1 二度目の命
目覚めたら見覚えのない天井だった。
白と藤色のレースが織り交ぜられた豪華なベッドカーテン、ラグジュアリーな調度品、広い窓から見える青空と、バルコニーに咲く燦爛な藤の花はまるでドキュメンタリーに出てくるお姫様の部屋だった。
「あれ…私…トラックに轢かれたはずじゃ…まさか助かった?しかし病院にしては豪華すぎる部屋だな…」
ぼんやりした頭で周囲を見回していたら、ガチャっとドアが開く音がした。
「!お嬢様!お目覚めになられたのですね!」
入ってきたのはメイド服をキリッと着こなす茶髪の若い女性だった。
私の顔を見るなりパッと顔が明るくなり、きらきらと目を輝かせた。
「お…じょう…?」 お嬢様とは誰だ?私?
「ええ、すぐに旦那様にお知らせします」
さも当たり前かのように言う彼女に困惑を覚えつつ、脳の深い所から私では無い誰かの記憶が徐々に湧き出てきた。
ここはデュフォール侯爵家、建国当時から王家セレスタンと共に、暴政な悪魔を退いたことで知られる、国屈指の魔法の名門である。私は、現侯爵と既に亡くなった侯爵夫人との間に生まれた長女、リリアーヌ・デュフォール侯爵令嬢、今年で10歳になる。
幼少期より度々発作的に高熱を出すことがあり、特にショックを受けると酷い発作を起こしてしまう。
今回も何か非常にショック的な事柄が起きたせいで激しい発作を起こしてしまったみたいだけど、そのショック的な事柄がなんだったのかはっきり思い出せないままだった。
「詰まるところ…私は転生したってこと?」
前世で26年間生きて、初詣は行くけど基本的には科学だけを信じてきた私だったか、まさか転生なんて本当に存在してるのかと、舌を巻いてしまった。
廊下からバタバタとした足音が聞こえて来て、ドアが勢いよく開けられた。
「リア!目覚めたのか!」
入って来たのは輝かんばかりのシルバーホワイトの長髪にホライズンブルーの瞳の美丈夫、私の父親である現デュフォール侯爵だった。
「お父様、ご心配おかけしてすみません。」
「何を言う、その…私こそ…本当に申し訳ない…」
何かと歯切れの悪いお父様に私は首を傾げた。
「申し訳ないとは何のことでしょう?」
「あ…いや…もう何も無いんだ、あれのことは私が既に処理した、リアは何も気に病むことはない」
お父様に優しく頭を撫でられ、私は「あれ」という言葉に引っかかった。「あれ」とは何のことだろう。
「とにかく、治療師呼んだから、リアはもう少し休んでくれ」
「5日も目を覚ましていなかったから、お父さん、もう…二度と…」
そう話すお父様は額に悲痛な曇りを帯び、目は少々赤らんでいた。反対に私の頭を撫でる手は一層優しくなり、まるで私に「あなたはこの世で最も大切なものだ」と伝えているかのようだった。
そか、今世での私は生まれてすぐ母親を亡くしてしまったが、私のことを目に入れても痛くないような、心より大好きな父親がいた。
前世では小学校低学年に両親を交通事故で亡くしてしまったから、もう20年近く親という存在に触れていなかった。
こんなにも安心感を与えてくれる存在なんて、不意に目頭が熱くなってしまった。
私を疲れさせないため、お父様は治療師が来るまで、特に何も言わずに、私の傍に居てくれた。
治療師から検査を受け、軽い流動食を食べ、私は再びベッドで休ませてもらった。
そういえば、私は何か大事なことを忘れてしまった気がする。
なんだったっけ…絶対忘れては行けないような…大事な大事なことがあった気がする…