1話 『兎耳のお嬢様』
突然の状況だが鷹雄は至って冷静だった。
「あれ、俺玄関を出ようとしたら光に包まれて、それから……なんで森の中にいるんだ?」
考えても全然分からないので現在の状況を再確認し、ある物を使う事にした。
「よし、こんな時は現代人最強の秘密道具。その名も『タブレット端末』!!」
ポケットに入っていたタブレット端末を取り出し、大声で叫びながら空高く掲げる。森の中に一人でいるので、寂しさを紛らわすためにしたつもりがむなしくなるだけであった。
「くそ……まあ遅れそうだし、とりあえず学校に連絡するか。皆勤賞狙ってたのに……」
これと言って取り柄もないので、皆勤賞だけは取ろうと頑張っていたがそんな夢も儚く散った。
「あ~やっぱ圏外だ。森の中だから仕方ないか。GPSも使えな--って今2時!?」
端末に表示されている時刻をみて驚く。
「うーん、この時間までの記憶がまったくないな。もしかして俺さらわれたとか……なわけないか」
その場でしばらく考えてみたが全くわからないので、考えるのをやめることにした。
「それにしても、ここ山道みたいだな。道があるみたいだし、このまま行けばどこかにたどり着けるだろ」
鷹雄の立っている場所は、車が一台通れそうなほどの広さの道があり、よく人が行き来するのか草が生えていない。
「よし、さっさとここから出てやる」
そう固く決意し、踏み出した一歩はいつもより強く感じた。
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あれから二時間ほど歩いたが、森から出る気配は全く無かった。
「マジかよ……ひょっとして遭難した?」
二時間歩いても森から出られないので不安が増してくる。そんなとき、茂みの奥から物音が聞こえた。
「動物か?よく考えると、俺の住んでいる町は自然があまり無かったな。あっても公園くらいだし、鳩とかしかいなかったな」
自然とふれあう機会がなかったので少し楽しくなった。たまにはこんなのも良いなとしみじみと感じ、遭難している事など目の前の物へ興味がいった事でとっくに忘れていた。
「なんだろう、タヌキかな?」
興味本意で草むらをかき分け覗き込むと、広場のようなそ場所がありそこにいたのは--。
「……熊?」
正確にいうと、大きさは鷹雄の身長の半分よりやや高く、顔は熊というよりもタヌキに近い。体毛は漆塗りのように真っ黒でなんともいえない姿である。そんな不思議な生き物が、どこかに生えていたのかキノコを食べている。その手を見ると、二十センチほどの鋭い爪があった。
「うわ、あれで攻撃されたらひとたまりもないぞ。それにしても変な生き物だな」
鷹雄はその動物にタヌマと命名した。理由は顔がタヌキで体が熊だからである。タクマもいいなと思ったが、タヌマという名前を予想外に気に入ったのでそっちにした。我ながらいいセンスだと大満足である。
「いや待て、あんな動物いないだろ!しかも見た目猛獣というかゲームとかの怪物に見えるし!」
冷静になって考えると自分がまずい状況に陥っていること、自分がいきなり森の中で立っていたことと謎の生き物から、今いる場所がもしかしたら異世界かもしれないと気づく。
「ここはこっそり逃げよう」
タヌマに見つからないよう静かに立ち去ろうとした時--。
「やっと見つけましたわ」
どこからかお嬢様言葉が聞こえ、次の瞬間--タヌマに向かって小刀が飛んでいくのが見えた。
『グギャァァァ』
放たれた小刀がタヌマに刺さる。刺さった小刀から電撃が放たれ全体を包み込み、悲鳴をあげながらその生き物は消滅していき、その場に刺さっていた小刀だけが残った。
「た、タヌマー!!」
『タヌマ』という名前を少し気に入っていたので、今の光景にショックを受けて叫ぶ。この光景を動物愛護団体が見たら黙っていないだろう。
「誰かいるんですの?出てきなさい!」
鷹雄は自分が遭難してる事を思い出し、姿の見えない声の持ち主に問いかける。
「すまん!道に迷ったんだ。助けてくれ」
二時間歩いても森から出られず、一人ではどうしようもないので助けを求めるしかない。
「道に迷った?まったく、しかたがないですわね」
呆れたように声の持ち主が姿を表す。
「いくら山道だからといって、やたらと山に入るのは危険ですわ。私がいなかったらさっきの怪物に襲われていましたわよ!」
目の前に現れた少女の姿に驚きのあまり声が出なかった。
髪は腰まで伸びて、緩くカールのかかった金髪、瞳はペリドットのように美しい黄緑。年齢はおそらく十代半だろうか、顔に若干幼さが残り、人形のようにも思える容姿と着ているワンピースからも上品さが溢れている事から、お嬢様言葉も納得できる。
「どうしたんですの?そんな拍子抜けした顔をして」
驚くのも無理はない、少女が見たこともないくらいの美しいのと、彼女の頭には普通ならあるはずもないものがあったのだから。
「うさ……みみ?」
彼女の頭には垂れた兎の耳があり、とても可愛らしい。そんな彼女をずっと見ていると--。
「いつまでじろじろ見ているんですの。気持ち悪いですわ」
彼女の姿に見とれていると、先程の人形のような可愛らしさと裏腹に、いかにも引いているような表情に変わっていた。
「すまん、あまりにも可愛くてつい……」
鷹雄は我に返り、申し訳ないと思いながら言い訳として本心を言ってみる--。
「なんですの、それ。新手のナンパ?」
あからさまに引いた表情で鷹雄を避けるように距離をとる。
本心も逆効果で終わり、警戒されたのか軽く距離をとられてしまい、鷹雄の心は少し傷ついた。
「そんなつもりはない!とにかく助けてくれないか?」
「そんなきっぱり否定しなくても……わかりました」
「ありがとう!助かったよ」
とにかくこの状況をなんとかする必要があるため、彼女の助けは必要不可欠である。これが現実ならば、この先どうしたらいいのか一刻も早く考えなければならない。
「それでは行きますわよ」
「ちょっと待ってくれ」
よく考えたら一つ、忘れている事があった。
「……まだなにかあるんですの?」
少女は腕を組んで不機嫌そうに鷹雄の方を向く。デレる様子は無さそうだが、話を聞こうとしているので嫌っている訳でもなさそうだ。
「俺、御堂鷹雄。君は?」
とても可愛らしい少女の名前をどうしても聞きたく、失礼のないようにまず自分から名乗る。
「私ですか。私の名前は日向ですわ」
「よろしく、日向!」
名前を聞けた嬉しさのあまり、握手しようと笑顔で手を出すと--。
「ふん、よろしくですわ」
鷹雄と握手をすることなくそっぽを向いて返事をする。そんな日向の対応で鷹雄は心は折れ、時期を過ぎた向日葵のようにうつむいていた。