悪役令嬢の母に転生しました。娘を断罪させるくらいなら、完璧なレディーにしてみせます!
約9千字。ざまぁ要素は特にないです。
ジーリッツ侯爵夫人、マルグリット。
ある日、彼女は前世の記憶が蘇り、この世界が前世で読んだ恋愛小説の世界であり、自分がその登場人物であることを思い出す。
(マジか……)
記憶の蘇ったマルグリットは即座に絶望した。
なぜなら物語上のマルグリットは若くして病死してしまい、名前はあるもののほんの二~三行分しか言及されないほどの端役。
その事実だけでも充分ガックリくる内容だったが、もっと大きな問題がある。
それは娘オーレリアこそ、その小説内で『将来ヒロインから断罪される悪役令嬢』であることだった。
「お母様?」
声に振り返ると、そこには先日五歳になったばかりのオーレリアが立っていた。淡い金髪に、幼いながらも整った顔立ち。我が子ながら美少女だ。
(でも――)
物語上のオーレリアは、ひとことで表現するなら“自己チュー”という単語を凝縮したバケモノだった。
欲しいものは手に入れなければ気が済まず、気に入らないことがあればキレ散らかす。
成長してからは許嫁である王太子ヘンリーへ強く執着し、ヒロインや自分にとって邪魔な相手をあらゆる角度からいびり倒した。
でもって最後には、それまでの行いを暴かれ、直接ヘンリーから婚約破棄を告げられた上で断罪される。
(う~ん、今思い出してもあのシーンは痛快だった……)
ぶっちゃけた話、物語上の破滅については理解できる。
あれだけ自分勝手に好き放題していたら王太子に見捨てられるのも当然だし、実際、自分が小説を読んでいるときはこの子の存在に終始腹が立っていた。なんならページをめくりながら、「早くざまぁ来い!」とさえ思っていたまである。
(……ただ)
その一方、こうして“マルグリット”としてこの世界に立ってみると、別の感情も湧いてくる。
繰り返しになるが、小説でのオーレリアはわがままの塊だった。でも、そこには少なからず理由があった。
まずは父エドマンドが仕事中心の生活をしており、オーレリアにまるで無関心であること。
他方、逆に使用人や領民たちはオーレリアを「未来の王妃様」と持ち上げ、何をしても許し、褒め、機嫌を取っていること。
そこに加えて、数年後には母である自分の不在が重なる。
こうして整理してみると、オーレリアがあんな性格に育つ土壌は充分なほどあった。ちなみに小説では、この辺の生い立ちにほとんど触れていなかった。
もっとも、別に彼女のすべてを擁護しようというわけではない。
ただ、前世にも自分本位の言動で嫌われる人や、その延長で犯罪にまで走る人はいた。けれど同じ犯罪者でも、まともな教育を受けてきた者とそうでない者は、また別物ではないか?
後者はそもそも善悪の区別がつかなかったことが、悪に流れた原因でもある。だったら、本人にすべての責任を負わせるのは少々可哀想とも言える。
なにより前世の記憶が蘇ったとはいえ、自分の中には変わらずマルグリットとしての記憶も同居している。お腹を痛め、オーレリアを産んだときの記憶ももちろんある。あのツラさも喜びも、ちゃんと覚えている。
ならば母として、できる限りのことをしてあげよう。いずれ死ぬ命としても……いや、だからこそ、今のうちに目いっぱいの愛情と教育を注ぐのだ。
そうとも――。
(私の手で、この子を完璧なレディーにしてみせる!)
……そして、それでも結局小説と同じ運命を辿るなら仕方ない。それはこの子が根っからの愚か者だったと諦めるしかないだろう。
かくしてマルグリットによる、オーレリア悪役令嬢化回避作戦――通称、『O作戦』は始動した。
◇
で、そうしてスタートした新生活。
言わずもがなマルグリットが真っ先に手をつけたのは、オーレリアの生活態度からだった。
当時のオーレリアは、何か欲しい物を見つけると、それが自分の手元に来ることをほとんど疑っていなかった。
ある日も商人が持ち込んだ髪飾りを欲しがったので、マルグリットはすぐに買い与えず、なぜ欲しいのかを本人に尋ねた。
「だって、こっちの方が可愛いもの」
「似たものをこの前買ったでしょう。今日はそちらを使いなさい」
むっとした顔をされたところで譲らない。
欲しいと思うこと自体が悪いわけではない。ただ、欲しがるたびに何でも与えていては、自分の望みは叶って当然という感覚が抜けるはずもない。本当に必要なのか、すでに持っている物では駄目なのか。まずはそこから考えさせるようにした。
身の回りのことも、何でも使用人を呼べば済む生活を改め、自分でできることは自分でさせる。
あるときは「のどが渇いた」と侍女を当たり前のように呼び寄せていたので、
「紅茶くらい自分で淹れなさい」
これには本人だけでなく、やって来た侍女まで驚いていた。
もちろん、貴族の令嬢という立場を考えれば、本来はそこまで自分でする必要はない。が、今は矯正が先。誰かが世話をしてくれることを当然だと思わせないため、あえてやらせた。
同じように、不満を感じたときに相手へすぐに怒りをぶつけさせないことも徹底させた。
例えば迎えの馬車が予定より遅れた際、オーレリアが御者を責めようとすれば、
「もう! この私を待たせるなんて――」
「オーレリア。まず事情をちゃんと聞きなさい」
道が混んでいたのかもしれないし、途中で事故が起きて迂回したのかもしれない。自分から見える範囲だけで、相手に落ち度があったと決めつけてはいけない。
実際、その日は街道で荷車が横転し、別の道を回ってきたため遅れたのだという。
それを聞いたオーレリアは、しばらく御者を見つめたあと、
「……ごめんなさい」
これも大事なことだった。相手が使用人だろうと、自分が間違えたなら謝る。当然のことだ。
そんなことを一つずつ、何度も繰り返して教えていった。
もっとも、オーレリア本人だけを正しても意味はない。周囲が今までどおり甘やかし続ければ、結局元に戻ってしまう。
ある日など、料理長や使用人たちが、オーレリアの好きな果物を遠方から取り寄せようとしていた。
季節外れということもあって値段はかなり高い。それでも「お嬢様がお喜びになるから」と、わざわざ手配を進めていたらしい。
しかも肝心のオーレリア本人は、そんなものを頼んですらいなかった。
「ですが奥様……」
「いいのです。これもあの子のためです」
機嫌を取ることと、仕えることは違う。何でも先回りして与えていたら、あの子はそれが当たり前だと思うようになる。
必要なものを用意し、困っているときは助ける。それで充分なのである。
同じ方針は領民たちにも伝えた。オーレリアが姿を見せるたびに大げさに持ち上げたり、ちょっとしたことまで「よ、大統領!」とばかりに褒めたりする必要はない。敬意とは、当人が取った行動の先に滲みわいてくるべきものだ。
最初のうちは皆も戸惑っていたが、少しずつその空気は変わっていった。
そして家庭の中には、もう一人どうしても放っておけない人物がいた。
父親のエドマンドである。
「お父様! 見てください。今日の試験、満点でした!」
ある日の午後、オーレリアが貴族学校で受けたテストの答案を手に、嬉しそうな顔でエドマンドの執務室へやって来た。
ところが当のエドマンドは、机に積まれた書類から顔すら上げない。
「忙しいので後にしなさい」
それだけ言って、また仕事へ戻ってしまう。
「……はい」
さっきまでの笑顔が嘘のように消え、オーレリアは答案を胸に抱えたまま部屋を出ようとした。が、
「あなた」
すかさずマルグリットが割って入る。
前世ではニュースなどで少年犯罪が語られる際、「幼い頃に親から十分な愛情を受けられなかったことが、その後の人格形成に大きな影響を及ぼす」としばしば語られていた。
――どうせ頑張っても褒めてもらえないなら、真面目にやる必要なんてない。
――あるいは、もっと過激なことをすれば自分を見てもらえるかもしれない。
わからない思考でもない。親に冷たくあしらわれた子どもの落胆は、大人が思っているより大きいものだ。……それこそ、今のオーレリアがそうであるように。
マルグリットはオーレリアの肩へ手を添えながら、エドマンドを鋭く見つめた。
「娘がこれだけ頑張ったのです。せめてきちんと話を聞いてあげてください」
「……う、うむ。気を付けよう」
気圧されたように頷いたエドマンドが、机にペンを置く。
それ以降、オーレリアが成果を報告しに来たときには、エドマンドは仕事の手を止めて答案や課題を見せてもらい、「どこが難しかった?」「これはどうやって覚えたんだ?」と本人に聞くようになった。
そうした日々を過ごすうち、オーレリアは目に見えて変わっていった。
以前なら気に入らないことがあればすぐ癇癪を起こしていたのに、今ではまず相手の話を聞く。自分が間違えれば謝り、何かをしてもらえば素直に感謝する。立ち居振る舞いにも自然と気品や落ち着きが身につき、原作で知っているオーレリアとの差は大きくなるばかりだった。
(うん。ここまでは順調ね)
ならばそろそろ、次のステップに進んでもいい頃だろう。
礼儀作法や歴史、音楽や芸術、外国語など。オーレリアはすでに多くのことを学んでいる一方、マルグリットはそれだけでは不十分とも考えていた。
元来、王族というものは国の象徴である。
必要なのは外交や公的儀礼、慈善活動などを通じて国全体を導くこと。だから政治や経済といった国民の生活に直結する実務に携わることはないし、必要もない。
しかし、果たして本当にそうだろうか?
いずれ人々の上に立つ王族の仲間入りをするからこそ、今のうちに自分たちを下から支えてくれる民たちが何を食べ、どのように働き、何に困っているのかを深く知っておくべきではないのか。
それでこそ、真の王族として民の尊敬を集める規範的行動ができるようになるのでは……。
そう考えたマルグリットは、娘を農村や市場へ連れていくようになった。農作物がどう作られているのか。商人はどこから品物を仕入れているのか。
そしてそれらの農業や商業に関することだけでなく、財政や交通、医療、福祉などについても少しずつ現場を見せて学ばせていった。
とはいえ、ここで新たな問題が一つ。
それというのも、マルグリット自身だって別にそれらのスペシャリストではない。なにせ前世ではただの会社員でしかなかったのだ。一応、曲がりなりにも貴族として育った記憶があるため最低限の下地こそあるものの、娘を教え導くだけの知識はない。
無論、それこそあとは専門家に任せるという手もある。けれど今まで偉そうに指導してきた母親がここで急に逃げ出しては、せっかく現状高い位置にあるオーレリアの学習モチベーションがバンジージャンプしかねない。
(やるしかない……か)
覚悟を決めたマルグリットは、暇さえあれば参考書や専門書を読み漁った。加えて密かに呼び寄せた各分野の家庭教師たちに、暇を見つけては指導を仰いだ。オーレリアを連れて街に出た際は、そのとき学んだ知識を活かして領地の仕事にも還元しつつ、全てにおいて娘の模範となるよう努めた。
それもこれも、すべてはオーレリアを立派な王妃にするため。
そして、そんな日々を過ごしていると……。
「おや?」
それはあるとき、母娘で領内の農村を回っていたときのことだった。
村人に案内されながら畑の様子を視察していると、マルグリットは一部の畑だけ作物の育ちが悪いことに気づいた。そこだけ周囲の畑に比べて一帯だけ葉の色が悪い。
近くにいた農民へ事情を尋ねると、その辺りは雨が続くたびに水が溜まり、根腐れを起こしやすいのだとか。
なるほど……と、マルグリットが頷いたそのときだった。
「お母様。こちら側に水を逃がす溝を掘ってはいけないのですか?」
隣で同じく話を聞いていたオーレリアが、すっと遠くへ指を伸ばす。
「ここから向こうの排水路まで浅い溝をつなげれば、溜まった水を流せると思うのですけれど」
「ふむ……」
そのように指摘され、マルグリットもすぐさま周囲の地形を確認する。
言われて見れば確かに、ここの畑にはわずかな傾斜があり、その先には既存の排水路があった。畑の端からそこまで溝を掘れば、雨が降った際に溜まった水を外へ逃がすことはできそうだ。
なにより、さほど大がかりな工事がいらなさそうなのも大きい。
「なるほど。悪くなさそうですね」
「本当ですか!? やった!」
マルグリットが頷くと、自分の案が認められたのが嬉しいのかオーレリアはにこやかに声を上げた。
その後同行していた役人と農民にも地形を調べてもらうと、問題なく実行できそうだという。
結局、そのまま話はするすると進み、畑から既存の排水路まで新たな溝を延ばすことになった。
「いやはや、さすがオーレリア様です。大変助かりました。よくぞお気づきになりましたな」
「いえ、それほど大したことでは。思ったことを口にしただけですから」
笑顔で褒める農民たちに、オーレリアが謙遜するように手を振る。原作の高慢さとは似ても似つかない、謙虚で好感のもてる対応。農民たちにしても、これはおべっかではなく、心からの称賛だった。
それにしても、驚くべきはオーレリアの観察眼だった。
これまでも言われたことはすぐ実行し、その指示の意図まで理解するのが早かった。今日のように周囲をよく見て、自分で問題点を発見する力もある。
(やっぱり、なんだかんだこの子って優秀なのよね)
考えてみれば原作でも、オーレリアはヒロインや気に入らない相手の弱点を次々見つけ、あらゆる角度からいびり倒していた。
当時は「よくもまあ、こんなところまで気づくものね……」と呆れながら読んでいたものだが、見方を変えれば、それだけ視野が広く発想力があるということでもある。
あとはその力を、誰かを傷つけるためではなく、助けるために使えたのなら。
(この子はきっと、最高の王妃になれるはず)
視線の先にいるオーレリアを眺めながら、マルグリットはそう確信を深めていくのであった。
そしてなんだかんだと過ごしているうち、十年の月日が経つ。
オーレリアは十五歳。この国では十五歳で成人とみなされ、婚姻も可能になる。それに伴い、今日は王太子ヘンリーが彼女を王宮へ迎え入れるため、ジーリッツ侯爵家までやって来ることになっていた。
屋敷の門前には、オーレリアをはじめ、マルグリットやエドマンド、大勢の使用人たちまで勢揃いしている。
(……とうとうこの日が来たわね)
隣に立つ娘を横目で見ながら、マルグリットの胸に様々な感情が湧き上がる。
手塩にかけて育てた我が子の晴れの日を見届けられる喜び。これでようやく肩の荷が下りるという安堵。
……と同時に、十年間ずっと一緒に学び、領内を回り、苦楽を共にしてきた娘が己の手を離れて巣立っていくことへの一抹の寂しさ。
気づけば、マルグリットの目元には自然と込み上げてくるものがあった。
(ダメよ、私。私はこの子の母親なんだから。最後まで毅然とした姿を見せないと)
ちなみに、本来ならこの時点でマルグリットはとっくに死んでいるはずである。
小説には「病で亡くなった」としか書かれておらず、病名も詳しい経緯も分からない。そのためいつ体調が悪化するのかひやひやしていたが、結局十年経ってもこうして普通に生きている。
(これはいったいどういうことだろう……)
で、そう思って念のため医者にも何度か診てもらったのだが、こちらも病気の類は一切見当たらないという。それどころか、
「めっちゃ健康です。奥様なら、あと百年は生きられますよ」
「百年……」
それはそれで生きすぎだろ。そうツッコみたかったが、あながち冗談でもないと医者は笑った。それほどマルグリットは健康だった。
どうしてそうなったのかは分からない。ただ強いて要因を挙げるなら、オーレリアに規則正しい生活をさせる以上、自分がだらしない生活を送るわけにもいかなかったので、この十年は食事、睡眠、運動とかなり真面目に気をつけてきた。それが功を奏したのかもしれない。
ともあれ、自分も生きてこの日を迎えられた。そのことは素直に嬉しい。
「お、来られたようだぞ」
エドマンドの声に顔を上げる。
王家の紋章を掲げた一行が屋敷へ近づき、やがて一台の馬車が門前で止まった。そこから王太子ヘンリーが降りてくる。
エドマンドが出迎え、その後ろからオーレリアも一歩前へ出た。
「お久しぶりです、ヘンリー殿下」
十五歳になったオーレリアは、幼い頃とは見違えるほど立派なレディーに成長していた。その姿を見たヘンリーも思わず「おお……」と感嘆の声を漏らし、「これが未来の我が妻か」とでも言いたげにときめいた瞳でオーレリアを見つめる。
(ふふ……)
マルグリットの口元にも思わず笑みがこぼれる。
これならもう大丈夫。この子ならきっとヘンリー殿下とともに国を支え、いずれ多くの民から慕われる王妃になってくれるだろう。
マルグリットは自信を持ってオーレリアへ告げた。
「オーレリア。もうあなたに言うことは何もないわ。立派な未来の王妃として、この国を導きなさい」
周囲から拍手が沸き起こる。エドマンドも満足そうに頷き、使用人たちも心からオーレリアの門出を祝っていた。
その場にいる誰もが、この国の更なる発展と繁栄を想像しながら笑顔で手を叩いた。もちろんマルグリットもだ。
あとはオーレリア自身が、目の前で待つヘンリーの手を取り、その輝かしい未来へ踏み出していくだけ。
そう……思っていたのだが。
「嫌です。私、王宮へは行きたくありません」
…………え?
「えええええええええええええええええ!?」
溢れんばかりの絶叫が響いた。
驚いたのはマルグリットだけではない。隣のエドマンドも、迎えに来たヘンリーも、周囲の使用人たちも揃って目を見開いていた。
もしや聞き間違いか? むしろそうであってほしい。
そう思ってマルグリットは改めて確かめるも、オーレリアはやはり首を横に振った。
「いいえ、お母様。聞き間違いなどでありません。私、このまま王宮へは行きたくありません」
「な、なぜ……」
「だって――」
それからオーレリアは、これまで一度も明かしてこなかった胸の内を語り始めた。
曰く、こういうことらしい。
オーレリアはこれまでの十年間、王妃になるため毎日さまざまなことを学んできた。
礼儀を知り、感謝を覚え、多くの知識を得た。それと同時に領地を回り、農民や商人の話を聞き、領内の政治や行政についても関わってきた。
――そして、その傍らにはいつも母マルグリットがいた。
まだ若いオーレリアには実行権がない。できるのはアドバイス程度。領内で何か問題が起きたときに適切な判断とリーダーシップで最終決定を下して実行するのは、いつも他ならぬマルグリットであった。
この国では代々、貴族家の当主は官僚として中央にて仕官するのが一般的である。であるからこそ、エドマンドも各地を飛び回って屋敷を留守にしがちだった。
そしてそれゆえに肩書上は領主であっても、実質的に実務を司るのは領主の妻や、他の親族であることが多い。
それはここ、ジーリッツ侯爵領も例外ではなかった。
そしてそんな頼れるマルグリットの背中を後ろから眺めているうち、オーレリアはこう思ったらしい。
(ああ……私のお母様って、なんてステキなの!)
もっと母のそばにいたい。母のようになりたい。そして母と一緒に、この領地をもっと良くしていきたい。
そういう気持ちが彼女の中で少しずつ大きくなっていき、至った結論が――。
「私、将来はお母様みたいな立派な領主になりたいの!」
というわけである。
王太子妃となれば王家へ入り、外交や儀礼をはじめ国全体に関わる役目を負う。もちろん、それが大切な役目であることもオーレリアは理解している。
けれど彼女が本当にやりたいのは、一つの領地に根を張り、そこで暮らす人たちと直接向き合い、自分の判断でその土地を良くしていくことだった。
「……正直なところ、ずっと迷っていました。お母様やお父様、みんなが私に立派な王妃になることを望んでいる。その期待に応えることこそ、私の使命であり義務であり、そしてここまで導いてくれたことへの恩返しなんだと」
だからこそ、これまで誰にも本音を明かせなかった。
「でも今日という日を迎え、改めてはっきりとわかったんです」
オーレリアが顔を上げる。
「やっぱり私、この領地で生きていきたい。お母様を支え、そしていずれは後を継いで、この領地を世界のどこよりも幸せで溢れる場所にしたい! それが私の夢なんです!」
そう、オーレリアは力強く言い切った。一方、そんな娘の姿を目の当たりにしたマルグリットはというと、
「…………」
しばしの間、マルグリットは呆然とした。
この十年、自分は完璧な王妃を育てるために心血を注いできた。そのつもりだった。
事実、オーレリアは立派に育った。礼儀正しく、頭もよく、周囲を見渡すことができ、人の気持ちも考えられる。
今や同年代を見渡しても、ここまで立派なレディーはそうそういないだろう。親馬鹿と言われるかもしれないが、それでも本気でそう思っている。
だからこそ確信していた。
目的は達した。自分はやり遂げたのだと。
(それがまさか、こんなことになるなんて……)
本当に、思ってもみなかった結果に唖然とする。
まるで十年間信じて走ってきた道がゴール目前で足元から崩壊し、急転直下で地の底に叩き落されるかのような感覚だった。
前世からこっち、かつてこれほどまでの喪失感を味わったことはあっただろうか、いやない。
……が。
(ん? 待てよ?)
ふと立ち止まって考えてみる。
そもそも、自分が十年前にこの教育を始めた目的は何だったのか。
オーレリアを立派な王妃にすること。それは間違いない。でもそれはあくまで手段に近く、真の目的は別にあったはずだ。
では、その目的とはなんなのか? 決まっている。
(この子が……悪役令嬢として断罪される未来を防ぐこと)
で、翻って考えてみる。今のオーレリアはどうだろう。
人の話を聞ける。感謝もできる。自分が間違えれば謝ることもできる。そしてつい先ほどは、自分の未来を自分で考え、はっきりと口にできるまでに至った。
これほどまで自立心に溢れ、品行方正に育った娘ともなれば、もはや原作準拠の断罪へ至る可能性はほぼゼロと言っていいはず。
もう、あんな破滅の結末へ向かう悪役令嬢の面影はどこにもない。
それならば――。
「う~ん……ま、これはこれでいっか」
その後、ジーリッツ領はむちゃくちゃ発展した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
もし少しでも皆様の暇つぶしになったようでしたら、
【ぜひ下の☆☆☆☆☆をタップして★★★★★にしていただけると嬉しいです!】
※ついでに宣伝。以下、新作短編です。よければこちらも!(画面↓にリンクもあります)
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【ハイファンタジー】夫が愛人に書いた恋文を、王都で大流行の恋愛劇にしました




