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6. ホプキンス氏の書物


ジャックとトビアスは、北街から離れた港町に来ていた。早朝に出発した馬車は昼過ぎに港町の入り口に到着し、そこからは徒歩で海沿いの事務所へ向かっていた。

港町の大通りは行き交う人々で賑わっていた。トビアスはその人混みの中をすいすい進んでいくので、いつも裏通りばかりを歩いているジャックはついていくだけで精一杯だった。


ジャックの容姿はすっかり変わっていた。

馬車で発つ前に、ホプキンス邸にて身ぐるみ剥がされ、トビアスに彼の紳士服を強制されたのだ。今まで着用していた古びたコートと色あせた帽子、大眼鏡はクローゼットにしまいこまれ、代わりに黒く光るベルベットのコートに、ブリーチズとベストが用意された。ジャックはこんな上等な物を着ることはできないと断ったが、トビアスは「僕の隣を歩くならせめてこれくらい着てくれないと僕が困るんです」と言い張り、半ば強引に彼に着せた。包帯は肌を外に晒している首から頭だけに留められ、両手には滑らかな白い手袋がはめられた。怪我人を思わせる包帯の顔面には白い清潔な仮面、頭には上品な黒い帽子が被せられた。こうしてジャックは、街歩く人々に嫌悪や軽蔑ではなく憧れや羨望の目で見つめられる紳士へと変身したのである。



やっとトビアスに追いついたジャックは、小声で言った。


「この服装だと違和感があるだろう。もう一度いうが、俺はお尋ね者なんだ。目立っては困る」


ジャックは着慣れないというように肩を動かしたが、トビアスは怪訝そうにちらとジャックを見てから言った。


「前の格好の方が注目されますよ。この方がずっと自然です。お似合いなんですからもっと堂々としてください」


「似合うも何も、仮面や帽子で全身覆っているに過ぎないんだが……」


「それなら、僕の見立てがよかったということですね。ありがとうございます」


トビアスは続けてジャックの耳元に小声で言った。


「それでも相当地味な仕立てなんですから、慣れてください。あまりこそこそしていると、役人に目をつけられますよ」


確かに、人々の目を引いているのはジャックというよりはむしろトビアスの方だった。ほとんど黒で覆われているジャックと比べて、トビアスの方は金色のボタンのついた深紅のベストに刺繍の施された空色のジェストコートという、煌びやかな貴公子らしい服装で、彼自身に抜群に似合っていた。

その上、ここは賑やかな港町である。財産管理の事務所を訪れる貴族、船から降りたばかりの水夫、異国商人に旅一座など、通りは人目を引く人間ばかりで、トビアス達ばかりが目立っているわけではなかった。


2人はそのまままっすぐ歩き続け、しばらくすると海岸沿いの事務所にたどり着いた。身分証明を求められると困るジャックは、入り口の脇の噴水で待つことにした。


トビアスが事務所内に入ると、書記官たちがせかせかと動き回っており、そのうちの1人が事務所の窓口の手配をしているようだった。


トビアスは窓口に立ち、身分証明書を出しながら言った。


「サミュエル・ホプキンスの事業の書類を預けてあると思うのですが」


「ホプキンス様のご家族の方ですか」


「ええ、息子のトビアスです」


「少々お待ちください」


書記官はトビアスの証明書に目を通すと奥の書物室へ入っていったが、しばらくして何も持たずに戻ってきた。


「お待たせいたしました。ホプキンス様の書物は2ヶ月ほど前に、ドマーニュの港の事務所へ移動しています」


「はっ?!」


トビアスは驚きのあまり大声を出してしまったが、咳払いをすると言った。


「どなたがドマーニュの港町へ移動させたのかわかりますか?」


書記官は過去の記録書を読みながら答えた。


「そうですね……ホプキンス様の事業で関わりがあった方としか明記されておりません。書類はご遺族の方以外は廃棄できないので存在の保障は致します。こちらでお取り寄せもできますが、手続き等ございますので、直接ドマーニュへ行かれた方が早いかと」


結局、トビアスは証拠の書類を得られないまま事務所から出ることになった。




「一体誰なんだ……僕の知らないところで勝手に書類を移動させるなんて! それもたった2ヶ月前だ!」


トビアスが広場の噴水に腰をかけて憤慨しながら言うのを、ジャックは立ったまま彼を見下ろして話をきいていた。


トビアスは言った。


「父は仕事の書類をいつもここの事務所に預けていたんです。7年前に父が死んだ時、僕には中心街で自分の商会があったから、書類は預けたままにして僕は受け取りにいかなかった。叔父や従姉妹も含めて、誰も手をつけていなかったはずなのに」


「2ヶ月前に、何か状況が変わったことはなかったのか?」


ジャックの問いに、トビアスは肩をすくめて答えた。


「僕が結婚したのは2ヶ月前ですけど……」


その言葉に、ジャックはああと納得したように頷いた。


「そうか、君は新婚だったな。なるほど、そういうことか。しかしーー」


「え! 何ですか、何かわかったんですか?」


ジャックは、目を丸くさせているトビアスの隣に腰かけた。


「つまりこういうことだ。7年前にお父上が亡くなった時、君は事業を継ぐつもりは全くなかった。彼の書類を受け取ることもなかったから、お父上によってここの事務所にずっと預けられたままだったんだろう。だが君は従姉妹と結婚することになった」


「ええ、ですが、それがなぜ……?」


「最後まで聞け。君は結婚すると同時に、叔父上と父上2人が共同で行っていた事業を継ぐことになった。それに慌てふためいた連中がいたのさ」


「誰です?」


「ホプキンス氏の事業に深入りしてた裏組織の連中だ。奴らはいきなり君が事業に繰り出してきて仰天した。お父上の書類には自分たちのやらかした違法な取引と名前なんかが記録してあったんだろうからな。正義感の強いことで有名なトビアス・ホプキンスに明かされる前に、何とかして慎重に証拠の書類を始末せねばならない。だが、身内でもないから直接書類に手を触れることもできない。それで遠方のドマーニュの港なんかに送ったんだよ」


「す、すごい……。確かに言われてみればその通りだ……」


トビアスは目を丸くしたまま聞いていた。

ジャックは続けた。


「連中はホプキンス氏の書類を探すのにやっきになったんだろう。それで、ふとしたことから役人に捕まってしまったにちがいない。だが、書類をこの街から遠ざけることには成功した。だから正体のわからない俺に責任を押し付けたんだ。俺が組織の頭ではないという証拠はドマーニュにあるし……」


「息子である僕しか書類に手を触れることはできないと。なるほど、さすが……」


さすがはピョートル・セルビーノだ。トビアスは感心したように頷いた。トビアスは、ジャックが裏組織の中で恐れられているのは、姿が見えないからという理由だけではないなと感じとった。


しかしジャックは少し気落ちした様子で言った。


「だが真相がわかったとしても、ドマーニュの港まで行かなくてはならないとは。あそこまで行くのには船で二週間はかかる」


「おや、船旅は嫌いなんですか?」


トビアスの問いに、ジャックは首を振った。


「いやそうではないが、その、シャルロットを待たせているから……」


トビアスはその言葉に目を丸くしたが、にっこりした。


「手紙を書きましょう。僕も妻に書きます。一番早く出港する船に乗りましょう」




****************





ジャックが発った後、シャルロットは今までと変わらずに商いに精を出し、社交界にも参加した。今までと何ら変わらない生活であったが、心の片隅では大きな不安を抱えていた。

無論、彼女の心配の種はジャックだ。元々後ろ暗いことをして生きてきたと本人は言っていたが、今彼は名指しでお尋ね者とされている。命だって狙われるかもしれない。シャルロットは、ただただ彼が無事であるようにと祈ることしかできない自分をとても無力に感じた。

そんな日々を過ごしていた頃、パーシーズ邸に、一通の手紙が届いた。シャルロットが図書室で本を読んでいたところへ召し使いがそれを持ってやってきたときは、差出人が誰か見当もつかなかった。しかし読み始めると、シャルロットは、はじけんばかりの笑顔を浮かべた。


「ジャックさんからだわ! トビアスと一緒なのだわ!」


手紙の中身は、トビアス・ホプキンスと遠くに行かなければならないことや、帰りが遅くなるなどと簡単な内容であったが、シャルロットは嬉しくてしょうがなかった。また、トビアスからの手紙も同封されていて、北街に住んでいる妻が心配だから時々訪問してやってほしいとのことだった。


シャルロットはホプキンス邸に手紙を送り、返事を受け取ると、すぐに馬車で隣街へ向かった。いつも人が多く賑やかな中心街とは違い、北街は落ち着きがあった。

トビアスの奥様はどんな方なのかしら?確か従姉妹だと言っていたわね。

胸をどきどきさせながら馬車は目的地に到着した。

扉をノックすると、ドアが開いて中から召し使いが現れた。


「どなた様でしょうか」


こぎれいな服装で、主人に忠実そうな召し使いのようだった。


「突然お邪魔してすみません。私はシャルロット・パーシーズと申します。奥様にお取り次ぎをお願いできますか」


召し使いは少し目を見開くと、少し動揺したような口調で言った。


「パーシーズ様……!? ロ、ロ、ロビーでお待ちください。お、奥様にお伝えいたしますので」


召し使いはシャルロットをロビーまで通すと、走って廊下の奥へ行ってしまった。


遠くで「奥様! 奥様!」と叫ぶ声がした。そして向こうにも階段があるのか、ドタドタと駆け上がる音が聞こえた。

シャルロットはその様子に目をぱちくりさせていたが、振り返った瞬間、息をのんだ。このロビーの豪華なこと! 階段の白い手すり、壁や柱は白い彫刻で覆われ、床にはシミひとつない上等な絨毯が敷かれている。壁には女神や天使の描かれた絵画、棚やテーブルの上には異国風の美しい調度品が飾られており、さすがホプキンス邸だわとシャルロットは感心したように頷いた。


その時、2階から足音が聞こえて、シャルロットは上を見上げた。階段を降りてきたのは深緑のドレスに身を包んだ、ひどくおとなしそうな女性だった。彼女がトビアスの従姉妹であり、妻であるマーガレット・ホプキンスであった。

ホプキンス夫人は階段を降りてくると、緊張したようなぎこちない笑顔で言った。


「……ようこそいらっしゃいました。はじめまして、マーガレット・ホプキンスです」


上品な顔立ちに、ガラスのように透き通った青い目が印象的で、シャルロットは友人のことを思い出し、思わず微笑んだ。


「はじめまして、シャルロット・パーシーズですわ。あなたに会えてほんとうに嬉しく思っています」


しかし、マーガレットの方はあまり嬉しくなさそうだった。周りにいる召使いたちも警戒した様子でこちらを伺っている。

やむを得ないわ。シャルロットは心の中でため息をついた。

自分の夫に友人として紹介されたのが女性であったら、誰でも2人の関係を勘ぐるものだ。ましてやトビアスは社交界でそうした浮名を流していた。こうして訪問する女性が、私が初めてなら良いのだけど。シャルロットは、トビアスが屋敷を中心街でなくこの北街に移したことに改めて同調した。


マーガレットはふと気づいたように言った。


「こんなところで待たせてしまってごめんなさい。こちらへどうぞ」


案内されたサロンはロビーよりももっと豪華だった。長椅子はビロードにレースをあしらったカバーがかけられており、テーブルの脚は金色で猫の形をしていた。用意されたお茶のカップは花の絵と金で縁取りで飾られ、これまで見たことがないほど美しいものだった。

シャルロットは小さく感動しながらそれを口につけた。薔薇の香りが広がる。


「おいしい! こんなに素晴らしいお茶は初めてです! 素晴らしいわ!」


シャルロットの正直な賛辞に、マーガレットは少し驚きの表情を浮かべたが、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。私もこれが好きで、夫に頼んでよく買ってきてもらいますの」


シャルロットは少し迷ったが言った。


「あの、お礼とお詫びを言わせていただけますか。私の婚約者がご主人にお力添えを頼んだために港町に奔走してくださっていると伺いましたの。ご新婚なのに、その、申し訳なくて……」


シャルロットがすまなさそうに頭を下げたのに、マーガレットは再び驚いたように目を丸くして首を振った。


「い、いえ、義父に関することですし、夫の仕事の関係ですから……!」


“夫の仕事”という言葉に、シャルロットはマーガレット自身は事業に関わっていないということに気づいた。そういえばトビアスが彼女は箱入り娘だって言ってたわね。


シャルロットの考えを読んだかのように、マーガレットは落ち込んだ声で言った。


「私は、名目上、夫の共同経営者となっていますが、実際は何もしていませんの……。シャルロット様は婚約者の方とは関係なく、お一人で商会を営んでいるそうですわね。夫はあなたがこの辺りでは有名なのだと自慢気に語っておりましたわ」


シャルロットは胸の内で唸った。

トビアスったら。世間知らずの不安を抱えた新妻に、女の友人のことを自慢するなんて、神経を疑うわ。

シャルロットは小さく首を振った。


「私はただ父の仕事を受け継いだだけです。それに、一年前まではある屋敷で下働きをしていましたのよ」


「え……?し、下働きですか?」


マーガレットは目を瞬かせた。


「で、でも、夫が言うには、パーシーズ商会と言えばとても……」


「ええ、父が生きていた頃は良い暮らしをしていました。でも父が亡くなり、遺産目当ての叔父の罠にはまって、屋敷も資金も何もかも失ってしまいましたの。路頭に迷う寸前だった私を、不憫に思った父の友人が使用人として雇ってくださって、皿洗いをして生活していました」


父親がこの世を去り、希望も失い、ただ哀しみを紛らわすために、がむしゃらに働いていただけの日々だった。ほんとうは、あのまま一生を終えていたかもしれなかったのだ。

シャルロットは続けた。


「でも、ある方に救われて、再び屋敷を取り戻しました。その方に、このままではいけないと言われーー何にも臆することのない強い人間になろうと思ったのです。商業は父の残してくれた、強くなるための大事な手段ですわ」


マーガレットはシャルロットの話を目を見開いたままじっときいていた。そしてしばらく黙っていたが、やがて目を伏せ声を震わせて言った。


「その助けてくれた方というのがトビアスなのですか」


その確信したような問いにシャルロットは慌てた。


「ち、違いますわ!」


やはり彼女は誤解している! シャルロットは手元に置いていたカップをテーブルに置いてマーガレットにしっかりと向き直った。


「絶望していたときに救ってくれたのは、私と結婚を約束してくださっているジャック・ウィルソンという人です。あの方こそが、私の愛するただ一人の男性ですわ! トビアス・ホプキンスは、私に商いを教えてくれただけです。友人ではありますが、それ以上の関係ではありません!」


マーガレットは、シャルロットの必死な様子に少したじろいだ。


「そ、そうなのですか……? でも、トビアスはシャルロット様をとても信頼なさっていて……」


「信頼は勝ち得ました! 商人の間ではとても大事なことですもの。でも私たちはただの友人で、こうして参りましたのも、トビアスがあなたのことをとても案じていたからですわ。私はただ、何かあなたの力になれるかもしれないと思ったのです!」


シャルロットの真剣な表情とその物言いに、マーガレットは目を見開いていたが、やがて警戒を解いたように力を抜いた。


「そ、そうだったのですかーー私はてっきり……」


ほうっと胸を撫で下ろした様子のマーガレットに、シャルロットはひとまず信じてもらえたことに安心したが、彼女をこんなにも不安にさせた友人に憤りを感じた。

あちこちで浮名を流していた彼が結婚すると聞いたときこそ信じられなかったが、こんなに周りに影響があるだなんて、彼は考えた事があるのかしら?トビアスは社交界において、多くの女性に気遣いのできる紳士であったが、一人に誠実であろうとはしなかった。誠実である相手はあくまで利益や損得の生じる商会の顧客だけ。無論マーガレットと結婚すると決めたのだから、今までの女性たちとの関係は切ったのであろうが、妻に対して彼は一体どのように接しているのだろうか。


そんなシャルロットに、マーガレットは躊躇いながらも実はと切り出した。


「先ほども申した通り、私は事業には全く関与していません。でもトビアスの手紙によると、帰りは予定よりもずっと遅くなりそうなのです。実は顧客の方々がときおり屋敷に訪れるのですが、私は何をどうしたら良いのかわからなくて……」


マーガレットは情けなさそうな表情を浮かべて続けた。


「実際に叔父の仕事を引き継いだのは私自身なのに、結局何もできないままで顧客を待たせる形になっています。でも、これ以上待てないと言われてしまうのは時間の問題で……。トビアスが帰ってくる頃にはたくさんの顧客を失ってしまっているかもしれないのです!そうしたら、私はまた彼を失望させてしまう……」


シャルロットはマーガレットの心の中に渦巻く不安を感じ取った。似ているわ、一年前の途方にくれていた私に。突然支えを失うと、今までそれにすっかり頼っていたために、急に不安定になり、自分がとても無力だと思い知るのである。

それにしても、"また彼を失望させてしまう"とは、一体どういうことだろうか。


マーガレットは、残る不安な気持ちを述べた。


「それから……その、私は社交界が苦手で、顧客に関しても世間に関しても、情報に疎いのです。何もわからないのに、やっていける自信がなくて。もうどうしていいのか……!」


マーガレットの不安げな声をシャルロットはじっときいていたが、静かに尋ねた。


「ホプキンス夫人は、ご主人がいない間だけでも、代わりとなって事業を営む意志はありますか?」


突然の質問に、マーガレットは目をぱちくりさせたがしっかりと頷いた。


「え、ええ。私にできるのであれば……!」


その返答に、シャルロットはにっこりと微笑んだ。


「それなら大丈夫ですわ。あなただけでもきっと事業は運営できます。トビアスも何か記録を残しているはずですわ。それを元に整理していきましょう。いざとなったら、私もこの街の友人に相談してみます」


「事業家の友人がおありなのですか……?」


マーガレットは目を見張った。

シャルロットは頷いた。


「ええ、信頼できる方がいますわ。夫婦共同なので、奥方も事業に関してはとても詳しい話をしてくださるかと。よろしければご紹介しますわね。社交界は情報がたくさん飛び交うので、利用すればとても便利ですのよ。私はそのために舞踏会に出向いています」


マーガレットは、目を丸くした。


「女性の方はみんな結婚相手との出会いを求めるのが目的かと思っていましたが、違うのですね……」


シャルロットは笑った。


「もちろん、そうした目的の方は多いですわ。実は、私も社交界は苦手なんです。ご存知かしら、舞踏会に来た女性達が話すことって決まっていますのよ。いつも、ドレスや髪型、誰がお金持ちで誰がハンサムか。そんな会話ばかり、うんざりするくらい毎回同じなのです。どうして飽きないのか、ほんとうに不思議!」


マーガレットはシャルロットのおどけた様子に、思わず吹き出した。シャルロットはマーガレットに初めての笑い声に歓喜した。よかった、やっと自然に笑ってくれたわ!


「誰でも最初は不安です。でもホプキンス夫人にやろうという意志があるのなら、なんだってできますわ。私もお手伝いしますから、一緒にがんばりましょう」


マーガレットはシャルロットの意気込んだ様子を眩しそうに見つめていたが頷いた。


「ええ、やってみます。やはり、トビアスの言った通り、あなたはとても素敵な方ですわね。互いに信頼し合える友人だなんて、夫が羨ましいわ」


「あら、ホプキンス夫人とは、ご主人以上に仲良くなれそうだと私は期待しておりますわよ!」


何より第一印象が、とシャルロットは心の中で付け加えた。

同じ目や髪色で少し似ている顔だと思っていたが、性格は全く違う。トビアスは常に堂々としていたが、マーガレットは内気でおっとりしており、言葉ひとつひとつに躊躇いが感じられる。まるで彼女の自信をトビアスが吸い取ってしまったみたい。シャルロットがそう考えていたとき、マーガレットは、はにかみながら言った。


「そ、その、私のことは、マーガレットと呼んでくれますか……」


シャルロットは微笑んだ。




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