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9. 甲板磨き


ジャックが海賊船に乗ってからひと月。

船は未だに港にはいらず、略奪だけに頼っていた。


ジャックは、新入りとしてあたりまえのように初日から2倍3倍の仕事を与えられた。それも甲板磨きやタール塗り、帆の補修作業、加えて掃除洗濯など雑用ばかりだったが、彼は不満を述べることはなく、大人しく命令に従っていた。

ジャックはこの船が港に立ち寄り次第、すぐに脱出するつもりだった。他にも、海賊船が再び新しい獲物を拿捕した時、略奪後に解放される船にこっそり乗船するという逃げ道もあったが、ドンバスはそれらをすべて見越していた。

海賊船は、近くの港には立ち寄らず、海上での略奪で生活を維持させた。そして、拿捕の際にはジャックを地下の船室に閉じ込めていたのである。

ジャックの逃亡できる機会はなかなか訪れなかった。


ジャックは今、ほぼ軟禁状態だった。船乗りとしての生活に慣れることで精一杯の彼には、行き先すら知る術もない。いつまでもそんな状態を継続させるわけにはいかなかった。シャルロットは今もずっと、自分の帰りを待っている。

ジャックはとうとう業を煮やして、作業に区切りをつけると船長室へ向かった。


突然船長室の扉が開いたことに、机の上の地図を眺めていたドンバスは顔を上げ、目を丸くした。


「なんだ、ジャックか。どうした」


「どうしたもこうしたもあるか。いつになったら俺を港に下ろしてくれるんだ。俺は海賊になる気はないと言っただろう」


ジャックの憤った物言いに、ドンバスはへらへらと笑いを浮かべて再び地図に目をおとした。


「その割には案外熱心に仕事をこなしてるみてえだが? こっちとしては人手不足だったからな、大助かりだ」


「早く家に帰りたいからだ。一体何をしたら俺は解放される? 一仕事終えたら俺を降ろすことも考えると言ったのはお前の方だ」


ドンバスは思わず笑い声を上げた。


「おいおい、俺は海賊だぞ! まさかあれを信じたのか? ロンドンの紳士じゃあるまいし、一言一言覚えて……」


と、ドンバスは言葉を途切らせた。

ジャックから、ただならぬ殺気を感じ取ったからである。


「……冗談だ。ったく、包帯で顔をぐるぐる巻いてるってのに、獣みてえに恐ろしい奴だな。覚えてる、覚えてる」


「行き先はどこだ」


「そんなに息巻くな、悪いようには……」


「答えろ、この船はどこに向かっている?」


ジャックの怒りを含んだ問いに、ドンバスは少したじろいだ。陸の連中は、表の人間だろうが裏の人間だろうが海賊を恐れると言ったのはどこのどいつだ、まるきり嘘じゃないか!

相手から恐怖を感じ取ったドンバスは、かたをすくめて正直に答えた。


「新世界だ」


ジャックは耳を疑った。


「なんだと……し、新世界?」


「そうだ。この船はカリブ海を目指している。今は大西洋を横断中だ」


ジャックは呆然とした。

カリブ海だと? 長い船旅になることは想像していたがーー遠すぎる!

ジャックは頭を抱えた。シャルロットからどんどん遠ざかっている。帰りもますます遅くなるだろう。悲しむ彼女の顔が浮かび、ジャックは運の悪い自分を呪った。


絶望のあまり口を閉ざしてしまったジャックに、ドンバスは心の隅にあった、なけなしの良心が咎めたような気がして言い繕った。


「ま、まあ、待て。場所は旧世界から少々離れているが、お前にどうしてもやってもらいたい仕事があるんだ。それが片付いたら、降りるなりなんなり好きにするがいい」


「……なんだ、その仕事とは」


ドンバスの顔が、すっと真面目な顔になった。


「少し前、海軍とやり合ってな。その時仲間が捕まった。裁判も終わって、首を括られるのももうすぐだそうだ」


「その仲間を……助けに行くというのか?」


ドンバスは頷いた。


「だからまだお前を降ろすわけにはいかねえんだ」


ジャックは少し意外そうに目を丸くした。

海賊は、案外情に厚いらしい。

陸の組織の連中はそうでもなかった。使うだけ使われて捨てられていく人間を何十人も見てきた。決してそんな風には死んでなるものか、と心に決めたものだ。


沈黙しているジャックに、ドンバスは内心ほっと胸を撫で下ろした。どうやら断られることはなさそうだ。


「引き受けてくれるようだな」


ドンバスの言葉に、ジャックはしばらく考えていたが頷いた。


「いいだろう、仕事はきっちりやる。その代わり、それが終わったら、俺を海賊船から降ろすと約束するんだ」


「安心しろ、仲間と一緒に無事に沖に出ることができたら、都合の良い港につけてやる……それまでは俺の乗組員だ、逃げるんじゃねえぞ」




********************




午後になって、甲板に出たドンバスは、風でいっぱいに膨らんだ帆を見上げた。

ここのところむっとした空気を感じるようになった。帽子を取って頭をかきながら操舵手のフレッチャーに話しかけた。


「良い風が吹いてるな」


「午後になってやっとだ、ウィル。朝はひと吹きもしなかったんだぜ」


フレッチャーは、やれやれというように舵輪を握り直した。

ドンバスは前方に視線を投げながらきいた。


「……処刑までに間に合いそうか?」


「どうだろうな、あんまり余裕はなさそうだ。着いてもぎりぎりかもしれねえ。今ぐらいの風が続けばもうちっとは安心できるんだが」


「久しぶりに願掛けでもするか……せっかく幸運を手に握っているんだ、そのためには絶対に間に合わせたい」


船長の言葉に、操舵手は眉を寄せた。


「……ウィル、ほんとうに奴は信用できるのかい? 向こうに着いた途端に裏切るかもしれねえ。そうしたらボリスたちどころか、俺たちまで危ねえんだぞ」


仲間の心配そうな顔に、ドンバスはにやりと笑った。


「確かに、あいつはいつも船を降りたがっているからな。その気になりゃ、俺たちの命をあっという間に地獄行きにすることも容易いだろう」


「おいおい、ウィル……!」


フレッチャーが眉を寄せたのに、ドンバスは首を振った。


「だが、あいつは……ジャックは大丈夫だ。俺の勘が奴は信用できるって言ってる。ボリスたちの脱走もうまくいくさ」


ドンバスの真剣な目を、フレッチャーはじっと眺めていたが、やがて息を吐いて頷いた。


「あんたがそこまで言うんなら」


しかし舵輪を握りなおした操舵手は、少々納得のいかないような表情だった。


「ウィルの勘を信じちゃいるが、あいつのことはどうも……」


ドンバスは頷いた。


「お前の言うことも最もだ。顔も姿も見えないし、初対面では俺に剣を突きつけた。だが、あいつは今回の作戦には必要だ、わかるだろう? そんなに心配なら、奴と腹を割って話してこい。お前とならうまくやっていけると踏んでいる」


フレッチャーは目をぱちくりさせた。


「俺とあいつが……? 本気かよ」


「大真面目だ。思ったより律儀な奴だぞ……とにかく、ジャックに雑用以外の仕事を教えてやれ。マストくらい登れるようにならんと戦闘時も役に立たんだろう」


フレッチャーは嫌そうな顔を浮かべたが「わかったよ」と肩をすくめた。




********************





翌日、ジャックは朝早くから甲板磨きを命じられていた。

乗組員たちは、ジャックにめんどうな雑用ばかり押しつけている反面、彼への扱いに手をこまねいていた。表情も姿も見えない上に、必要最低限しか口をきこうとしない。そもそも人間なのかさえ謎だった。乗組員たちの中でも迷信深い者は、その姿を本気で恐れており、極力関わらないようにしているほどだ。


だがこの日、珍しく彼に近づいてきた者がいた。操舵手のフレッチャーである。

彼は楽天家で頭の回転も速く、他の乗組員からもドンバスからも信頼の厚い若者だった。そして何よりドンバスの仕切るこの海賊船を、この自由な暮らしを、心から愛していた。

そのため新入りのジャックは、フレッチャーにとって危惧するべき対象だった。乗組員から恐れられ、また船長に常に敵意を抱いている存在は、この平和な生活を壊しかねない。それに、新世界で捕らえられている大切な仲間を、正体不明の彼に託して良いとも思えなかった。

しかし、ドンバスは命を狙われたというのに、彼のことをすっかり信用している。フレッチャーの知る限りでは、ドンバスは常に用心深く、どんな相手にも譲歩しない男だったので、これは驚きだった。それゆえにドンバスの言う通り、ジャックと話してみようと考えたのである。



フレッチャーは、ひたすらに甲板を磨くジャックを見ていたが、やがて彼の前にしゃがみこむと、砥石を手に、ジャックと同じように甲板を磨き始めた。

ふと怪訝そうに顔を上げたジャックの視線を感じた。


「俺にも手伝わせてくれ」


磨きながらフレッチャーは、顔を上げずにジャックに言った。


ジャックは顔をあげたまま、少しの間彼を見ていたが、また石を握りなおして作業を開始した。


「……俺を気味悪いと思わないのか」


ジャックの問いに、フレッチャーは手を動かしながら頷いた。


「思ってるさ。正直生きているのか死んでいるのかさえわからねえ。ただ、ウィルがあんたを信用してるからな」


フレッチャーは慣れた手つきで甲板を磨いていたが、突然手を止めてジャックの方を見た。


「なあ、あんたは……人間なのか?」


ジャックはその慎重な様子に小さく笑った。


「人間だ。俺だって死ぬのは怖い」


フレッチャーは手を止めて目を丸くした。

わ、笑った……!


「……へ、へえ。ほんとうに生きてたのか」


「悪魔とか幽霊だとかよく言われるが、死んではいない。ただ、目に見えないだけだ」


その言い方があまりにも寂しそうな口調だったので、フレッチャーは意外に思った。


フレッチャーが手を止めたままずっと黙ってこちらを見ているので、ジャックは居心地悪そうに顔を上げた。


「何か用があるのか?」


「い、いや……まあ、そうだ。あ、あんたはウィルの提案を受け入れたらしいな」


「提案? ……ああ、仲間の救出か。それが何か問題か?」


「その……姿が見えねえとはいえ、海軍の捕らえた捕虜を助けるのは一か八かだろう。あんたは自分の仲間でもねえのに、なんで手を貸す気になったのかとききたかった」


ジャックは、ああと頷き、少し笑いを浮かべて言った。


「お前にとって、この船はそんなに大事なのか」


「え?」


「仲間の救出の作戦を、見知らぬ俺に任せることが不安なんだろう。今の暮らしはそんなにいいか」


フレッチャーは、自分の問いに答えずに質問を返されて不満そうな顔をしたが、深く頷いた。


「もちろんだ。ウィルの海賊船での生活は、俺の全てだ。誰かに壊されてたまるか」


ジャックはその正直な答えに、しばらくフレッチャーの顔を眺めていたようだが、再び視線を落として手を動かし始めた。

フレッチャーは目をぱちくりさせた。


「お、おい、俺の質問には答えねえのかよ!」


ジャックはちらとフレッチャーを見た。


「ああ、俺が手を貸す理由か」


「そうだ、俺はあんたがどうしても信用ならねえんだ。……あんたは、ほんとはジャックって名前なんかじゃねえんだろ」


ジャックは驚いて手を止め、フレッチャーを見た。

彼は鋭い目つきでジャックを見据えている。


「俺、あんたを知ってるぜ。ここじゃ、ジャックって呼ばれてるけど、ナポリのヴァレンティーノ・バトラ。法に触れるか触れねえかの連中に崇められてるだろ。俺はこの船に乗る前に、組織の連中にこきつかわれながら暮らしてたんだ。連中がよくあんたの事を話してたよ。“姿が見えない悪魔の手下”だの、“神に見放されて体の色を失った”だの。で、俺はあんたの姿を見た時、ピンときた。こいつは、例の噂の男に違いないってな」


ジャックは砥石を手元に置いて座り直した。海賊ともあろう者達の中に、自分の事を知っている奴がいないなんてことはないんだな。

ジャックは認めた。


「確かに、ヴァレンティーノは俺の名前だ。だが、そう呼ばれているのはあの一角だけで、他国の連中は誰も知らない」


「そうだろうな、ウィルや他の仲間にきいても誰も知らなかったさ。ほんとうの目的はなんだ、ヴァレンティーノ。何を企んでる?」


明らかに警戒しているフレッチャーに、ジャックは頭をかいた。


「ヴァレンティーノは偽名だ……ジャック・ウィルソンがほんとうの名前だ。ナポリの連中とはもう手を切ってある」


「そんなこと信じられるか? 新世界に奴らが拠点を移したかもしれねえ。あんたがその手先だとしたら、生かしちゃおけねえんだ」


ジャックは肩をすくめた。

やむを得ない。フレッチャーがここまで疑い深くなるほど、ナポリの裏組織は裏切りが多かった。ジャック自身、あの一帯では誰も信じられず、偵察や尾行ばかりしていた。


フレッチャーは、警戒心を露わにした目をこちらに向けている。そういえば、トビアスも最初に会った時はこんな目をしていた。彼の時のように全てを打ち明ければ、フレッチャーはわかってくれるだろうか。


「……俺は、どうしてもこの船を降りたいんだ」


「え?」


ジャックはきちんとフレッチャーに向き直った。


「俺が、ドンバスに仲間になるように強制されたのは知っているだろう。俺は人を待たせているから、一刻も早くこの船から降りたいと思っている。ドンバスにそう言うと、降りたければ仲間の救出に手を貸せと言ってきた。うまくいったら俺を港に降ろすとな。俺がこの船にいる理由はただひとつ、降りるためだ。今のところ反乱や暗殺は、考えていないから安心してくれ。そんなことをしたところで何の得にもならないとドンバスにも言われた」


「降りて何する気だ」


「もちろん家に帰る。言っただろう、人を待たせているんだ」


「誰だ、組織の奴か?」


ジャックは小さくため息をついた。しばらく迷っていたよう見えたが、やがて上着の内ポケットの中から、小さく光る輪っかを取り出してフレッチャーに見せた。


「……何だこれ、お宝か?」


ジャックは先ほどより大きいため息をついてから言った。


「指輪だ。俺には婚約者がいる」


「……は?」


「だから結婚を約束している女がいるんだ。だからすぐにでも帰りたい」


ジャックの言葉にフレッチャーはカチンと硬直した。


「あ、あんた、女がいんのか……?」


「そうだ」


フレッチャーは、ジャックが見せる指輪をかっと見開いた目で見つめ、包帯顔のジャックに目線を戻すと、理解できないというように首を振った。


「な、な、なんで!? その姿で……!? う、嘘だろ!」


「嘘じゃない、もう一年以上も前から一緒になる約束をしている。だからナポリの奴らとも他の街の組織からも足を洗ったんだ」


ジャックの言葉に、フレッチャーは信じられないと首を振り、両手を顔に当てて俯いた。何やら小さくつぶやいているが、何を言っているかは聞き取れなかった。


そんな状態が続くので、ジャックは甲板磨きを再開した。しばらくすると視線を感じ、顔を上げた。フレッチャーが先ほどとは違う目つきでこちらを睨んでいる。


「話せよ」


突然フレッチャーが言った。


「身体が見えねえのに、なんで恋人がいるのか……どんな女なのか話してみろ。きいてやる」


別にこちらとしては話したくはないのだが。

ジャックはそう思っていたが、なぜか反論できないほどにフレッチャーが殺気立っているので、ジャックは作業を中断して座り直した。


「彼女はシャルロットというんだ。商人の娘で、大きな屋敷に住んでいるーー」


最初は大まかな説明だけで終わらせようとしたが、フレッチャーが「それで?」「なんで?」と聞いてくるので、ジャックの話は長編となっていった。

ようやく話が今現在に至ると、フレッチャーはしかめ面をした。いつのまにか殺気が消えていた。


「どうも嘘っぽいな。話がうますぎる」


ジャックは肩をすくめた。


「ま、そう思うのも無理はない。だが、真実だ」


「要するに、あんたはシャルロットさんのために、このまま海賊でいるわけにはいかねえんだな? すぐに向こうに帰りたいと」


「そうだ」


「それでこの船を降りるために、俺たちに協力するってわけか……なるほど」


ようやくフレッチャーの目から警戒の色が消えた。

代わりに皮肉気な笑みと少年のような無邪気さが浮かんでいる。


「しっかし、結婚の日の朝に指名手配されて逃げるはめになるとはね……。偽名とはいえ、彼女にとっちゃ最悪な日になっちまったわけだ」


ジャックはその日のことを思い出して小さく頷いた。


「……そうだな。俺は、結婚相手としては最低な男だろう、姿だって見えない」


「加えて過去の悪行だろ。よく愛想尽かされねえな。普通の女だったらとっくに乗り換えられてるぞ」


ジャックは再び砥石を握った。


「……わかっている」


そう呟くようにいうと、また甲板を磨き出した。

背中を丸めたその姿は、落ち込んでいるように見える。どうやら、気にしていることを言ってしまったらしい。

しかし恋人から引き離されて無理矢理に海賊船に連れ込まれたのに、諦めずになんとか帰ろうとしているジャックが、フレッチャーにはとても健気に思えた。


フレッチャーは優しげな表情を浮かべた。


「まあ、あんたの事情はわかった。仲間を助けた後に、もしもウィルが気まぐれを起こして、あんたを港に降ろさねえって言い出しても、俺がどうにかしてやるよ。こう見えても俺は操舵手だからな」


ジャックは驚いたように顔を上げた。


「……ほんとうか?」


「ああ、任せておけ。ウィルと違って、俺はこうと決めたら絶対にその通りにする男だ。だが仲間の救出には最善を尽くすと約束しろよ」


「もちろんだ。仕事はきっちりこなす。だが、お前はどうして……?」


ジャックは突然協力的になった若者に、戸惑いを隠せなかった。

フレッチャーはいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「だって、ずっとあんたを待ってるシャルロットさんが可哀想じゃねえか。俺はあんたの不幸話をハッピーエンドにしてほしいんだ」


ジャックは驚いたようにフレッチャーを見つめた。

若手の操舵手の顔からは、情に溢れる温かさを感じた。同時に生暖かい風が吹き抜ける。

風は帆を膨らませた。

フレッチャーはそれを見上げて嬉しそうな声を出した。


「いい風が吹いてきたな。新世界もそろそろ近いぜ!」





ジャックはその後、気のいいフレッチャーのおかげで、他の乗組員達からも少しずつ受け入れられるようになっていった。フレッチャーがいつもしつこくジャックに話しかけるので、敬遠していた海賊達もジャックが普通の人間であると安心したようだった。


相変わらず雑用は押しつけられたが、帆の張り方やロープの縛り方、マストに登る方法など、船乗りとしての仕事をフレッチャーから順々に教わり、カリブ海に近づく頃には、ジャックは船の上での仕事を大方こなせるようになっていた。



大西洋を横断しているので、港に寄ることはなかったし、貿易船を略奪している時も、ジャックはドンバスの命でやはり船室に閉じ込められた。


それでも時折、甲板に出て月や星空を見上げたり、ポケットから指輪を出しては、シャルロットのことを思い出していた。

彼女は今、どうしているだろうか。

トビアスはもう街に戻っただろう。彼から話をきいて、シャルロットはどう反応したのだろうか。悲しんでくれたのだろうか。俺を……諦めずに待ってくれるのだろうか。

せめて彼女には、自分が無事であることを伝えたかった。どうにか方法はないだろうか。月を眺めながらぼんやりと考えていた時、ジャックは上着のもう片方の内ポケットに何かが入っているのに気づいた。

取り出してみると、それはトビアスのくれた高価な望遠鏡だった。もらったばかりの時よりも少し色褪せたように見える。彼の言う通り、壊さないで返すことはできるだろうか。と、彼のことを思い出したジャックは、はっとあることを思いついた。







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