10 手作りサンドイッチ
微生物というコンセプトを論文にまとめ発表し、さらにピンクローズ商団から顕微鏡がカレッジなどの研究施設に一般販売されると、デイビットが今までチマコマと主張してきた「目に見えない種子こそ流行り病の原因である」を裏つける画期的な成果として認められた。
しかし、微生物の存在を証明しただけでは、それが本当に流行り病の原因であると主張するにはまだ説得力が足りない。
「デイビット、私は思うに、微生物はおそらく動物や植物と同じ、大変多くの種類が存在するはずだわ」
「ええ、現に観察された微生物だけでも、数十種類が存在しますから、きっとこれからも増えていくでしょう」
「そしたら、微生物の間にも、動植物のような生存競争が起きうるのではないでしょうか」
「生存競争ですか?」
「例えば、他の微生物を増やさせないような毒素を出して、自身の生活スペースを確保する微生物が居てもおかしくないわね」
「そうですね…自身の生存力が弱い種であれば、そのような生存戦略を取る可能性は十分にあります」
私の発言を聞き、デイビットは顎に手を添え、考え込むようになる。
きっと頭のいい彼には、この「微生物の生存戦略」に隠れる意味重大な可能性に気づいただろう。
「私は、その毒素を分離精製できれば、微生物を死滅させ、流行り病の特効薬を作れると思うの」
「!そ、それは確かに、画期的な可能性です」
デイビットはハッとしたように目を丸くさせ、この微生物をやっつける特効薬の可能性に魅入られた。
「例えば、植物に近い性質を持つカビなどはどうかしら、マクロの世界でも、動物より植物の方が毒素を持つことが多いわ」
前世ではアオカビからペニシリンが発見されたが、この世界でもアオカビに近いものが存在する。
「!そ、その可能性は十分に高いです!私、今すぐ研究に取り掛かります!」
興奮気味に食いつくデイビットは、新しい研究テーマを手にいれ、早速仕事に掛かった。
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「リリアーヌは最近忙しそうだな」
家族三人で夕食を取ることは日課となり、お父様は心配気に私に話しかけた。
「生き生きとしているのは嬉しいが、あまり無理せず、体調第一にしてくれ」
「ええ、そう致しますわお父様」
心配してくれる人がいるのはとてもいいことだ。
「姉様最近全然遊んでくれない……」
この話題が気になったのか、普段お父様の前でほとんど話さないアルベールだが、ここぞとばかりにつげ口をした。
「ごめんなさいアルベール、埋め合わせに明日は庭でピクニックしよう」
「ピクニック!やった!姉様、また前回みたいにサンドイッチ作ってくれる?」
以前私が気まぐれに作ったサンドイッチはアルベールに大変好評だったようで、時々せがまれるようになった。
「コックさんの作った方が美味しいのに、おかしな子ね」
「姉様が作ったサンドイッチの方が世界一美味しい!」
屋敷に来て一年近く経ち、アルベールもようやく打ち解けてきたが、最近は敬語も使わず、私にすっかり懐いた。
「リリアーヌの手作りサンドイッチ……」
お父様は呆然と食事する手を止め、まるで傷ついたのような表情で、羨ましそうにアルベールを見る。
「ふんっ」
アルベールは勝ち誇った顔でお父様を挑発し、二人の間に火花が飛び散る。
「クソ…こやつなんて屋敷に迎え入れるべきじゃなかった…」
お父様は小声で何か言ったようだが、声が小さすぎて私には聞き取れなかった。
「お父様も宜しければ今度お作り致しますわ」
「っ!本当かリリアーヌ」
「ええ、そんなに大した物じゃなくてお口に合うか不安だが…」
ずっと屋敷の外で育ったアルベールには美味しく感じられても、舌の肥えたお父様のお口に合うかは分からない。
「そんなことない!その…体調が許すならぜひ作ってくれ」
「ええ、美味しく作れるように頑張ります」
目をキラキラにさせるお父様と引き換えに、アルベールは不満そうに頬を膨らませら。
「僕だけだったのに…」
そう言いながら、鬱憤を晴らすかのように食べ物を口いっぱいに詰めた。
やれやれ、これでは礼儀作法の先生も頭を抱えるはずだ。