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ノアと私の崩壊世界  作者: きびだんご先生
1/3

【零】物語の終わりで

「ごめんね。どうか幸せになってね」


手紙に書き殴られたその一言が全てだった。暗い一日がまた始まる。

あぁ、全てが終わってしまった。そうだ。………終わったんだ。

思考は巡れど実感は湧かない。鏡の前で、虚ろな目の下にできた酷いクマを見る。


「……はは…これは、なかなかキてますね」


食事を取らないまま薄暗い基地の廊下を歩き、いつものように皆に挨拶をする。今日は珍しく言葉が帰ってこない。

静まり返った部屋を通り過ぎると、本日やるべき事を思い出す。


「あぁ…皆さんの容態を確認しないと」


そう呟いて私は残りの部屋へと向かう。

少しづつではあったが、今日でようやく全員の所へと回ったことになる。

一つ目の部屋に入ると、ニアは静かにベッドの上で枕を抱きしめ蹲っている。


「……あぁ、来たのか」


私の姿を確認すると、深く被ったフードを揺らしより一層枕を握る力を強める。……仕方の無い事だ。

横にある机を覗くと、"生命回帰"などと書かれた、文字通りの机上の空論がそこにはあった。


「砂上の楼閣、とでも言いたげな顔だな。……そうだな。その通りだ。……実に…!」


ギリ…と歯ぎしりをしながら顔を歪ませるニア。どうすることも出来ずに私はしばらくニアに寄り添った。


「私を憐れむなよぉ……」


感情の板挟みの中で震える彼女は、ひとしきり泣いた後静かになった。私は静かにニアをベッドに寝かせると、部屋を出て次の場所へと向かう。


______________________________________


ナツは静かにベッドで横になり、布団を深く被っていた。

心労が祟ってか、ほとんど寝ている生活をしている様だ。たまに起きては「私は……ごめんなさい」などと呟いているらしい。


「……貴方も、そうでしたね」


今更ながら気付いてしまった。

きっとナツも、求めていたのだ。自身の運命からの解放と、幸福を。それは終ぞ訪れなかった。

静かに眠り込むナツ。綺麗な和服は長年の戦闘により所々解れていた。可憐な彼女にはこの現実は辛すぎるのだろう。

……この現実で、少しは救われるといいが。


______________________________________


最後はラルークさんだ。偉丈夫でオールバックの茶髪が目立つ。組織内唯一とも言える程の精神的に成熟した大人の男性だ。


「……あぁ、嬢ちゃんか」


部屋に入るや否や、暗い部屋の奥からカチッと音がして、ライターの灯りと共に美男子の顔が現れる。比較にならない程に低い声が暗い部屋に満ちる。


「ラルークさん。大丈夫ですか?」


そう聞くと、何故かラルークは酷く納得したような顔をする。


「……あぁ、そうかい。すまん……手間をかけるな」


「……いえ」


ラルークからの謝罪に、私はそう返すしかなかった。

こういう時に、なんと言えばいいのか。教わっていなかった。励ましなど、とうに特効を失った。


「その…嬢ちゃん。残念だったが、アイツ…先生が死んだのは、嬢ちゃんのせいじゃないさ」


その言葉に、私は自身の血の気が引く感触を覚えた。ある種、暴言よりもそれは深く私の心を抉る。しかし、それで良かった。ラルークの精一杯の励ましだ。


「もう"送り出し"は済んだのか?」


ラルークはそう私に問いかける。緊張の中で私は精一杯に己の言葉を紡ぐ。


「……はい。きっと、もう始まっている頃です」


「…はっ、そうかい。なら大丈夫だろうな」


「……ラルークさんはっ!」


「分かってるだろ?聞くのは野暮ってもんだ」


ラルークが私の言葉を遮るように応える。

物語の顛末など、頭の良いこの人には分かっているのだろう。

ならば何も言うことは無い。


「ありがとうございました。では」


涙で潤んだ視界は、自身の精神と声の反響を暗示していた。私は静かに部屋を立ち去った。


「…あぁ〜あ。全く、困った嬢ちゃんだぜ。惜しんじまうじゃねぇか」


酒のグラスを勢い良く飲み干し、今となっては泡沫となった己の記憶を思う。ライターの火は弱々しくも煌々と自身を照らす。


「酒かぁ……まぁ、アイツとの約束は果たせなかったが、それでも俺はアイツらが大好きだぜ」


そう静かに呟くと、ラルークはライターの火を消した。


______________________________________


一つだけ決めていることがある。

私が"最後"だ。私はこの世界の顛末を知る義務がある。始まりとして、終わりとして。

そうして、"誰も居なくなった"ダウンの司令室を見る。

あぁ、一人でも大丈夫だ。絶対にあの人が居るから。


あの人の席。


先生。大好きな先生。

あの人の前では、私は笑う。笑える。先生が全てだったから。

そうして私はその席の隣、私の定位置の席に座る。そうして横を笑顔で見る。

薄暗い部屋の中。

頼りになる貴方。呼び慣れた、最も敬愛する人の名前を。

私は目の前の人に一言呟くのだ。


「先生」と。

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