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愛はいらないから、私と結婚して

作者: ハピむら・R

 外で感じていた車や人波の喧噪は、一枚のドアを隔てるとほとんど聞こえなくなった。

 店内は、ひんやりとしたエアコンの空気が肌を包み込み、ほんのりとした明かりが天井から柔らかく降り注いでいた。

 床や家具に使われた木材が古びた風合いを醸し出していて、深く豊かな珈琲の香りが鼻孔をくすぐる。ここは不思議と、時間がゆっくりと流れているかのようにさせてくれた。


 僕は店員に「あとで女性が一名合流します」と伝えると、向かい合って座れるテーブル席に案内された。ちょうど二人用の小さなテーブルだ。

 五分くらい待っていると、向かいの席に高校の同級生だった藤田ハツネが座った。

 十二年ぶりの再会だった。


「久しぶり、藤田さん」

「久しぶりだね、漆原くん」


 藤田さんが座ると、女性の店員がメニューと藤田さんの分の水を持ってきて、テーブルに置いた。


「メニューが決まりましたら、お呼びください」

 

 どこのお店でもよく聞く同じフレーズ。

 僕は手に取ったメニューを藤田さんが見やすいように広げて置いた。彼女は、特にメニューを見ることもなく「アイスティー飲もうかな、暑かったし、外」とすぐに注文内容を決めた。

 僕はアイスコーヒーを注文した。


「珈琲、飲めるんだ。私、苦手なんだよね」

「苦いもんね……」


 ぎこちない返事しか返せなくて、少しもどかしさを感じた。

 今日、藤田さんと十二年ぶりにこうして会うことになったのは、父親から言われたからだった。なんでも、僕の父親と藤田さんは同じ会社で働いているらしい。

 父はなにか――どんな仕事なのかよく知らない――の部長で、藤田さんは事務員の仕事をしていると聞いた。


 今日は、父の紹介で十二年ぶりに藤田ハツネと「お見合い」という形で再会したことになる。

 お見合いと言っても、仰々しいのはイヤだったし、同級生だったこともあって、連絡をとりあって、今日、この店でおちあった。

 学生の頃ならデートだったかもしれないが、互いに三十歳になった身としては、顔合わせの感覚に近かった。

 ただ、それでもどこか気まずくて、注文したアイスコーヒーが届く間、二人とも無言だった。


 暫くして、注文したアイスティーとアイスコーヒーが届くと、藤田さんは一気に半分くらい飲み干していた。喉が渇いていたのだろう。外は猛暑だし。

 サービスで出されていた水もいつの間にか空になっていた。

 

「はァー、生き返る。毎日暑くて嫌になるよね、雨はゲリラだしさ」

「そうだね、外歩くのもやっとだし、暑さで危ないし……洗濯物が乾くのが早いのは助かるけどね……」

「なにそれ、主夫みたいじゃん――って一人暮らしなら、そうだよね」

「うん、ほとんど家から出ないんだよね、仕事も完全在宅だし、朝は家事して、仕事してる」

「家で仕事ってよくできるよね。私には無理かも、なんか仕事場と生活の場が一緒っていうのが……」

「慣れだよ、通勤とかほとんどないし、家の中は涼しいし、楽だよ?」

「あー、まあ、それはいいかもね」


 高校三年生のときに同じクラスメイトになった藤田さんは、快活で誰にも気兼ねしない美人なギャルといった印象だったのを覚えている。十二年たった今でも、藤田さんの話し方や相手に対する接し方は変わっていないように感じた。


 僕は、学生の頃は特に目立たず、ごくごく普通に学校生活をおくっていた、と思う。

 藤田さんとは、同じクラスだったけれど授業や行事以外――必要の無いとき以外――では話したことはない。嫌いとか、好きとかそんな感情はなく、ただのクラスメイト、知り合い、そんな関係性だった。それは、藤田さんからみた僕の印象も同じだったと思う。


「漆原って名前、珍しいじゃん? だから、部長の名前見たときにさ、もしかしてーって思ってた」

「ああ、そうなんだ。引っ越してきたからね、中学生の頃に……でも、藤田って名字も、藤田さん以外に聞いたことないよ」

「そう? ……私もないかも」


 話すときに、藤田さんの体が振れている。無意識なのかわからないけれど、体が動く度に長くて毛先の丸まった髪――肩甲骨くらいの長さ――がフワフワと動いているのが気になった。

 小型犬かな……――。

 

「そういえば、いまは黒髪なんだね、高校生の頃は、茶色かった気がする」

「よく覚えてんね、なに、もしかして気があった?」

「いや、そんな、なかったよっ。そんなに話したこともないし……」

「はは、冗談だって。てゆか、バイトでも話したことあったじゃん、一日だけだけど」


 いわれて思い出せば、学校以外でもバイト先が実は一緒だったという接点がある。

 ホテルのフロアバイトで、僕は、休みの日の昼から夜のウェイター――といっても、バイトの自分は、指定されたテーブルに料理を運んでいただけ――の仕事をしていた。

 藤田さんは、宿泊者の朝食の準備をするバイトを、早朝にウェイトレスとして働いていたはずだ。

 普段は時間が合わないから、顔も会わせたことはなかったけれど、一度だけ、ヘルプで藤田さんが夜のフロアに入ってきたことがある。

 あのときは、互いに「え、藤田さん?」「漆原?」ってなったっけ。


「そういえば、そうだったね、忘れてたよ。ホテルのバイト」

「漆原くんも朝バイトにすればよかったのに、時給、高いじゃん? 早朝って」

「そうだったの? ぼくは朝は苦手だから……でも、夜はお客さんがチップくれたりするんだよ、若いのに大変だね…………って、何かを勘違いして」

「ええー、なにそれズル。私も夜、入っておけばよかったなー?」


 少し懐かしい、悪くない記憶だ。藤田さんもよく覚えているなと思った。

 十二年ぶりに会って、ぎこちなかった会話にも花が咲いてきた。

 今はお互いに三十歳だ。当時は、話すことは少なかったけれど、それでも互いに大人になってみれば懐かしい記憶だ。

 忘れていたのに、藤田さんと会話をすると当時のことのように思い出してくる、すこし不思議な気分になった。


「藤田さんも僕のことよく覚えてたね。僕は、父さんに言われるまで忘れてたんだけど……」

「え、ヒド」

「ごめん」

「冗談だって、ほら、名前がさ同じカタカナじゃん? トワくん?」

「ああ、なるほど、たしかにそうだね。クラス……というか学年でカタカナの名前なの僕らだけだったよね。それは覚えてる」


 漆原トワ。これが僕の名前。

 キラキラネームとまでいかないにしろ、印象に残る名前だと思う。本当は父親が「永遠」と書いてトワと読ませたかったみたいだが、母親がそれを阻止してくれた。

 グッジョブな母親だ。阻止してくれてありがとうお母さん。

 藤田さんの名前は、聞くと、おばあちゃんが付けたらしい。昔はカタカナの名前もそれなりにいたから、なるほどなと思った。


「漆原くんは高校卒業してから何してたの?」


 藤田さんが少し体を前に傾けながら、軽く問いかけてきた。彼女の目にはほんの少しの好奇心が宿っているようだった。

 僕は、深く考えずにありのままを答えた。


「大学行ってからは、就職して、気がついたら仕事漬けだったかな……でも、そのときに出会った人と結婚したけど、先立たれてしまって――今に至る、かな」


 振り返るとそれなりに忙しかったけれど、特に語るべきこともない。ただ、平凡な日々の繰り返しだった。

 ただ、妻を亡くしたことは、僕の中で未だに整理のつかない出来事の一つだ。

 しかし、これも世界の外側から見れば、よくある話で、きっと平凡な部類の一つなのだろう……。

 深く考えずに言葉にしたことを僕は少しだけ後悔した。


「そっか、亡くなって……だったんだ、病気?」

 

 彼女の言葉には驚きの色はなく、どこか同調するような響きがあった。藤田さんも同じような経験をしてきたのだろうか。


「いや、事故でね、日中に警察の人から電話があったよ――」

「そう、なんだ、大変だったね……あと、奥様のご冥福をお祈りします」

「ありがとう、なんか変な話になっちゃって、ごめん。まあ、でも、もう三年たってるんだよね……」

「…………」

 

 妻は、二十七歳で亡くなった。僕たちが二十四歳で結婚して三年が過ぎた頃だった。

 警察から入った一本の電話と、身内から立て続けにくる連絡の数々、そして怒濤の如くやってきた葬儀と事故に関する警察や弁護士との対応……。

 偶然に……本当に偶然に不運が重なって起きた事故で、被告人も事故当時、自ら警察に電話をして、救急隊員が先に駆けつけると、顔面蒼白な状態で妻の側に正座でぽつんと座っていたという。

 妻にとっても被告人にとっても不運な事故。被告人となった人は善良すぎるほどに全面的に罪を認めて、告訴もせず、そして、それでも全て終わるのに約二年が経過していた。「全部が終わったよ」と妻に全てを報告できたのも一年前のことだ。

 あまり思い出したくない記憶で、言葉に出したくない記憶だった。

 僕は藤田さんに言葉を返すことで、その記憶と会話に蓋をする。

 

「藤田さんは? 高校のあと、どうしてた?」

 

 彼女は一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「うーんと私はね、高校を卒業した後、仕事して、二十三で結婚して、二十五で離婚して……特別なことなんて、何もなかったな、平凡ってやつ、へいぼん」


 彼女は苦笑しながら、指先でアイスティーのグラスの表面をなぞった。

 苦労があったのだろうな……苦笑した彼女をみてそう思った。

 人間だ、生きている限り苦労が無いわけがない。


「自分が立つ場所は常に平凡に感じるんだよ。僕が藤田さんの人生を横から見ていたらそれはきっと、平凡じゃないと思う」

「おお……なんか哲学ちっく」

「なにそれ」


 僕たちの表情が互いに(ほころ)んだ。

 最初はあまり変わっていないと感じた藤田さんの変わった姿が見えてくる。

 ただなんとなく、僕と同じように何かを失った寂しさを感じる……ような気がする。

 何があったかは、分からないけれど。


「でも、こうしてまた会えるなんて、思ってもなかったよ。お互いにこんな形で再会するなんて」


 藤田さんが目を細め、少し照れくさそうに笑った。


「そういえば、同級生と再会するのは藤田さんが初めて……かも」

「え、友達いなかったっけ? あーほら、ゲッターくんとか」

 

 ロボットが大好きという理由だけで、なぜかクラスメイトから「ゲッターくん」とあだ名が付けられていた倉持の事をいっているのだろう。


「ああ、倉持だね。高校の頃はゲームの話とかしてたけど、連絡は取ってないし……確かロボット工学がどうのとかっていう、どこかの大学に……」

「え、もしかしなくても、漆原くんってぼっちだった……?」

「………………友達ってどうなれば友達なのかな?」

「いや、哲学で返さないでくれる?」



 §§§



 それから一時間ほど話し込んだだろうか、仕事の話、趣味の話、好きな食べ物に料理の話、体を洗うときは足の指から洗うのか、頭から洗うのか――これは別に知らなくても良かった――など、藤田さんからたくさん質問をしてくれるから会話が絶えなかった。

 そして、藤田さんが娘がいることを話し始めた頃、急にテーブルの上で手をついて、頭を下げてきた。

 

「部長……漆原くんのお父さんから話があったとき、渡りに舟だったの。愛はいらないから、私と結婚してほしい!」


 急な告白だった。

 もともとお見合いという話だったから、結婚云々の話はあたりまえにある話だ。だが、藤田さんがこんな真剣に、手先を震わせながら頭を下げて懇願してくるとは思ってもみなくて、あっけにとられた。

 三杯目に頼んだホット珈琲に伸ばしかけていた手が止まる。


「娘と二人暮らしなんだけど、さ……正直、私一人じゃ、いろいろと苦しくて……時間とか、お金とか……バツイチ子持ちの女ってだけで恋愛面では敬遠されるし、三十だし、これから良縁を探すのってむずくって、高卒だし……それなら、学生時代に交流のあった漆原くんの方が、信頼できるし、なんていうか……キミなら受け入れてくれそうって思ったから……勝手、なんだけど……」


 先ほどまでとは打って変わり、声が震えている。

 藤田さんの言葉は必死で、頭を下げたまま思いの丈を吐き出す姿を見て、僕は困ってしまう。

 正直、今回のお見合い話は、親父の顔を立てる面が大きかった。

 たまたま相手が旧友だったこともあって、とりあえず会って、話だけでも聞いてみよう、くらいのものだった。

 だから、藤田さんがこんな切羽詰まったように結婚を懇願してくるとは予想していなかったし、てっきり、バツイチ同士仲良くできたらいいよね、くらいの軽いものだと思っていた。


 しかし彼女は違った。

 そうか、彼女には子供が……僕とは違って真剣……いや、必死だったのかもしれない。

 今の僕には必死になるものは特にない。今後の結婚だって乗り気じゃない。先ほども旧友同士の懐かしい話を楽しんでいただけだ。

 僕は藤田さんをじっと見た。頭を下げたまま顔だけを上げて僕を伺ってくる姿は、なんだか不器用で、交渉もなにもない。しかし、その眼差しから必死さは伝わってきた。

 だから僕は、自分の気持ちを彼女に伝えて、話をしっかり聞いて返事をしよう、そう思った。


「本当はさ、今回の見合い話は断るつもりだったんだ」

「ッ……」


 そう、断るつもりだった。なぜなら――。

 

「三年経った今でも、亡くなった妻のことを忘れられない……忘れる、とかそういうのじゃないのは分かるんだけど、次に進めないって感じなんだ」

「…………そ、っか」


 妻が亡くなって三年。僕の周りはどんどん時間が進んでいるのは理解している。いろいろあったし、毎日お腹が空くし、ご飯を食べるための仕事を今も続けている。

 自分の体だって時間が進んでいるのに、僕の頭の中はグルグルと同じ所から抜け出せない。

 このループから抜け出すのはどうすればよいのだろうか――。

 そんなことを考える毎日だった。

 

「…………実はさ、漆原くんのお父さんから聞いてたんだ。漆原くんの奥さんが亡くなって、漆原くんが思い悩んでるって」

 

 藤田さんがゆっくりと頭を上げて話し始めた。顔は俯いている。


「私さ、チャンスかもって思った。部長の子供だし、同じバツイチだし、漆原くんが傷心してるならつけ込めるかもって――ヒドイでしょ……。まあ、私に弱みにつけ込むような高等なテクは無いんだけど……さっき、愛はいらないから結婚してって言ったじゃん? でも、私も漆原くんを愛してるから結婚しようと思ってるわけじゃない。あたりまえだよね、今日、すっごい久しぶりに会った、ばかりなんだし」

「うん……」

 

 今度は声だけでは無く、体も震え出す彼女に僕は少しだけ心が揺さぶられた。

 

「愛しているのは娘だけ。明日のさ、ご飯は食べさせてあげられるけど、来月は……再来月は? ってそんなことばかり、考える毎日で……将来のこととか考え、ると、マジで、一人で……育てられんの、って――っ」

「…………」


 十数秒涙を流した藤田さんは、鞄から取り出したタオル生地のハンカチで涙を拭うと、そのハンカチを握りしめた。

 そうか、藤田さんは失った寂しさを抱えているのじゃなくて、かけがえのないものができたから、失う不安や恐怖があったのだ。

 

「ぜったいメイク崩れてるから見ないで――」


 変に自分を繕ったりしないところが藤田さんらしい。

 涙を流しながら話した後に気にするのがメイクなのかと思ったら、不思議と頬が緩んでしまう。

 先ほど涙を流しながら不安を吐き出した彼女を、僕は強い人だなと思った。

 むしろ、そんな風に素直に本音をぶつけてくる姿に、少しだけ心を動かされた。

 僕も四の五の言っていないで、いい加減歩みを進めるべきなのだろう。


「藤田さんが強い想いで、今日、ここに来たことはさっきの言葉でわかったよ。だから、僕も真剣に考えようっておもった」


 僕が今日、彼女に話した内容はウソでは無いけれど、どこか他人事だった。

 どうせ、今日一日だけの再会だと、心の底では思っていた。

 しかし、彼女は母親として娘さんの事を常に考えていたのだろう。彼女の言った「愛はいらないから、私と結婚して」の言葉の中には娘さんへの愛がある。


 やはり平凡なんかではない。少なくとも彼女の言葉は、僕からしたら平凡とは到底感じられない。大変だったのだろう。どんな苦労だっただろうか……僕には分からない。

 けれど、彼女は、十二年ぶりに再会した好きでもない、愛してもいない男に結婚を申し込むほどに追い詰められている――僕の目にはそう、映った。

 

 すぐに結婚の結論なんて出ない。しかし、このまま適当に流すのは失礼だ。

 藤田さんが今日ここで一生懸命想いを伝えてくれたように、僕ももう少し自分の気持ちと向き合ってみるべきなのではないか――。

 だからまずは、求めてくれた手を、取ってみるところからはじめてもいいかもしれない。

 一度、小さく息をついてテーブルを見下ろした。


「娘さんって、今いくつ?」

「五歳……」

「五歳かー、可愛いんだろうね」

「……うん、めっちゃ可愛い。ちょう天使」


 藤田さんは俯いたままで、顔を上げない。

 きっと崩れたメイクを見られたくないからだろう。


「藤田さん、今度、娘さんと会わせてよ」

「……え?」


 藤田さんがスッと上げてしまった顔は、涙の伝った後がくっきりと跡になっていた。

 おお、メコン川の支流みたいだ。



 §§§



「マリちゃんは今日で七歳だね、帰りにケーキ、買おうか」


 藤田さんとその娘のマリちゃんが、亡くなった妻の墓にお参りに来てくれていた。

 今日は、マリちゃんの誕生日だ。そして、妻の命日でもある。

 マリちゃんの誕生日と妻の命日が一緒なのは、なんの偶然だろうか。不思議な因果を勝手に感じてしまう。

 

 あの喫茶店で藤田さんと再会してから、僕たちは定期的に顔を合わせていた。

 娘のマリちゃんとも最近は仲良くなってきたが、最初は、自己紹介の時に「マリちゃんはいくつ?」と聞いても、言葉を返してくれず、五本指を大きく広げて突き出して答えてくれていた。

 最近ようやく、少ないが言葉を返してくれるようになった。二年かかった。

 凄く人見知り……いや慎重な子だ。

 今もケーキの事を聞いても頷くだけだ。


「ケーキ、なにがいい?」

「チョコ……」

「私はねー、フルーツもりもりのケーキがいいかな!」

「トッくん、ママにきいてない」


 さすがに親子だから、二人はいつも普通に話している。

 マリちゃんは意外とママには厳しい娘だ。

 藤田さんはよく、マリちゃんに厳しい突っ込みを入れられている。

 最近は僕のことを「トッくん」と呼んでくれるようになった。

 僕には優しい……のではなくて、未だに遠慮がちな感じだ。

 

「あはは、僕は何にしようかな、お店で選ぼうかな」

「ん……」

 

 藤田さんと僕は、結局その後も結婚はしていない。

 僕の中で「亡くなった妻をよそに、他の女性と結婚していいのか」という罪悪感が心を蝕んだからだ。

 あれから、僕は藤田さんが泣かなくていいようにと、子育てに助力することにした。

 生活の支援が主だったものだが、金銭面というよりは、保育園の送り迎えの手伝いや、休みの日に三人で過ごすことで、藤田さんの不安を少しでも払拭させる手伝いをした。


 結婚はしてもいいかもしれない、しかし――。と、くよくよしている僕に、先月、藤田さんが言ってくれた。


()()じゃ、だめかな」


 その言葉を聞いたとき、なぜなのかわからないけれど、不意にも涙を流してしまった。

 罪悪感が取り除かれた気がした。


 この間も、妻の実家に藤田さんとマリちゃんは挨拶にきてくれていた。

 お義父さんとお義母さんは、喜んでくれた。むしろ、娘の事は気にするなと叱咤された。いつまでも僕が立ち止まっていたら娘も悔やまれないと――。

 

 僕は馬鹿な男だ。くよくよと同じ所にいて、お義父さんとお義母さんにも負い目を感じていて、会うこともなく言葉もきかないで……話せて良かった。そう、思った。


 最近は、藤田さんに救われてばかりな気がする。

 前に進めそうな気がする。いや、もう前に進むしか無い。

 まずは、支えてくれた人に「ありがとう」を伝えるところからはじめよう。

 伝え終わったら、藤田さんに結婚を申し込もう。

 マリちゃんは受け入れてくれるだろうか。少し不安だ。


「藤田さん、ありがとう」

「え、なにに? 今日の墓参り?」

「いろいろだよ、マリちゃんもありがとう」

「……」


 ピースサインで返答してくれるマリちゃんに、僕はサムズアップを返してあげた。


『愛はいらないから、私と結婚して』を読んでいただき、ありがとうございます。

すっごく嬉しいです!

この作品は、私の初めての短編小説になります。

短編ってどうまとめようかな?って考えるのが楽しいですね。

恋愛物も初めて書きました。拙かったかと思います。

私はベタベタな恋愛はあまりイメージができなくて、こんな感じになっちゃいました。ふへ。

これからもこの作品を皮切りに、短編を書いていこうと思います。


最後に、読んでくれて本当にありがとう!ございました!


1月17日追記:

皆さんに読んでいただき、また高評価、感想も沢山いただき、凄く嬉しいです。

こんなにも沢山の方に読んでいただける作品になるとは微塵も思っておりませんでした。

ランキングも……あの、その……こんな私が恐縮です!!!(ペコリ

今、私は絶頂に幸せです。ほんとにありがとう。

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― 新着の感想 ―
この内容ならば、登場人物達の色恋沙汰の恋愛話よりも、一人の人間としての登場人物達のそれぞれの人生の選択が色濃く濃密に描かれているので、恋愛ジャンルではなく、文芸ジャンルのヒューマンドラマ枠のお話だと思…
漆原が超善人過ぎるし、藤田さん25で離婚で子供が5歳なら離婚前からギクシャクしているだろうし子供産むだろうか?生まれて直ぐ離婚なら平穏な日々とも言えず出し。 28で離婚して3歳の子持ちでおまけで分かる…
むむ、面白いぞ……っ!? 四人目ですかぁ、四人目……(お前は何を考えてるんだ?) おもろかった! 執筆頑張って!
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