1話
朝食の席で、赤い髪と琥珀色の瞳を持つ体格のいい父上、ロード・カストールは食事の手を止め、静かに告げた。
「他の兄弟の邪魔になる。才のないお前は今日をもってここを出て、辺境地の別荘に行きなさい」
この言葉を聞いた僕は、少しも驚かなかった。
目立たない茶色の髪、茶色の瞳の僕――ノエール・カストールは十五歳になったばかりだが、父上の言葉は僕の予想通りだった。だが、それに対して僕は悲観することはなかった。むしろ、追放されることは願ったり叶ったりだった。
しかし、ここで「やった! 待っていました!」と喜んでしまうと、何年も僕が剣や魔法に才能がないと自分を抑えてきたことが無駄になってしまう。それを避けるために、僕は少し落ち込んだ様子で父上に返事をかえした。
「辺境の地? 今日から……僕は辺境の別荘に行くのですか?」
「ああ、そうだ。その地でお前は何もせず、本でも読んで大人しくしておけ」
「……本。……はい、わかりました。父上」
「グ、ハハハ! 才のない奴は早くここから出ていけ!」
「ククク、足手まとい。兄さん、ぼくは貴方の存在が恥ずかしいよ」
緑色の髪、紫色の瞳の母上は悲しそうに目を濡らしている。二歳年上で父譲りの体、赤い髪と琥珀色の瞳の兄上と、一つ下、母譲りの緑色の髪と紫色の瞳の弟は食事を止めて、笑いながらいつものように僕を馬鹿にした。たが、これもいつもの光景だ。だけど、これが最後だと思い、僕はその様子を静かに見つめ口を開いた。
「ロード父上、ミーラ母上、ジール兄上、コース弟、今までありがとうございました。朝食が終わったら、すぐ屋敷を出て、父上のおっしゃる辺境の地へとむかいます」
「……」
「ノエール……」
「出来損ない!」
「バカ、バーカ!」
この言葉が、どう父上に届いたかはわからない。
しかし僕にとって、もうどうでもよかった。早くに家族を失った僕にとって、この家族と過ごす時間はとても貴重なもの。
一人ではなく、冷たい言葉を言われても、家族の存在は僕にとってありがたいもの。
ここを出て行くのは少し寂しい気持ちもあるが、書庫で異世界の知識もすべて頭に叩き込んだ。これからは辺境の地で、神様から貰った沢山のチートを使って、のんびりスローライフを送るつもりだ。
⭐︎
僕は、何処にでもいる普通のサラリーマンで歳は三十五歳。仕事が休みの日、車中泊用に改造した軽バンを運転して、キャンプに出掛けていた。そのキャンプの帰り道、道端に飛び出してきた黒い猫を避けようとして、あっけなく命を落としてしまった。
ところが驚くべきことに、避けた猫がなんと異世界の神様だったのだ。この神様が言うには、自分が最高神様から与えられた世界で、如何やら魔王が復活するらしい。そのため神様は勇者となる者を選ぶため、神書庫にあった歴史書に知らされていた、大昔に勇者召喚をした日本へと来ていた。
異世界の神様にとって、初めて訪れた地。
あまりにもの自然の美しさに感動した神様は、勇者召喚の人選を終えた後、黒い猫に姿を変えて散歩をしていたという。そして、咲き誇る桜に目を奪われ道路に飛び出してきたところを、キャンプ帰りの僕が運転する軽バンの前に出てしまった。
『すみません、あまりにも見事な桜だったので……』
何度も頭を下げて僕に謝ったが、元の世界には戻れないと告げた。異世界ものの小説、漫画、アニメに親しんでいた僕は、神様に後腐れのない地位といまから生活をする異世界を知る時間、便利なスキルがいくつか欲しいと神様にお願いした。
こうして僕は、カストール伯爵家の次男として生まれた。伯爵家だが父上は剣に長けていて、騎士団の副団長を務めている。二つ上の兄上はその父上の力を引き継ぎ、剣に長けている。
そして母上は植物系の魔法を使い、薬師の資格を持っている。弟もまた、母上と同じ植物系魔法を使い、将来は王家専属の薬師になると話す。
才のある二人の真ん中に生まれた次男の僕には、剣も魔法も人並み以上の才がない。いつも書庫に篭りっぱなしだったからか、カストール伯爵家の穀潰し、お荷物となっていた。