2話 こんな出会いです。
あれは、1ヵ月前。
私は行きつけのスーパーからもらった福引を手にガラガラをするため足を運んでいた。
狙うは1等液晶テレビ。ではなく3等の高級羽毛クッション。微妙な賭けだが、クッションとあなどるなかれ。私は眠りが浅い、このクッションがあれば熟睡どころか天に行けるほど眠れるかもしれない。
「らっしゃい。お嬢ちゃん。」
「1回お願いします。」
泣きの1回、後戻りはもう出来ない。
大きく深呼吸して私は回した。
1回2回3回。
出ない。3回4回5回。
出ない。さすがに変だろ。
「おじさん。出ないですけど。」
「はえぇぇ!?」
おじさんがガラガラをくなく見ると「あ!」といった。
「お嬢ちゃん。詰まっとったわ!」
詰まっとったんかい!そりゃでんわ。
「で、なん等ですか?」
「こりゃ………4等やね。」
また微妙な。3等ぐらい違ってたら諦めきれるのにな。
「おめでとう。4等はスープの無料券じゃ!」
スープ。ハンバーガーとか牛丼とかじゃなくてスープとな。
「はぁ…ありがとうございます。」
私はおじさんから無料券を受け取る。
受け取った券はもう見るからに手作り感満載だ。
「いっか、スープ。貰いに行こか。飲むぞースープ!」
私は歌舞伎町商店街の真ん中でスープを叫んだのだった。
そしてスープを貰いに行った私だったがなんとも言えない不幸に出くわしていた。
「不覚だった。まさか、まさか…
持ち帰り限定なんて!!しかも容器は持参!」
なんてこったい!しかも運良く持ってた水筒デカいし。がぶ飲みしたからスープ飲めない。
「無料券にそんな事書いてないし…ん!」
裏を向けたら右端に小さく『持ち帰りにつきお使いいただけます。お好きな容器の分スープをご用意させていただきます。』
…自信持てよ!結構大事な事書いてんだから大きく書こうよ!
「てことは?」
水筒を開けるとこりゃまぁご丁寧にたっぷりと。見た感じコンポタージュかな?
「まぁいいや、帰って晩御飯で飲めばいいし。」
ここからが私と彼らの出会いである。
私がスタスタと歩いているとガサガサっと裏路地から聞こえた。
チラッと覗くとスパンコールがきいた服を着た美女がうずくまっていた。
そのチラッと覗いたのが運の尽き。
踏み出した足がゴミにあたり女がこっちに気づいてしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「何?…アンタ…誰よ…」
まぁそうなりますよね-
私もやりたくてやったわけじゃないので。
引くにも引けないし。
「何なのよ…うぅぅぅぅぅ…うっぷ…」
「え!?な、何!どうしたんですか!」
「大声出さないで!ただの酒の飲みすぎよ…頭痛った…きっもち悪…」
あ、さよですか。私あまり酒飲まないからわからないけど辛そう…
「そうだ。スープ飲みません?」
「はぁ!?」
そうだ!スープなら胃に優しいはずだし!それに量が減る!
水筒のコップを外しトポトポとスープをながしこむ。お店のスープだけあっていい匂い。
「どうぞ!」
「ちょ、私飲むなんて言ってないわよ!?」
「まぁ、まぁ、遠慮せずに。」
女は恐る恐るスープを飲んだ。
変なもの入ってないのに。失礼な。
「…美味しい。チョー美味しい!」
そんなに美味しいのか。チョーが付くほど美味しいのか!このスープ
「それは良かったです。」
「頭痛が無くなってるし、ちょー楽なんですけど!?」
凄いなスープ。なに?隠し味に仙豆はいってる?
「アンタのお陰でムッチャ助かったぁ~
この後キャバの仕事だったの!」
やっぱりキャバ嬢でしたか…。予想はしてた。見るからにそうだもん。
「それはよかった。では私はこれで…」
「ちょい待ち。アンタ、名前は」
え、まだ用あるの!?名前言わなきゃ返してくれない系!?返してくれない空気だわコレ
「さ、佐々木千代です。」
「千代ちゃんね。バッッッチシ覚えた!
これ、アタシの名刺。店きてくれたらめっちゃサービスすっからね!じゃあアタシ仕事だから。」
女は手をひらひら振りながら去っていった。
………名前言わんのかい!私自信持て言ったよ!まさかの名刺で返されちゃったよ。
名刺もキラッキラしてぇ私の目をどうしたいの!?目がいったいわぁ
「まぁ、別に何も無かったしさっさと帰ろう。」
私は裏路地を出てスタスタと帰って行った。
別の裏路地から泣き声がしても私は帰る。
泣き声は空耳。絶対帰る。
帰る。帰る。帰る。かえ……。
「どうしたんですか!?」
「ぐすっ……アンタ…誰っスか?」
なんで行っちゃったの私!!
だって人間的義務じゃん?役割じゃん?
泣いてる人ほっとけないよ!たとえ相手が金髪美男子でも。
「えっと…その…」
「別に誰でもいいや…俺の悩み聞いてくれるっスか?」
誰でもいいんかい!てかなんか深刻そうなんですけど!?
「俺ホストなんスけど、女の子はすげー好きで」
あれ?話始まってる?勝手に始まってる感じ?
「でもウチの先輩、女の子を陰で物のように言うんス。俺はそれはおかしいと思うンスよ。仮にもお客様だし、それに失礼だと思う。でもどうしたらいいか分からなくて…」
なんか、思ってたより中身は良い子だった。
むっちゃ良い子。ホストの事情なんて私知らないしな…とりあえず。
「スープ飲みます?」
「へ?」
ドボドボとスープを注ぐとホストに渡した。
「まず落ち着きましょう。んで……殴ったらいいと思います。」
「は!?先輩を!?」
まぁそうなりますな。
「そう。んでみんなの前で洗いざらい吐いたらスッキリするんじゃないですか?」
「そんな事したら…俺…」
「大丈夫。ホストさんは間違ってないし、それにその先輩は女を怒らすとどうなるか知らないんですよ。」
そう、多分ホスト関連の女は絶対怖い。
自殺とかストーカーとか普通に聞くし…
「そうッスよね!何もしないのはダメっすよね!」
ホストは保温でまだ熱々のはずのスープを飲み干した。お前の喉は断熱素材か。
「あざっした!スープすげー美味かったっす!」
そうか…やっぱりすげー美味いのかこのスープ。
「いえいえ。元気が出て何よりです。」
「今から早速実行しようと思います!」
え?早くね?
「勢いに乗った時にしないと出来ないっすからね。猪突猛進ってヤツ?」
賢い言葉使ったよこのホスト。てか私には絶対無理。当たって砕ける結末しか見えない。
「う、うん。頑張ってください。」
「はい!じゃ!!」
ホストは走って去っていった。
上手くいくといいな。先輩ホスト撃沈求む。
歌舞伎町の夜ってやっぱりキャバ嬢とかホストは忙しいんだ。お疲れ様です。
私はまた裏路地を出て今度こそ帰って行った。
今度こそ帰った。帰るんだ。今度こそ……
ぐぅぅぅぅ~
帰る。帰る。帰る。帰る。
ぐぅぅぅぅぅぅ~~
私は今大ピンチに直撃しています。
音からわかるように、お腹の音です。
そして目の前に仰向けに倒れたサングラスのおじさん。
まるで仕組んだかと思うくらい商店街ど真ん中にいるのです。
「だ、誰か……食いもん…うぅ…」
あぁ…遂に食物を乞い始めたよ。
こんなん行くしかないじゃん!
人間としての義務だもの。
人間失格したくないもの。
二度あることは三度ある。そうこれが3度目!
これが最後!
「・・・スープ飲みます?」
そしてこのフレーズも3度目。
スープを注ぐのも3度目さすがに様になった感じ。あんなけあったスープも分けてしまえばあっという間だな。もう半分。
「 …どうぞ」
「おー。……悪いねぇ…嬢ちゃん…」
あ、返事した。まだ喋れるようだ。良かった。
お礼を言う人に悪い人はいないはず。多分。
おじさんはスープを一気飲みした。
ホストと同類、喉は断熱素材でできているのか、いや、男性には備わってるのか。
「ぷはぁァあぁぁ!くぅぅぅぅ。生き返るぅぅ!」
間違えないように言っときます、飲んでるのスープです。キンキンに冷えたビールでは決してありません。決して。
「ありがとよ。助かった。嬢ちゃんは命の恩人だ。」
「そんな大袈裟な…」
おじさんはバンバンと肩を叩く。
なんだろう。結構痛いけど悪い気しないな。
でも私は見てしまった。おじさんのはだけた胸元かは見えたのは…龍の『刺青』でした。
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
………あっぶね。心の叫びで収まった。
え?『刺青』って、ヤンキー…はもっと若いか。じゃあ…まさか。
「うぁぁ兄貴ィィィ!ご無事ですかァァァァ!?」
き、来たァァァァ。なんかガラ悪そうな人が来たァァ!
どうしよう。どうしよう!どうしよう!
「あ!?おっせーよ!どこほっつき歩いてんだ!?」
「す、すんません!野郎の逃げ足が早くて…。」
「んで?」
「もちろん。とっ捕まえて絞りとりましたよ。」
あれ?私お邪魔な感じ?蚊帳の外?
ではではゆっっくり退散させて頂こうかな。
「では、私はこれで~~。」
「おい!小娘…テメェ兄貴に近付いて何が目的だ?」
男に腕を掴まれる。
え?小娘って私?嘘でしょ?
「いえ、私は別に…」
「色仕掛けで兄貴に近づこうなんて100万年はえぇんだよ!」
いや、100万年って、私も貴方も死んでますよ!?それに色仕掛けできる魅力スキルは私には備わってないので!
じゃなくてヤバくない私。絶体絶命にピンチに当てはまる状況これ!!!
「なんとか言えや。あぁぁ!?」
もう無理だ…。終わったそう諦めた時。
「何してくれとんじゃァァァ!馬鹿野郎!!」
まるで映画のような飛び蹴りを私は初めて生で目撃したのだ。むっちゃ綺麗な飛び蹴りを。
そしてくらったガラが悪そうな男は見とれるほど綺麗に落ちたのだった。
あとお忘れなく、歌舞伎町商店街のど真ん中で行われてることを。
「あ、兄貴!?」
「俺の命の恩人に……なにガンつけとんじゃァァァ!?」
はぁぁぁぁぁ!?私が命の恩人とな!?
私何した!?スープあげただけよ!?
「この嬢ちゃんはな!腹空かせた俺に、スープを分けてくれたんやぞ!それをお前、色仕掛けやなんやと抜かしたこと言いおって…舐めとんちゃうぞ!」
うわぁ…私に向けてじゃないけどむっちゃ怖っ…。もうちょっと歳いってたら魂抜けてたわ。絶対。
「そ、そうでしたか!大変失礼しました!!兄貴を助けて頂いたのに…」
「い、いえ、気にしてませんし。」
ヤクザに頭下げられちゃったぁぁぁぁ!
どうしよ。
なんか関わっちゃった…警察捕まっちゃうの…私。
「あ!千代ちゃん!!どったの?こんな所で?」
この声は…あの、キャバ嬢!名前なんだっけ…
名刺、名刺と。キラッキラしてるからすぐ見つかった。
「えっと。明智…光希さん?」
「は~い。キャバ帰りの美女。明智光希ちゃんでーす!」
あ、完全に酔ってるなキャバ嬢。
助け舟どころかボロい船が来たよ。
「おぉ!光希じゃねぇか!」
「あ!おじ様~!むちゃ久しぶりじゃーん!」
あれ?もしかして明智光希さんとヤクザさんはまさかのお知り合い?世間は狭いな。
「あ、あの明智さんの…知り合い?」
「千代ちゃん冷たーい。私の事は光希ちゃんて呼ばないと拗ねちゃうぞ♡」
この酔っ払いめ。私の腕にやすやす抱きつきやがって。
しかも香水キツっ!
「….光希ちゃんの知り合い?」
「あは!何言ってるの?千代ちゃん。
この人、歌舞伎町では有名な花田組の組長のぉ花田宗二さんよ?」
へ?ヤクザはヤクザでも…『組長』ですとぉ!
私、組長助けちゃったのォォ!?
「もう、おじ様、最近店に来てくれないから寂しかったぁ~。」
「悪ぃな。今ちっと立て込んでんだ。また来てやるから、な?」
「ん~絶対にきてよ?」
うわぁ…ピンクのオーラが見える…。
あ~帰りた~い!ご飯食べた~い!布団に入りた~い。
「それより光希、この嬢ちゃんと知り合いか?」
「そー。千代ちゃんはぁ具合悪い私にぃスープくれたむっちゃいい子ちゃんなのぉ~。」
そうです。不幸で出会った仲です。
「ほぉ、ちょうど俺も腹空かしてるところにスープをくれたんだよ。」
「マジ?千代ちゃんちょーいい子ちゃんじゃん。」
なんだろう。あんま嬉しくないな。
ちらっとスマホを見ると夜9時を軽く回っていた。もうこんな時間か…
本当は福引するだけだったからこんなにかからないはずだったのになぁ…
とほほ…
「私、もう帰りますね。時間も遅いし…」
「まだ9時だろ?」
「私に歌舞伎町の夜は合いませんから。
ネオンの光より街灯の光が私にお似合いです。」
なんかカッコイイこと言ったな私。
ちょっと自分に惚れそう。
「じゃあせめて送らせてくれや。
スープの礼にはちぃせぇが、夜道に女一人は危険だ。」
いや、ヤクザといる方が余計に危険な気がする。
「い、いえ、家ほんとに近くなんで大丈夫です。大丈夫。」
引いてくれ-。頼む。内心はヤクザと帰りたくない!家とか特定されたら嫌だし。
あと警察沙汰になりたくない!
「そこまで言うなら…仕方ねぇな…」
「千代ちゃん、ほんとに大丈夫?
私でもいいのよ?」
危険が増えるだけだとなぜわからん。
そんな美女といっしょにだったら男の視線集めまくりで帰りにくいわ!
「う、うん。ありがとう光希ちゃん、ホントに大丈夫だから。」
だから早く帰らせて!
「そう?気を付けてね。」
「気をつけて帰れよ。」
「はい、ありがとうございます。では。」
「ちょっとまて嬢ちゃん。」
まだ何か!?
「これ持ってけ。」
私はヤクザさんからメモを貰った
なんか番号書いてる。英数字も…これってまさか…。
「俺の電話番号とメアド。なんかあったらかけろ。すぐ飛んでってやる。」
「兄貴、いいんですか!?」
「だぁっとけ!俺の恩人だ。恩を返さにゃぁ礼儀じゃねぇ。俺は礼儀になってねーことは大っ嫌いなんだ。」
うわぁ…重っ。スープ1杯でヤクザの胃袋掴むどころか重い恩人を背負わされたんですけど!
そんなんいいから!
「さすが兄貴!俺感動しました!」
かんどうしないで!
ヤクザの組長のプライバシー、一般市民に渡しちゃダメでしょ!
「千代ちゃん。これアタシの番号とメアド
!ぜーったい登録してねぇ~光希とのや、く、そ、く♡」
明智光希お前もか…。
「は、はい…」
そしてちゃっかり受け取る私。
仕方ないじゃん!日本人だもん、断れない性格だもん!
私は顔は笑いながらコートのポッケにヤクザのメモも一緒に突っ込んだ。
でもやっと帰れる。やっと1人になれる…
「では、おやすみなさい。」
私は足早に、足早に!その場を後にした。