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名無しの手紙0 〜カルマとロボット〜  作者: 山本良磨
第2話 ファルシオン編 その1
9/28

義手

 どれだけの時間泣いたのだろう。

 カルマはベッドから体を起こした。まぶたに溜まる涙を拭ききり、スンと鼻をすする。

「落ち着きましたか」

「うん、ありがとう。えーと……君は?」

 カルマの問いに、少女はにこやかに答えてくれた。

「UA-800です」

「……え?」

 思わず訊き返した。

「UA-800です。十二年前に試作品として製造された量産型ロボットです」

 少女はさっきと同じ笑顔で説明を付け足してくれた。

「ロボット……」

 訊いたことはある。ニコがよく口にしていた。


(聞いてくださいよカルマ! 機械文明都市のファルシオンには昔、人間の姿をした、自動で動く機械があったらしいんですよ。でもそれはまだ技術が確立できていない試作段階で、完成する前にファルシオンが滅びてしまったんですけどね。一回見てみたかったなあ……)


 ニコもファルシオンの失われた技術に憧れ、昔の本を読みふけっては、カルマたちに話をしてくれていた。正直なところ、カルマがファルシオンに興味を抱いたのはニコの影響なのだ。

(これが、ロボット……?)

 いやいや、とカルマは思い留まった。そして今一度よく目の前のロボットをじっくりと眺めた。肌の色、服、顔、瞳……。

(どこからどう見ても、普通の女の子じゃないか!)

「本当にロボット? 本当に本当に本当にロボットなの?」

「本当に、本当に本当に本当にロボットですよ。これを見せたら分かりやすいですかね」

 そういって少女は、自分の左手首に右手の爪を立てる。そして手袋を脱ぐような動作で、自分の肌色の皮膚を剥がした。カルマはギョッとする。

 そして肌色の皮の下は、銀色に光る機械の腕になっていた。

「普段は隠していますが、私は全身こういう機械でできています。これで理解していただけましたか?」

「あ、ああ……よく分かったよ」

 目の前の少女が正真正銘ロボットであるという事実に、返事をしながらも驚きを隠せない。

「ロボットがここにいるってことは、もしかしてここは……ファルシオン?」

「はい、ファルシオンです。ファルシオンへようこそ」

 あっさりと肯定。少し拍子抜けした。

 カルマは自分のいる部屋を見回した。ヒスカの自分の部屋と比べると幾分広くて、ゆったりとしている。

 棚やベッド、鏡、窓など、カルマにも名称が分かるものもある一方で、カルマが今まで見たこともない、用途も名前もまるで分からないものも部屋の中には多くあった。

 知らない部屋、知らないもの、そして目の前にいるロボット。

 本当に自分がファルシオンに来たのだとつくづく実感させられる。

 そのロボットが、思い出したかのように語りかけてきた。 

「あ、そういえば腕の調子はどうですか? 痛みはないですか?」

「え、何のこと?」

「いえ、ですから、その左腕ですよ」

 指さされたところを、自分の左腕を見た。

 すると、そこには、

「なん、だ……これ……?」


 腕の形をした得体の知れないものが、自分の肩から先にくっついていた。


「ちゃんと思い通りに動きますか? 旦那様に一度取り付けたことがあるので、うまくいっているとは思うのですが」

 ロボットは、カルマの左腕に付けられているものを手に取り、不安そうに様子を眺めている。

 カルマはロボットの手を振り払い、自分のいる部屋を見回した。

 隅の壁に掛けられていた鏡を見つける。カルマはベッドから飛び出し、鏡の前まで走った。もう一度、鏡越しに自分の上半身をよく見る。

 そうだ。今の今まで忘れてしまっていたが、カルマは腕を魔物に喰われたのだ。

 そして鏡に映る自分は、確かに左腕をなくしていた。

 その代わりに、左腕があった部分に腕の形をした金属が取り付けられていた。

「なん、だ、これ?」

 もう一度繰り返す。

「義手ですよ。機械の義手です」

「義手? これが?」

 ヒスカにも義手の人はいる。しかしそれは木製で、鏡に映っている代物とは当たり前だが質感が全く違う。

「はい。機械の義手なので、普通の義手と違って思い通りに動かせますよ」

 カルマは試しに、左腕よ曲がれ、と念じてみた。すると左腕の形をした金属はその通りに動く。指のグーパーすらも思いのままだ。

 次に、義手の二の腕の部分を右手で掴み、体から引き抜こうとする。

 しかし、カルマの左肩に鋭い痛みが走る。生身の腕を引っ張られたときと同じ痛みだ。義手と自分の体は完全につながっていた。

 馬鹿げている、自分の左肩から先にある銀色の金属が腕なわけがない。そう思いながらも、その金属塊は、まるで自分の腕であるかのように振る舞っている。

「君がこれを付けてくれたの?」

「はい。お気に召しましたか? 違和感はないですか?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

 違和感も何も、カルマはロボットに指摘されるまで自分の腕が義手に変わっていることに気づかなかったのだ。それほどまでに機械義手はカルマの体になじんでいた。

 そしてカルマは、自分がファルシオンに来ようとした目的を思い出し、今自分の腕の代わりを務めているものを驚きの表情で見つめていた。

(これが……ファルシオンの『遺物』!)

 いきなり欲しがっていたファルシオンの遺物に、これほど早く巡り会えるとは思っていなかった。しかも自分の体に取り付けられて同化していて、自由自在に動かせるのだ。

 もちろん、目の前で安堵のため息を漏らしているロボットの少女も、紛れもない『遺物』だ。彼女も自らの意志を持って動く。

 ヒスカでカルマが思い描いていた遺物--錆びついたガラクタのようなものとは、天と地ほどもかけ離れている。

 もうこの時点で土産も、土産話も十分すぎるほどだ。

 ワンダ、ニコ、トリオ、それにナディアも、これらを見せたら一体どんな反応するだろうか。

「ってそうだ! ナディアたち! ねえ、砂漠で俺を見つけたとき、近くに人はいなかった?」

「はい。あなたの他にヒトの生体反応はありませんでした。周囲に死体も血の跡もありませんでしたので、生存しているものと思われます」

「そっか……よかった……」

 ロボットの返事を聞いて、カルマはほっと息を吐いた。これで彼女たちが死んでたなんてことになっていたら、頭がどうかしてしまいそうだ。

「ねえ、ロボットさん。俺、早くヒスカに帰りたいんだ。みんなもきっと心配しているだろうし。どうしたら帰れるかなあ?」

 カルマが期待した返事は、「今すぐにでも帰れますよ」のような、明るくポジティブなものだった。

 しかし、ロボットから返ってきたのは、残酷なものだった。

「いえ、残念ですがあなたは今帰ることができません。このファルシオンから出ることはまず無理なのです」

「え……。どうして?」

「外……見てみます?」

 そういってロボットの少女は部屋の窓に目を向けた。それに釣られてカルマも見る。空は青色ではなく、砂の黄土色に染まっていた。

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