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二週目

 次の水曜日も、僕は梶山倉庫のコンテナ卸しの仕事に派遣されていた。

 最近は仕事を覚えているということで、梶山さんの方から僕を指名してくれることが多くてとても助かっている。

 新しい現場は人見知りでなくても緊張するものだしね。

 コンテナ卸しの仕事は正直お金のもらえる筋トレだと思っているので、運動不足になりがちな大学生には非常においしい内容なのだ。

 最近ご無沙汰になっていた力こぶが出来ていくのを風呂場で見るのは、非常に楽しい。

 これを機にマッチョを目指してみようかな。

 派遣の控え場所に行くと、田辺くんが缶コーヒーを飲みつつスマホを弄っていた。

「おはようございまーす」

「おはようーす」

 田辺くんはフリーターだ。というか、この派遣の仕事で生活しているらしいので、派遣が生業というべきなのかな。

 将来はなんでも金を貯めてスペインに行きたいらしい。

「また、アレらしいよ」

「アレって?」

「先週の中国の会社」

「あー、アレかあ」

 僕も彼もうんざりしたような声をあげた。

 繁忙期でもないのに同じ会社のコンテナが二週連続で来るなんて、ここの仕事としては珍しいこともあるものだが、それよりあの詰め込みすぎな手法が改まるはずもないし、また同じ苦労をしなければならないのかと思ったからだ。

 身を乗り出して搬入口を見ると、なるほど前と同じ形式のコンテナが四tトラックに繋がれてスタンバイしている。

 また、朝から長いあいだ駐車場で日光にさらされて熱がこもっているんだろうなと考えると、労働意欲が一気に削がれる。

 暑いだけならまだ耐えられるが、あの中身の量を考慮すると怠慢力が倍率ドンだ。

 それでも、待機していた羽生さんのフォークリフトが動き出したこともあり、僕らは準備をして向かった。

 しかし、相変わらず暑いね。

 歩いているだけで、露出している皮膚から汗が染み出してきた。

 大学のエアコンでギンギンに冷やされた教室が恋しくなる。まあ、五分もすれば寒すぎて上着が必要になるのだけど。

「先週のアレ、数は足りてました?」

 僕は聞きたかったことを訊ねた。

「あー、後で数えたらやっぱり二個足りなかったわ」

 なんでも、僕らが帰ったあと、梶山さんの手の空いている人たちが総出でパレットを数え直したらしい。

 確認してみると、やっぱり受領書に書かれた数字とは違い、二個分の不具合が生じたそうだ。

「クレームは来なかったんですか?」

「来たよ。『こっちはきちんと数入れて送ったのに、足りないはずがない。日本の運送会社が自分たちで品物を無くしたことをごまかして、こっちのせいにしているに違いない。汚いやり口だ。あとで違約金を請求する!』とかいって息巻いているらしい」

「なんですか、それ。すげえ勝手な言い分じゃないですか」

「そうだろ。中国の会社ってそういうところあるよな。まったく、新しい取引先だからって舐めた口をきかさせてんじゃねえよっての」

 まったくもって酷い話だ。

 あのコンテナはしっかり封印されていたし、ものが無くなっていたのは、コンテナの奥の奥、一度全部を下ろさなければ取り出すことのできない場所なのだ。

 単純に考えれば、ダンボールを詰め込んだ時点で最初から入れ忘れていたとしか考えられない。

 途中で抜き出すことなんてできないのだから、当初から入っていなかったと結論づけるのが当然の帰結なのに。

 取引先がどういうところか知らないが、まずは自分たちの発送したときの状況を調べてから文句を言うべきだろう。

 それを引受先のせいにするなんて…。

 僕らのような派遣にはどうでもいい話だが、梶山倉庫にはなんどもお世話になっているので、心情的には梶山さんの味方にならざるを得ない。

 加えて僕も日本人なので丁寧できちんとした仕事が好きなのだ。

 今回みたいな適当で雑な態度にはホント腹が立つ。

 そうこうしているうちに時間になったので、僕らは先週と同様にコンテナからダンボール箱を卸す作業に入った。

 内容は先週と同じ。

 力任せに隙間に押し込んだようなぎゅうぎゅう詰めは変わっていないし、あの鼻腔を刺激する異臭についても同様だ。

 デジャヴを感じるほどに。

 ただ先週と違うのは、いくつかの種類のタオルが乱雑に詰め込まれ、種類ごとにまとめられていないという点だった。

 しかも縦も横も関係なく、統一性のなさはまるで挑戦前のルービックキューブのようだった。

 これで僕らはキレそうになった。

 テトリスみたいに無理やりに詰め込んでおきながら、種類を分けることもなく、目に付いた順から適当にコンテナに詰め込んだとしか思えないやっつけ仕事ぶりには、とても共感はできない。

 それどころか、こんな仕事しかできない奴らがいるのか、と憤慨ものだ。

「ざけんなよ!」

 かなり乱暴な口調で田辺くんが吐き捨てる。

 僕だって、一つ卸すたびに不平不満が口にでた。

 僕らと違って羽生さんは、外国人のこういうちゃらんぽらんな仕事ぶりに慣れているらしく、黙々と荷卸しを続けていたのだが。

 それでも何とか時間までに終わりそうな気配になり、最後の一列が出てきたのは終わる15分前ぐらいだった。

「マジか!」

 田辺くんが素っ頓狂な声をあげた。

 嫌な予感がして振り向く。

 そこには黒い空間が口を開けていた。

 ぽっかりと開いたのはダンボールにして四箱分の隙間。

 どうして上からの荷重で落ちてこないのか、それともギリギリのバランスをとっているのか、以前よりも広いおかげで「穴」というよりも「門」のようなイメージが浮かぶ。

 凱旋門を僕は連想した。

 そして、湧き上がる例の臭いはどこまで続くかわからない深い洞窟を思わせる。

「羽生さん!」

 呼ばれてコンテナに乗り込んできた羽生さんが、確認するなり頭を抱えた。

「またかよー」

 その気持ちは僕にも理解できる。

 しかも、今回は箱四つ分。すごい単純計算でも二倍のトラブルなのだ。

 どのぐらい梶山さんが面倒を背負い込むことになるのか、他人ごとながら心配になってしまう。

 ただ、僕の興味は別の点にあった。

 僕はその隙間をしゃがんで覗き込んでみる。

 相変わらず奇跡のようなバランスだが、一番下の箱を見る限り別に意図して作った空間という感じではない。

 もともときちんと積んであったものを、後からなんとかして抜き取ったように見える。

 コンテナの床は傷をつけないように申し訳程度のビニールが敷かれているが、それがまったく破けてはいないのだ。

 奥を見てもコンテナの前部、僕らから見れば終点は、空気取りの開閉窓もない一枚の鋼鉄製だった。

 それならば、どうやってこの空間は造り上げられたのだろう。

 首をひねっていると、羽生さんに呼ばれた事務の人が様子を見に来て、デジカメで写真を撮りだしたから、その邪魔をしないように端に避けた。

 彼も違和感を覚えているらしく、しきりに首をかしげている。

「大竹ちゃんも田辺くんも、また先に帰ってくれていいよ」

「まだ時間ありますよ」

「なんか揉めそうだから、派遣の人たちはいても仕方ないからさ」

 ちょっと邪魔者扱いされて傷ついたが、従業員たちにはもっと面倒な苦労があるのだろうと思って気にしないことにした。

 僕は相棒に合図をしてから、コンテナを降りて、待機場所に戻った。

 田辺くんは早く帰れるので嬉しそうだ。

「どうしたの、大竹さん。疲れた?」

「いや、なんつーか、二週続けてアレだと後味悪いというか…」

「気にしても仕方ないよ。でも、変なコンテナだよね。積み方が雑だし」

「僕なんかはそれよりアノ臭いがマジで嫌だね。ウェーとなっちまう」

「あれはくさいよね。反吐が出るって感じ。気持ち悪い」

「うんうん」

 僕は気のない返事をして、着替えをしている田辺くんに別れを告げてから大学へと向かった。

 どうやってコンテナの中の箱を抜いてあの隙間を作ったのかを知りたいという衝動に、盛大に後ろ髪を引かれながら。


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