35 殿下に相応しい人
夕食を部屋に持ってきてもらい、侍女サラが入れてくれたお茶と一緒に食事を取った。
体調の許す限り、エルフ国の医学書を読みながら、就寝前の時間を過ごしていたら、客室に来客が訪れた。
「や、久しいな、リリアーヌ」
2年ぶりにお会いしたルイ殿下は、遠目で見るより、遥かにかっこいい好青年になっていた。
少年らしい丸みのある輪郭はシャープになり、日々鍛錬に励まれているおかげか、体格も逞しくなっていた。ただ、優しい藤色の瞳は変わらず、今も昔も、真っ直ぐに私という人間を見てくれていることが眼差しから伝わる。
「ご無沙汰しております、ルイ殿下」
席から立ち、カーテシーをしようとしたら、ルイ殿下に止められた。
「いい、座っていてくれ、正式な場じゃないから、畏まらなくていい」
ルイ殿下は私の向かいの席に腰掛け、手に持っていたボックスを私に差し出した。
「誕生日は移動中と聞いて、渡すの遅くなったけど、受け取ってくれ」
ボックスには藤の花をモチーフにした髪飾りが入っていた。
「体調がなかなか回復しないと聞いて、作らせてみたんだ」
「ヴァルザシスの魔道具ほどではないが、少しは魔力を吸収して、微かに光を放つ仕様だから、少しは役に立てれば良いのだが」
「それに、僕が送ったネックレスをつけてくれてるんだね、嬉しいよ」
藤の花には病気快癒の意味合いがある、デュフォール邸にいた時も、アトラント湖地区に住まいを移した時も、変わらず毎月藤の花を送ってくださっている。
それは友人として、私の回復を心より願ってくれているからだろう。
その優しさに溺れてはならない…
「ありがとうございます、殿下…いつも私に気にかけてくださって…なんと御礼をすれば…」
「いや、礼だなんて、僕に出来るのはこのくらいしかないさ」
優しさに溺れそうになるから、早いうちに距離を取らなければ。
「……殿下、プレゼントは嬉しいですが、夜分に淑女の部屋を訪れるのは人聞きよろしくないかと」
「あ…た、確かに…それもそうだね…失礼をした」
急に冷たくなった私の態度に戸惑いながら、失礼を謝るルイ殿下。
「それに殿下、ここはワーズ家のお屋敷です、婚約者候補の女性の家なのに、他の女性の寝室を訪ねるのはマリエッテ様にあまりにも酷い行動ですわ」
「え、婚約者候補?いや、リリアーヌ、それはごか…」
「殿下」
失礼ながらも、殿下の話を遮った。
「私、体調がよろしくないので、プレゼントは改めてお返しをご用意しますから、本日はお引き取りを」
「っ……そうか…体調悪いところ押しかけて悪かった…お休み、リリアーヌ」
ルイ殿下はぎゅっと拳を握り締め、しかし私が体調悪いと言えば、これ以上に引き下がることもなく、素直に部屋を出て行った。
………きっとこれは正解のはず、ルイ殿下に相応しいのはマリエッテ、二人の婚約話を邪魔してはならないのだ。
「…お嬢様、よろしいのですか?」
いつもと違って、ルイ殿下に対して冷たい態度を取る私に、サラは心配そうに話かけた。
「ええ…殿下とマリエッテの婚約はこの国の国益になるわ、邪魔してはならないもの」
「しかしお嬢様、まだお二人の婚約は決まったわけではございません、何も突き放さなくてもよろしかったのではありませんか…?」
「……サラ、私ね、今自分のこと以外余裕がないの」
エルフ国の医学を手に取り、ページを巡りながらサラに隠してきた本心を話した。
「私ね、もう寿命は長くないの」
「っ、お嬢様!そのようなことを口にされてはなりません!」
「いいえ、サラ、これは本当のことだから、隠しても無駄よ」
興奮気味で涙を浮かべているサラを宥めずつ、私は話し続けた。
「でも私、諦めるつもりはないのよ」
「ほら、これを見て、エルフ国の医学書には魔力過多症が記されていないでしょ」
「左様ですか…?」
「ええ、魔力過多症はとても珍しい病気ではあるが、我が国では300年前から病気に関する資料はあったのに、我が国よりも薬学が進んでいるはずのエルフ国に、この病気は存在しないとは、むしろおかしな話だと思うの」
「お嬢様、サラには少し難しい話ですわ…」
首を傾げるサラに優しく微笑みかけ、前世から得られた知識と今世の私の予想を語る。
「つまり、エルフ国には、この病気を病気としてみていない可能性があるの、病気じゃない別の何かであれば、もしかしたら対処法も分かるかもしれないじゃない?」
「っ!!だからお嬢様はエルフ島への遠洋航海事業を進められたのですか?」
「まぁ、そんなところかな…ただ今のとこと情報が少なくてね…」
「それでしたら、旦那様に相談して、今すぐエルフ国の医学者を連れて来なければ!!」
「いやいやいや、下手したら戦争になるから落ち着いてサラ…とりあえず今日のところは休もうか…」
興奮気味で何をやらかすかわからないサラをとりあえず落ち着かせ、私は生存ルートを目指して次の一歩を考え出した。
ドアの外で、私たちの会話に聞き耳を立てていた影のものにも全く気づかず、それが後に大事件に発展したのも想像すらしていなかったのだ。




