15 第一王子
私にどちら様と問われた美少年は苦笑いしながら、私に椅子に座るように勧めた。
「君は変わらないね、僕のことを知ってるふりしてやり過ごしてもいいのに、嘘をつかないところは、昔と同じで安心した」
やはり昔面識のある方だったかしら…しかし思い出せない。
「どこかお会いしたことのある方ですか?」
「ええ、5年前、この王宮で、僕は君と会ったことがあるんだ、小さい時のことだから、君が覚えていなくても仕方ないよ」
5年前というと、私は第一王子の誕生パーティーに出席したことがある。
しかしその時、私は王子には会わず、庭の茶会で年の近い貴族の子供たちと少しお話ししたら、すぐに父様と一緒に屋敷に帰ったはずだ。
「えっと…茶会でお話しした方ですか?」
記憶は定かではないが、当時の茶会にははこんなに滑らかな黒髪を持つ子供はいなかった。
何せこの国では真っ黒の髪の毛は珍しく、会っていたら覚えているはずだし、目の前の美少年は明らかに普通ではない豪華な召物を着用しているから、少なくとも高位貴族の子息のはずだ。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
私に少しでも覚えられていることが余程嬉しかったか、美少年は花にも負けない笑顔を見せた。
「でもその時僕は嘘をついていたんで、本当はただの貴族令息ではなく、この国の第一王子、ルイ・セレスタンだ」
少し勘づいていたが、やはり第一王子殿下だった。
席から立ち、ルイ王子に改めてカーテシーと自己紹介をした。
「殿下と気付かず申し訳ございません。リリアーヌ・デュフォールでございます」
「律儀だね、さぁ座って、僕は君と話がしたくて母上にこの場を設けてもらったんだ」
「何度お誘いしても来てくれなかったから…本当に今日という日を楽しみにしてたんだ」
何度も誘ってくださっていたのか?身に覚えが無さすぎて困惑してしまう。
「それにしても、リリアーヌはすごいよ、我が国では毎年流行り病によって千人規模の死者が出るのに、君のおかげで今年は1人も出なかった」
「改めて、この国の第一王子として礼を言おう」
そう話し、ルイ王子は頭を深々と下げた。
「礼には及びません殿下、私は臣下として当たり前のことをしたまでです」
ルイ王子は私をじっと見つめ、満足したように笑みを浮かべた。
「…君らしいね、それで、体の方はどうだい?少しは調子よくなったか?」
「本日は快調ですが、やはり時々発作が起きてしまいます」
「そうなんだ…」
ルイ王子は眉をひそめ、悲しそうな顔をする。
「僕は毎月、君のために藤の花を贈っているが、やはり花に念をかけても、病気というのは簡単に治らないものね」
「?殿下は毎月藤の花を送ってくださっているんですか?」
今日は初耳の連続だ。
「ええ、デュフォール家に毎月贈っているよ、年中花が咲くように、こうしていくつも藤の花の温室を備えているものだから」
確かに私は藤の花が好きだ。
前世の記憶を思い出す前から、リリアーヌは何故か藤の花が好きだった。
毎月の月初めだけ、私の部屋には藤の花のブーケが飾れられ、それは父様が苦労して探してきてくれたものとばかりに思っていた。
まさかルイ王子からの贈り物だったとは…父様、ちゃんと御礼の返事をしているといいんだが…………
「お心遣い感謝致します、藤の花は私の一番好きな花ゆえ、父が用意していたとばかりに思っておりました、近頃正式感謝の手紙を贈らせてください」
「ふふ、いいんだ、デュフォール侯のことだから、最悪捨てられることも覚悟していたんだ、ちゃんと君の目には止まってくれていただけ嬉しいよ」
捨てられる?この王子は何故こんなに低姿勢なんだ?というか、父様の王室でのイメージは何なの?王子のプレゼントを捨ててしまうような男だと思われているのか???
考えることが多すぎて頭が痛くなった。
頭を抱える私を見て、ルイ王子は大変満足気に微笑んだ。
「君の一番好きな花は藤の花なんだね」
「はい、以前藤の花には病気快癒の伝説があるとお聞きしたことがあるので」
すごく大昔に聞いた話で、誰から聞いたかはよく覚えていない。
でも藤の花は前世で言う千羽鶴と似たような形していたから、多分無意識にそうかもと幼ながらに納得したんでしょう。
なんと言っても、前世の記憶を思い出す前から、リリアーヌの魂は既に私の魂と入れ替わっていたため、今思えばかなり子供らしくない子供だった。
私がそう答えると、ルイ王子は一層笑みを深めた。
「…そう、それは誰から聞いたかは、覚えていない?」
「幼い頃の話故、恐縮ながら覚えておりません」
そういえば、ルイ王子の瞳も藤の花と同じ、淡い紫色をしている。
「覚えていないなら仕方ないね、でも…僕は嬉しいよ」
何だかルイ王子の笑みが若干腹黒さを隠しているように感じるが…気のせいだろうか…
前世26歳の私が、たかが13歳の少年を腹黒いと感じるなんて、いやないわ。
その後もたわいない話を重ね、特に弟のアルベールの話になった時、私が少々ハイテンションになったせいか、ルイ王子から幾分冷めた空気を感じた。
「うちのアルベールは本当に可愛いんです、勉強嫌いなのに、私が教えてあげれば素直に聞いてくれますし、ピーマンと人参が嫌いで食べれないけど、私が手作りで間食作ってあげれば、涙浮かべながら意地で完食してくれるんです、ふふ、本当に可愛らしいです」
「……………………そう………君は弟君を大層気にかけているようだね」
「ええ、気にかけるも何も、世界でたった一人の、最愛な弟ですから」
「バキッ」
一瞬光のようなものが瞬き、ルイ王子の目の前の皿がバキッと割れてしまった。
「失礼、僕はまだ魔法の制御が難しくて、たまに無意識に魔法を発動させてしまうんだ」
そか、この国の国王は行動力と決断力が求められるから、女王のレオノール様も第一王子のルイ様も雷の魔法質を持つと聞いたことある。
「いいえ、お気になさらず、弟もたまに魔法を失敗させて、泣きながら私に抱きつくんですから」
「バキッ」
皿がもう1つ割れてしまった。ルイ王子ってもしかしたら魔法の制御がかなり苦手なのでは?
心の中でルイ王子の魔法制御を心配していたら、侍従の方が席に近づいてきた。
「殿下、その…デュフォール侯が表にお見えになりまして…」
「………そう、楽しい時間はいつも過ぎ去るのが早いものだねリリアーヌ、またお会い出来る日を楽しみにしているよ」
ルイ王子はそう言いながら、私に優しい笑顔を見せてくれた。