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New Age  消失編  作者: えんじゅ
第一部 「出会いと別れの地 ナノケリア ~With the Nanokeria Hello, Goodbye」
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小人が視る夢「白黒の灰塵」④

「……海か」

白黒グレイがティアメルと交わした約束。いつの日か、彼女を海に連れて行くと。彼の色褪せた願いを直接聞かされて、スカーレットは何処か遠くを見つめるような虚ろな面持ちで呟いた。

「実際、私も其れがどんなものなのか、見てみたいとは思っているよ。昔、まだ若かった頃に、バンブリオ領土から抜けて、未開領域を西果てへ突き進んだことがある。海だったり、島だったり……と、未だ見ぬ未知の光景を求め淡い期待を抱いてな」

白黒が三賢人スカーレットに出会った地。其処はバンブリオ領土の北西外れ。鉄塔が幾つも建ち並ぶ中二階街と呼ばれる場所だった。

彼女は鉄塔の中でも、抜きんでて高くまで伸びている一本を丸ごと一人で住処にしていた。

「結局、想像以上に障害の座は近くてな……収穫といえば、昇天(ワンダー)隣人(ゾーン)に辿り着けた事ぐらいだったな」


「昇天の隣人?」


聞き慣れない言葉。白黒は復唱するように疑問を口にした。

「なんだ、知らないのか?宝瓶の座と障害の座の境界線。其処には稀にエントの吹き溜まりが出来ている場合がある。どうやら宝瓶と障害。それぞれの座によって働く反発力と定着力に原因があるみたいなんだが……、とにかく、条件が整った場合、エントが異常なまでに蓄積されるんだよ。その現象、或いは場所を指して昇天の隣人と呼ぶ。濃密なエントは未熟者には過剰摂取状態を引き起こす毒となり、才溢れる者には多大な恩恵を与えてくれる。己の力量次第で天国にも地獄にも辿り着ける、そういう意味を込めて昇天の隣人と呼ばれているんだ」

スカーレット、お前は昇天の隣人に辿り着いたから、三賢人と称される迄に至ったのか?そう問い掛けると、彼女は白黒へ憐れむような、小馬鹿にするような視線を投げつけた。

「三賢人だから、昇天の隣人から帰ってこれたんだと、そう思っておけ。称が先か、証が先か。そんなこと考えるだけ無意味だとは思うがな」

「俺も昇天の隣人を経験しておいた方がいいと思うか?」

何気なく言葉をもらすと、彼女はきっぱりと否定した。

「やめておけ」

彼女の眼差しは、無機質で……事実を包み隠さずに単直に述べたいた。

「お前はそんな遠回りしないで、素直に目指すべき場所を目指していけばそれでいいよ。もし、どうしても行かなければならなくなった時……その時は私を誘え。これも縁だ。お前の頼みなら、私は喜んで付き従うぞ」

「なにか企んでるのか?」


「失礼な奴だな、私はお前に興味がある。それだけだよ」


それに私はただ「死ぬ」にしては生き過ぎたんだ。彼女はぽつりと白黒に向けてではなく自分自身へ再認識するように、そう呟いた。

三賢人の中で、最も人間嫌いと噂されていたスカーレット。

その彼女がどうして自分にここまで親身になってくれているのか。

時折、スカーレットが垣間見せる自らを戒めるような物言い。白黒はそんな素振りを見せる彼女の過去に理由が在るのではないかと漠然とではあるが推察していた。結局の所、一カ月余り彼女と過していながら……、過去について訊ねる事は一度も無かった。

受け取る側からすれば、優しさとも無関心とも捉えられる白黒の気遣い。それにスカーレットがどんな思惑を抱いていたのか、それは彼女自身にしか分からない。

白黒が別の三賢人に会いに行く。と突然話した時も、彼女は表面上には然程変わらず……最後まで淡々としていた。

━━━だが、三賢人の一人。ナノケリア国王モルトローゼは白黒が対面する前に、世界と別離してしまっていた。


時間軸を僅かに巻き戻す。

モルトローゼは自身の国の行く末を思い煩っていた。

彼は箱庭の小人たる使命。いずれ来るであろう時代の変革におけるメッセンジャーとしての役割に誇りを持っていた。

上界から移り来る人々に向けて、この世界における価値観を普及させ、上界との違和感を払拭させる。

その為に理解ある国政を、秩序ある国勢を彼は一心に願い努力を絶やさなかった。

そうして生まれた国がナノケリアであり、上界の移人が初めに立つ地として選ばれたのだ。

モルトローゼが最も気に病んでいた事柄。それは自らの国の領土内で横行している野盗集団による襲撃問題だった。

中でも名を馳せ、日を追うごとに勢いを増している「バジリスク」という野盗集団には早急な対応策が必要だと、深刻に悩んでいた。

ナノケリア国内には小人はほとんど居らず、虚人と移人が国の人口の大半を占めている。

移人を主体に構成されている「バジリスク」

彼は二通りの対策を打った。一つは優れた実力者を雇い、彼等の行為を真っ向から阻止する方法。

もう一方は、経路切断。

バジリスクの拠点はナノケリア城からローグ湿原を挟んで北東。ナノケリア領土の外れにある。

つまりバジリスクの襲撃のほとんどがローグ湿原で発生していた。

広大に分布しているローグ湿原を封鎖するというのは、現実的な話ではない。

モルトローゼは一時的に、北のトワイライト、東のオーベルン。そして中央のナノケリア城からのローグ湿原立入禁止令を発した。

例外もあり、また全てを見通し防ぐ事は叶わないにしても、それは大きな効果を発揮していた。

実力者による襲撃を未然に防ぐ方法も、見回る範囲は自然と狭まり、相乗的に襲撃件数は減り出していた。

過ちがあったとすれば……、それは彼自身の質の変わりにあるのかもしれない。

昔のモルトローゼなら強行策に踏み出る前に、まず話し合いの場を持っていた。

相手の意を汲み取る。それがかつての彼の在り方だった。

しかし、モルトローゼは三賢人、国王という肩書きと国民を背負う事になって焦りを隠せなくなっていた。

その焦りが野盗集団「バジリスク」との決別へ、自身の世界の別離へと繋がってしまい、そして彼はバジリスクの中枢人物の目的を知ったとき、同時に暗殺されてしまったのだ。

「そうか、貴様が久遠か」

三賢人の一人、モルトローゼは護衛もなしにただ一人狭い路地で、淡く佇む影に問い掛けていた。

彼は前々から危惧していた。いずれバジリスクの中枢人物である久遠、もしくは拉ぎが自分を訪ねてくるであろうことを。

そして、その日が訪れてしまった事に対する失意と決意の念に襲われていた。

「元の世界に帰る方法を教えろ」

「上界の事か?ならば、それは貴様達の方が詳しいのではないのか?」

点滅し消えかけている路地の街灯がぼんやりと影を照らす。

左右非対称な……嗤い泣く道化師の仮面で表情を隠している久遠は、無感情に……機械的な声を出した。

「話にならない。やはり創られた情報体に何を問いても無駄か」

「どういう事だ?貴様等、上界の移人は自ら望んでこの世界に下りて来ているのではないのか?」

モルトローゼは仮面の影……バジリスクの中枢人物である久遠に対して、一向に見えてこない人となりに不気味な印象を受けていた。

捉えどころがなく、それはまるで薄闇に紛れた影のごとく、蔓延する灰煙の様に。

久遠の宝星具。その仮面「幽幻ノイズ」に原因があった。

刷り込ませる。それが「幽幻」の能力。

とある認識を対象に、無理やりねじ込む。

指定した日時……今この瞬間に路地に行かなければ。クエストをこなす過程として国王に面会した時、久遠はその認識をモルトローゼの深層心理に刷り込んでいた。

同時に━━━久遠に対して一切記憶しない、とも。

人は様々な事柄に印象を受け、それを記憶として頭に残す。

それを不可能にするということは、半永久的に相手に対しての印象を探り続けるようなもの。

久遠は星武器「幽幻」の発動条件を徹底的に隠蔽しており、その秘密は同中枢人物である拉ぎさえも知らない。

もしかしたら、「幽幻」について記憶できないように刷り込まれているだけなのかもしれないが……その真偽は久遠本人しか知り得ない。

本来の仕様上では相手に対してスキル封じ系統の効果を発する星武器「幽幻」であるが、久遠はそれを数段階上位に発展させていた。

これは上界の移人に含まれている現実世界の一般プレイヤーにも、無私の虚人と呼ばれるNPCノンプレイヤーキャラクターにも不可能であり、この世界で確かな実感を持つ意識混濁性消失障害(ロストボディ)と箱庭の小人のみが辿り着ける境地だった。

混在する世界の住人達。その歪な継ぎ接ぎは至る所に矛盾点を生んでいた。

目的を果たした久遠は、モルトローゼに背を向けた。

首周りを覆っている艶やかな黒髪が横に揺れる。

「小金。後は任せた」それだけ言い残し、久遠は足音も立てず静かに去った。

「うっす」

不意に聞き覚えのない声が薄闇に響き、モルトローゼは腹部に違和感を覚えた。

ゆっくりと右手を伸ばす。

ぬめりと温かな感触と一緒に右手を染めたのは真っ赤な鮮血だった。

遅れて自身が背後から小型の刃物で刺されている事に気付く。

「……かはっ」

口元から溢れ出す赤い液体。彼の首筋に一筋の血涙が垂れた。

「やっぱりあんたらも痛いんすか?」

背後から呼びかけられても、モルトローゼは苦痛に表情を歪めることしか出来ず、彼は虚ろな眼差しを先程まで久遠の立っていた路地先に向けている。

小金は乱暴にナイフを引き抜くと、続けて何度もモルトローゼを背後から突き刺し始めた。

移人の為にと創った国で、移人に反逆の刃を突き立てられる。私の生涯とは、なんだったのだろうか。

上界の移人に自覚が無いのではなく、彼等はそもそも知り得ていないのではないか?

望まずにこの世界へ来た。それが彼等全体に言えるのだとしたら、私達メッセンジャーの役目とは……。


「箱庭の小人」にとって「上界の移人」には、云わば天災のような意味合いが含まれている。


天気予報で降水確率が皆無だった日に、豪雨が降りしきり雷鳴が轟く。降ってしまったものは仕方がない。日常的に頻発する理不尽イレギュラーに対して、人は深く考える行為を放棄する場合がある。

上界の移人が何故、この世界に降り立つのか。彼等が自らの境遇について怒り狂っても、泣き喚いても。移人は繊細な存在なんだと、そう捉え近付かない。その程度の認識が多くの小人間で共通し浸透している価値観だった。

箱庭の小人と上界の移人。両者の合間には確実な歪み。矛盾が生じている。問題はお互いに放棄している事。だが、そんな世界に立ち向かう者達もまた、少なからず存在しているのだ。

スカーレット。お前の言い分は正しかったのかも知れない。水瓶座の時代、上界の移人、箱庭の小人。私達の感じていたずれとは━━━。

モルトローゼはかつての旧友の独白を思い出し、人知れず彼女に希望を託すのだった。

願わくば、時代の変動が訪れる前に。お前の願いが叶う事を。

瞳孔から生命が途絶え、ナイフを刺しても肉体が反応しなくなる……。

国王モルトローゼが仰向けに倒れ息の根を引き取ったのを見届けた小金は、無言でその場を去った。

モルトローゼが死して後。

偶然にも彼の亡骸の前に姿を現すことになる二人組。

それが古祈愛言理とエルミル・ビア・パナシェの両名だった。


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