誕生日プレゼント
「そういやカルマ。あんたもうすぐ十四歳だったっけ? 誕生日いつ?」
誰よりも早く食事を終え、食器を片付けはじめたナディアがそう訊ねてきた。
「一応、三日後」
「あれ、嘘! そうだったっけ?」
カルマが誕生日に『一応』を付けたのにはわけがある。
早い話、カルマは誕生日を知らないのだ。
誕生日というのは、幼い頃から親や親戚に祝われ続けることで、その日を自分の記念日として認識するものだ。
しかしろくにお祝いされる経験もないまま、幼い頃に捨てられたカルマは何も覚えていなかった。
そもそも、自分を捨てた人間をもとにした記念日なんてこちらからお断りであったが。
だから、カルマの誕生日は、マザーと初めて出会った日を誕生日とした。前例はすでに何人かいたので、孤児院のみんなにもすぐに受け入れられた。
「あちゃー。私ガチで忘れてたわー……」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたけど」
手を額に当てて本気で落ち込むナディア。それを見たワンダたちが、
「ナディア姉ちゃんひっでー!」
頼んでもいない追い打ちをかけてくれたのだが、
「つーか、お前らも本気で忘れてたろ」
誕生日を言ったときに、彼らから「あっ」と声が漏れたのをカルマは聞き逃さなかった。
ズバリ指摘された友人は黙って夕飯を食べ始めた。
「じゃあ、何かプレゼントを用意しないとね。何が欲しい?」
「……それ、本人に直接訊くのかよ」
「なによー。サプライズで欲しくないものをもらうのと、サプライズじゃないけど欲しいものをもらうのと、どっちがいいわけ?」
「いやそりゃ、欲しいもの貰う方がいいけど……」
サプライズで欲しいものをくれるという選択肢はないのか、とカルマは突っ込みたかった。
カルマは食事の手を止め、首をひねって考え込む。欲しいもの、欲しいもの、とブツブツ呟きながらなんとか答えを捻り出そうとする。
こういうことをして、いいものが浮かんだ経験はあまりないのだが、そのときはすっと欲しいものが思い浮かんだ。
「ファルシオンの遺物……かな?」
「却下」
ナディアの即答。
「いや、誕生日で俺主役なんだけど? なんでナディアが善し悪しを決めるんだよ……」
「限度があるでしょ、限度が! この村の中で手に入るものならまだしも、どうして魔物が闊歩する外に出ないといけないの! それに隣だからといってファルシオンは危険。以上!」
言い返す隙もなくナディアは話を切り上げて台所に向かい、食器を洗いはじめた。
「だいたい遺物とかいう、ガラクタなんか手に入れてどうすんのよ! 何の役にも立たないじゃない!」
「フッ、これだから女って種族は」
カルマの隣で食事を平らげたワンダが、ナディアに嘲笑を向ける。
「な、何よ」
「男のロマンってのがわかんねーのかな? 他人にとってどんなに無価値なものでも、それを追い求めることの素晴らしさ。何よりも価値があるもんだぜ」
ニコが、
「まあ、そこまでオーバーではないにせよ、せっかくのカルマの誕生日ですから、もう少し考えてあげてもいいんじゃないですか?」
トリオは、
「…………」
ご飯で口が塞がって何も言えないようだ。いやそもそも何か言おうとしていたのかすら疑問だが。
「……早く皿片付けて寝な」
「御意」
フォークをきつく握りしめるとともに発せられた、ドスの利いた声にワンダはそそくさと皿を台所に放り込んで逃げ出した。ニコは苦笑いしながら丁寧に皿を洗い、ワンダのあとを追った。トリオはまだ黙々とご飯を食べていた。
(味方なんだか、そうじゃないんだか……)
カルマはため息をついた。しかし、嫌な気持ちはまったくしない。カルマにとって三人はかけがえのない親友だからだ。
ナディアは「はあー」と大きく息を吐いてフォークを皿の上に置いた。見る限りフォークは変な方向には曲がっていないようだった。
「とにかく、カルマ! 誕生日プレゼントに何が欲しいか考えとくのよ。ものによっては当日までに準備できないかもしれないけど、かならず渡すから」
そう告げると、ナディアはまだ幼い子どもたちをひき連れて、寝室へ寝かしつけに向かった。
カルマと年が近い子どもたちも、食事を終えるとナディアのサポートに向かっていき、カルマが食堂に残った最後の子どもになった。
「……部屋に戻るか」
自分の食器をまとめて、台所に戻そうと立ち上がったとき、
「カルマ」
事を静観していたマザーが口を開いた。頭の白髪は増え、顔のしわも多くなり、年相応に老化してきていた。
「危ないことはしないでおくれよ」
「……わかってるよ、母さん」
それだけ言って、カルマは食器の片付けを始めた。