17 初恋(ルイ視点)
「ごきげんよう、デュフォール侯爵令嬢のリリアーヌ様ですよね?」
僕は自らリリアーヌに声かけた。
リリアーヌ・デュフォール侯爵令嬢、確か僕より2つ年下の6歳だったかな。
現侯爵は、前侯爵が晩年でようやく授かった一人息子ゆえ、デュフォール侯爵家の子女は人数が少ない。
高位貴族の中でも名高い家門だから、病気がちであっても、家を代表して出席するしかなかっただろ。
「ごきげんよう、初めてお会いする方ですね、お名前をお聞きしても?」
初めて目を合わせられた時、なんて綺麗なライムグリーンだろう、と、思わず一瞬見入ってしまった。
それだけではない、ローズピンクの髪も、透き通るような白い肌も、生きている人間より、精巧な人形と言われた方がしっくり来る。
「僕は子爵家の者で、ルカと言います」
「ルカ様ね、改めて、お初にお目にかかり光栄ですわ」
リリアーヌはそう言って、僕に挨拶をしてくれた。
その言葉に一抹の嘘も嫌味もなかった。
さしづめ僕が子爵家の令息だとしても、本当に会えて光栄と思っているのか。
「リリアーヌ様は夜のパーティーにはご参加なさいますか?」
もう一度、王子として彼女に会いたいと思った。
「いいえ、私は体が弱いので、お茶会が終わったら帰りますわ」
病気なのは本当のようだな。
さてと彼女は本当に嘘をつかないのか、興味本位で試してみたくなった。
「リリアーヌ様は病気になってお気の毒です、病気ほど、嫌なことはありませんものね」
リリアーヌは一瞬、間を開けてから、こう話した。
「確かに病気は嫌だけど、自分が病気になるより、大切な人が病気なのに、助けてあげられないことの方が、きっと恐ろしいわ」
衝撃だった。
そう話す彼女は、一寸たりとも嘘をついておらず、本心だったことに、僕はまるで雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
この世の人は皆嘘まみれ、表向きに聞こえのいい言葉を並べても、本心は皆自分本位のはずだ。
ましてや高位貴族なんて、お互い煽てながら腹を探り合うことが普通なのに、彼女はあたかも飄々と自分の病気を達観視していた。
今思えば、これが僕の初恋の瞬間だった。
デュフォール侯爵家は子女が少ない。
まだ王家にしか知らされていない極秘だが、確か今年婚外子となる第二子が生まれたと聞く。
しかし、侯爵は故夫人を裏切ることを大変嫌がっていたため、その婚外子はあくまでスペアだろ。
ともなれば、侯爵からすると、このリリアーヌに婿を取らせ、女侯爵とならせるのがおそらく目標だ。
困ったものだ、第一王子である私の婚約者の地位は、多くの令嬢にとって願ってもない好機のはずだが、リリアーヌにとってはむしろ足枷だ。
ならば、侯爵が反対しても、リリアーヌ自ら僕の婚約者になりたいと主張させてもらうしかない。
頭をフル回転して、僕はリリアーヌにこう話した。
「リリアーヌ様は藤の花の伝説をご存知ですか?」
「藤の花の伝説ですか?いいえ、知りませんわ」
内心両手をあげて喜びながら、リリアーヌに嘘半分真実半分の伝説を刷り込んだ。
「昔、とあるお家の娘が長い間病気で苦しんでいたところ、夢で神様からこう言われました」
「藤の花を部屋から見えるところに移し植えるとよくなると」
「そしたらその娘は両親に頼んで藤の花を植えてもらったら、本当に病気が治りました」
「だから今でも藤の花は幸福祈願と病気快癒の意味が込められて、よく贈り物にされています」
藤の花がよく贈り物とされていたのは本当だが、それは伝説によるものではなく、花言葉に「恋に酔う」と、告白の意を込める人が多かったから。
しかし、僕が生まれてから、瞳の色にちなんで、藤の花は僕の印に選ばれたから、巷では気軽に藤の花を贈り合うことはなくなった。
「そうなんですね、確かに、藤の花は縁起が良さそうですわ」
リリアーヌはなぜかスッと僕の嘘を飲み込んだ。
「ええ、リリアーヌ様も、お家にたくさん藤の花を飾るといいですよ、きっと病気もすぐ治りますから」
治らなかったら、僕が王宮治療師を全員派遣するから問題ない。
この時の僕は、リリアーヌの病気は治るものと信じて疑わなかった。
「ありがとうございます、家帰ったらお父様にお願いしてみますわ」
そう言いながら、リリアーヌは僕に微笑んでくれた。
まるで周囲の色が褪せていくように、僕の目にはリリアーヌの笑顔しか映っていなかった。




