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29 プリンセスの矜持2(マリエッテ視点)

マリエッテ・ワーズには悩みがある。

その悩みは歳をとるにつれて、どんどん大きなものになった。


「ジョセフおぼっちゃまっ、本日は家庭教師のご指導がございますっ、今お出かけされては先生がお怒りになります」

「でも今日はご令嬢との約束があるから、紳士たるもの、令嬢との約束をないがしろにしてはならないよ、はははは」

家令の制止を聞かず、後継者教育を放棄して令嬢たちと遊び回る兄ジョセフ、彼は妹のマリエッテから見ても羨ましく思うほどの美貌をもって生まれたが、父に似て、家業に疎く、また勉強して身につけようとする努力も頭脳もない。



「奥様っ、こちらの宝石は少々お値段が…」

「何を言う!公爵家の品位はお金で測れるものじゃないわよ、次の王宮婦人会で付けるのだから、それなりのものじゃないと」


品位と見栄を重んじるワーズ公爵夫人は、良くも悪くも婦人の美徳を骨の髄まで染み込ませたレディーだった。美しく着飾り、公爵家の品位を保ち、殿方の仕事には一切口出しをしない、砂糖菓子のような貴婦人だった。



「今年の給金も減給だそうよ」

「やだね…来年には給金出なくなるかも…」

「早いとこ推薦状貰って別の屋敷に行った方がいいかもね」

「うちは子供が居るからそう身軽に別の領地に行けないから困ったわ」


使用人のこのような愚痴を耳にしたのも、徐々に頻繁になった。実際に、屋敷の使用人はだんだんと辞めていって、マリエッテが赤ん坊の時から仕えてくれていた乳母すら、屋敷を辞め、別の貴族のところに職を移した。


「マリエッテ様…本当にごめんなさい…マリエッテ様がご結婚されるまで、お仕えしたかったです…本当にごめんなさい…」


乳母が泣きながらマリエッテに退職の旨を伝えた際、マリエッテは理解した。

高貴な血筋なるワーズ家は没落しかけていると。



「ロバート、領地の帳簿を見せてくださる?」

「っ?!マリエッテお嬢様っ」

マリエッテが初めて家令から領地の帳簿を見せて貰ったのは、齢12歳の時。


一言で言えば酷いものだった。

ワーズ公国がセレスタン王国の一部に加わった際、流行り病によって人口が激減した時期だったゆえ、王国から配属に加わった慰謝金として大金を受け取った。

しかしその慰謝金も数年前にはそこ着いているにも関わらず、領地の人口増加は微々たるもので、近年他領に移住した人口が目立つせいで、むしろ減少傾向だった。

元々盛んだった漁業や農業、航海業など、人口減少によって廃業が相次いでおり、ここ十数年で収支が黒字になった年がないほどだった。


危機感を感じたマリエッテは父や兄に隠れて、家令と共に領地経営を始めた。

しかし既に下向いている経営状況を改善させるのは至難なわざ。

何とか近年の天気が良いから、農業だけは豊作傾向で領地をギリギリのところで保てているが、もし来年度不作となってしまったら、本当に爵位と領地を返上せざるを得ない日もそう遠くないかもしれない。


そんな時に舞い込んできたのが、リリアーヌ・デュフォールの手紙だった。

次々と画期的な商品を出したピンクローズ商団を統べ、抗生物質や解熱鎮痛剤など世の中を大きく変化させる発明を世に送り出し、王宮から褒賞までされた、1つ年下の侯爵令嬢。

子供の時は仮病で職務放棄する卑怯者と見下していたが、魔力過多症とはどんな病気かを理解した今、ただ単純に、彼女の功績は本物なのか半信半疑に思っていた。

エルフ島への航路に関する新事業…もしこれが本当に実現できるなら、崖っぷちのワーズ家を復活させるこの上ないチャンスになる。



「…詰まるとこと、遠洋航海で船員たちが病気になるのは、新鮮な果物や野菜を長期間食べていないから、ということですか?」

なんともあっけらかんな原因でした。

長年航海業を悩ませてきた海の怪病、まさか単なる栄養失調だったとは。

今まで食べるものが少なければ栄養失調になるとしか知らなかったが、量が足りていても、新鮮な野菜や果物が足りないだけでも病となってしまうのね。


それなら、定期的補給を追加し、加えて初級な水魔法の使い手を配置すれば、果物を新鮮なまま1ヶ月以上保存することはさほど難しくない。

何より、全て王宮管轄の治療師より、初級な水魔法師の方が余程人数も多く、人件費も低い。



リリアーヌ・デュフォール、父親の背後に隠れ、令嬢の責務を放棄する卑怯者と思っていたが、それなりに見ところもありそうね。


――――――――――――――――――――――


エルフ島への長距離定期航海事業は、国一のプリンセス、マリエッテ・ワーズと、のちに生涯の友人となるリリアーヌ・デュフォールの、最初の共同事業となり、両国の文化と経済交流をもたらし、大成功に終わりました。

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