32 ワーズ家に到着
体の弱いリリアーヌを気遣い、デュフォール家の三人は道中長い時間かけて、ゆっくりとワーズ領に移動した。訪問の手紙を出してから、実に3ヶ月程経ち、ようやくワーズ公爵家の邸宅に到着した。
「ようこそいっらしゃいました、デュフォール侯爵殿」
「世話になる、ワーズ公爵殿」
両家の主人が軽く会釈を交わし、客室に案内された。
ワーズ小公爵のジョセフと公爵令嬢のマリエッテは会ったことはあるが、滅多に社交場に出ないリリアーヌにとって、ワーズ公爵と公爵夫人は初めてお会いした。
ワーズ公爵はさすが先先代王弟陛下のご子息で、セレスタン王家譲りの黒髪とワーズ公国譲りのスティールグレイの瞳を持ち、言わずとも高貴な佇まい。
ワーズ公爵夫人もまた、流行を取り入れた最新のドレスを品よく纏い、燃えゆる焚き火のような赤い髪を綺麗に整え、まさに貴婦人の憧れ。
なるほど、あの美形兄妹を産むのだから、当然ワーズ公爵夫妻も美形だろう。
そう心の中で感心したリリアーヌだったが、その日の夕食で、ワーズ家の将来とマリエッテの苦労を案じずにはいられなくなった。
「いやー、なんかよくわからんがうちの領地最近税収がいい感じなのだ、はははは」
「本当ですわ、旦那様、うふふふ」
高貴で上品な佇まいは確かに本当だが、ワーズ公爵もワーズ公爵夫人も、なんというか…話の中身が限界レベルに薄い…
「近頃天気もいいし、なんか異国の人も増えてるし、うちなんかイベントでもやった方がいいですかね、はははは」
そしてこの顔面の良さと中身の薄さを純度100%に受け継いだジョセフ小公爵、なんとなくワーズ領の経営がここまで崖っぷちになった理由がわかった気がする…
「リリアーヌ、長旅は大丈夫だったかしら?」
中身のない会話をする両親と兄を他所に、マリエッテは久しぶりに会うリリアーヌの体調を気遣う。
「ええ、ゆっくり時間かけて来たから、大丈夫だわ」
「ご一緒にいらしたのは、弟君なのね、ご紹介してくださる?」
「ええ!もちろん!」
アルベールの出身は貴族界では公然の事実となっている。
何を隠そう、デュフォール侯爵は再婚しておらず、亡き侯爵夫人はアルベールが生まれた数年前にすでに他界しているから、嫡子じゃないのは明らかだ。
加えて、デュフォール侯爵本人はアルベールを社交界に出すことを嫌い、今までアルベールは家の外の人と関わりを持つこと自体なかった。
今回のワーズ領訪問は言わばアルベールを他人に紹介する最初の機会であり、リリアーヌは思わず興奮気味に目をキラキラとさせた。
「こちら弟のアルベールよ、つい最近9歳になったばかりだけど、もう魔法もかなり上手になって、我がデュフォール侯爵家自慢の次期後継者よ」
「お目に掛かれて光栄ですわ、アルベール・デュフォール侯爵令息様」
席から立ち上がり、丁寧にカーテシーをするマリエッテ。
これは私生子に対してではなく、デュフォール家の正式な後継者に対する礼を尽くした挨拶だと、アルベールにも伝わった。
「お、お初にお目に掛かります。マリエッテ・ワーズ公爵令嬢」
緊張で少し噛んでしまったが、きちんとマナー通りに挨拶を返すアルベール。
「アルベール、マリエッテ様に魔法を見せてみたらいかが?」
「あら、ぜひ見せていただきたいわ、デュフォール家は魔法の名門で、その次期後継者に魔法のデモストレーションを見せていただけるのは光栄ですわ」
和気藹々と時間が過ぎ、アルベールの初社交活動は上々とリリアーヌは満足気に楽しんでいた。
「そう言えば、ルイ殿下は明日ご到着となるようだな」
ルイ殿下の名前が出た瞬間、明らかにデュフォール侯爵とアルベールの周囲の空気が一瞬ピリついた。
「いやー、我が公爵領にわざわざ視察に来られるなんて、光栄なことだ、はははは」
若干ピリついた空気にちっとも気付かず、ワーズ公爵は楽し気に続けた。
「ええ、本当ですわ、やはりルイ殿下はうちのアリエってが気になるのですよ、うふふふ」
「そりゃうちのマリエッテは幼い時からルイ殿下の婚約者候補の筆頭だからな、はははは」
ワーズ公爵夫人とジョセフ小公爵も話題に参入した。
婚約者候補の筆頭…
確かにマリエッテは文句なしの美人で、頭脳も明晰で、さらにセレスタン王国唯一の公爵家の嫡女で、どこから取っても、ルイ殿下とお似合いのお相手だ。
婚約者筆頭に選ばれるのも何もおかしなことではない。
そう、頭では理解しているはずなのに、なぜ…胸が落ち着かないのでしょう…
私にはない、健康で保障された未来があるのだから、国のためにも、マリエッテはルイ殿下の素晴らしいお相手になる。
なぜ、私がこう残念で悔しい気持ちになるのだろう…
リリアーヌは無意識にカトラリーを握る手に力を入れた。




