#2異違在
「どうしよう」
掴んでいたものが上着とわかったとき、反射的に口からこぼれた。
自分には到底買えそうにない触り心地の良い生地。 横から吹く風が鼻元に異世界の香りを運ぶ。控えめなのに記憶に残る深みのある匂い。
ますます手放したくなる。
それに残っている温もりは自分のものになり変わっていた。
「あっ起きとる。無理せんほうがいいですよ。」
死角から声をかけられた。地元民特有のハキハキした発音は、脳を通るときに文字変換が狂う音をしていた。
一気に血の気が引く。手が震える。逃げ出そうと立ち上がって、背を向けたが力が入らなくて足がもつれてしまった。
人前で転ぶのは覚えていないくらい久しく、口の中で鉄の味が滲んだ。
立ちあがろうと地面を足で捉えようとしたがうまくできずにいた。
目の前に回り込まれて顔を覗き込まれる。
わざわざ腰を落として、惨めな自分を透かし、景色を見ているような目だった。
「怪しくないですよ。水買うてきたんでいかがです?」
自分が持っていた上着を片手に水が入ったペットボトルを差し出してきた。苛立ちを露わにするようにそれを受け取る。
開ける時に傷が最後の血を絞り出すように痛んだが気にせずに口につけた。
下がっていた体温が流し込まれたものによって上がっていくのを感じた。視界が少し定まってきたが、目の前のものをどうにかして形付けたくなかった。
「お兄さん家どこですか。送りましょうか、僕今暇なんであぁおぶりましょう。僕結構力あって‥」
自分が口を開けようとした瞬間に急に浴びせられたからか、呆気に取られて、発音しようとしていた口から湿った空気が短く出た。
「僕ほんまに落とさないんで、ほらどうぞ。」
背中を向けてジリジリと近づいて来る。
もう一度逃げ出そうとしたが、そんな気力は体の底に残っていなかった。
仕方なくその背中に体を預けた。万が一手を離された時ように両手をこいつの前で結ぶ。
家を聞かれて投げやりにアパートがある住所を答える。持ち上げられられた後は振り子のように揺れながらゆっくり進んで行った。
ずっと何か話していたが、相槌を打たずに柔らかい髪の感触を肌で感じながら意識が遠のいていった。
「家つきましたよ、ここでいいですか。」
ハキハキとした声に起こされた。その場で丁寧に荷物のように下された。
せめての礼として飲み物代を払おうとポケットの中から財布を出したが、中には50円しかなかった。
人前で醜態を晒したのに加えて、手持ちがないに等しい自分に対して手で掴めない苛立ちが腹の底で湧き上がる。
「足りないですけど飲み物代です。」
出てきた感情のせいで溢れそうになる何かを堰き止めて、声を絞り出した。
「気にせんでいいので、呑まれるのは勘弁してきださい。あと、これ落ちてましたよ。」
目の前に差し出してきたのはタバコだった。
受け取ると同時に見上げてみると、アパート前の街灯に照らされた顔は自分にはできない口角の上がり方をしていた。
会釈した後灰色の長めに見える上着を翻して帰っていった。
その風貌は別世界に住む何かだった。
お疲れ様です。竹野原理仁です。
「崩れと数字」は長く続けたいと思っています。
今後noteに番外編とか設定とかあげるかもしれません。
感想お待ちしています。
来たら喜びます。




