4 弟・アルベール
結論から言うと、このミニチュア版お父様は私の腹違いの弟、アルベールだ。
リリアーヌは10年間、一人っ子として父から溺愛としか言い表せないように育てられた。
しかし先日、お父様そっくりのアルベールが応接間でお父様と面会していた場に遭遇し、咄嗟に発作を起こしてしまった。
「っ!君はどうしてこんな所にいる!」
そう声を上げたのは侍女のサラだ。
「お嬢様、誠に申し訳ございません。その者は…あの…後で旦那様に伝え、しっかり躾て、二度とお嬢様の目の前に現れないように我々使用人共も細心の注意を払いますから」
サラを筆頭に侍女たちは全員慌てだし、私が止めようにも、その前にテンパった侍女たちによってアルベールはすぐにも連れていかれそうになった。
「え、違う…あっ…待って…弟を連れていかないで!!!」
焦って大きな声を出してしまい、私はそのままふらつき、地べたに座ってしまった。
「っお嬢様!」
「っ…弟を…アルベールを連れていかないで…」
「しかしお嬢様…この者はあの…」
「いいんだ…」
私は必死に呼吸を整え、まだ怯えて震えが止まらないアルベールに手を差し出した。
「…怖がらないで…私はあなたの姉のリリアーヌだわ…突然の事でびっくりさせてごめんなさい…でもこれだけは信じて欲しいの…私、あなたが弟に生まれてくれて、とても幸せなの…だから…どうか…また私と会ってくれないかしら?」
こんなこと言われるとは毛頭にも思わなかったような顔をして、アルベールは困惑そうに私を見た。
ゴクリと唾を飲み込み、何か意を決したように、アルベールは差し出された私の右手を握り返した。
「ありがとう…本当に、ありがとう」
私は最後の力を振り絞って、アルベールに優しく微笑み返し、その後ぽつりと意識が途絶えた。
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お父様と私のお母様である故侯爵夫人は大恋愛の末に結ばれた。
しかしお母様は魔力過多症を患い、侯爵家の一人息子であるお父様の結婚相手として、両家から大いに反対された。
侯爵家にとって、病弱な侯爵夫人は跡継ぎの面での不安が大きい。
お母様の生家である伯爵家にとっても、大事に育てた娘が跡継ぎを産むことを強いられ、寿命を縮めてしまわないか不安だった。
そんな両家の反対を押し切って、2人は結ばれ、待望の中、長女リリアーヌが生まれた。
しかし出産後、お母様の体調はなかなか回復せず、遺憾にもリリアーヌが1歳になる前に儚くなってしまった。
さらにお父様に追い討ちをかけるように、リリアーヌもその直後に魔力過多症を発症し、治療師から20歳まで生きるのがやっとでしょうと診断された。
唯一侯爵夫人の忘れ形見であるリリアーヌは不治の病を抱えていては、婿を取っても侯爵家を継ぐことは難しく、家臣たちはお父様に再婚するように何度も進言した。
最初はお母様の逝去がまだ間もないことを理由にはぐらかしてきたが、とうとうそれも難しくなり、お父様は家臣の中から一人女性を選び、正式な結婚をせず、婚外子として跡継ぎの男児を一人設けた。
それが私の腹違いの弟、アルベールなのだ。
もちろん、リリアーヌとして生きてきた10年間、私は一人っ子として育てられ、アルベールの事は先日の事件で初めて存在を知った。
前世を思い出し、目覚めた後も、周囲は私に気遣い、アルベールの話は一度も口に出されなかった。
なら、私はどうしてアルベールの産まれの秘密を知ったのだろう。
実は先日、アルベールを見たショックで発作を起こしたのは、お父様の隠し子に驚いたわけではなかった。
アルベールを見た瞬間、私は自分の前世を思い出し、そしてこの世界は前世の私が読んでいたネット小説の舞台だったことに気づいた。
その小説の中、アルベールは物語のヒーローで、ヒロインのエミリアを愛する余り、些細な誤解から嫉妬に駆られ、しまいにはエミリアを監禁してしまう激重ヤンデレ男だ。
そんな激しく愛したエミリアに自ら命を絶たれてしまい、アルベールはついに精神を崩壊し、破滅の最後を迎えた。
前世の私がトラックに轢かれ、一世一代のお願いを神様に捧げ、その思いに神様が答えた。
「そなたたちの願いを聞き入れよう」
「そなたの弟は既に別の世界に転生し、そなたと過ごした記憶も消された」
「しかしそなたたちは2人揃って、同じ願いを余に捧げた」
「そなたの弟には新たな姉がおる、が、それはまた別の願いも抱えた魂だったゆえ、そなたの記憶を残し、その新たな姉との魂を交換しよ」
神様、私に二度目のチャンスをくださり、本当にありがとうございます。
今世こそ絶対弟を幸せにします!
私はそう心の中で誓った。