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9 微生物

デイビットを副官に雇い、私が進めたかった事業はズバリ、ペニシリンの製造だ。


前世では20世紀初頭に発見され、後にノーベル賞を受賞し、戦争中多くの負傷者を感染症から救ったペニシリンは、その前後の医療の構図を大きく変えた歴史的な発見である。

この世界では経験則の則り、漢方に近い処方的な医療は存在するが、貴族は治癒魔法に頼ってしまうため、主に平民に恩恵を与える医学・薬学はほとんど発展していないに等しい。

しかし、治癒魔法の使い手は非常に限定的で、全属性の魔法質を持ち、さらに魔法を使えるほどの魔力を備えていなければ、治癒魔法を発動できない。

そのため、治癒魔法を使える治療師はほとんど王宮所属になり、一度の往診に高額な診察料が発生するから、利用できるのはほんの一握りの裕福な貴族に限られる。


前世では長年にわたりペニシリンが使用されてきたため、私が医師になった2020年代では耐性菌が問題になっていたが、この世界ではまだ発見されていない物質で、数多の命を救う可能性がある。


「デイビット、私はあなたの研究を聞いて、気になったことがあるの」

「目に見えない種子というのは、なぜ見えないだろうって」

副官になり、デュフォール家に研究室を移したデイビットに対し、私はこう問いかけた。

「そうですね…可能性として、魔力のようにエネルギーだから、目に見えず手にも触れない、あるいは単純に小さすぎて人間には見えないだけですかね」

さすがデイビット、すでに微生物学の核心に迫るセオリーに辿り着いた。

「もし魔力のようにエネルギーなら、何かしらエネルギーとしての波動を感じるはずだわ、検出もできない真新しいエネルギーなら、そもそも立証が難しそうね」

「リリアーヌ様のおっしゃる通りです、私も目に見えない種子は、小さすぎるから見えないと考えております」

「そしたら検証してみましょう、私が有するピンクローズ商団には腕利きの職人を揃えておりますから、彼らに限りなく小さなものでも見える拡大鏡を開発させてみましょう」


ーーーーーーーー


顕微鏡のプロトタイプが出来上がるまで、そう時間はかからなかった。

何せ前世では医者で研究者だった私は、実習で多くの時間を顕微鏡での観察に使っていたため、その基本的な構造をよく覚えていた。


「み、見えます!!!!!」

早速観察してみると、無色透明に見えた水には多くの微生物が浮かんでいることがはっきりと確認され、デイビットは生涯の研究が立証された喜びで歓喜極まって号泣した。

「これでデイビットが提唱する目に見えない種子は本物だと発表できますね」

前世の私も、初めて自分の研究が周りに認められた時は本当に嬉しくて、リヒトと2人で普段入らない高級店でご馳走を楽しんだのを思い出し、デイビットのことを自分のことのように嬉しくなった。


「すべてはリリアーヌ様のお陰です、一体どうやってこのような発明を思いつくことができるのでしょう?」

思いつくも何も、前世毎日のように使っていただけとはとても言えない…


「うん…ほら、虫眼鏡のような凸レンズは物を大きく見せてくれるじゃない?それで凸レンズが二つ重なったら、より小さなものが見えるじゃないかと考えただけよ」

「ご謙遜を、リリアーヌ様は本物の天才です!思いついても、短期間でこのような精密な物をお作りにはなれません」

顕微鏡を作ってあげたことで、デイビットは一層私のことを崇拝するようになった。


「リリアーヌ様は私の研究を齢10歳で理解しただけでなく、私が10数年かけても立証できなかった種子の存在を、ものの数週間で解決しました」

「聞けば、ピンクローズ商団のキックボードもまたリリアーヌ様のご発明ではありませんか!失礼ながら、私てっきり侯爵様がリリアーヌ様の名義を掲げて事業しているだけかと思っておりました」

確かにそちらの方が理に叶いますもんね…前世のロバート・フックさん、功績をパクってすみません。


「それではリリアーヌ様、こちらの機械にはなんと名前をつけましょうか?」

「そうね、ごく小さな物を見るから、顕微鏡でどうかしら」

「分かりやすい名前で素晴らしいと思います!早速商団の方と連絡し、販売路を確保します!」

研究者気質で商売には向かないと思っていたデイビットだが、思いの外、副官としての働きぶりも文句なしに優秀だった。

最初は商団の仕事を別の人に任せようと思っていたが、デイビットはすぐに仕事を覚え、今は私がいちいち教えなくても商団と連携できるようになった。


「差し出がましいことだが、この小さな種子にもリリアーヌ様より命名をいただけないでしょうか?」

「いいのですか?デイビットが生涯かけて研究したものだから、自分で名前つけたほうがよろしいのでは?」

「いいえ、リリアーヌ様がいらっしゃらなければ、私は一生これの立証に辿りつかなったろう、ぜひリリアーヌ様に名前をつけていただきたいです」

「ありがとう、それなら微小な生き物として、微生物と名つけよう」


この後、デイビットと私による微生物の研究は、発表されるや否や、瞬く間に王国内外で大きな話題を呼んだ。

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