11. カリブ海からの知らせ
「お嬢様! シャルロット様!」
朝、若い女が主人を求めてパーシーズ邸の廊下を走り回っている。ルチアという名のメイドだ。
「何事なの?」
「うるさいわね」
「あれではすぐマリーさんからお小言をくらうわ」
忙しく朝の準備をしているメイドたちのところへ、その騒がしいメイドが走ってきた。
「シャルロット様は? まだお食事ではないのね!?」
息せき切って確かめると、彼女はまた廊下を走りぬけて行った。
その場にいたメイドたちは肩をすくめ、また仕事に戻る。
彼女の大きな声は、寝室にいる主人もすぐに伝わった。シャルロットはベッドの上で起き上がって、メイド頭のマリーと話をしているところだった。
「あれは……ルチアの声ね。一体どうしたのかしら」
ふくよかなメイド頭は深々と頭を下げて言った。
「申し訳ございません、すぐに注意して聞かせますので……」
と、その時、激しいノックの音と共にルチアの、「シャルロット様!」という呼び掛ける声が扉の外から聞こえた。
マリーは肩を怒らせて、扉に近づいていく。
「マリー」
シャルロットの呼んだ声に彼女は振り向いた。
「あんまり怒らないでね、朝からかわいそうだわ」
マリーは微笑んだ。
「心得ております」
そう言ったのにも関わらず、彼女は扉を開けた瞬間、雷を落とした。
「朝から騒々しい! 何事ですか!」
しかしルチアの方は、何も動じないような顔で「申し訳ありません」とマリーに軽く頭を下げると、ベッドに座っているシャルロットの方へ駆け寄った。
「ルチア! あなたは……!」
「お嬢様!」
ルチアはマリーの声を遮ってにっこりと笑いながら、小さな四角い封筒を差し出した。
「ジャック様からのお手紙ですよ!」
シャルロットは目を見開いて、ルチアを見た。震える手で手紙を受け取り、差出人を見た。
嘘。
そこには、ジャック・ウィルソンという文字が並んでいた。
「ジャックさんから……彼から手紙だわ! 彼から手紙が届いたのだわ!」
シャルロットはベッドの上で喜びの声をあげた。
信じられない。まだ夢をみているのかしら?
シャルロットは嬉しさのあまりベッドから出て、その場にいたルチアに抱きついた。
「ありがとう、ルチア。私、ほんとうに……!」
シャルロットは嬉しさのあまり涙を浮かべた。
「お嬢様……よかったですね」とルチアも涙ぐんだ。寝室は暖かい雰囲気に包まれていたが、しばらくするとメイド頭のマリーがさあさあと声をかけた。
「シャルロット様、まずは朝の支度をなさってください。お着替えを済ませて、それからお手紙の時間です」
マリーの言葉は、ありがたかった。きっと今は彼の文字を見ただけで泣いてしまう。心の準備が必要だった。まさか海賊船に乗っているのに、手紙を書いてくれるなんて思ってもみなかったのだ。
ようやく着替えを済ませると、シャルロットは息を吐いてイスに座り、封筒を開けた。
並んでいる文字は、いつかトビアスの手紙と共に来たジャックの字のままだった。
「間違いなく彼からだわ……」
シャルロットは意を決して、読み始めた。
“愛するシャルロット
まずは君に詫びたい。俺は結婚式の日に家を出て、役人に追われ、お尋ね者となり、海賊に捕まった。そして、今はカリブ海にいる。こんな俺を、君が今も待ってくれていると思うと、ほんとうに申し訳ない。俺が乗っている船は、ウィリアム・ドンバスという船長が率いる海賊船だ。トビアスから俺が海賊船に乗ったと聞いて、君はショックを受けたと思う。だが、俺は海賊になったつもりはない。船長は気まぐれだが、これからやる仕事が終われば、次の港で降ろしてくれると約束してくれた。
これが君のところへ届く頃には、もう大西洋を横断しているかもしれない。
1日も早く君の元へ帰るつもりだ。
帰ったらすぐに俺と結婚してほしい。
ジャック・ウィルソン”
シャルロットは、手紙を何回も何回も読んだ。彼はカリブ海にいるのだ。なんて遠いのかしら。そんなところから帰ってこようとしてくれている。
「ジャックさん……今、心からあなたに会いたいです」
シャルロットは、手紙を胸にあてて目を瞑った。返事を出せないのは残念だけど、今私にできることは彼を信じること。
シャルロットは手紙を持ったまま部屋を出た。
「シャルロット様、どこへお出かけになられるのです?」
通りかかったメイドが声をかけると、シャルロットは笑顔で答えた。
「ホプキンス夫妻のところよ。手紙のことを知らせたいの!」
********************
シャルロットがジャックからの手紙を手に、ホプキンス夫妻の元を訪れた時、ちょうどトビアスは出かけていた。
「まあ、ジャックさんから手紙が! 実はトビアスも、知り合いの紹介で、海軍の方に話を聞きに行ったらしいんですの。もうすぐ帰りますわ」
マーガレットはジャックからの手紙を読ませてもらった後、嬉しそうに言った。
しかし、まもなくトビアスが消沈したように暗い顔をして帰ってきた。
そうして、シャルロットが客間にいることを知ると、びくっと身体を震わせた。
「シャ、シャルロット……」
そのただならぬ友人の顔に、シャルロットは何か悪い事が起きたのだとわかった。
マーガレットも心配そうに夫の肩に手をやった。
「トビアス、どうしましたの? シャルロットさんのところにジャックさんから手紙が届いたそうよ」
トビアスはそれをきいてはっと顔をあげた。
「ほ、ほんとうかい?! それは……いつどこで書かれたのかな」
トビアスはシャルロットから手紙を受け取り、封筒を見た。6月3日付で発送されていた。中身を取り出して、内容を確認する。
トビアスは目を細めた。
「トビアス、一体どうしたの? 日付が何に関係しているの?」
シャルロットの問いに、トビアスは眉を寄せて答えた。
「得意先に、海軍の友人がいるんだ。ジュリアン・バローという名の中尉だ。さっき彼の話をきいてきた。ジャックさんの乗っているウィリアム・ドンバスの海賊船の情報をきこうと思ってね」
トビアスは苦い顔で続けた。
「もう2週間以上前になる。6月4日の夕方、アンティル諸島付近で巨大なハリケーンが発生したらしい。嵐よりも何倍も大きなやつだ。それで、ジャックさんの乗っていると思われる海賊船が……難破したんだ」
シャルロットは息をのんだ。
難破……?
「し、沈んだの?」
トビアスは青い顔で頷いた。そして、フランス海軍の友人からきいた情報を全て話した。
ドンバス一味がイングランドの領土テライア要塞を襲撃し囚人を脱走させたこと、その後海賊船は、アンティル諸島の北部へ向かいハリケーンに直面したこと、そして船が難破したこと。
「ただ、船が沈んだ近くには小さな島がたくさんある。そこに流れ着いた可能性は十分にあるらしい。僕がきいたのはここまでで……シャ、シャルロット!」
シャルロットは、思わずその場で崩折れてしまった。
マーガレットとトビアスの2人が彼女を支えて長椅子に座らせた。
難破。
船に乗るときいた時から覚悟していたことだった。
シャルロットはぼうっとしながら、社交界で知り合った未亡人のコンスタン夫人のことがふと頭によぎった。彼女の夫は遠隔貿易商人で、船が難破して亡くなったのだと言っていた。「もう3年も前なのよ」と言う夫人の目には涙が浮かび、未だ乾くことを知らないようだと感じたものだ。
マーガレットが言った。
「ジャックさんは、ほんとうにその船に乗っていたのでしょうか。もしかしたら乗っていなかったという可能性もあるのではなくて?」
トビアスは首を振った。
「ジャックさんの手紙には、仕事を終えたら船を降りるとある。その仕事というのが要塞襲撃だとして、すぐ翌日に入港できる島があったとしたら、難破することはなかっただろう」
日付から考えると、降りる暇がない。つまり、ジャックさんは確実にその船に乗っていたということだ。
「だが、船長であるドンバスや、その乗組員が死んだという情報はまだ一切流れてきていない。ジャックさんがどうなったかも、まだわからないよ」
目の前に腰かけたトビアスが言った。
シャルロットは少しの間沈黙していたが、トビアスの目を見て「私が向こうに行こうかしら」と呟くように言った。
「だめよ!」
「やめろ!」
マーガレットとトビアスは同時に真剣な顔で止めた。
トビアスが言った。
「まだ情報が錯誤している可能性がある。場所も、ほんとうにそこであっているのか確実じゃないんだ」
「それに、もしもジャックさんがこちらに向かっているとしたら、すれ違いになってしまいますわ!」
マーガレットはシャルロットの隣に座って手を握った。
「もうしばらく待ちましょう。とにかく場所が離れているのですから。それに、ジャックさんは必ずシャルロットさんのところへ帰ると約束したのでしょう。今は待つしかありませんわ」
シャルロットは目に涙を浮かべながらも「わかったわ」と頷いた。
確かに2人の言う通りだ。まだ手紙も情報も届いたばかり。これだって届くのに半月以上かかっているのだ。
今私にできることは、彼の無事を祈ることだけだ。
その日からシャルロットは教会でも、食事の時も、月にも祈った。
しかし、一人で物思いにふける時間の多くなったシャルロットは、だんだんと暗い顔ばかりを浮かべるようになった。
メイドや召使い、社交界の友人たち、貧民街の子どもたちでさえも、心配して彼女に声をかけたが、シャルロットの顔色は悪くなるばかりだった。
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「葬式……? シャルロット、それは――どういうことだい?」
真顔で話す彼女を前に、トビアスは目を見開いて聞き返した。
「ジャックさんは、きっと死んだのよ。天国に……せめて送り出してあげたいの」
トビアスはその場にいたマーガレットと顔を見合わせた。
トビアスは客間の入り口で突っ立ったまま言った。
「……冷静に考えるんだ。一体誰にそそのかされた?」
「誰にですって? いいえ、自分で考えたのよ。ハリケーンに襲われてからもう2ヶ月以上経っているわ。それなのになんの音沙汰もない。もう……亡くなっているのよ」
マーガレットはシャルロットの方へ駆け寄ると手を取り目を見て言った。
「シャルロットさん、あなたはジャックさんを信じると決めたではありませんか。彼は必ず帰ってくると言っていたのでしょう。それなら使いを出して、海軍の方に探していただくということも……」
「いいえ、そんなことできないわ。だって……彼は姿が見えないんだもの。マーガレットさんは、見たことがないからわからないのよ!」
マーガレットは眉を寄せた。
「姿が見えない? どういうことですの」
シャルロットはとうとう両手を顔にやって泣き出した。
「彼は……透明人間なの。見える服を着ていたって、きっと誰にも気づいてもらえないわ」
マーガレットはシャルロットの言っていることがよくわからなくて、茫然と立ったままだった。
客間には、ただシャルロットのすすり泣きが響いていたが、やがてトビアスが口を開いた。
「……まだ2ヶ月だ」
友人のいつになく低い声に、シャルロットは顔をあげた。
「僕は、ジャックさんが死んだなんて思ってない。第一死んだのならそれなりの情報が流れてくるはずだ。彼は簡単には死なないと僕は思っている。約束もしたんだ」
「で、でも……」
シャルロットは唇を震わせた。
トビアスは顔を歪めた。
「シャルロット、僕は初めて君にがっかりしたよ。そんなの、君の勝手な判断じゃないか! 確かに彼からは連絡がない。でも、だからって死んだと決めつけるのは早すぎないか?」
「だ、だって……、もし死んでいたのなら……」
と、シャルロットが弱々しくそう言ったのをきくと、トビアスははじかれたように部屋を後にすると、ガタガタと音を立てた後、別の部屋から何かを持ってきた。
どうやら衣服のかたまりのようだ。
それをドサッと音を立ててシャルロットの前に落とすと、トビアスは怒鳴るように言った。
「そんなに葬式をしたいならするがいいさ! これが彼の遺品だ、勝手に墓でもたてるんだな! だが、君はそんなに弱かったのか? 言わせてもらうけど、君は、死んだと人からきくのがただ恐ろしいだけだろう。だからもう死んだことにしてしまいたいんだろう? そんなこと、あまりにもジャックさんに失礼だぞ!」
「トビアス……!」
マーガレットが止めようと逆上した夫に駆け寄る。
だが、目を見開いたままのシャルロットを前に、トビアスは続けた。
「僕は信じている。ジャックさんは絶対に帰ってくると、信じているよ。きっとどこかで君を思っているに違いない。だが……君がそう信じてやれなくて、誰が信じる? ジャックさんが僕の代わりに船に残ったのは、君の事を信じているからじゃないのか? 君が強い女性だと、君がジャックさんを信じて待ってくれると思っているからじゃないのか!」
トビアスは一気にまくしたてたので、息が荒くなっていた。
シャルロットはトビアスの言葉に呆然としていた。驚きのあまりに涙が止まっている。
マーガレットは初めてみた夫の剣幕に驚き、2人を交互に見ながらおろおろするばかりだった。
シャルロットは、服のかたまりに目を落とした。その中から覗いていた包帯を掴む。ジャックの包帯だ。
それを手にし、シャルロットは2,3回まばたきすると、目が覚めたような声で言った。
「わ、私……」
そこまでいうと、部屋をぐるりと見回して、ホプキンス夫妻を見る。
マーガレットは心配そうに、トビアスは怒ったような、真剣な顔つきのままこちらを見つめている。
「その……ごめんなさい」
それだけ言うと、シャルロットは部屋を飛び出した。
驚くメイド達をやり過ごすと、ホプキンス邸の廊下を走って外に出る。そしてそのまま自分の馬車に乗り込むと、御者に「出して」と叫んだ。御者は戸惑っていたが、すぐに鞭をふるって馬車を進めた。
シャルロットは馬車の中で溢れる涙をおさえきれなかった。
もう自分がよくわからなかった。何をしたいのか、誰を信じたいのかも、わからない。
ただジャックに会いたい、それだけだった。
シャルロットは混乱した気持ちで、自分の屋敷へたどり着いた。辺りはすっかり暗くなっていた。馬車から降りて屋敷を見上げると、窓からは明かりが溢れている。
ふと去年の冬のことを思い出した。
あの時は、まだこの屋敷は叔父が住んでいると思っていて、近づくことが怖かった。
しかし予想外にも中にいたのはジャックだった。
もしかして……あの時のように、彼はもう部屋で待っているのかもしれない。私が帰ってくる前にとっくに帰って来て、前のように驚かせようとしているのかもしれない。そうよ、きっとそうだわ! そう思い、走り出した。
「おかえりなさいませ……まあ、シャルロット様、一体どうなさったのです?」
いきなり駆け込んできた泣き顔のシャルロットに、屋敷のメイド達は驚いて言った。
「なんでもないの! 上に行くわ」
シャルロットはそう言うと、一人で階段を駆け上がっていった。
廊下は暗かったが、一つだけ居間の部屋にあかりが灯っている。去年と同じように胸をどきどきさせ、去年と同じようにその部屋の扉に手をかけ、立ち止まった。
誰もいなかった。部屋はがらんとしていて、静寂が耳に痛かった。
部屋に灯されたあかりは、いつものようにメイドのルチアが灯しておいてくれたのだろう。
シャルロットは我に返ったような顔をして、自嘲するように鼻で笑った。
当たり前じゃない、彼は新世界にいるのだから。
そろそろと部屋に入って、ジャックが座っていたあの椅子に腰を下ろした。
彼はあの時、確かにここに座っていた。
シャルロットの耳に、あの時のジャックの言葉が蘇る。
「どうしてあなたがここに」という自分の問いに、ジャックは言った。
『約束は守ると言っただろう』
言った。
言ったわ、確かに言った。
シャルロットは肩を落として下を向き、ふと自分が握りしめている物に目を落とした。
トビアスの屋敷にあった、ジャックの包帯だった。いつも彼が手や顔に巻いていた、あの包帯だ。
そうだと認識した瞬間、シャルロットは発作的に嗚咽を漏らし始めた。
止まらなかった。
私は……私は、何を考えているのかしら。
ジャックさんが死んだ、ですって?
先ほどトビアスが言った言葉が思い出される。
『死んだと人から聞くのが恐ろしいんだろう』
その通りだった。
生きているのか死んでいるのかわからない彼を待ち続け、死んだと知った時、自分はどうなるのだろうか。そんな絶望が訪れるまで、こうして待たなければならないのか?
シャルロットは唇を噛み締めた。
そう、私は耐えきれなかったのだわ。
淡い希望を抱いていることがとても虚しく感じたのだ。期待すればするほど自分が傷つくと思ったから。
なんて臆病なの。ちっとも強くなんてないじゃない。
シャルロットは自分が情けなくて泣いた。彼の言った「強くなれ」という意味が、たった今、身に染みてわかった気がした。
またトビアスの言葉が脳裏によぎった。
『君がそう信じてやれなくて、誰が信じる?』
シャルロットは包帯を握りしめた。
そうよ、彼の言う通りだわ。
まだ2ヶ月しか経っていない。彼は帰って来ると約束したわ。彼が約束を違えたことは一度だってなかった。
ジャックさんが私を信じているなら、何年だって待ってみせる。その時こそ、ジャックに強くなったと胸を張って言えるのだ。
シャルロットの目は、絶望から一転して決意に溢れていた。
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明くる日の午後、トビアスはお茶を用意したマーガレットを前に、大きなため息をついた。
「僕は、僕はなんてひどい事を言ってしまったんだ……」
彼はシャルロットに言った事を思い返し、眉を寄せていた。
「あんな追いつめるような言い方をするべきじゃなかった。第一、僕のせいでジャックさんは海賊になってしまったのに、なんて無責任な……」
「シャルロットさんなら、あなたの気持ちはちゃんとわかってくださいます。とにかく、お茶を飲んでくださいな、落ち着きますから」
マーガレットは、落ち込む夫にお茶を勧めた。トビアスは申し訳なさそうに妻を見上げた。
「真剣に心配してくれている君にも、大事な事を言っていなかった。ジャックさんの姿が見えない事をずっと言えずにいたんだ……」
マーガレットはあの後すぐに夫にジャックの正体をきいた。信じられなかったが、シャルロットや夫が嘘をついているとは思えなかった。
マーガレットは眉尻を下げて微笑んだ。
「私はジャックさんとお会いしたこともないのですよ。ご友人の大事な秘密なのでしょう。あなたはただ彼に誠実であっただけです」
「ああ、でも君には誠実じゃなかった。シャルロットからも何度もマーガレットには誠実でいろと言われているのに。ああ……」
トビアスはますます頭を抱え込んだ。
その時、屋敷の中からメイドが出てきた。
「ご主人様、奥様、たった今シャルロット様がおみえになりました」
「えっ、シャルロットが!?」
「まあ……! すぐここへお通しして」
トビアスは顔を青くさせたが、マーガレットはほっとしたように手を合わせた。
メイドの案内で、シャルロットはホプキンス邸の美しい庭園にやって来た。白いテーブルとイスの隣には、屋敷の主人二人が立っていた。マーガレットはこちらをみて微笑んでいるが、トビアスは青い顔で目を逸らしている。
「よくいらっしゃいました、シャルロットさん」
「突然押しかけてごめんなさい」
シャルロットは、マーガレットに小さな笑みを浮かべてお辞儀をすると、トビアスの方を向いた。そっぽを向いている彼に「トビアス」と呼びかけると、頭を下げた。
「この前はごめんなさい。そして叱っていただいてありがとう。すごく効いたわ」
「えっ?」
トビアスは驚いてシャルロットの方を見た。
シャルロットは感謝の念を込めて続けた。
「あなたに言われてわかったの。私がジャックさんを……そして自分さえも信じていなかったと気づいたわ。ほんとうにありがとう」
「な、何を……だって、僕は、一番苦しんで追い詰められている君にひどい事を……」
シャルロットは、首を振った。
「そんな風に思っていないわ。あなたのおかげで自分の弱さを痛感した……目が覚めたわ」
友人の言葉をきいて、トビアスの顔にほっとしたように笑みが広がった。
「シャ、シャルロット、じゃあ……ジャックさんのこと、諦めていないんだね?」
シャルロットは、笑顔で頷いた。
「ええ、もちろんよ。私は待つわ。きっと、ジャックさんは帰ってきてくださるもの」
シャルロットの瞳は、この前とは打って変わって希望に輝いていた。
約束したんだもの。シャルロットは指にはめられた指輪をそっと撫でて、ジャックを想った。




