蛇腹の頂で「Nekurofago」④
記調律が引き寄せるものというのは……なにも言葉の鳥達だけではない。
モネスト山岳の頂上を依然とし照らす蒼き暁光。
不規則変化性な側面を持つ頂上部。其れは箱庭の小人にとっても等しく。
人の手には負えない強大な、或いは理不尽な事象。其れを神様のサイコロ遊びだと頭を垂れる民が居れば、大自然の牙だと慄き祈祷する僧も居る。
僅かだとしても、中には作為的な調律だと疑い、抗う小人だっているのだ。
かつて葬儀人に想い人と片目を奪われた青年。
瞳孔の輪郭線だけが黒く細く浮かんでいる真白い右眼。
視力を失った代わりに、彼の眼球が映し出すのは言葉の鳥と伝承されている数多の文字列。
「やっぱりナノケリアに居たんですかぁ……お久しぶりですねぇ。灰色の王子様。あぁ、すみません、白黒?と名乗っているのでしたっけぇ?」
左右不揃いに伸びた薄茶色い前髪。幾重にも薄い布を巻いている……遊牧民を思わせる個性的な服装。
ゾディアーク教団の魔術師であるカラメルは、前方に立つ青年へおどけた調子で話し掛けた。
「どうしてお前らがここに?」
「それはこっちの台詞ですよぉ。ねぇ白黒さん。国王がどうして死んだのか知ってますよねぇ?」
「……答える必要はないな」
「もしかして嫌われてますかぁ?」
「用件があるならさっさと言え。お前らに構ってる暇なんてないんだ」
「へぇ、でも、こっちには用があるんですよぉ。バルドさんから頼まれてるんですから」
「バルドも来てるのか!?」
「そうですよぉ」
一貫して冷静な白黒が微かに動揺したのをあざとく察知し、カラメルはその隙間に付け込んでいく。
「バンブリオでも一度言いましたが、僕達はいつでも歓迎しますよぉ?」
「……」
「だって目的は同じじゃないですかぁ、葬儀人を探してるんでしょー?なら手を組んだ方が良いに決まってますよぉ」
「俺にとっては、理想郷の先駆者だろうと、葬儀人だろうと……強制書換を扱う奴は全員、敵なんだよ」
「小人の癖に……損な生き方ですねぇ」
「なんとでもいえ」
「残念ですよぉ本当に。ねぇ?アヌビス」
八重歯を覗かせつつ、口の端を吊り上げて微笑むカラメル。
その細く切れた目元からは彼の意図が見えてこない。
ただ、彼が自分ではない誰かに呼びかけたのは明らかであり、白黒は咄嗟に背後を振り返っていた。
霧中から突き出る右腕。暴虐に塗れた腕を、白黒は反射的に軸をずらして避ける。
薄れていく蒼霧の先から姿を晒したのは、狗とも狐とも言い難い不気味な仮面を付け、拘束着とでも表現すべき漆黒を全身に纏っている不可解な人物だった。
「誰だ、こいつは」
カラメルも、仮面の人物も白黒の問い掛けには一切応じず、仮面の人物は無言のまま再び白黒へと襲い掛かる。
双銃……白銀のハンドガン「無蔵の弾丸」と黒鉄のリボルバー「歪曲の着弾」をそれぞれ懐から抜き構える。
無蔵の弾丸のグリップ部分で、相手が振り下ろしている右腕を受け止める。鈍い金属音が響いたと同時に、仮面の人物の右手首が不自然な角度に折れ曲がった。
手首から先が直角に上を向き、裂けた手首部分から垣間見えたのは骨肉ではなく、妖艶な黒銀の輝きを秘めた人工物らしき断面図だった。
「っ!?」
白黒に驚く隙も与えず、仮面の人物の手首断面から彼の眼前へ突き出る複数の筒……その先端から銃弾が弾け飛ぶ。
仰け反って炸裂した弾丸の軌道から外れる。頬、鼻先、額とあちこちにかすり傷が滲み上がった。
「それじゃあ、アヌビス。後は任せましたよぉ」
カラメルに、短く一言。
「承諾」と仮面の人物。アヌビスは受け答えた。
遠のくカラメルの後姿を目で追いながらも、アヌビスから逃れられず、白黒は苛立ちを歯軋りにして表した。
「お前、一体何者だ」
「……」
仮面に隠されたアヌビスの表情は読み取れず、白黒は相手の暴力に応じる他なかった。
苛烈を極める魔術師同士の衝突。
それぞれ氷系統と炎系統に特化した拉ぎとマオの実力は均衡していた。
片や濃霧を氷結させ数多の槍を降り注ぎ、方や霧を晴らす勢いで紅蓮の波を空へと巻き上げている。
しかし、双方の対峙を冷静に見守る久遠は決着はそう遅くはないと睨んでいた。
蛇腹の頂は宝瓶の座が非常に薄く、魔術師や詩術師、付術師など……宝瓶の座を大量に消費し術式を発動する職にとって不利極まりない。
お互いに引くに引けず、大規模な詠唱を繰り返す最中、口に出さずとも、相手の魔力切れ……つまり、体内のエント枯渇に続き周囲から得られるエント循環の許容量限界点到達が勝負の分かれ目であることは察していた。
自身に向かって下される巨大な炎の槌を両手先から創りだした氷盾にて迎撃する。
……くそ、まだ魔力が残っているのか。
惜し気もなく大魔術を連唱する朱猫を迎え討ちながら、拉ぎの中では徐々に焦燥が膨れ上がっていた。
あんな子供のどこにそんな力があるんだ!?
無論、ネットゲームとしてのNew Ageにおいてアバターによる個体値差などは存在しない。
そんなものがあっては個性化が図れたとしても、逆に自由度を縛るデメリットの方が大きいだろう。
というのが公式側の見解として、実装初期にコメントされていた。
それでも拉ぎは、正面で踊る様に軽やかに魔術を繰り出しているマオを見据え、そう毒気吐いてしまう。
種族も選択でき、趣味広い課金衣装が二週間おきに更新されていく。
同職業であっても、育成していく方向性、スキル系統により複雑に枝分かれしていく。
更には一定条件を満たす事で特異職へと転職できるなど。
かつてのNew Ageはユーザーの志向を汲み取る努力をしっかりと成果に表していたのだ。
だが、所詮、意識混濁性消失障害である人々にとって、それは昔の話でもある。
「ここまでか」
久遠が魔術師同士の衝突によって生じている余波とでも呼ぶべき煽り風を身に受けながら、小さく呟いた。
地に片膝を付け、荒々しく呼吸を繰り返していたのは……薄氷色の長髪を乱す拉ぎだった。
「もうそれ以上はやめておいた方がいいよ」
魔力尽きかけた氷哭の魔術師へと歩み寄りながら、朱猫の魔術師ことマオが決着を告げる。
この僕が、こんな……ただなんとなくで戦っているような、こんな糞ガキに負けるというのか?
そんなこと許されないんだ。僕は、こんなとこで倒れるわけには。
「まだ負けられないんだっ!!特別に見せてあげるよ。これが、この世界を蝕む悪意だ」
意味深な言葉を吐き、彼が手に取ったものは細長い筒だった。
「それは」
マオの表情が険しく硬直する。
「さよならだ。朱猫の魔術師」
栓を抜き、溢れだす天色の粒子を飲み干していく拉ぎ。
「拉ぎ」
久遠が変容していくかつての仲間の名を呼ぶ。
彼の眼球が瞬く間に蒼く浸食されていく。
「さぁ続きだ!!僕達の戦いをもっともっと見せつけてあげようじゃないか!!葬儀人共に!!」
「君はどうして、そこまで」
自ら存在過剰摂取二次発症者へと陥っていく拉ぎに対して、マオはただただ……悲観した眼差しを向けていた。




