二人の魔術師「氷哭と朱猫」②
深々と薄暗い視界が続く樹海。モルベルカの洞窟へと繋がる粗雑な道中に、メイジ、アメリー、フォルテの姿があった。
やや早足気味、ただ駆け出すとアメリーがついてこれない。メイジとフォルテは時折、背後を振り返っては彼女の走る速度に合わせていた。
「まだですか?」
多少、呼吸で肩を上下させるメイジは、横たわっている図太い丸太を軽快に一足で乗り越えぐいぐいと森を突き進んでいく前方のフォルテへと問い掛けた。
「……もうすぐだ」
彼は背中を見せたままぼそりとそれだけ告げる。
フォルテの胸中には、彼自身がかつて在籍していたバジリスクへの因縁と、そして一種の責任感のようなものが渦巻いていた。
この時のメイジとアメリーは、まだフォルテの事情を知らず、彼はただ気まぐれに、お人好しで自分達について来てくれているのだと勘違いしている。
「拉ぎ、久遠……。お前等はまだこんなくだらない事を続けているのか」
フォルテは独り言葉をもらすと、果てなく伸びている薄闇の道の先を鋭く見据えた。
初心者狩り集団バジリスク。それは後に彼等が初めて対峙する巨悪であり、世界への問い掛けとなるものだった。
「アメリー大丈夫?」
今度は背後を向いて、メイジは距離が離れつつも必死に自分達を追いかけているアメリーへと叫ぶような声で確認した。
「は、はい」
彼女はふわりと淡い桃色の髪をゆらして、小さく頷いた。
息苦しそうに、表情を少しだけ険しくしているアメリーに優しい言葉を向けようとして、寸の所でメイジは思い止まる。
今、僕が向けるべきは中身の伴わない空っぽの言葉じゃない。きっとアメリーもそんなものは望んでなんかいない。
「僕は、僕にできることを……、必ずココナさんを助けるんだ」
誰かの為に、今自分がすべきこと。メイジは強く自身の決意と覚悟を再認識しながら、茫々と生え並んでいる樹木の隙間から射しこむ光を見つめ、右手を固く握りしめた。
気を抜くと見失いそうになる程に遠のいているフォルテの姿。そんな彼と自分の間位の距離を器用に保つメイジの後姿。
時折、彼は蒼銀の髪をゆらして私の方を振り返る。溢れ出る優しさに、私は笑顔で返そうとする。
次第に余裕がなくなり、ついには笑顔も返せず、メイジの眼差しに不安さが混じりだす。
それでも彼は口を開かず、振り切るように再び前を向いた。
アメリーは心の中で彼の優しさに感謝し、真っ赤なカンカン帽子をかぶり、真っ赤なコートを着込んでいたココナの姿を思い浮かべる。
いつも無垢な笑顔を向けてくれた彼女が消えることを想像して、言い様のない恐怖にも似た感情に襲われた。
「ココナさん……無事でいてください」
一瞬だけ両眼を瞑ると、自分にとって欠かせない存在となった者の無事を願い、親愛の友人の元へ祈りを向けた。
ナノケリア城からローグ湿原を超えて北上すると、ナノケリアの国土から未開領域にかけて標高2000メートル程の山脈が連なっている。
ナノケリア領土北部を東西に分断する山脈。それを地域の人々はコルベル山脈と呼んでいた。
ローグ湿原を囲うように交差する山塊。ナノケリア領土中央に位置するナノケリア城より北にコルベル山脈が。そして、東にはモネスト山岳が連なっているのだ。
トワイライト方面から深く茂る樹木の海を越えると、連なる山の一つの麓にモルベルカの洞窟という採掘場がある。
ぽっかりと大きく空いた穴が数か所に発見されており、かつては複雑に入り組んだ内部に見知らぬ人が立ち入れば帰らぬ人となる場合が珍しくなかった。
ただ、現在では魔物が蔓延る以前に採掘をしていた時の名残としてトロッコの線路がいたる所に引かれている。
物好きな冒険者達は、その線路を目印として洞窟内を深々と突き進んでいくのだ。
モルベルカの洞窟内は複雑に入り組んで道が分路していることも然ることながら、四方八方を等しく埋めている細い六角柱の岩盤がより一層方向感覚を狂わせていた。
露出した六角柱の岩盤には点々とにごった透明感を持つ紫色の斑点が浮かんでいる。
それこそが採掘資源として価値高いヴィオ水晶である。
にごった紫色の結晶体は、水分を吸収することで質量が軽くなり、やんわりと紅く発光する。
また発光状態だと、熱加工が容易になる。そういった凡庸性の高さが魅力的となり、職人達の間での相場はそれなりに高くなっている。
辺り一面を埋め尽くしている六角柱の洞窟内部を突き進んでいくと辿り着く、ヴィオ水晶の採掘場。
そこは純度100%の透明な紫色のヴィオ水晶による六角柱が敷き詰められており、洞窟内深部の湿った空気を吸い淡く発光している。
反自然的な形式の幻想的な光景は見たものの心を奪うと古くから伝えられていた。
しかし、世界内部の設定として、モルベルカの洞窟には数年前から平蜥蜴と呼ばれる種類の魔物が住みついてしまっている。
粘土色の体皮はぬめりけを持っており、エイに似た丸みのある平たい頭部。やや離れた有鱗目の眼は鋭く縦にきれた黒い眼孔を持つ。
日光を苦手とする種で、日を浴びての体温調節行動は取らない。低温状態での活動が可能で、薄暗く湿度高い地域を好む。
その特性ゆえか、平蜥蜴達はモルベルカの洞窟に居座り続けていた。
全長は平均80センチメートル程度だが、稀に大きいものでは3メートルを超える。
雑食性で鉱石、鳥、昆虫などを主としつつ、集団で人間を捕食する場合もあると伝えられている。
ヴィオ水晶採掘場を根城にする巨大平蜥蜴ココドラを討伐するクエスト。
通称、ココドラ討伐クエ。それを突破することが、ニューエイジ新参プレイヤーの最初の関門と一般的に示されている。
ソロ討伐は余程レベルを上げた一部の職がかろうじて可能である程度と言われており、基本的にPTを組んでの連携が求められるPT推奨クエストだ。
ココナもトワイライトの冒険者達から情報を入手し、前々からPTを募集していた。
ようやく集まったのが、拉ぎとモーゼルという二人組だった。
魔術師の拉ぎと、槍闘士のモーゼル。
薄氷色の長髪に、綺麗な顔立ちをした拉ぎ。魔導師らしい服装を黒衣のローブで覆い包んでいる。
拉ぎはローブから右腕だけを突き出し、人差し指を立てて歩いている。
指の先からは淡い水色の火が灯っており、暗闇に包まれているモルベルカの洞窟内部に微かな明るみをつくりだしていた。
反対に無骨でがっちりとした体型に重厚な銀色の鎧を着込んだ、短髪で彫りの深い顔立ち、僅かに皺を刻んだ乾いた肌のモーゼル。
彼は背中に自身の身長を超えて縦に伸びている槍をやや傾けて背負っており、右手に円形の右肩から手の先までを隠す程度の大きさをした盾を構えている。
対照的な二人に挟まれながら、二人よりも数歩前を元気に歩くココナ。
足を踏み出す度に栗色の三つ編みが左右に揺れている後姿。真っ赤なカンカン帽子をかぶり、真っ赤なコートに身を包み、両刃剣を背中に背負っている。
コートの下から伸びる素足が肌寒そうに思えた。
「いやー、魔術師様々ってやつですね!」
薄暗い洞窟内部を照らす拉ぎの人差し指を眺めながら、ココナが明るい調子で話した。
3人は幾何学的に配置された六角柱の階段を一段、また一段と駆け上っている。
「平蜥蜴もあまり出てこないし、このまま行けばすぐにココドラまで行けそうだね」
やんわりとした拉ぎの喋り方。
「油断はするなよ。平蜥蜴は見た目よりもかなりすばしっこいからな」
モーゼルが厳格な調子で、前を歩くココナへと呼びかける。
「はいはーい!」
「ふふっ」
ココナの返事に、微笑する拉ぎ。
「噂をすれば、なんとやら……か」
モーゼルが腰を大きく横に曲げて背負っている槍に手を伸ばす。
「うわわっ」
ココナは駆け上がっていた足を止めると、慌てて数歩後ろへ退き返した。
ココナと拉ぎを庇うようにして、右手に盾を構え、左手に槍を持ち立つモーゼル。
彼の前方には数頭の平蜥蜴の姿があった。
先頭にいる一頭が、先の分れた細い舌をちょろちょろと嫌らしくのばしている。
「あたしも戦うよっ!!」
ココナは背中の両刃剣を取り、両手に構えた。
「うむ、さっきも言ったが油断はするなよ」
「りょーかい」
「詠唱するから、少しだけ時間を稼いでほしい」
拉ぎが右人差し指を掲げたまま、左手に持った小さめの古書を開き視線を落しながら二人に時間稼ぎを要求した。
「任せて!」
「頼まれた」
ココナとモーゼルが二人並んで立ち、前方に群れている平蜥蜴達の動向を窺う。
舌を出し入れしていた一頭が、平たく裂けた口から唾液のような粒をモーゼル目掛けて吐き飛ばした。
モーゼルは落ち着いた様子で盾を構え防ぐ。
後方に居た数頭が、モーゼルとココナ目掛けて這う様に接近していく。
ココナは緊張した面持ちで、両刃剣を襲いかかってきた一頭に振り下ろした。
剣の先端が平蜥蜴の頭部に振り下ろされる。
気色悪い弾力を剣を持つ手で感じつつ、ココナはすぐに突き刺さった剣の先端を引き抜いた。
モーゼルを確認すると、彼は彼で、自身を取り囲んでいる平蜥蜴を槍で横薙ぎに払っては、飛び掛かってきた平蜥蜴を盾で殴り落としている。
足元に寄ってきた一頭の平蜥蜴に気付いたココナは後方の高めの六角柱に足場を移した。
そして彼女を鋭い眼孔で見上げている平蜥蜴目掛けて、彼女は見下しながら剣の先端を突き刺した。
かちん、と地に衝突して音を弾きだす両刃剣。
うねうねともがく平蜥蜴に嫌悪感を覚えつつ、まだ奥に潜んでいる群れに視線を向けた。
「うへぇ、まだいっぱいいるよー」
「ごめん……お待たせ」
拉ぎが早口に聞き取れない言葉を紡いでいく。
「モーゼル、ココナ。僕より後ろに!」
拉ぎの警告を受けて、即座に退避する二人。
彼の前方の六角柱の足場から無数に氷の柱が突き出る。
先の尖った氷柱は平蜥蜴の群れを逃すことなく貫く。
四肢を貫かれ、宙へと打ち上げられた平蜥蜴達はびくんびくんと痙攣して、やがて氷柱に苔色の体液を垂らしながら絶命した。
「すごいね……」
初めて拉ぎの魔術を目の当たりにし、ココナは唖然と声をもらした。
「さぁ、もうすぐココドラだ」
拉ぎが氷柱をよけながら奥へと進み出す。
過ぎ去り様。平蜥蜴達の死骸に酷く冷めた眼を向ける拉ぎ
拉ぎの背中を追うモーゼルとココナには、氷哭の魔術師に隠された狂気を見抜くことなど不可能だった。




