幸な経緯で風紀委員になったか説明してやるつもりは無い。話が長くなるからな。場の空気もおかしくなってきたし、ここはさっさと片付けさせてもらうとしよう。


 俺は自信のタブレット端末を取り出して、タケノコ族と、すっかり影を潜めた靴下族に向けて言う。


「戦闘行為を中止する意思が無いなら、今すぐ『召集』させてもらうけど?」


 その言葉を耳にした両名の顔から血の気が引く。

 俺が口にした『召集』とは、言うまでも無く風紀委員の召集である。それが意味する事は、風紀委員による制圧が執行されるという事だ。ランク上位の実力者ならまだしも、こんなタケノコやら靴下やらを振り回して喜んでいる変質者にとっては、この上無く重い言葉だろう。風紀委員に所属する生徒の中には学園屈指の実力者も複数含まれているからだ。


「ま、待てよ。別にそんな事は言って無いだろ?」


 タケノコが動揺した様子でそんな事を言う。

 散々コケにした上で、どの口がそんな事を言うのかと。

 呆れた俺が、さっさと事態を終息させようと口を開いた時の事。


 一瞬にしてその場の空気が変わる。


 肌に突き刺さるような緊張感。身体にのしかかるようなプレッシャー。まるで金縛りに遭ったかのように一同が静止する。


 俺たちが感じているのは『威圧感』だ。

 幼い頃から幾度と無く経験した威圧感。


 恐る恐る気配を感じる方向へ目を向けるとそこには。

 俺を道連れにして、不幸のど真ん中へ連れ去った張本人。

 風紀委員メンバーであり、俺の幼馴染みであるその人物が。


 一年生にして『学園ランク7位』を誇る彼女、『鬼龍院 エレナ』が仁王立ちしていた。

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