6 誕生日パーティー
アルベールが屋敷に迎え入れられて半年が経ち、収穫祭と同時に、アルベールは6歳の誕生日を迎えた。
一度も誕生日を祝われたことがないアルベールにとって、誕生日パーティーというイベントは産まれてこの方初めて出生を祝福される日となった。
「アル、誕生日おめでとう」
私はそう言ってアルベールにプレゼントを渡した。
「あ、ありがとう、お姉様」
最初は怯えながら、私のことをお嬢様と呼んでいたアルベールだったか、今はお姉様と呼んでくれるようになった。
目をキラキラさせながらプレゼントを開け、中にはアルベールのためにオーダーメイドしたキックボードだ。
この世界ではまだおもちゃとしてのキックボードがなく、私が自らデザインして、職人に作らせた。
ちなみに、車輪を小さくして、1人乗りの乗り物を作る発想はこの時代には存在しない、最先端の発明のようで、お父様は副官を使って、私名義で「ピンクローズ商団」を立ち上げ、キックボードの製造と販売を始めた。
その結晶とも言えるキックボード第一号が、今回アルベールの誕生日に用意したプレゼントとなった。
初めて見るおもちゃにもかかわらず、アルベールは直ぐ遊び方を覚え、屋敷の庭を猛スピードで駆け回った。
前世のリヒトもキックボードが大好きで、毎日公園で遊んでいた。
さすがに猛スピードで走ったら危ないので、気をつけるようにしっかり言い聞かせた。
ピンクローズ商団から発売されたキックボードは老若男女問わず、国内で大流行した。
貴族にとってはおもちゃや運動の一環として楽しまれ、平民にとっては格好の移動手段の1つになった。
特に平民の中で馬車を使用出来る人間はひと握りで、荷物を運ぶ時に、大きめのキックボードがあれば、格段に効率よくなる。
加えてキックボードの値段は高価ではあるが、平民にとっても数ヶ月の収入を貯めれば手が出せる程度で、購入も維持も馬鹿にならない馬車と比べれば格段的に手頃だ。
そのため、ピンクローズ商団は設立間もなく潤沢な資金を集め、今は国内主要商団に仲間入りした新興商団の飛びきりトップとなった。
アルベールがもう少し成長した時に備え、職人と共に自転車を開発している最中である。
アルベールの誕生日と被って、我がデュフォール侯爵領では収穫祭が行われた。
一年の収穫を祝い、さらに来年度の豊穣を願い、領地最大な祭典となっている。
お父様は収穫祭に出席するから領地に向かわれたため、アルベールの誕生日パーティーには参加出来ないが、この半年間で二人の関係は小説よりかなり改善した。
と言うのも、小説でのお父様とアルベールは親子とは程遠く、むしろお互い敵視していた。
お父様にとって、アルベールは自らの裏切りの象徴であり、そのアルベールが原因でリリアーヌは塞ぎ込んで亡くなった。
アルベールにとっても、お父様は愛してもいない女と自分を作り、ただ跡継ぎの道具としか見て貰えないお父様を憎んでいた。
今は同じ屋根の下で過ごす二人だが、必要以上に会話することがなく、一般的に見たらかなり冷めた親子関係ではある。
しかし、少なくとも小説中のような、お互い憎しみ会うような関係ではない。
「お姉様は僕と一緒にキックボードをしないですか?」
まだ6歳なのに、私に対して敬語が抜けられないアルベールは、貰ったばかりのキックボードを一緒に遊びたがりそうにしている。
「ごめんなさい、私は激しい運動ができないの」
申し訳なさそうに返すと、アルベールは眉を八の字にして、もごもごと口を開いた。
「僕…お姉様の病気を半分貰えば、お姉様は元気になりますか?」
「ふふ、それは出来ないけど、お姉さん頑張って病気を治すから、いつか一緒に遊びましょう」
一緒に遊ぶ約束をしたら、アルベールは満足気に「うん!」と頭を大きく縦に振った。