30 マリエッテからの手紙
エルフ島への定期航海事業が発足してから、たちまち国内で大きな反響を呼んだ。元々人間よりも医薬に秀でているエルフ製の常用薬やスキンケア品、ハーブティーなどをセレスタン国に輸入し、逆に人間製の工芸品や日用品をエルフ国に輸出することで、文化面でも経済面でも、今までにない両国間の交流をもたらすことに成功した。
経営が傾いていたワーズ領にも人手が戻り、領収がここ10年の最高額を更新する勢いだ。
元々人間とは文化の違いから、交流を嫌ってきたエルフ国だが、定期航海事業が発足してから、抗生物質や解熱鎮静剤など、実はエルフに効能があることが分かり、公式ではない民間同士の交流は盛んになった。
今すぐにでも聖獣の愛し子について情報を集めたい所だが、相手国の中枢神殿に祀られている聖獣に関する情報は、今まで調べたどの資料にもそれらしい記述がなく、前世読んだ小説の中でも、神殿の上級神官以上の人にしか知られていない知識だったため、ぱっと出の人間の小娘が探りを入れても、下手したらスパイ行為と疑われるかもしれない。
その肝心な中枢神殿は、王権を取らないエルフ国の中で、統治的な立場にあり、セレスタン国でいう王室に近い立場である。小説中のように、デュフォール領からエルフが使用できる透明魔鉱石が大量に産出される場合なら、中枢神殿との国レベルの会話も可能だろうが、今はただ民間同士の交流に止まっている状況の中、元々人間嫌いなエルフ国からして、公式な国交樹立する必要性を感じないだろう。
やはり透明魔鉱石の発見が先でないと、聖獣と引き合わせてもらうのは無理だろうか…少しでもエルフ国の状況について知りたいと悩んでいたところ、リリアーヌの元に、マリエッテからの手紙が届いた。
「拝啓 デュフォール侯爵令嬢 リリアーヌ様
春風のやわらぎが日ごとに心地よく感じられる折、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
このたび筆を執りますのは、貴女にご挨拶を申し上げたく存じたのはもちろんのこと、ひとえにお願いがございますゆえ、何卒お目通しいただければ幸いに存じます。
貴女とわたくしが手を携え、長きに渡る構想と労苦をもって成し遂げつつある「エルフ島遠洋航海事業」におきましては、想像を超える成果を得ることができ、我がワーズ領もその恩恵を受けて、かつてないほどの活況を呈しております。港には新たな船が行き交い、市場には異国の香り漂う品々が並び、人々の顔にも笑みが絶えません。これもひとえに、貴女の才覚とご尽力の賜物と、心より感謝申し上げる次第でございます。
つきましては、ぜひ一度、我が領地にお越しいただき、爽やかな海風を浴びながら、事業の進捗をご覧いただくとともに、ご自身のお身体を労わっていただければと存じます。南洋の陽光のもと、穏やかな海を眺め、静かな夜には星を仰ぎつつ、互いの夢と未来を語らう――そんなひとときを、共に過ごすことができましたら、これに勝る悦びはございません。
ご滞在中は、貴女が少しでも安らぎと癒しを得られますよう、従者一同、心を込めておもてなしいたします。お忙しいこととは存じますが、どうかこのささやかな願いをお聞き届けくださいますよう、伏してお願い申し上げます。
ご返事を心よりお待ち申し上げております
かしこ
ワーズ公爵家 嫡女
マリエッテ・ワーズ」
情報を集めるにはやはりその場に身を置くのが一番、まさに渡りに船の招待であった。友人宅へのお泊まり訪問なんて、仕事と研究に身を捧げた前世でも、ほとんど経験がなかったことだから、リリアーヌは心躍らせていた。
しかし、此度の訪問がこんなにも大事になるとは、さすがのリリアーヌさえ夢にも思わなっかのだ。




