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8 副官

収穫祭が終わり、お父様も首都に戻られてから、アルベールの正式な後継者教育が始まった。

算数、語学、礼儀作法などの一般な教養に加えて、デュフォール家の跡継ぎには必ず魔法の知識を高度に蓄えて置かなければならない。

6歳のアルベールはまだ遊び盛りで、授業中いつもつまらなそうな顔をして、家庭教師の先生を悩ませた。


「お姉様は勉強をしないですか?」

連日続く授業に疲弊したか、アルベールはとても元気なさそうにソファーにもたりかかった。

まだまだ礼儀作法の勉強が必要ですね。


「私はアルより年上だから、別の勉強をさせてもらっているわ」

特に後継者になる必要のない私は、自由に学びたいことをお父様に頼んで、その分野の専門家を屋敷に招待して教えてもらっている。


「じゃお姉様はもう魔法が使えるの?僕、見たいです!」

「ごめんなさい、私は魔法が苦手なので使えないんだ、アルが使えるようなったら見せて欲しいわ」

実際、今の私は魔法を使うのは不可能だ。

魔力過多症の症状の1つに、魔力を使おうとすると発作が起きるため、魔法を学ぶことは不可能に近い。

確か私よりお母様の方が症状が軽かったため、ごく簡単な園芸魔法を使用することは可能だったと聞く。

お母様は木の魔法質を持ち、あの裏庭に咲くピンクローズも、母が生前自ら手入れしていた。

反対にリリアーヌは魔法を使うところか、魔法質測定ですら発作を起こすほどの重症。

小説中のリリアーヌは自分の代わりに、アルベールがお父様と同じ水の魔法質を持ち、後継者教育を受けているからと、嫉妬からアルベールの魔法教育を一時中止させるようにお父様にお願いしたとか。


今世の私も全く魔法を使うことはできず、未だに魔法質測定も受けていないから、自分の魔法質も知らないままだが、私は魔法より、他に勉強したいことがあるため、特に不満もない。


「そろそろ講義をしてくださる先生がいらっしゃいますから、もう行くわ、アルも頑張りなさい」

「えぇーーーー」

アルベールは足をバタバタし、顔をクッションに埋めて、全身で不満を表した。

生まれ変わっても、勉強嫌いは治らないようだ。

前世の弟のリヒトを思い出し、私は少しほっこりした。


--------


「ま、まさかデュフォール侯爵令嬢ともなるお方が私の研究に興味があるなんて」

招待された水質研究者のデイビッドは、興奮と恐縮半々でオドオドしているが、それも無理はない。

デイビットは平民出身の学者で、特待生として王立カレッジを卒業したが、平民ゆえその研究テーマは水研究の中でも特に魔法と一切関連のない「水質研究」なのだ。

このセレスタン王国では高等教育の場として王立カレッジを設立しており、前世で言う国立大学のような場所だ。

デュフォール家のような高位貴族は皆屋敷に家庭教師を招き、独自に教育を施す慣習となっているが、高位貴族でも跡継ぎに関係しない3人目以降の子供や、下位貴族の子供たちは入学試験を経て王立カレッジに入学するか、併設する騎士アカデミーに進学するかの二つが一般的である。

学費は高額ではあるが、貴族のみ受験できるわけではなく、平民からも豪商の子息たちが人脈作りも兼ねて毎年入学している。

デイビットのように一般的な平民出身の子でも、入学試験で上位の成績を収めれば、特待生として認められ、学費免除でカレッジに通うことができる。

卒業後はいわゆる公務員のような官僚登用を受け、王宮に務めるか、実家に戻って領地や家業を継ぐか、または高位貴族の家に副官として雇ってもらうか、などの進路はあるが、デイビットのように魔法と関連しない研究を行うと、職探しでは不利になってしまう。

現にデイビットは特待生として卒業するも職が決まらず、カレッジで教授の手伝いとして細々と研究をを続けているだけだ。


「どうぞリリアーヌとお呼びください、先生」

「本日は先生の研究の話を聞きたいからお呼びしたまでです、どうか畏まらず」

私に先生と呼ばれると、デイビットは一層顔を赤くした。

身分制度が根深いこに世界では、貴族が平民に敬語を使うのは稀で、目下の人を困らせないためにも、目上の人は平語を使うのが作法だ。

しかし一応王立カレッジで教職を賜るデイビットになら、その研究に敬意を払い、先生と呼んでも品位を下げることには当たらない。

思わぬ高待遇に狼狽えながら、デイビットは自らの研究成果を私に説明した。


この世界の人たちにとって、デイビットが行なっている研究はあまり重要視されていないが、私にはその貴重性と先駆性がよく分かる。

なぜなら、デイビットが研究しているのは「目に見えない種子」が水質に影響し、伝染病などの原因になるという立証だった。

目に見えないのに本当に存在するのか、魔法で精製しておけば水質など問題ないと、カレッジでも彼の研究の重要性を理解しない人は多数居るが、デイビットの研究はまさしく前世でいう微生物学の先駆である。


「という具合で、私は水のみならず、自然にはこのような目に見えない種子がたくさん存在し、流行り病の元になっていると信じております」

終始緊張していたデイビットだが、彼の研究は実に素晴らしい。

論文では水質の比較研究のみ発表していたが、実際の彼は接触感染や空気感染の可能性まで提唱した。

先行研究も顕微鏡もないこの世界で、ここまで微生物の本質を突き止めていたなんて、前世ならノーベル賞級だったに違いない。


「実に素晴らしいですわ」

私は素直に彼に賛辞を送った。

「裕福な貴族たちは治癒魔法師を呼び、小さな病気は簡単に治してもらえるが、平民は毎年流行り病によって多くの人が命を落としている」

「先生の研究は多くの人の命を救える可能性を秘めているわ」


「あ、ありがとうございます!」

デイビットは顔を真っ赤にして礼を言う。

「恐縮ながら、私は普通の農家の出身で、私が生まれた村でも、毎年豪雨が続くと、必ず流行り病が起きていました。その原因を研究しようとカレッジに進学したのです。」

やはり彼は天才に違いない、普通の人なら豪雨と病気の時期的関連性に気付いても、その原因が目に見えない水質汚染だとは、とても想像もつかないでしょう。

デイビットこそ私が求めている人材であると確信し、心の中でガッツポーズをした。


「ええ、私も先生の研究が非常に大事だと感じております」

「そこで一つ提案ですが、先生には私の副官となり、この流行り病の対策を一緒に行なって欲しいのです」

私は彼に副官となるオファーをした。

「ふ、副官ですか?」

「ええ、デュフォール侯爵ではなく、一介の令嬢でしかない私の副官ですが、先生には自由に研究ができ、尚且つその研究成果を世に還元させていくことをお約束致しますわ」


デイビッドは目に涙を浮かべ、顔真っ赤にして答えた。

「リリアーヌ様のようなお方が、平民にしか役立たない私の研究を認めてくださるだけでも感恩戴徳なのに、まさか副官の職まで提供してくださるとは、身に余るほどの光栄でございます」

「私のような者でよければ、このデイビッド、全身全霊でリリアーヌ様にお仕えしたい所存です」

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