16 捻くれた子供(ルイ視点)
僕は捻くれた子供だった。
今も別に真っ直ぐな人間ではないが、とにかく子供の時はこれでもかというほどに捻くれていた。
それも無理はない、何故なら僕は王家に稀に見られる「真実を見抜く目」を持って生まれてきたからだ。
幼少期から、人が本心を話しているのか、それとも嘘をついているのかを見分けることができる。
それゆえ、王宮という場所はいかに嘘まみれなのかを、流暢に言語を話せる前から分かってしまっていた。
分かってしまったには、人を信用するのも、人の言葉に耳を傾けるのも億劫だった。
ただ自分はセレスタンの第一王子で、母上に継ぎ、この国を牽引していくために、多くの知識を蓄えなければならないことを理解していた。
表向きには物分かりのいい王子を演じながらも、内心では嘘まみれの大人を見下していたのだ。
「ルイ殿下は本当にお賢くて、何を教えても飲み込みがお早いです、私なんか殿下くらいの歳ではとてもこのような専門書を読ませてもらえませんでした」
これは嫌味が混じっている。
この者は侯爵家の次男だ、長男より出来がいいと自負しながらも、侯爵の位を継げずに自力で学問を研鑽し、僕の教育係をしている。
どうせ幼い時から英才教育受けているから、知っていて当然と思っているだろう。
「いいえ、僕はただ学び始めたのが早かっただけで、先生も僕くらいの歳には理解できていただろう」
「!そうね、私は侯爵家の次男だから、なかなか幼いごろに高度の教育をさせて貰えませんでしたからな、ハハハ」
これは本心、どうやら彼の脳内では、この第一王子の教育係に任されてもまだ不満のようだ。
と言うことは、政治に参入したいのか?身の程知らずめ。
僕は捻くれた子供だったから、わざと人に嘘をつかせるのも遊びの一環だ。
「先生に僕の教育係なんてもったいないよ、母上に進言して、先生を侯爵につけさせた方がよろしいよ」
「あ、いいえ…殿下にそんなことさせるわけには…」
あ、揺らぎ始めた。
「先生は侯爵になりたくないのか?」
「っ、私は殿下の教育係という大変名誉な仕事を賜っているため、これ以上のことを望みません」
大嘘つき。
そりゃなりたいねんて言えないわね。
もうすでに君の兄上は騎士団に入り武勲を挙げている中、母上から次期侯爵として認められ、小侯爵の称号を得ているもの。
今侯爵になりたいなんて言い出したら、下手してこの教育係という名誉職すら失うところだ。
人は皆嘘まみれ、僕はそうやって捻くれる一途を辿った。
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僕が8歳になった年、王宮で僕の誕生日パーティーが開かれた。
誕生日パーティーという名の、将来僕の側近を務める子息や、婚約者となる令嬢の選定も兼ねた顔合わせ会だ。
王子の身なりで出席すれば、どうせ最初からおべっか上等の嘘まみれの会になるのが目に見えていたから、僕は母上に頼み込み、髪の毛と瞳の色を変える魔道具を身につけ、あくまでも参加者の一人として、昼の茶会に顔を出した。
「ごきげんよ、あなたも参加者の一人ね?」
僕が高位貴族ではない身なりしているため、そう見下すように声かけてくれたのは、公爵令嬢のマリエッテ・ワーズか。
ワーズ家は先代王弟陛下に由縁する家で、この国では唯一の公爵家と自負しているようだな。
「ええ、僕は子爵家のものだから、この場に呼んでいただけてとても嬉しいです」
「ぷ、子爵家ね」
公爵令嬢のマリエッテはそう吹き出すように笑い、周りにいた取り巻きたちもくすくすと僕が自称する子爵という位を嘲笑った。
「じゃあなたは今日お茶会で終わりね、うちのお父様が言っていたわ、選り優れた家門の子供しか夜のパーティーには出席できないのよ」
確かに、夜のパーティーは主に高位貴族の子どもたちが参加することになっている。
しかしそれは、あくまで下位貴族の者たちは領地が遠い人が多く、またその子供たちも領地を継ぐことを期待されているから、必要以上に王子の側近という立場を狙っていないからだ。
現に、代々首都を拠点とする子爵や男爵家の中で、夜のパーティーに参加希望を出している者も少なくない。
別に王家が選別しているわけではないし、母上は貴族の特権は民に還元してこそ成立するものと考えているから、わざわざ王家から高位貴族を特別扱いしようとしない。
大体、家が公爵家だからって、たかだか7-8歳の令嬢たちとはなんの関係もないことで、家に貢献もしてなければ、自ら価値を生み出しているわけでもない。
勘違いも甚だしいものだ。
「今日のパーティーできっとマリエッテ様はルイ殿下の婚約者に選ばれますわ」
そう語る彼女は、伯爵家の娘か。
しかしその言葉、まんまと嘘のようだ。
「きっとそうですよ、なんだってマリエッテ様はこの国で唯一の公爵令嬢ですもの、ルイ殿下の婚約者はマリエッテ様しか務まりませんわ」
これもまた嘘だな。
なるほど、彼女たちは内心自分が未来の王子妃に選ばれる可能性を期待しながら、このマリエッテを煽てているだけだ。
「そんなことございませんわ、皆様のような可愛らしい令嬢に囲まれていれば、私も別にそれほど突出していませんわ」
これも嘘、自分はこの場で一番華やかと思っているそうだ。
しかし僕から見れば、華やかなのはそのドレスだけだ。
どいつもこいつも反吐が出るほどに嘘まみれだ。
「皆様は仲がよろしいですね」
何度も言うが、僕は捻くれた子供だった、人に嘘をつかせるのが楽しくてたまらない。
「ええそうよ、首都の高位貴族の令嬢なら、皆幼い時から仲良くしているわ」
これも真っ赤な嘘、周りにおべっかされているが、仲良くしているなど、本心思ってないようだ。
「まぁ、そう言えば、一人だけ交流のない人もいるけど」
彼女たちはそう話し、茶会の端っこに一人座っている令嬢を見遣った。
「デュフォール家のリリアーヌというかしら、病気で家からほとんど出られないんだってね、可哀想に」
これも嘘だ。
デュフォール家は侯爵家の中でも特に力を持っている魔法の名門、血筋だけで維持されているワーズ公爵家よりも王宮での立場が強い。
そのデュフォール家の令嬢が病気で自分の地位を脅かさないから内心嬉しく思っているだろう。
子供でも大人でも、人間は皆嘘まみれだ。