ここにいていいの?
あなたはただ、空を見上げていた。
あたりは一面砂漠だった。だが茶色い土から点々と岩の塊が露出しており、どこまでも変わらない景色というわけではない。
この地域では珍しく砂嵐が発生していない日だった。普段なら毎日のように砂嵐が発生して、家の外にはろくに出ることができない。
むしろこんな日だったからこそ、あなたは捨てられたのかもしれない。
ごうごうと砂嵐が巻き起こる日にわざわざ外に出ようとする人間なんてまずいないだろうから。
岩にもたれて、砂の上に腰を下ろし、透き通るような青い空を見上げながら、あっち雲の動きは速いぞとか、こっちの雲は食べ物の形にそっくりだとか、あなたはそんなことばかりを考えていた。
そうして気持ちを紛らわせていないと、捨てられたという事実があなたの心を蝕んでしまいそうだった。
喉が渇いたとか、お腹がすいたとか、黒髪の頭が焼けるように熱いとか、そんな感情すらもどうでもいいことに感じた。
どのくらいの時間が過ぎただろうか。遠くから声が聞こえてきた。あなたと同い年か、少し幼い子どもの声だった。
「ほら、お母さん。こっちこっち。子どもがいる。ね、言ったとおりでしょ?」
「ホントだ。でもなんで一人ぼっちでこんなところにいるんだろう? 魔物が来るかもしれないのに」
「お母さんどうする?」
子どもたちにお母さんと呼ばれていた女性は腰を屈めてあなたと目線を合わせた。
「あんた、どうしたの? 親はいるの?」
「…………」
あなたは頑なに目を合わせようとせず、ずっと空を仰いでいた。
「……きみ、捨てられたの?」
女性の後ろに隠れていた幼い女の子が、ぼそりと呟いた。
(違う)
あなたはそう否定したかったが、できなかった。体の内側からこみ上げるものをこらえ、じっとしていた。
そういう態度が、端から見ると肯定しているように見えるということを知るには、あなたはまだ幼かった。
やや間があって、女性が訊ねた。
「あんた、名前は」
あなたは答えず、だんまりを決めこむ。女性は首を傾げる。
「お母さん……」
女性が後ろを振り返ると、小さな女の子がそっと女性の服の裾を引いていた。さっきもカルマに話しかけた子だった。
「言いたくないんだと思うよ。だってその、捨てられた人からもらった名前なんてもう意味がないって思っちゃうよ」
だって私もそうだったし、と最後の声は掻き消えそうなくらい小さな声だった。女性は「ありがとう」と言って泣きそうな少女の頭を優しく撫でた。
あなたもまさにそう思っていた。自分を捨てた人間がつけた名前なんて、まるで意味がないものだ。
--あんたなんか、生まれてこなければよかったのよ。
そんな名前を名乗っていると、存在そのものを否定されているような気がした。
女性はうーんと考えながら口を開く。
「じゃあ私たちが名前を付けようか」
その提案に子どもたちは一斉に反応し、ほぼ全員が一斉に会議を始めた。
「男の子だよね?」
「リチャードとかは?」
「ゼノンとかかっこよくないか?」
「ルーとかどうかな?」
「なんといってもユリスを推すぜ僕はー」
その場に一人ひとりが考えた名前の洪水は、提案者が手をポンと叩き、「はい決定ー」という声を発するまで続いた。
「さ、今決めたよ。あんたの新しい名前は--『カルマ』」
カルマ。あなたは女性が言った名前を頭の中で繰り返した。
「カルマ・ローウェル。私の名前がマザー・ローウェルだからね。私とあんたは今から親子。そしてこの子たちの--、年齢的にはお兄ちゃんかな?」
先ほどマザーに頭を撫でられた少女と、その後ろにいた男の子があなたの前に出てきた。
「お兄ちゃん! 私ね、リリスっていうの。リリス・ローウェル」
「僕はね、アハト・ローウェルだよ。よろしくねお兄ちゃん」
「さあ、帰るよカルマ。立てる? みんなカルマを助けるのよ」
マザーの言葉に従い、子どもたちがこぞってカルマのそばに寄ってきた。
「手を貸そうか?」
「足が痛いなら肩を貸すよ」
「体、汚れてるね。帰ったら体拭こうか」
あなたは、いま目の前で起きていることがにわかに信じられなかった。
親に捨てられた。
まるで世界から見放されたかのようだった。
もう自分の居場所なんてどこにもないとさえ思った。
あなたはすがるような思いで、そっと呟いた。みんなの前で初めて声を出した。
「ぼくは、ここにいていいの?」
あなたの震える声が届いたのか、届かなかったのかは分からない。でもマザーは振り返り、ふっと微笑んだ。
「さあ、おいでカルマ。私の--、私たちの家に帰りましょう」
あなたは泣いた。
空いっぱいに響き渡るくらい、大声で泣き叫んだ。