5 家族
目覚めたら、お父様が傍で手を握ってくれていた。
「お父様…」
「!っリア、体はどうだ?」
「もう大丈夫ですわお父様、いつも心配かけてごめんなさい」
「謝らないでくれ、私はリリアーヌがどんなに大事か分かってくれてるだろ」
「ええ、感謝しておりますわ」
他人にはムスッとした顔しか見せないお父様だが、リリアーヌの前ではいつも心配そうな優しい父親の顔を見せる。
「それでお父様、あの子は私の弟なのですね」
「っ…すまない…」
アルベールのことを聞くと、お父様は沈痛な面持ちで私に謝った。
「あれは致し方なかった…」
「しかしリリアーヌ、これだけは信じて欲しい、私にとって、妻は生涯シャルロット一人だけ、子供も生涯あなた一人だけだ」
そう言い切るお父様は、アルベールの存在をおそらく忌々しい汚点のように思っているだろう。
小説の中でも、アルベールは侯爵家の唯一の後継者にもかかわらず、幼少期より侯爵家からネグレクトにも近い無視のされ方を受けてきた。
その理由はまさに私、5歳年上のリリアーヌは侯爵の最愛の一人娘として侯爵家の寵愛を一身に受け、アルベールはあくまでもリリアーヌに負担をかけないためのスペアだった。
お父様は心より深く愛したお母様を裏切るようなことを最後まで拒み続けたが、家臣たちの「リリアーヌ様を後継者にしてしまわれたら、シャルロット様の二の舞になりかねない」の言葉に納得し、しぶしぶアルベールという婚外子を作っておいた。
そんなアルベールは、当然侯爵家ではタブー的な存在となり、実際産まれてからずっと首都の外れの小さな家で育てられ、デュフォール侯爵家の屋敷には数ヶ月に一度、現状確認という名目でお父様と面会していただけだった。
小説の中で、リリアーヌは10歳になり、ようやく弟の存在を知ったが、お父様に裏切られたショックで激しい発作を起こし、元々良くない病状はさらに悪化してしまった。
それを責任に感じたお父様は、アルベールを烈火のごとく叱責し、二度と顔を見せるなと、屋敷への出入り禁止を命じた。
アルベールの母もまた、旦那を亡くした未亡人だった。
亡くなった元旦那は、デュフォール侯爵家の家臣の一人、生前賭博にハマっていたせいで多額の借金を作り、お酒を飲んだ状態で馬に乗り、そのまま帰らぬ人となった。
故男爵の借金のせいで、男爵家は没落寸前まで追い込まれ、新しく男爵位を継いだ長男は3歳の幼児に過ぎず、男爵夫人は息子の将来と男爵家を守るため、アルベールを出産した。
その際、デュフォール侯爵家から「アルベールの一切の親権放棄」を条件に借金を肩代わりしてもらい、さらに男爵家を立て直すには十分な報酬金を受け取った。
その後もアルベールは両親から相手にされず、外れの小さな民家で一人暮らししてきたが、リリアーヌが15歳で病没したため、再び跡継ぎとしてデュフォール侯爵に引き取られた。
それでもお父様はアルベールに冷たく当たり、ほとんど顔を合したことがなかった。
そんな中、アルベールは愛に飢えまくった男に成長し、後にエミリアを監禁する激重ヤンデレになった。
「お父様、私はお父様に怒っているわけではございませんわ」
軽くお父様の手を握り返し、私は微笑みながらお父様に話した。
「私、弟ができてとても嬉しかったの」
「っ…しかしリア、あれは私と君の母との子ではない」
「え、存じておりますわ、母は私が赤ん坊の頃には儚くなったもの」
「…私が、君と君の母を裏切ったこと、リアは嫌では無いのか?」
「裏切るだなんて、お父様は侯爵家のご当主、きっと体の弱い私を思って、弟を設けたのだろう」
「っ…リアは優しいな…」
娘に理解されるとは毛頭にも考えておらず、お父様は感極まり、言葉に詰まってしまった。
「お母様もきっと、お父様を裏切り者と思ったりしないわ」
「私はお母様と同じ魔力過多症にかかっているから分かります、何もせずとも長生き出来ないならば、例え寿命が縮むとも、愛した人と結ばれたいものです」
「でもそれは、愛しい相手を自分に縛り付けるためではございません」
小説のリリアーヌはまだ10歳の子供だった。
お父様は病気の自分を置いて、外で弟を作ったと知れば、お父様に裏切られたと思っても仕方がなかった。
しかし私は前世26歳まで生きた記憶があり、お父様の葛藤と、危険と知りながらお父様と結婚し、私を産んだお母様の覚悟をよく理解できる。
「お母様はきっと、お父様の葛藤を理解しておりますわ」
「理由はどうあれ、アルベールはお父様の息子、私の弟です」
「私は弟が出来てとても嬉しいの、ぜひこの屋敷で一緒に過ごしましょう、私たち家族ですもの」
お父様は言葉に詰まったまま、目尻に溢れんばかりの涙を拭った。
きっとお父様は長い間自分を責め続けたのだろう。
自分が侯爵家の一人息子じゃなければ、愛してやまないシャルロットに出産を強いることもなければ、シャルロットとリリアーヌを裏切って、婚外子のアルベールを設けることもなかった。
それでも侯爵家当主としての責任と、妻子への愛情の狭間で悩み、自責の念に狩られ続けただろう。
「…ありがとう、リアは私よりも大人で、父として恥ずかしい限りだ」
いや、お父様、前世合わせれば多分実際私の方が年上である。
「リアが嫌でなければ、アルベールを屋敷に迎え入れよう」
今世の目標である、弟を激重ヤンデレ男から更生させ、破滅まっしぐらの運命から救出することに一歩前進となった。
めでたしめでたし。