31 家族旅行
生後1年で不治の病に診断されたリリアーヌにとって、ワーズ領への訪問は生まれて初めての遠出となった。最初ワーズ領へ訪問したい旨を父に報告したら、案の定大反対されたが、やはり父はリリアーヌに弱いもので、友人の領地に遊びに行きたいと懇願されれば、心配さればがらも許可を出してくれた。
ここまではまだ想定の内で、デュフォール家の人々は粛々と訪問の準備をしていた…
その安寧も、後に王宮からの手紙が届くまで…
「拝啓 デュフォール侯爵殿
遠洋航海事業の視察のため、近日中にワーズ領を訪れることとした。
折よく、リリアーヌ嬢も同じ時期に滞在されると聞き及んだ。まことに好都合である。
ついては、わたくしも同時期にそちらへ向かう。現地の状況、しかとこの目で確かめさせてもらう。
以上、お知らせまで。
第一王子 ルイ・セレスタン」
「あの小僧!っっっっっっ」
ルイ殿下の手紙を読むや否や、烈火の如く怒り狂ったデュフォール侯爵だったが、リリアーヌがまだ部屋に居ると思い出し、なんとか声量を抑え、リリアーヌを驚かせるように努めた。
「コホン…すまない、びっくりさせてしまっただろう」
「いえお父様、私は大丈夫ですが…あの…ルイ殿下もワーズ領に行かれるのですか?」
一応手紙の内容を父に確認する。
「……残念ながらそのようだ」
ワーズ領への訪問は王室の一員として、遠洋航海事業の視察のためと書かれている以上、関係のないデュフォール侯爵がストップをかける事は不可能。かといって、すでにワーズ領に訪問する旨の連絡をしている以上、理由をつけてリリアーヌを行かせないわけにもいかない。第一、「初めての友人訪問」をキラキラした目でお願いしてきたリリアーヌを、父親の権限を使って足止めするのは、娘命のデュフォール侯爵には不可能なのだ。
「そうなのですね」
アトラント湖地区に移住してから、首都と距離を置いていたため、ルイ殿下とお会いするのは数年ぶりとなる。文通は続けていたので、全く連絡がなかったわけではないが、顔を合わせるのは本当に久しぶりだ。
なんというか、不思議と胸がドキドキする…
本人は自覚ないが、顔にうっすらとピンク色を浮かべるリリアーヌを見て、デュフォール侯爵の脳内で緊急アラームが爆音で鳴り響いた。
「私も行く!!!」
「え?お父様も?どちらに?ワーズ領ですか?」
「そうだ、まだ13歳の愛娘が初めての遠出する、父親として同伴しない訳にはいかない」
生後間もないアルベールを離れの民家に一人で放置し、最低限の衣食住しか与えて来なかったけれど?お父様のダブルスタンダードに呆れながら、これもまた好機かもしれない。
「そしたらお父様、アルベールもワーズ領にお連れください」
「なぜあの者を…」
リリアーヌとの遠出になぜアルベールも連れて行かないといけないのだと、わかりやすく顔を顰めるデュフォール侯爵。
「お父様、あの者ではございません」
「アルベールはお父様の長男で、私の唯一に弟なのです、また、このデュフォール侯爵領の時期後継者でもあるのです」
長年娘命を拗らせてきたお父様を優しく諭す。
「お父様がワーズ領に行かれるのでしたら、アルベールが一人首都に残り、後継者教育を受けるのも野暮なことです」
「この際、アルベールの社交界デビューに先立ち、外出を経験させるのもいい機会なのです」
「何より、私はお父様とアルベールと三人で旅行に行けるのを、とても嬉しく思います」
もしエルフ国との交渉がうまく纏まらなかった場合、自身には残り1年少しの寿命しかない。家族旅行に行くのは、これが最初で最後のチャンスかもしれない。
リリアーヌが言わんとしていることは、デュフォール侯爵にも伝わった。
「……そうだな、リアの言う通りにしよ」
考えないようにしていたが、娘の寿命が思っていたより近く来ていることを、本人に悟られれば、もう何も言う言葉が出ない。
その日の夕食は久しぶりに首都に戻ったリリアーヌを囲んで、家族三人で過ごした。
相変わらずお父様とアルベールとの関係は冷たいが、初めての家族旅行に出かけると聞き、アルベールはテーブルマナーを他所に大はしゃぎした。
「お姉様と旅行に行く!!!」
「ねね、お姉様、海ってどん感じなの?」
言われてみれば、アルベールは生まれてこの方首都から出たことがない。当然海も見たことはないのだ。
前世を覚えているリリアーヌには海の記憶はあるが、この世界の海はどんな感じか、リリアーヌにもわからない。流石に海は同じなのか?いや前世魔法とかなかったし…違うかも?
「うーん、私も海は見たことないのよ…お父様は海をご覧になられたことは?」
「ふむ、海は侯爵を襲爵する前に遊学で行ったことある」
「そうだな、言葉では形容し切れないくらい壮大で、自身の悩みを忘れさせるようなものとでも言おうか」
壮大で、悩みを忘れさせてくれるのか。その向かい側にエルフ島もあり、ますます楽しみになってきた。
もちろん、エルフ島だけでなく、久々にマリエッテとルイ殿下に会えるのも、何よりも嬉しいことだ。
ええ、きっとそう、ルイ殿下とマリエッテも大事な友人だから、会えるのを楽しみにするのはごく自然なことだ。そう違いないわ。
何もともあれ、デュフォール一家、初の家族旅行が決定した!




