55 姉様との日々(アルベール視点)
姉様に引き留められてから、僕の人生は一変した。
幽閉されていた別館から、本家の屋敷に移り住み、使用人も付くようになった。
毎日姉様と父親と三人で食事を取るようにもなった。
父親の僕に対する態度は相変わらず、存在していないものとして扱う感じだ。
前までだったら関心持ってもらおうと自ら話しかけたりしていたが、不思議と姉様と会ったその日から、父親への興味がパタリと消え去った。
正直言って父親なんてどうでもいい。いや、今となっては父親として呼ぶのも癪だから、僕にとって彼はデュフォール侯爵でしかない。
姉様は僕の人生の光となった。
姉様の視線が僕に集中してくれさえいれば、他はどうなってもよかった。
僕自身も不思議になるくらい、姉様に心酔しきっていた。
まるで初めて会ったその日の遥か昔から、姉様と長い人生を過ごしてきたかのような気がした。言葉にできないし、実際そんな記憶もないのに、姉様に守られて、幸せな日々を過ごしたような気持ちが骨に刻まれたかのように鮮明で、一目で彼女は僕の大事な人と思わされた。
僕の予想は当たり、姉様は本当に僕を大事な弟として扱ってくれた。最初は父親の冷ややかな視線に少し居心地の悪さを感じつつ、何より今まで家族らしい存在に触れてこなかった僕によって姉様の愛情はあまりにも真摯で、逆に不安になった。僕は姉様にとって忌々しい存在のはずで、日々大事にしてくれていた父親が、亡くなった母親を裏切り作った私生児、嫌われるこそされ、好かれる理由がわからなかった。でも心のどこかで、姉様ならきっと僕を大事にしてくれる、姉様は僕のことが大好きだと、謎の自信があった。
徐々に姉様の愛情を受け入れ、僕にも家族の暖かさが身に沁みた。
姉様はどこか僕を無邪気な子供と思っている節がある。実際僕は歳が若いが、なぜか記憶ある時から大人びた子供だった。まるで生まれる前の記憶があるかのように、年相応とはとても言いづらい子供だった。
でも姉様は僕を可愛い弟として可愛がりたいなら、僕は喜んで無邪気な子供となった。無邪気さを演出していたら、意外にもこれが結構性に合っていた。
昔は父親に振り向いて欲しいから頑張った座学の勉強は、本当はめちゃくちゃ嫌いだった。でも勉強を嫌がっても、むしろ姉様は甘やかすように諌めてくれるから、思いっきり嫌なものは嫌だとただをこねた。
ずっとこの生活が続けばいいと願ったが、姉様は不治な病に侵されていると知った。
魔力過多症?なんじゃそれ、たかが魔力が人より多いだけなのに、どうしてそれが死に至る不治な病なんだ。納得が行かなかった。
それでも日々弱々しい姉様を見ていたら、受け入れざるを得なかった。
姉様は体が弱い。屋敷の外に出ることはほとんどなく、運動らしい運動もできない。疲れるとわかりやすく顔色が蒼白になるし、時々発作を起こして寝込んでしまうこともある。
それでも姉様は負けじと事業を立ち上げた。本当は体に負担かけてほしくないから、僕は甘えながら仕事を減らすように説得を試みたが、結局姉様は新事業にのめり込んだ。
そして、全員の予想を反して、姉様は次々ととんでもない実績を作り上げてきた。最初は僕の遊び道具を作る傍ら、商団を使って商売をしていたが、学院から研究者をスカウトして、抗生物質という画期的な薬を発明した。子供の僕ですらその薬の絶大な効果を耳にするほど、国民の健康面を劇的に底上げする大発明だった。
姉様の功績を讃えるため、姉様は女王から褒賞を与えられた。そしてその日から姉様の周りをうろちょろする目障りな王子が現れた。
デュフォール侯爵とは反りが合わず、姉様と一緒の食事以外はほとんど顔も合わせないし会話もないが、こればかりは彼と同意見だ。
あの王子はかなり厄介だ。
遠けても遠けても姉様の近くに寄ってくるし、姉様を自身の瞳の色に染めようと、これでもかというくらい藤色の装飾品や花を送ってくる。あいにく藤色は姉様の好きな色でもあるから、簡単に拒めないのが歯がゆい…
こんな時でも役に立たないのはデュフォール侯爵だ。彼の存在意義はもはや姉様に快適な空間を提供して姉様を変な虫から守ることしかないのに、こんなことすらできないなんて、すこぶる出来損ない男だ。
役に立たないデュフォール侯爵を置いといて、僕は全力で姉様の気を引き続けた。
どうせ姉様の関心が僕にある限り、あの粘着質な王子の入る隙はないからだ。
でも、こんな日々も永遠には続かない。
姉様の体調は年々悪くなり、13歳を過ぎた辺りから、ほとんど部屋から出るのも億劫になってきた。




