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New Age  消失編  作者: えんじゅ
第一部 「出会いと別れの地 ナノケリア ~With the Nanokeria Hello, Goodbye」
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始まりの街 「 トワイライト 」③

先頭は日本刀を携えた言理が黙々と小走りに進んでおり、最後尾はエルが少し離れながら跡を辿っている。

間に挟まれたメイジは、地面を這っている図太い樹木の根を必死に避けながら、懸命に言理の後ろ姿を追っていた。

時折、背後を振り返っては、離れつつも一定の間隔を保てているエルに疑問を覚えていた。

一度も走っている素振りは見せていない。

優雅に追走するエルの姿はどこか差異を滲ませていた。

「どうして私が置いて行かれないのか不思議?」

エルは宿屋の時の調子よりもいくらか声量を上げて、メイジに呼びかけた。

メイジは素直に頷くと、同じく声を大きくして問い掛けた。

「どういう事なんです?」

二人の会話に耳を傾けていたのか、言理が歩く速度を落としながら、会話に参加してくる。

「エルの紋様宮サインは速度上昇だからな。これぐらいのペースなら余裕だろ」

紋様宮サイン?」

「もしかして、君は説明書とか読まないでゲームを始めるタイプかな?公式サイトちゃんと見てきた?」

「いえ……初めは試しにキャラだけ作ってみるつもりだったので……」

「まぁ仕方ないかな、これを見て」

エルは胸元に手を伸ばすとシャツの内からペンダントを取り出し、先端についている透明感のある丸みがかった黒石をメイジに見せた。

言理はメイジとエルが立ち止まった事に気付くと、2人の傍まで一度引き返す。

メイジはエルの手の平の上で鈍い輝きを放っている黒石に顔を近付けた。

石の表面に、ぼうっと淡い発光を灯す文字らしき刻印が刻まれている。

「これが紋様宮サインよ。所持者に様々な恩恵を与えてくれるの」

「俺達がこのクエストをやっている理由でもあるな」

「そうね、ニューエイジの世界で生き抜く為にもあると便利なものだから」

「なるほどです。……言理は、どんな恩恵を?」

「俺のは自然治癒力の向上だ。同時に免疫力も上がるから、助かっている」

「クエストを終えたら、そのまま町の南西部にある紋様屋に向かうつもりだったから……、どんな恩恵が欲しいかちょっとでも考えておいてね」

「はい」

「ふむ、公式サイトを見ていないって事は、ニューエイジの世界観とか設定も知らないって事よね?」

エルが確認するように訊ねかけてくる。

「ですね」

「この調子なら、もう少しペースを落としても夕刻までに戻れるよね?」

「あぁ」

言理の相槌を受けて、メイジ達はゆっくりと歩きながらエルの説明に耳を傾けた。


「この世界で最も重要な要素であるのが、宝瓶のエンティティよ」


「エンティティ?」


「そう、通称エント。私達は無意識にエントを体内に還元していることで、様々な活力を得ているの。この世界では術式にもエントが必要となる。New Ageの世界の人々にとってエントは必要不可欠、つまり蔓延している地域でしか生きられないのよ。普段は目に見えない微粒子なのだけど、宝瓶の祝福 (エントール)みたいに濃縮させたものだと、煌く天色の粒子であることが見て取れるわ」

エルは、言理に小声で何かを確認すると、先程の説明に補足するように続けて話す。

「宝瓶の祝福 (エントール)っていうのは、エントを濃縮させたものを瓶に詰め込んだものの事ね。瞬間的に多量のエントを摂取できるの」

「便利ですね」

「そうね、でも問題点もあるわ。エントール自体がとても高価な事と、過剰摂取を続けていると発症してしまう存在渇望症候群。そこから生まれる存在過剰摂取二次発症者よ」

三人は、かつてメイジが独りで歩いた道とは異なる、道なき樹海を突き進んでいた。

言理いわく、近道らしい。

深々と淡翠の薄闇へ旅人を誘うトトンの森。

見渡す限り四方を埋め尽くす樹木が方向感覚を狂わせている。

僅かな沈黙を挟んでエルは再び口を開いた。

「存在渇望症候群はいわば中毒症状みたいなものね。アルコール中毒だとか、ニコチン中毒だとか。大まかに捉えるならそういうものよ。ただ、問題なのはゲームの世界であることからずれる善悪」

「俺達が異常なだけで、ほとんどの奴らは、ただ純粋にゲームを楽しんでるだけだからな」

「ゲームを製作した人達の望む、望まないに関わらず、それぞれに、それぞれの楽しみ方がある。PK……プレイヤーキラーね。同じプレイヤーを狩って楽しむ人達もいれば、意図的に他者にエントを過剰摂取させ、中毒症状を発症させてその様を眺めて楽しむ人達もいるのよ」

「そんなのって」

「所詮ゲーム。それが一番の問題点なんだ」

「私達が調べた限り、ロストボディは決して少なくは……無いのよ。しかも次第に比率は増長しつつある」

「いまだに信じられません。これが現実に起こり得ている事なんだって……」

「それは私達も同じよ。どうしてこんな現象が起きているのか、誰が起こしているのか、何もかもが曖昧で、一向に意図が見えてこない」

「僕達、元の世界には戻れるのですかね……」

気まずい静寂が3人を包み込む。


「話は終わりだ、俺達は俺達にできることをやるしかない」


言理は言い終えるや否や、日本刀を鞘から引き抜いた。

そして彼女は進行方向の先へと切っ先を向けて、姿勢を低くして構える。

「言理?」

状況を把握できていないメイジが彼女の名を呼ぶ。

「泉の傍まで来たからな、そろそろだ」

そろそろ?

メイジが聞き返そうとした瞬間、低く唸るような遠吠えが樹海を震わせた。

「メイジ君。君はさがってて」

エルが落ち着いた様子でメイジの前方へと歩いていく。

言理の傍に立つ樹木に近付くと、屈みこんで地面にそっと左手を添えた。

小言で何かを唱えると、金色の粒子が彼女の足元から吹き出した。

金色の粒子が飛散した後、立ち上がったエルの足元に、彼女の膝ぐらいの背丈のちんまりとした木人形が立っていた。

藁人形のような形状をした木人形は、エルを守る為か、彼女の前にとことこと不格好に歩いていく。

どすんと、響く地鳴りが周辺の樹木の葉を揺らしている。

「足音?」

メイジは地響き方角を見据えた。

悲鳴にも似た声が喉元からもれる。

深く淀んだ薄闇の向こうから姿を現したのは、言理やエルの身長の三倍程は高さのある巨大な樹木の巨人だった。

土に汚れた無数の根を這わせるように歩きながら、見るからに硬そうな樹皮の巨躯をこちらへと向けて近付いてくる。

見上げると樹皮の途中に亀裂が走っており、その口らしき境目が咆哮した。


「ォォォォォオオオオ!!!」


人ならざるものの叫びが、空気を波打ちメイジ達の皮膚を振動させる。

「大丈夫なんですか?」

「見てくれだけだよ。なんたって、チュートリアルの魔物だからな」

「ただ、ロストボディの私達にパラメーターの概念はあまり関与していないから、手強い事は確かだけどね」

不安そうなメイジの眼差しを背中に受けながら、言理は強い口調で答えた。

「心配するな。こいつは二度目だ」

その言葉を最後に、言理とエルは魔物に相対し同時に動き出す。

樹木の巨人は、枝分かれして傘のように広がっている右手を自身目掛けて突撃してくる言理へと、勢いよく振り下ろした。

腕の先の葉が大量に飛び散り、メイジの視界を遮る。

続けて樹木の巨人は、姿の見えなくなった言理から標的をエルに移した。

軋むような音を立てながら、側面に移動していたエルの方へと向き直ると、大きく開けた口から無数の枯葉をエル目掛けて吐き出す。

エルの前方に立っていた小さな木人形が枯葉を受け止めるような姿勢で両手を伸ばした。

その両腕の先端から金色の粒子によって描かれた魔方陣が出現し、とぐろを巻いて襲い掛かる枯葉の旋風を塞き止める。

衝突した枯葉が、木人形の正面に幾重にも積み重なっていく。

「おい、木偶の坊。こっちだ!」

いつの間に登っていたのか、巨人の頭上に広がっている図太い枝の一本に立つ言理の姿があった。

「エル。頼む」

「任せて」

エルは木人形を抱きかかえると、言理を見上げながら両手で樹木の巨人目掛けてふわりと投げ飛ばした。

樹木の巨人の眼前へ浮遊するように投げ飛ばされた木人形を狙い、言理は足先に力を込めて、一気に枝から飛び降りる。

樹木の巨人は、木人形へと狙いを定めて両腕を振りかぶっていた。

その両腕が振り下ろされるよりも早く、言理が降下の最中に木人形を日本刀で縦に両断した。

地面に言理が着地した。と同時に切り裂かれた木人形が強烈な発光を伴って爆散する。

凄まじい爆風にあてられて不恰好に吹き飛んでいく言理。

メイジとエルも爆風の熱量を肌で感じ、自分達目掛けて飛び込んでくる葉と木片から必死に全身を守った。

顔面を両腕で庇いながら、メイジは必死に言理の姿を探す。

全身で地面を転がり回る言理の姿が遠目に確認できた。

樹木の巨人は、爆散した木人形の破片から炎を引火させており、周囲一帯を橙色に照らすほど燃え盛っていた。

声にならない呻き声が、鼓膜を打ち付ける程に空間を揺らしている。

「森にまで引火しますよ!」

メイジは慌ててエルへと叫ぶ。

「大丈夫よ」

エルが右手の親指と中指をくっつけた状態で樹木の巨人へと向ける。

くっつけていた指をずらすと、ぱちん。と乾いた音がうめき声にかき消されながらもかろうじて響いた。

その瞬間、ふっと樹木の巨人に纏わりついていた猛火が沈む。

黒く焼き焦げた巨人が、ゆっくりと背後へ倒れていく。

倒れ込む際、轟音を伝わせながら周辺一帯の地を縦に一度大きく揺らした。

消し炭となった巨人の傍まで歩いていくエルとメイジ。

言理の行方を探そうと、視線を樹木の巨人から外す。

こちらへ歩いてくる言理の姿を少し離れた林の奥に見つけた。

「大丈夫ですか?」

「やれやれ、服が汚れちまった」

彼女はため息交じりに呟くと、傍に落ちている日本刀を拾い刃を注意深く凝視しだした。

「とにかく、奥の泉に紋様石を取りに行くか」

日本刀を流暢に鞘へしまいこむと、言理は仰向けに倒れている樹木の巨人を一瞥しながら、林の奥へと足を踏み入れていく。

彼女の足取りを追うように、狭い樹木の隙間を抜けた。

突然、視界がひらける。

「うわぁ……」

メイジは思わず感嘆の息をもらした。

白銀に輝いている水面、水そのものが白銀色でありながら、透明度が高く浅い水底まで見通すことができた。

そして透明の白銀水の中で、揺れるように黒い石が点々と沈んでいた。

泉は然程広くもなく、向こう側では細長い首をした橙色の犬みたいな奇妙な生き物たちが、数頭、白銀の水面を覗きこんでは、舌先でぺろぺろと水をなめている。

「門番兵は希少な石だとか言っていたと思うけど、見てわかるとおりそこら辺に落ちているから、持ち帰る石を決めたら教えてね」

エルは泉の傍にある切り株に座り、反対側で水を舐めている生き物を眺めている。

「エル達は拾わなくてもいいの?」

「紋様石は一人に一つなんだ。それ以上持っても恩恵は得られないんだ」

言理が代弁するように、メイジの問いに答えた。

「そっか」

メイジはそっと屈みこむと、泉の中に手を差し入れた。

不思議なことに白銀の泉には、温度が感じられなかった。

冷たくもなく、暖かくもなく、ただ液体としての感触が肌に残るのみ。

「うん、これにする」

メイジは僅かに平らになっている円盤状の黒石を手に持つと、言理とエルに呼びかけた。

「それじゃあ、トワイライトに戻って紋様屋へ行きましょう。時間があればどこかでゆっくり美味いものでも食べたいわね」

メイジは無事……彼は何もしていないが。

言理、エルの助力を経て初めてクエストをクリアし、トトンの森を引き返していった。




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