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異世界万屋『エンポリオ』

掲載日:2026/08/24

元々連載予定でしたが、短編にしてみました。

異世界で万屋を営む、転生者たちの物語です。



 ──薄暗い路地の奥、異世界のとある街『マルキーラ』の端にひっそりと佇む廃屋。

 煉瓦造りの古い建物は中世のような街並みに溶け込みつつも、壁面の苔と崩れた窓枠が長い放置を物語っていた。

 中世風の街灯が僅かに照らす夜の闇の中、その一室では数人の男たちの低い笑い声が響いていた。


「マスター。こいつを」


「よくやったぞお前達。俺の数十年の奴隷商人生の中でも、コイツぁ一番の上物だ」


 身なりの整った男──マスターと呼ばれた男が、足元に転がる少女を軽く蹴飛ばす。長い耳を持つその少女は口と手足を塞がれ、恐怖に身を震わせながら静かに涙を流していた。

 部屋はカビ臭く、薄暗いランプの光が男たちの汚れた服と、少女の白い肌を淡く浮かび上がらせる。


「エルフの、しかも新品のガキ。下手に売っても金貨五百枚はくだらねぇだろう」


「五百⁉︎ 普通に暮らせばもう人生終わりじゃねぇか! やりましたねマスター!」


「まぁ落ち着け。まずは慎重に運び出して───」


 マスターが優しく少女を抱き上げようと近づいた、その瞬間だった。


「お邪魔しまーーーーーーーーす‼︎‼︎」


 扉が蹴り飛ばされ、ガタのきた木枠もろとも吹き飛ぶ。扉は男の一人を直撃し、その場に沈めた。薄暗い部屋に、元気と活力に満ちた声が響き渡る。


「なっ……⁉︎」


「カビ臭い部屋ね。ちゃんと掃除はしなきゃダメよ?」


「するわけねぇだろ。ゴミクズ共がそんなこと」


 特徴的なスーツに身を包み、サングラスの奥に宝石のような瞳を隠した二人の女。二人は部屋へ、迷いなく足を踏み入れる。


「生きる価値の無いゴミクズさん達こんにちは! 異世界万屋『エンポリオ』でっす!」










──────────────

 

 場所は変わり、ここは先ほどのように言及すべきことは何もなく、何の変哲もないただの一部屋。それに呼応するかのようにごく普通、強いて言えば少し小太りの男を前に、物腰柔らかに話す女。

 名を、キリカ。真紅に染まり切った短い髪、左右で異なる輝きを放つその眼が特徴的だ。


「おっさん。ほらこれ、言われてた子」


 短い乱闘の末、男たちは無力化された。少女は無事に保護され、依頼者の男の元へ戻された。


「エンポリオは即日解決をモットーにしてるからね! 是非今後ともご贔屓に!」


「……まぁ、気分次第だけどな」


 その隣に立ち、サングラスの奥の瞳を細める女は、カグラ。隣の彩色豊かなキリカとは裏腹に、艶やかな黒髪。そして二回りほど大きいその背丈に、落ち着いた声のトーンには重厚感のある雰囲気を醸し出される。


 見た目だけで判断すれば正反対な二人だが、二人はこの『異世界』において、『異世界万屋』なるものを営んでいる。受けた依頼に対してしっかり報酬は取り、そもそも金にならない仕事はしない。そういう善意の活動は、偶に転生してくる勇者様にでも任せておけば良いと言わんばかりに。

 そして最近すっかりご無沙汰であった二人の解決屋家業に、依頼が来たという訳だ。


『しっ! テキトーなこと言っときゃ良いのよ! ただでさえ依頼少ないんだから』


「よ、よくやってくれた! 報酬は手筈通りに、多少色も付けさせて頂こう」


「んも〜、大変だったんだからね? 二度と子供から目離しちゃダメよ」


「あぁ。すまない」


 この男こそ今回の依頼者であり、奴隷商人達へと奪われたエルフの救出を二人へと懇願した張本人。依頼をしに事務所を訪れた際には真っ青だった顔色も、今となっては健康そのもの。なんとも満足そうに、二人の足元へと隠れるエルフへと近づく。


「アー、ちょっと待った」


 それに対しカグラは冷静に、しかし先ほどよりも一層低い声で男を御した。キリカは少し離れた位置から様子を見守る。


「な、何かな?」


「なぁおっさん。ウチはな、依頼者の素性は事前に、ある程度洗うようにしてんだわ」


 そのまま少しずつ男へと詰め寄るカグラ。


「偶にカタギじゃねぇ奴が紛れ込んでくるからな。例えばそう……奴隷商人とか」


 サングラスに隠された両の目で、しっかりと男を見つめる。その気迫に押され、男は思わず後ずさる。


「当然お前の事も調べたがどうも不自然だった。経歴の何もかもが、不思議なまでに整っていた。いくら洗っても不必要な情報が出てこねぇ人間なんか、滅多にいねぇんだよ」


「…………ッ‼︎」


「そもそもアンタは平民の人間なんだろ? ただでさえエルフの子供なんて希少な種族、どうやって手に入れた?」


 完全に油断していた男の顔は再び青く染まり上がり、汗が止まらない。男の明らかな動揺を確認し、カグラは続ける。


「そこでウチのメンバーに改めて調べてもらったところ……ある一つのギルドから、アンタの名前が出てきた」


 鞄から一枚の紙を取り出し、目の前の男の机へと見せつけるかのように叩きつける。紙に書かれているのはびっしりと埋め尽くされた細かな文字に、数枚の写真のみ。


「『ニルゲイン』。主に奴隷商を生業とする第一級指定のブラックギルド………その元メンバー。これ、アンタだろ?」


 数枚写真に写っていたのは、紛れもない眼前の男。雰囲気はまるで違うものの、顔や体型といった点が酷似していた。


「数年前に脱退したものの、奴隷商自体は辞めていなかった。秘密裏に奴隷を売り捌いていた最中、別のブラックギルドにエルフを横取りされた。武力の無いアンタはそれでウチを頼った……そんな所か?」


「だ……だったら何だ! お前達は金さえ払えばどんな仕事でもすると言った! 約束通り金は払う、 その後そこのガキをどうしようと、俺の勝手だろう!」


「ん〜…まぁ、その通りね」


「……いや、もういい」


 カグラはしゃがみ込み、今の話し合いをただ静かに聞いていたエルフの少女へと視線を合わせる。恐怖のあまりその身体は小刻みに震え、顔は不安で一杯といった様子だった。キリカも少し身を乗り出して見守る。


「嬢ちゃん、名前は?」


「…………え?」


 まさか話しかけられるとは思っていなかったのか。返事が返ってくるのまでには少々の時間を要した。しかし、少女は確かに答えた。


「……エリナ」


「エリナか。……お前は、どうしたい? コイツの元に戻るか、晴れて本当に自由な身になるか」


「! …………」


「お前が決めろ。選択しろ。お前は奴隷じゃない、一人のエルフだ」


エリナはしばらく俯いた後、静かに泣き始めた。そして、


「お母さん………………」


「よく言った。後は任せろ」


 険しかったカグラの顔は優しくほころんだ。眼前の小さな頭をそっと撫で、そのまま抱き抱える。


「おい! 何してる、それは俺の────」


 男が急いで立ち上がり叫ぶも、言葉はそこで止まった。それよりも早く、キリカの拳は男の顔面へと深くめり込んだ。そのまま強引に地面へと叩き落とされ、男はカグラの視界から消えた。その後、ぴくりとも動かずに。拳が当たった感触が、キリカの手に残る。


「生憎依頼を受けちまったんだ。ゴミクズは退治……だったか?」


「あ〜、めっちゃスッキリ!」


「う……うわぁああああああああああああん‼︎」


 恐怖からの解放。それによる安堵から、少女はカグラの胸で堰を切ったように泣く。


 『エンポリオ五箇条』の一つ、『受けた依頼は必ず完遂』。

 キリカは拳を振りながら、満足そうに息を吐いた。








──────────────


「やぁ、町長さん。お久しぶりんりん」


 久々の依頼を終えた翌日。

 キリカとカグラのいるここは、『マルキーラ』の外れにポツンと聳え立つ『エンポリオ』の事務所。三階建ての内、上二階は物置や空き部屋がある為実質事務所として使っているのはこの一階のみ。その一階の応対室に鎮座するのは、長い白髭が何とも特徴的な一人の初老。

 高級感のある身なりに加え、その胸には輝かしく光る一つのバッジ。


「………………ごほん」


 たった一つの咳払い。しかし男のそれには確かな苛立ちが見て取れ、正面に対する二人も何とも罰が悪そうに目を逸らす。キリカは特に視線を泳がせた。


「何故、私がここに来たか分かるか? 君たち」


「もしかして……町長さん直々のお依頼、だったり?」


 男が懐の鞄から取り出したのは、数十センチはあろう紙の束。それを勢いよく机に叩きつけ、怒りのあまり身体を震わせる。


「何これ」


「折り紙でもしようってか?」


「建造物の破壊。民間人及び貴族への傷害事件や暴力沙汰。更には無銭飲食に窃盗まで。これは全部お前達が起こした問題への被害届だ」


「見てカグラ。たくさんあるね」


「あぁ……たくさんあるな」


 どんどんと目の前へ積まれていく書類の山を前に目を細める二人。男は手を止める事なく、ため息混じりに続ける。


「確かに、今回もブラックギルド『ケルベロム』の壊滅に加え、あの『ニルゲイン』の元メンバーを確保。それに関しては感謝しているさ。よくやってくれた」


「なら菓子折りの一つでも持ってきなさいよ」


 キリカの一言に、男は何とか今まで繋ぎ止めていた冷静さを見失った。


「だからと言って‼︎ 依頼の度にこうも暴れられては街が持たん‼︎ 」


「硬いこと言うな町長さん。それは必要犠牲ってやつだよ」

 

 実際『エンポリオ』への依頼が少ないのは、この評判の悪さが関係しているとかいないとか。解決屋に依頼した結果、また新たな問題が生まれてしまっては元も子もない。


「今まで何とか私が収めてきたが、もう限界だ。町民達は今すぐにでも『エンポリオ』を街から追い出せと騒ぎ立ててる。私の胃薬も増えるばかりだ、全く」


「ひっどい! こんなに可愛くて強いキリカちゃんになんて事を!」


「私としてはお前達を追い出すような真似はしたくない。実際解決やとしての腕は確か、それにいざという時の用心棒にもなる。しかし……」


「わーったよ。しばらく大人しくしてる。他の奴らにも伝えとくさ」


「今回までは、私から皆へ説明しておこう。その言葉信じるぞ」


「流石町長! 五十代とは思えない髪の艶!」


「カツラだ」


「ミスった! てか町長歯並び良いね! 見てて惚れ惚れしちゃう!」


「差し歯だ」


「もう黙れお前」








──────────────


 翌日。『エンポリオ』事務所。

 現在他のメンバーは全員出張中であり、ここにはキリカとカグラの二人しかいない。先ほどから何とも気怠いうめき声が響き渡る事務所内だが、それにはある理由があった。


「……………………暇」


「あー! 遂に言った!」


「いや事実だろ」


 依頼が来ない。解決屋にとってそれは仕事がない事を意味する。キリカはソファに寝転がりながら、天井を見上げた。


「折角久しぶりの依頼だったのに……あのおっさんも逮捕されて結局依頼金パーじゃないの! アンタ金にならない仕事はしないんじゃなかったの⁉︎」


「『エンポリオ五箇条』その二、『依頼金は依頼者次第で異なる』だ。あんな幼気な幼女から金むしり取るとかお前、悪魔だろ」


「何でこの流れで私が貶されるわけ⁉︎」


 あの後エリナは街の警備兵達へと引き渡し、そのまま無事母親の元へ帰ることが出来た。依頼人の男はエリナを横取りしたブラックギルド達と一緒に連れられ、街の牢屋の中で拘束されている。


「大体解決屋に依頼が来ないってことはここらは平和な証だろ。まぁ最近は()()()の動きも活発になってるって話だが……こんな辺境の街にはそんなの関係ねーしな」


「うにゅ〜……。でもこのままじゃ廃業の危機よ、ウチ」


「それは困るなぁ……」


 エリナの母親から感謝された二人だったが、今回の依頼で得られたのはそれだけ。金が無くては生活出来ないのは、異世界も同じ。このままではエンポリオ自体、存続の危機である。


「そんなに暇なら少しはこちらを手伝ったらどうだい? 二人とも」


「ん〜?」


 怠けていた最中、事務所の奥から声が聞こえてくる。先ほどここには二人しか居ないと言述したが、それは半分嘘。

 声の主は人間では無く、二メートル程の巨体を持つ一匹の三毛猫。エンポリオの後方支援係(雑用)のベレトである。山積みの書類に囲まれながら、その大きな肉球で素早くそれらを処理していく。


「ずっと思ってたけど……アンタそれ何してんの?」


「仕事があって羨ましい限りだな」


「あのねぇ。これ、何か分かってる?」


「「知らね」」


 ベレトのその整った毛並みがフルフルと震える。そのままあろう事か二足で立ち上がり、紙束から数枚の紙を抜き取り、こちらへ叩きつけてくる。


「始末書だよ‼︎ 君達が依頼の度にこれでもかと壊す街の建造物の‼︎ これ全部‼︎」


「町長とおんなじようなこと言わないで欲しいにゃん」


「依頼達成の為の必要犠牲……にゃん」


「にゃぁ〜にが必要犠牲だ‼︎ 毎回依頼の度に街中壊して、その弁償代で長らくウチは赤字なのだが⁉︎」


「仕事が来ないのも毎回暴れすぎるから、悪い感じの噂が出回ってるのかもにゃん」


「その語尾やめてくれないかい⁉︎ はぁ……君たちと話すと、疲れるよ」


「しょーがないわねぇ。このキリカ様のお力をお貸ししてしんぜよう」


「君は漢字とか読めるのかい?」


「はっ倒すぞこのデブ猫」


「……………………」


(なんか、いるな)


 カグラは少し前から、何処からか妙な視線を感じていた。それは今この事務所に居る、誰のものとも異なっていた。


「キリカ、窓」


「ラジャ」


 キリカもそれに気づいていたのか、素早く事務所の窓へと近づき、勢いよく開ける。


「うわぁ⁉︎ す、すみません‼︎」


「なぁ〜にさっきから盗み見してんのよ! この、スケベ!」


 窓の外から若い男の声が聞こえて来る。キリカは男の襟元を無理やり掴み、そのまま事務所のソファへと投げつけた。ソファが軋む。


「いてててて…………」


「よし。身ぐるみ剥いで路地裏にでも捨てますか」


「! …………いや、コイツは…」


 少し古くなって来たソファの上で、顔を歪める金髪の青年。カグラはこの男に見覚えはない。言葉に詰まったのは、男が身に纏っている服に違和感があったからだ。眩しい金髪とは裏腹に、上下水色のパジャマのような浴衣を身につけている。少なくともこの異世界でこのような服を見たことは一度もない。


「の、覗くような形になってしまいすみません! ですが何も、怪しい者じゃなくてって言うか! その…!」


 男はすぐに体勢を取り直し、ソファの上で土下座。


「わーお。綺麗なDO・GE・ZA」


「怪しい者は皆等しく決まってそう言うものだが?」


「お前、名前は?」


「あ、えっと……その……」


 カグラの問いに対し、明らかに口ごもる男。はっきりしない態度に痺れを切らしたキリカは、男の胸ぐらを掴み激しく揺らす。


「はいゴニョゴニョ言わない! お名前は何でちゅかー⁉︎」


「は、はいぃ‼︎ えっと……」


 そして半泣きになりながら、男は半ば叫ぶように名を名乗った。


「ショ、ショウゴ! カンザキショウゴです!」


「ン……やっぱりか。お前、転生者だな?」


「! ……はい」


 金髪の男改め、ショウゴはそう答える。

 『転生者』とは、無数に存在するとされる他の異世界で死亡した際、ごく稀にこの世界へ新たに転生してくる人間の総称を指すものだ。異世界同士を繋ぐ存在とされる女神が、素質のある死者を招き、使命を与える。つまり世間一般で言うところの『勇者』と言った所だ。魔王などの厄災が異世界を蝕む時、それに呼応して勇者は呼び出される。


「成程。前世で死んで目が覚めたら洞窟にいた……ねぇ」


「あ、えと、はい。そんな感じです。女神様からは端的な説明しかされなかったので、何していいか分からなくて…」


 丸腰で転生を果たしたショウゴは魔物の巣食う洞窟を死ぬ思いで脱出し、何日もかけてこの街までたどり着いたと、自身の境遇を話す。身につけている服はところどころ破れていて、埃まみれで小汚い。


「それで宛もなく街をウロウロしてたらウチの看板を見つけた、と」


「……頼れる人も、何すればいいのかもわかんなくて、藁にもすがる思いと言いますか……」


「よし。二人とも集合」


「「はい」」


 カグラの呼びかけに答え、すぐさま集まる二人。ベレトの巨体で上手く自分たちの表情を隠す。


『どうする』


『どうしよっか』


『どうするかねぇ』


『冷やかしならすぐにボコって放り出すが、そう言うわけじゃ無さそうだしな』


 顔を見るにおそらく嘘はついていない。それが三人の下した結論だった。


『しかもパンピーじゃなくて勇者様……無下にしたらバチ当たらない?』


『ただでさえ廃業寸前なのにそんなの御免だぞ』


『どうするもこうするもエンポリオは解決屋なのだから、彼が何かを依頼をしてくると言うのなら引き受ければいいだろう?』


『アンタ天才?』


『全人類が君レベルの知能ならとっくに人間は滅んでいるだろうね』


『私、久しぶりにお肉が食べたいなぁ……』


『そんな金ねぇよ』


『だ・か・ら! それを今から徴収するって話よ!』


 キリカは勢いよく立ち上がり、そのままショウゴへと詰め寄る。


「ショウゴくぅ〜ん? ウチは解決屋ってことでぇ、依頼者からの依頼は必ず請け負う事に定評があるのぉ〜。異世界の勇者様ともなると、困ってることもたくさんあるんじゃな〜い?」


 カグラはここまで薄気味悪い猫撫で声を聞いたことがなかった。金は人をここまで狂わせるのか。


「よければ今だけ限定価格で一割引きで請け負うけどぉ〜? 何か困ってることとか────」


「えっと……凄く言いづらいんですが、その……転生したばかりで、この世界のお金を一文も持ってなくて……」


「は?」


(この数秒でどんだけ声のトーン変わるんだコイツ)


「カグラ〜。コイツぶん殴っていい?」


「腹な」


「ひぃ⁉︎」


 転生してから初めて人のいる場所に辿り着いた為、所持金がないのは当然。しかしそんな理屈では、キリカの怒りは治らなかった。


「ウチはお悩み相談室じゃねーんだよ! 依頼聞くのもタダじゃねーんだよホラ払え!」


「人とは実に自分勝手だねぇ」


「猫がそれ言うか?」


 『エンポリオ』は慈善団体でも、使命のある勇者一向でもない。本来であればカグラの最優先は、いつでも金だった。


「ひ、やめて! やめてください‼︎ お金は本当に無いんです‼︎」


「じゃかぁしい! 変な声出すな! これは相談料ってことで貰っていくぞ!」


 すっかり下着姿になるまで剥かれたショウゴ。ボロボロになった服に価値があるかは分からないが、異世界の服ということで少しは珍しくあると判断した。


 その後キリカが容赦なくショウゴを外へ投げ出そうとするも、その時。

 事務所の扉が勢い良く開いた。


「あ、あの‼︎ 解決屋さんと言うのはここで間違いないでしょうか⁉︎」


 肩で息をしながら入ってくる、緑肌で銀髪の女。その耳は鋭く尖っており、それだけで人間ではないことが伺える。


「アンタは、昨日の……」


 入ってきた女性は、昨日彼らが助けたエリナの母親。受け渡しの際に少し会った程度だが、昨日の今日で忘れるほどカグラの記憶力は曖昧ではない。改めて感謝を伝えにきてくれたのかとも思ったが、様子を見るにそう言う訳ではなさそうだ。


「あ、エリナちゃんママ。どしたのそんな慌てて──」


「娘が! エリナが、また……!」


「…………ア?」












──────────────


「攫われた?」


「私たちの家はマルキーラの外れにあるんです。今まで見つかる事なんて無かったのに……私が買い物から帰って来た時には……もう……」


「えぇ……昨日の今日で立て続けに? エルフちゃん大人気じゃん……」


「当然だろう。エルフは生まれながらに高い魔力と秀麗な容姿を持ち、尚且つ個体数が非常に少ない。奴隷商人達にとっては文字通り金の卵なのだから」


 そんなことは分かっていた。マルキーラはかなり広い街、裏路地も含めるとカグラも全てを把握しきれていない。エリナと母親は町長の協力の元、絶対に見つからないような家に数年間住んでいたそうだ。

 それがこんな短期間に二回も攫われるなど、どう考えても不自然だった。一介の奴隷商達がそんなことを出来るとは考えにくい。


「……そういや」


 昨日の依頼人、名前はデュース。彼は数年前、元『ニルゲイン』のメンバーだった。『ニルゲイン』はブラックギルドとはいえ、この大陸中でも一二を争う巨大ギルド。情報力も兵力も、他の俗物ギルド達とは桁違い。

 どうやってこの短時間で情報が漏れたのかは知らないが、可能性としては一番高いだろう。カグラはそう推測した。


「カグラ。犯人に心当たりが?」


「ア゛ー……もしかしたら、ってレベルだがな」


「お願いします! ここは解決屋とお聞きしました! 依頼金は昨日助けていただいた分も含めて、必ず支払いますから、どうか!」


 そう言って頭を深く下げる母親。


「いいぜ。その依頼受けてやる。報酬はそん時の気分で決めさせてもらうわ」


「あ、ありがとうございます…!」


 安心したのか、涙を溢す母親。


「……依頼は受けるが、一つ忠告だ。娘を取り返したらすぐにこの街を離れた方がいい」


「……え?」


 もし仮に犯人が『ニルゲイン』の人間だとしたら、もう既にこの街にエルフがいるという情報はギルド内で知れ渡っている事だろう。奴らが一度や二度仲間をやられたくらいで諦めるわけがない。きっとこの先何回も刺客を送ってくる。


「……申し訳ありません。それは出来ないんです」


 しかし母親はそれを拒否した。何故娘を奪われてまで、この街から逃げないのか。


「今はエリナと……娘と二人暮らしをしていますが、私には夫がいたんです」


 どんな時でも笑顔で明るく、決して人前で苦しい顔を見せなかった夫。人間の街であるマルキーラにエルフの一家が普通に暮らす事は決して簡単では無かった。それでも人間の文化や生活に憧れた二人は、それを諦めなかった。心優しい市長や町民たちの協力もあり、差別の目は完全には無くならなかったものの、エルフ一家は仲睦まじく幸せに暮らしていた。


 しかし数年前、悲劇は起こる。どこから情報が漏れたのか、とある奴隷商人にエルフ一家は狙われた。父親は妻と子を決死の思いで逃したものの、自身は人間達に捕まってしまう。様々なギルドに掛け合うも見つからず、数年たった今でも夫は帰ってこないそうだ。


「それでもあの人ならいつか、元気にひょっこり帰ってくるんじゃないかって。そう思うとあの家を手放せないんです」


「…………成る程な」


 『エンポリオ五ヶ条』その三、『他人の事情に土足で入るな』。これ以上口を出すのは野暮だと感じた。そして、母親の目には確かな覚悟を感じた。ならばそれに応えるのが解決屋というものだろう。


「まぁ安心しろ。ウチは解決屋……金さえもらえりゃ毒でも爆弾でも食ってやるよ」










──────────────


 ひとまず市長に連絡を取り、エルフの母親の身の安全は保証してもらった。早速依頼に取り掛かりたいところ。しかし、彼らには先にやることがある。


「あ、あわわわわ……」


 そう。迷い込んだショウゴの始末だった。


「まだいたの? 早く追い出しましょうよ〜」


「そんなぁ……話が終わるまで正座しとけって、言ったじゃないですかぁ……!」


「おいお前。……ショウゴとか言ったな」


「ひっ⁉︎ は、はい!」


 半裸に剥かれ地面へ静かに正座しているショウゴ。ひとまず処分を保留にしていたが、片付けるのならこちらが先だろう。

 それにカグラには一つの案があった。うまくいけばさっきの依頼もこの件も、両方が一気に片付くと言うもの。


「勇者さんよ。お前、金がねーんだよなぁ? ウチは相談一回だけでも金貨十枚、払ってもらうことになってんだわ」


「へ、へぇ……?」


相談料を取ろうにもコイツは無一文。金のないやつから対価を徴収する方法は古来よりたった一つ。身体で払わせる、だ。


「お前にはしばらく、ウチで働いてもらう。まずはそうだな。お前一人の力で今来た依頼を解決してみせろ」


「ひぃえ、それは、どういう……?」


「まぁ〜じぃ〜? ウチに入れんの?」


「カグラ。どういう考えだい?」


 明らかに怪訝な表情を見せる二人。


「仮にもこの世界でしばらく丸腰で生き残ってたんだ。少しはやる奴なんだろ。 だったら雑用でも何でもこなして貰えばいい」


「だとしてもさぁ〜。なんかその……頼りないというか」


「えっと……その……」


「嫌なら良い。それならお前の肉やら骨やら内臓やら……血の一滴まで売らせてもらう。知り合いにそういうのが大好きなやつがいてな。転生者の五臓六腑はさぞ高く付くだろうな──」


「喜んで‼︎ 喜んで働かせていただきますぅ‼︎‼︎」


「うわぁ……ヤクザよあれ。何とか湾に沈めるぞって奴よ」


「さっきの君もあんな感じだったぞ」


「なんか言ったか?」


「「いえ何も」」


「……私はカグラ。こっちのバカがキリカで、デブ猫がベレトだ」


「「酷い‼︎」」


 ベレトにとってもキリカにとってもカグラにとっても、雑用が増えるというのは少し助かる。炊事洗濯掃除……今は手の空いているメンバーが交代で行っているが、その手間がなくなるだけでも良いと言うもの。そして尚且つ実力もあれば、依頼を捌ける数も増えるというもの。


「勇者といえば人助け。解決屋にいりゃ女神様も喜ぶだろうよ」


「……まぁ、そう言われると……」


 半泣きで何かを言いたげなショウゴを尻目に考える。


「今日攫われたなら犯人はまだ街のどこかだろ。ベレト、どれくらいで特定できそうだ?」


「マルキーラは広いからね〜。半日はかかるかな」


「十分。頼んだぞ」


「はいはい」


 そう言ってベレトは元の定位置である事務所の奥へと戻っていった。


「そしたら決行は明日。早朝から勇者ショウゴ様の初仕事だ。あ、部屋は上にあるから勝手に使えよ」


「気張りなさいよ〜。あ、気張りすぎてウ◯コ漏らさないでね」


「は、はいぃ…………!」


 今のコイツを見れば、誰も世界を救う勇者様だとは思わないだろう。それほど何とも情けない姿と顔で、ショウゴは答えた。キリカは笑いを堪えながら、ソファに戻った。








──────────────


 ベレトはここ数日間の街の建造物全ての人間の出入りを全て調べ、そこから不審な動きをしている数人の男を割り出した。その男たちは今、この目の前の大きな屋敷を強引に占拠しているらしい。

 

 キリカとカグラ、それとショウゴの三人は建物の陰に身を隠し、様子を伺っていた。徹夜で作業をしていたベレトは事務所でぐっすり眠っている。

 屋敷の煉瓦は古び、庭木は伸び放題で、窓のカーテンはすべて閉められている。風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。


「恐らく誘拐犯はここにいる。街の人の目撃情報からも複数人による犯行と見て間違いねぇ」


「カグラ隊長! それで作戦は⁉︎」


「ない。ショウゴを投入。その後私たちは見学だ」


「ヤッフー‼︎ 今日はタダで焼肉ぅ‼︎」


「うぅ……怖い……」


 流石に半裸でここまで来させる訳には行かなかったので、テキトーに勇者っぽい服を見繕った二人。武器は使わず、素手による格闘で今までこの異世界を生き残ってきたと、本人は言った。


(コイツのユニークスキル。はてさてどんなもんか……)


「早速行くぞ。遠慮するな、徹底的に痛めつけてやれ」


「へぇ⁉︎ そ、そんなの無理です‼︎」


 多少強引にショウゴを引っ張り、屋敷の扉を開く。その瞬間暗闇から突如何かが飛来してきた。矢が風を切る音がする。


「ア?」


 よく見るとそれは一本の弓矢。カグラがタイミングを合わせて掴み取り、そのまま柄をへし折る。木片が飛び散る。


「ヒュー♫ 流石隊長」


「……もうそれいいだろ」


 それから少し進んだ後、屋敷の電気は一瞬にして周囲を照らす。視界が鮮明になったそこには五十を越えるであろう、大量の荒くれが彼らを取り囲んでいた。床は埃っぽく、壁には血痕のような染みがある。


「誰だぁ? 街の警備かぁ?」


「んな感じじゃなさそーだな。てかそれより……」


「あぁ、スッゲー美人が三人‼︎ ついでにコイツらも攫っちまうかぁ⁉︎」


 三人を見るなり、荒くれ達はざわざわと騒ぎ始める。


「…………三人?」


「もしかしてショウゴ……いや、ショウゴちゃんだった?」


「ちゃんと男です‼︎」


「ん〜? 何ヨ君達ぃ」


 騒がしかった屋敷内が、一人の男の発声でピタリと静かになる。

 一際大きな椅子に座り、薄紫色の髪が特徴的な一人の若い男。椅子の傍には、目隠しと縄で厳重に拘束されたエリナと思わしきエルフが。彼女の長い耳が微かに震えている。


「いきなり勝手にズカズカと〜。勝手に人の家に上がり込んで来ちゃダメでしょうヨ〜」


「この屋敷もテメーらのじゃねーだろ。どの口で言ってんだ三流詐欺師」


 ボンタンにサングラス、そして全ての指に大きな指輪。どうにも胡散臭い印象が拭えない。


「あぁ、噂の解決屋さん。この前はデュースが世話になったらしいじゃないの。わざわざご苦労様〜」


「お前……『ニルゲイン』だな?」


「大正解。僕ちんはデルキラ、君の言う通り『ニルゲイン』では幹部やらせて貰ってるヨ♡」


 デルキラと名乗る男はそう言って立ち上がり、指を鳴らす。荒くれ達はそれにいち早く反応し、素早く武器を構える。金属が擦れる音がする。


「正直僕ちんは子供以外には興味ないけど、見られたからには残念。奴隷行きコース決定ヨ〜」


「大人しく捕まるなら、こっちは豚箱行きコースで許してやってもいいんだが?」


「ハハッ! 美人さんは尻胸のみならず冗談までご立派な様で!」


 着々と戦いの準備を整える荒くれ達に対し、カグラはショウゴの背中を軽く叩く。


「つー訳だ。任せたぞショウゴ」


「ほ、本当に僕だけでやるんですか⁉︎ 絶対殺されちゃいますって‼︎」


「ずべこべ言うな! 勇者なら勇気出して死んでこい!」


「死んでこい言っちゃってるじゃないですか‼︎ あ、ちょっと──」


 キリカとカグラは軽くジャンプし、屋敷の二階の階段へ着地。床が軋む。キリカは手すりに寄りかかり、下を見下ろした。


「何か良く分かんないけど、まずはそこの控えめお嬢ちゃんから行くとするヨ。皆、やっちゃって♡」


 デルキラの指示に従い、荒くれ達は一斉にショウゴへと取り囲むように襲いかかる。数十人の男達がショウゴへ襲いかかる。

 武器が振り下ろされ、足音が床を叩く。


「ひぃッ⁉︎」


「お〜……凄いミラクル回避。やるじゃん」


 荒くれ達の牙は容赦なくショウゴへと向けられるが、それが実際に身体を掠めることはなかった。無駄な動きは多いものの、全ての攻撃をすんでのところで避けることが出来ている。

 だがこれが何時迄も続くはずも無かった。もし仮にそれが出来たとしても、勝つことは難しいだろう。汗がショウゴの額を伝う。


「あぁ、もう! やるしか無いか……!」


 そう言って攻撃の隙間を見つけたショウゴ。

 深く息を吸い、目を閉じる。次第にショウゴの身体に魔力が満ちていく。それに伴い身体中に特徴的な紋様が浮かび上がり、その瞳は黄色く光る。空気が微かに揺れる。


 すぐにショウゴは一人の荒くれの武器を蹴り飛ばし、そのまま顔面を殴り飛ばす。男が後ずさり、床に倒れる。拳が当たる鈍い音が響く。


「肉体強化の増強系か?」


「性格に反して意外とワイルドね。しかも結構強い」


 伊達に女神に見染められていないというわけか、数分経つ頃にはその数を半数を減らし、すっかり怯えた表情を浮かべる荒くれ達。ここまでは順調そのもので、床には倒れた男たちが転がっている。

 キリカは軽く口笛を吹いた。


(問題は、二つと言ったところか)


「ハァ…………ハァ…………」


「中々中々中々にぃ! やるじゃないの、僕ちん感動しちゃったヨ!」


 それまで傍観していたデルキラが、陽気な様子で拍手混じりにショウゴへと歩み寄る。靴音が響く。


「可愛い顔して戦闘はワイルドで……ギャップ萌えって奴ヨ──」


 不意をつく形でショウゴはデルキラの顔面へ膝蹴りをお見舞いする。膝が風を切る。


「でも、ちょっとワイルドすぎるかな?」


「⁉︎」


 デルキラはいとも容易く片手でそれを受け止め、脚を掴み地面へと叩きつける。床が軋み、埃が舞う。


「ぐっ……‼︎」


 前提として、魔力量で単純な強さが測れるわけではない。戦闘技術、戦略、その他要員によって勝敗などいくらでも左右される。

 しかし、デルキラの身体から放たれる魔力は簡単に見積もってもショウゴの三倍以上。まともにやり合っては勝ち目はない。空気が重くなっていく。


 素早く立ち上がり、拳を振り回すもデルキラはそれを次々と受け流す。しかしその素早さも時間が経つにつれ徐々に失われていき、ショウゴも息切れを隠せなくなっていた。その隙を見逃さず、デルキラは懐から取り出したナイフでショウゴを激しく切り裂く。刃が肉を裂く音がする。血が飛び散る。


「ハイ、お終い♡」


 ショウゴは糸の切れた人形のようにそのまま倒れ込んだ。身体の紋様はみるみる内に消えていき、魔力も空中へと離散していく。床に血が滴る。


「か、身体が、動かない……⁉︎」


「僕ちん特性毒ナイフ♡ もう君も立派な商品だからさぁ〜? 顔は避けてあげたの、感謝してヨ」


「うぅ……」


「ああ〜。ホラ血がこんなに……君達が悪いんだヨ? 奴隷商なんてこの大陸じゃメジャーなんだから、知らないフリして生きてりゃ良かったものをねぇ」


 デルキラはナイフを納め、椅子へと括り付けられていたエリナを引きずって持ってくる。縄が擦れる音がする。


「…………!」


「ホラ! 見てヨこのエルフ! 僕ちんの歴代奴隷の中でも一番の大物……こんな金の卵、頂くしかないでしょ?」


「……離して、ください……!」


「この子も母親も馬鹿だよねぇ。一回助かったってのに、性懲りもせずに逃げないなんて。狙ってって言ってるようなもんじゃんヨ」


「……黙れ‼︎」


「うるさいなぁさっきから──」


 勢いよく起き上がったショウゴの拳は、眼前のデルキラの顔面を見事に捉えた。デルキラの鼻からは一筋の血が垂れる。拳が当たった音が響く。


「…………………………」


「エリナさんとお母さんは、命を懸けてずっと戦ってた! いつ何処で自分たちが攫われるか分からない恐怖の中、連れ去られてしまったお父さんの帰りをずっと待ってた!」


 紋様は綺麗さっぱり消えている。ショウゴの身体にはもう、僅かばかりの魔力も無い。息が荒い。


「その覚悟を、お前なんかが馬鹿にするな‼︎」


「…………この娘……エリナ?」


 対するデルキラは不思議と反撃する事なく、何かを考え込んでいた。


「父親……マルキーラの…………あぁ! そう言う事ぉ?」


 鼻血を流しながらデルキラは不敵に笑う。そしてそのまま正面のショウゴを殴り飛ばした。ショウゴが床に転がる。


「がはッ…………‼︎」


 這いつくばったショウゴの髪を強引に掴み、目線を合わせる。髪が引っ張られる音がする。


「もしかしてだけどそれ、僕ちんが珍しく子供以外を攫った奴じゃない?」


「…………は?」


 そうしてデルキラはエリナのそばへ立ち、高らかに笑う。


「いやね。確か数年前……エルフの一家がこの街のどこかにいるとの情報が『ニルゲイン』内で広まったのヨ。僕ちんも当然行ったけど……結局、捉えられたのは父親一人。エルフとはいえ男だから、大した額で売れなかったのヨ。全く……思い出すだけでイライラしちゃうよねぇ」


 ショウゴを気にかける事なく、独り言のように呟く。そのままエリナの長い耳へと顔を寄せ、囁き始めた。


「エリナちゃん! 君のパパさんはね、僕ちんの大切なお金になりました! もう帰ってくることはないから君も安心して奴隷になれるねぇ♡ 」


 次第にエリナの目隠しからは涙が溢れ落ち始めた。今のショウゴには、せいぜい目の前の男を睨みつけることしか出来なかった。


「さて、懐かしい話も出来たしひとまずは──」


 その瞬間、それまでうすら笑いを絶えさせなかったデルキラの表情が曇る。その理由は明白だ。目の前の椅子からはエリナが消え、地面へ這いつくばっていたショウゴはカグラの背にいたのだから。空気が微かに動く。キリカは階段から飛び降り、着地した。


「そういえば、君たちも居たんだっけ?」


「カ……カグラさん……」


「合格だ、ショウゴ」


「……え?」


 瀕死のショウゴを背から降ろす。床に血が染みる。


「他人の為にそこまでボロボロになって、本気で怒れる。そいつぁ誰にでも出来ることじゃ無い。お前を選んだ女神様の目は節穴じゃなかったな」


「でも…………まだアイツが残って──」


「う・る・さ・い! カグラが良いって言ってんのよ! アンタは合格! 晴れてウチのメンバーよ!」


「い、いひゃいでふ……!」


 傷だらけだと言うのに頬をつねる、容赦のなさ。キリカはわざと強く摘まんだ。


「和気藹々としてて何よりだけどぉ。返してくれるかな、それはもう僕ちんのな訳」


「…………『エンポリオ五箇条』その四。なんだか分かるか、ショウゴ」


「え? えっと…………」


 『エンポリオ』設立時にカグラとキリカで決めた鉄の掟。いつ如何なる時であろうとこれに反することは禁じている。


「『ムカつく奴はぶん殴れ』……だ」


「通りで弱いと思ったヨ。君たちが本丸ってわけねぇ?」


「…………」


「まぁでも僕ちん、子供以外にゃキョーミ無いのよぉ。ホラ、人間って成熟していくに連れてどんどん汚く醜くなっていくじゃん? ムカつく事思い出して気分も悪いし……抵抗するなら殺しちゃうヨ?」


 ナイフを取り出し、戦闘体制に入るデルキラ。一度ショウゴにのされた荒くれ達も起き上がり、再び彼らを取り囲む。武器が構えられる。キリカは拳を握りしめた。


「…………そいつぁ、こっちも同じだよ」


「はぁ?」




 ──ユニークスキル、発動。


「『死ね』」


 その瞬間、僅かな異変を感じ取ったのか急いで耳を塞いだデルキラ。それを除いた荒くれ達は、自分たちの手に持った武器で自分たちの首を刎ね、貫き、叩き潰した。

 屋敷の床は大量の血で染まり、残ったのはデルキラ唯一人。血の匂いが充満する。


「勘が良いな。ゴミクズの癖に」


「 …………君達、何者ヨ?」


 通常のスキルとは違い、ごく一部の人間だけが使うことのできる特異なスキル。これは生まれながらに持つこともあれば、ショウゴのように後天的に転生した際に会得することもある。カグラの場合は、()()


「後は任せたぞ、キリカ」


「えぇ⁉︎ 私、今日は完全オフの気分だったのに!」


 痛めつけたい人間相手には、キリカの方がむしろ適任だった。人を痛めつけることに関しては『エンポリオ』一。キリカは肩をすくめつつ、前に出た。


「ん〜まぁ良いよ。アイツマジムカつくし、一回殺してくるわ」


 そう言ってキリカは立ち上がり、デルキラへと近づく。先ほどのこともあり警戒しているのか、男の表情は険しい。右手に加えて左手にもナイフを持ち、構える。刃が光る。


「……正直、想像以上だったけどぉ。タイマンなら僕ちんに分が──」


 言い終えることも出来ず、デルキラの言葉は止まる。ガードを跳ね除け、キリカの拳は奴の腹の中心を見事に捉えていた。衝撃が伝わる音がする。内臓を抉るような感触が、キリカの拳に残る。


「え、何?」


 そのまま間髪入れずに攻撃を重ねる。顎、みぞおち、顔面、金的……急所の連続。拳が連続で響く。デルキラの体がくの字に折れ、吐瀉物のように血を吐く。


 締めには髪を掴み見事な膝蹴りを顔面に叩き込む。ショウゴが出来なかった技を、意図も容易く行なってみせた。デルキラは堪らずその場へダウン。床に血が広がる。キリカは手の甲で額の汗を拭った。


「お前もあれくらい出来るようになろーな。しばらく修行だぞ」


「…………カグラさん達って……何者なんですか?」


「ア? どうした急に」


「いや……僕が強いとかは毛ほども思ってないんですがその、色々と人間離れしてるというか……。さっきもカグラさんの一声で皆んな死んで……」


「ありゃユニークスキルだ。お前と同じように女神様から頂いたありがたーい力だよ。」


「え……って、事は」


「あぁ。私とアイツもお前と同じ、転生者だ」


 本名は東条神樂。キリカは灰沢桐華。昔に現世で死んで、二人揃ってこの世界に転生したのだ。


「まぁかと言って魔王軍と自分から戦いに行ったりはしねーけどな。金になんねーし」


 勇者というと希少なものに見られがちかもしれないが、転生者というのは意外といる。それならば魔物との戦いはそいつらに任して、私達は金を稼いでいた方がよっぽど現実的だ。


「ウチは受けた依頼は死んでも達成する。それさえ守りゃ、基本好きにしても咎めねーよ」


「…………怖く、無いんですか?」


「ア?」


「……僕は、ビビリでどうしようもない奴ですけど、人を助けたいと思っていました。前世ではそれが出来なかったから……力を貰った今世では、出来るだけ多くの人を救いたいと」


 ショウゴは自身の傷だらけの体を無理やり起こす。血が滴る。


「それでも……いざこうしてそのチャンスがあっても、僕は何も出来なかった。怖かったし、何度も逃げようとしました。……そんな僕じゃ、勇者になんて──」


「でも、お前は逃げなかっただろ?」


「! …………」


「……怖くないと言えば嘘になる。いてーのは嫌だし、苦しい事なんてしたくねぇ。それは誰だって当然なんだ」

だから逃げた。逃げるように死んで、再び生を受けた。


「でもな。何かから逃げたとしても、本当の意味で救われる事なんてねーんだよ」


 自分を変えたいのなら、他者を助けたいのなら、生きたいのなら。それを叶える為には、戦うしかない。


「それも含めての合格だ。分かったなら安心して寝とけ」


「…………はい」












──────────────


 一方、キリカとデルキラの戦いが続く。デルキラはキリカにかすり傷一つ負わせることも叶わず、ひたすら一方的に殴られていた。拳が連続で当たる音が響く。キリカは軽快にステップを踏みながら、的確に急所を狙う。


「これをこうして……こう。そんでもって……腹パぁン!」


「────ッ‼︎‼︎‼︎」


「アハハハハハ‼︎‼︎ 気持ち良いぃ〜‼︎」


 毒のナイフも鍛え抜かれた体術も、ましてやユニークスキルでさえも。当たらなければ何の意味もなさない。キリカの動きは予測不能で、デルキラの反撃はすべて空を切る。


(……こうなったら、やるしかない‼︎)


 ──魔物召喚・ミノタウロス


 その瞬間デルキラの指輪の一つが怪しく光る。加えて足元に魔法陣が浮かび上がり、小さな粒が生じ始め、徐々に一つの形を成していく。数メートルはあろう巨体。赤い体毛に覆われたその筋骨隆々な身体で持つは、巨大な斧。闘牛を象徴する2本の角。ミノタウロスが現れた。床が振動する。キリカは一瞬足を止めた。


「げ……まぁ奴隷商だし、魔物の奴隷もいてもおかしく無いか」


「やれ‼︎」


 雄叫びと共にミノタウロスは斧を勢いよく振り下ろす。キリカは怪訝な表情を浮かべるものの、易々とそれを避ける。斧が床に食い込み、破片が飛び散る。衝撃波がキリカのスーツを煽る。


(確かコイツ……物理耐性あるんだっけ)


そこでキリカの目に入ったのは、荒くれ達の死骸のそばにある一つの斧。素早い動きでそれを掴み、ミノタウロスへと飛びかかる。斧が風を切る。キリカの体が軽やかに宙を舞う。


「これでも……喰らえっ‼︎」


キリカは豆腐でも切るかのようにミノタウロスの丸太のような両手を切り落とし、動きを止める。一瞬怯んだ隙を見逃さず、そのまま首までを刎ねてみせた。血が噴き出す。巨体がぐらりと揺れる。


「う、嘘だろ⁉︎ A級モンスターだヨ⁉︎」


 動揺を隠せないデルキラ。その顔にはもはや先ほどまでの飄々とした笑みは無く、焦りと恐怖に満ちていた。


「魔物ってめんどくさいわ〜……だから人間相手の方が気楽なのよね──」

 

 キリカは振り返りデルキラを認識するが、何故かその動きを止める。理由は明白だった。今両手と首を刎ねた筈のミノタウロスががっしりとキリカを抱きしめ、その場へ拘束していた。巨体の腕が締まる。


「……なぁ〜んちゃって♡」


「ハーン……それがアンタのユニークスキル?」


「大・正・解‼︎」


 対するデルキラは、さながら糸人形を操るかのような手捌きでミノタウロスを操っていた。


「『主従の糸』……僕ちんの魔力でマーキングした子は、たとえ死んでも動かせるのヨ♡」


 デルキラがそう言うと、今度は死んだはずの荒くれ達も不敵に起き始める。それらは首の無い状態で武器を持ち、ミノタウロスに囚われているキリカへと走り始める。足音が血の池を踏む。キリカは歯を食いしばった。


「……………………」


「ハハハハハッ‼︎ 死ね‼︎ 死ねェ‼︎」


 首のない荒くれ達の武器はキリカをミノタウロスごと貫き、その身体からは鮮血が吹き出す。何度も何度もそれは行われ、キリカの意識は途切れた。血が床に広がる。痛みが全身を駆け巡るが、すぐに消えていく。


「ハァ……ハハハハハ‼︎ ざまぁ見ろバーカ‼︎ 」


 デルキラが手を下ろすと、奴隷達はまさしく糸の切れた人形のように地にふした。血の池に力なく倒れ伏すキリカを、デルキラは高らかに笑いながら見つめる。


「一番愚かなのは、頭だけガキなことだヨ♡ 来世ではこの教訓を活かして──」


 デルキラはこの時一つの見落としに気づかなかった。キリカが未だ、ユニークスキルを使っていなかったことに。これほどの強者がそんな切り札を使わずに死ぬはずが無いと。その時点で勝敗は付いていた。キリカの体内で、何かが静かに起動する。


「ぶごふぁっ……ぁぁ…………‼︎‼︎‼︎」


「じゃじゃじゃじゃぁ〜ん‼︎‼︎ 復活のキリカちゃんでぇ〜す‼︎」


 突如血の池より跳ね起きたキリカの拳が、デルキラの顔面を捉えた。骨がいくつも砕ける音を立て、その身体は地面へとめり込む。サングラスは砕け、その華美な服装が血に染まる。床が振動する。キリカは満面の笑みを浮かべた。


「な……なんふぇ……‼︎⁉︎」


「そうねぇ〜。気になるよねぇ〜? 機嫌がいいからしっかり教えてあげるよ!」


「‼︎‼︎ 何を──」


 ──ガン。


「私のユニークスキルは特別製でね。常時発動型って種類らしいの」


「ごふぁっ……‼︎」


 キリカは話しながら血に塗れた薄紫色の頭を掴み、地面へと叩きつける。頭が床に当たる音が響く。

 何度も、何度も。


「カグラやアンタみたいに必殺技みたいなのは出来ないけど、その代わりね?」


 ──ガン。


「絶対に死なない。首を刎ねられようと内臓をぐちゃぐちゃにされようと、細切れのミンチにされようと。何があっても数秒後には復活して殴りかかれる」


 ──ガン。


「それが私のユニークスキル……『生涯不変の腐敗人』」


 何度も何度もデルキラの頭を地面へ叩きつける。次第に悲鳴や呻き声も小さくなり、抵抗する力も弱くなる。血が飛び散る。キリカの笑みが深くなる。


「まだ死なないでね〜? 悪いことしたらホラ、その分だけこうやってごめんなさいしないと〜。子供でも知ってる常識だよぉ?」


「…………ッ……‼︎‼︎」


「そうだね……後100000回くらいやって、それでも生きてたら許してあげるヨ♡」


「やっぱり、お前に任して正解だったよ」


 カグラの声が後ろから聞こえる。キリカは手を止めず、満足そうに頷いた。








──────────────


 依頼達成の翌日。

 商品というだけあって意外と丁重に扱われていたらしく、エリナには傷ひとつ付いていなかった。依頼は完璧。事務所の窓から陽光が差し込み、床を照らしている。キリカはソファに座り、脚を組んだ。


「ホラよママさん。この子で間違いないな?」


「お母さん……‼︎」


「あぁ、エリナ‼︎ 本当に、良かった……‼︎」


「……………………」


「……どうしたキリカぁ」


「いや……まさか本当に生き残るとは、アイツ。ちょっと手加減しすぎたかしら」


「まぁ……十分顔面は崩壊してたぞ」


 屋敷にいた『ニルゲイン』メンバーは全員死亡、かのように思われたが。デルキラだけは奇跡的に助かった。キリカは約束を有耶無耶にして殺そうとしていたが、『ニルゲイン』は中々尻尾を見せない組織。カグラは情報的にも豊富であろう幹部を殺してしまうのは勿体なく感じた為、不本意ではあるが後々駆けつけた警備に引き渡した。


「あー‼︎ マジで腹立つー‼︎」


「皆さん、本当にありがとうございました」


 そう言って深く頭を下げる親子。


「……今回働いてくれたのはコイツだ。だよな? ショウゴ」


「へっ⁉︎ え、いや……」


「依頼金はお前が決めろ。それと……分かるな?」


「…………はい」


「ショウゴさん、本当にありがとうございます! そんなに、傷だらけになってまで……お金は好きなだけお支払いいたします! なので何なりと……!」


「いや、その…………」


(……………………)


 依頼は終わったが、まだやり残したことはある。それも含めての達成。父親の事を正直に伝えるか、否か。最後まで対応はショウゴに任せる。キリカは腕を組んで見守った。


「依頼金は結構です。その代わり…………一つ、お話しなければいけない事があります」


 ショウゴは包み隠さず、全ての真実を打ち明けた。普段のオドオドした様子は見られず真剣に、そして淡々と話す。部屋の空気が重くなる。









──────────────


「今回の主犯は牢屋にいますが、今後何時またお二人が狙われるか分かりません。一刻も早くこの町から離れる事をお勧めします」


「やはり、夫はもう……」


「……助けられず、申し訳ございませんでした」


そして深く頭を下げる。


「…………いえ、いいんです。私も……心のどこかで思っていたんです」


 母親はそう言うが、声は震えていた。そして一筋の涙が頬を伝う。


「でも……希望を捨てられなくて、ひょっとしたら帰ってきてくれるんじゃ無いかって。そんな甘えが何時迄も私を縛っていましたが……これ以上、娘を危険に合わせる事も出来ません」


 今日中に荷物をまとめ、エルフの故郷へと帰る。母親はそう言った。


「お母さん」

 

 その時。それまで静かに話を聞いていたエリナが、声を上げる。


「私、すっごく怖かったけど……この街にいた事、お父さんを待ってた事、後悔したことはないよ…?」


「!」


「お母さんは悪くないよ。私も……お父さんに会いたかったもん」


 涙混じりにそう言うエリナを、母親は強く抱きしめる。二人の銀髪が重なる。


「ごめん……ごめんねぇ……」


「…………!」


 ショウゴも釣られて泣き始める。本来なら依頼が終わると同時に、すぐに帰す所だったが……


『小一時間出かけてくるか』


『ラジャー』


 気づかれないよう静かに、キリカとカグラは事務所を後にした。街の外れ、風が煉瓦の壁を撫で、遠くで街の喧騒がかすかに聞こえる。異世界万屋エンポリオの、また一つの依頼が終わった。キリカは空を見上げ、小さく息を吐いた。


──『エンポリオ』とは、『マルキーラ』の外れに事務所を構える解決屋である。転生者であるカグラとキリカを中心に、受けた以上は必ず完遂。善意の活動は勇者に任せ、自分たちは「ムカつく奴はぶん殴れ」を信条に。

 街の平和と自らの懐を同時に守る、ちょっと乱暴な万屋である。








閲覧ありがとうございます。

好評であれば連載します。

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