プロローグ 『甘くて苦い現実』
世界は甘くて苦い現実ばかりである……。
少年は幼い頃に両親を事故で亡くし、唯一の家族であった妹も病気で亡くし、何もかも亡くした。
それでも前を向いて生きるようにしてきた。自分の居場所を見つけるため、大切なものを見つけるため、幸せを見つけるために……。
彼がこの世界に呼ばれたのは運命か偶然か誰にもわからない。でも、もし神様が存在してこの世界に呼んだのなら、そんな神様に絶対伝えたい言葉がある。
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まだ肌寒さが残る四月。短い春休みも終わり、今日は彼が高校一年生から二年生に進級する日。そして、高校生活の新しい一年が始まる日でもある。クラス替えや修学旅行、後輩ができるといった楽しみがあった。だがそれと同時に学生ならではの辛さもある。
「もう春休み終わった。もっと長ければいいのに」
学校に行く準備をしながら呟き、ため息をこぼす少年の名前は御堂 鷹雄。これといって目立つ特徴もなく、身長はやや高いかもしれないが、学力がとても良いわけでもない普通の少年だ。
一つだけ違う所があるとしたら。
「それじゃあ、いってきます。父さん、母さん、遥」
机に置いてある写真に話しかける。鷹雄の家族はもういない。両親は幼い頃に亡くしたが、唯一残された妹も二年前に病気で亡くした。
両親が亡くなってから親戚の家に住まわせてもらっているが、内心申し訳ない気持ちでいっぱいである。一人暮らしができるのなら、今すぐにでもしたいものだ。かと言ったところで、料理も洗濯もできない自分が何を言っているんだと心の中で呟く。
「早く働いておじさんたちに迷惑かけないようにならないとな……」
本当は中学を卒業したら就職しようと考えていた。両親を亡くしてからずっとお世話になっていたのもあり、妹のこともあった。
だがおじ達は就職に反対し、高校に進学する事を勧めた。おじ達は普通の十代を過ごしてほしいと彼に願ったのだ。
そんな優しいおじだからこそ、これ以上迷惑はかけたくないという気持ちが大きくなる。
鷹雄にとっておじは誰よりも尊敬でき、目標とする人物である。
居場所を失った二人を嫌な顔一つ浮かべず受け入れ、本当の家族のように接してくれてどんな悩み事も聞いてくれた。それが何よりも心の支えとなっていた。
だがおじ達には小学生の娘がいる。おじとその娘の家族らしい会話などを見ていると、自分の居場所はここではないとあらためて気づく。いずれはこの家から出ていって居場所を見つける。それが彼に残された最後の生きていく理由。
学校に行く準備を終えて、玄関に向かい扉に手をかけると。
「え?」
扉を開けた瞬間、激しい光が射し込む。
「目が!目がぁぁぁ!!」
強い光を直視し、鷹雄の視力を奪う。かの有名な滅びの呪文が出てくる物語の大佐の気持ちがよくわかった。目が痛い。
やがて視力が戻り、視界に映ってきたものは家の外にあるはずがない景色だった。
「なんだよ……これ」
目に飛び込んだのは、辺り一面の樹木。鷹雄は森の中で立っていた。