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b

 少し遠回りをしたので公共精神安定所に着いたのは、ちょうど約束の時間の3分前だった。

 公共精神安定所は街中から外れたところにあり、三階建てのビルで、装飾もなく空色のタイル張りで質素な佇まいをしていた。そして、公共施設にありがちな屋上緑化。

 脇の駐輪場に自転車を止めて、玄関から中を覗いてみると、朝の早い時間なのにけっこうな人が並んでいる。老若男女並んでいるけれど、一見すると皆人生に疲れているという大げさなものではなく、月曜の朝の駅のホームのようにだるいけれど会社に行かなきゃいけないというような雰囲気だった。列の一番前には『予約されていない方はこちらへお並びください』と立て看板がある。並んでいるひとは今日思い立って、足を運んだのだろうか。それとも、電話予約の存在を知らないのか。ぼくも警官にパンフレットを渡されるまでは此処の存在さえ知らなかったのだから、どんな理由で並んだとしても不思議はない。

 結局のところ理由は一つ、死にたいということなわけだし。

 ぼくは列の脇をすり抜け、受付と書かれたプレートのところに座っている職員に6番窓口に8時過ぎに予約を入れたものですと住民基本台帳カードを渡した。

 職員は慇懃にカードを受け取ると、リーダーでカードを読み取らせてから、「確認が取れましたので6番窓口はあちらになります。お名前が呼ばれるまで窓口の前のソファに座ってお待ちください」と窓口の方を差した。

 ぼくはカードを返してもらい、そちらへ行くと、そこはパーテーションで九つほど区切られ、隣りの窓口にいる人間が見えないようになっていた。それぞれの窓口にはこちらから中の様子が見えないようにここもパーテーションで遮られている。

 6番窓口は左から数えて6番目の所にあり、ぼくは言われたとおりソファに腰掛けた。

 暇つぶしにソファの横のラックに置いてある雑誌をぱらぱらと捲っていると、パーテーションの間からひとが出てきた。おそらく受給希望者だろう。なぜか顔が綻んでいた。

 しばらくして、奥からぼくの名前を呼ぶ声が聞こえ、雑誌をラックに戻して呼ばれる方へ入っていった。

 窓口は長机を挟んで、手前側に受給希望者が座るための椅子が、奥には職員が座り、パソコンのモニターがこちら側からは見えないように置いてある。職員の手元にはキーボードがあった。

「どうぞお掛けになってください。鈴木 遼太郎さまでよろしいでしょうか?」

 女性職員が愛くるしい栗色がかった瞳に嫌味のない微笑みを浮かべる。

「はい、そうです」

 ぼくは腰掛けながら答えた。

「住民基本台帳カードを確認させていただいてよろしいですか?」

 さきほどと寸分違わぬ微笑だ。言われたとおりカードを差し出す。

「確認させていただきました。失望保険についての説明はどちらかでさせていただいているでしょうか?」

「パンフレットに載っていることぐらいしか分からないんですが……」

「かしこまりました。自殺が法律で禁止されているのはご存知ですか?」

「はぁ」

「国としては無計画な“自殺”という行為を認可することは出来ませんが、国民一人一人には尊厳のある死を迎える権利があることは当然だと考えています。身体的苦痛からの開放のための尊厳死は古くから法律上はともかく慣例上、黙認されてきました。例えば、、植物状態になってしまった方が事前に『植物状態になった場合、生命維持装置を止めて欲しい』というような場合です。そして、身体的苦痛だけではなく精神的苦痛について身体と同列に考えてはいけないのだろうか。もっと言うなら精神は身体よりも人間にとってはもっと大きな問題ではないだろうかと風潮は変わり、『人生が終わったと感じるひとが死を選択できる制度』が必要ではないかと声高に言われるようになりました。特に我が国では自殺禁止法が立案される際、これを救済する制度を作るべきという声は同時に議論され、自殺禁止法と一緒に失望保険制度は制定されました。この保険は国民の皆様の権利ですから、税金から拠出されています。それプラス賄いきれない分に関しては、受給希望者が死を選ばずに、これから生きると仮定した場合の残りの人生において排出されるCO2量、消費される食料や水、また得る収入などを算出し補填されます。ここまでで何かご質問はありますか?」

 いっぺんに聞かされた所為で、とりあえず、この制度を利用すれば死ねるということだけは分かった。それにしても、死ぬまでにそんなに費用がかかるものだろうか?

「鈴木さまが希望される尊厳死方法にもよりますが、今日から鈴木さまが自死される間にかかる諸費用と鈴木様が受け取る受給金を合わせるとそれなりの額にはなります。また、債務がお有りの方はこの中から差し引かれます。ただ、ほとんどのケースで賄いきれていますから鈴木さまにとってはなんの問題もないと思いますよ」

 分かったような、分からないような。

「鈴木さまはいつ自死されるご予定でしょうか?」

 すぐにでもと答えようと思ったが、他の人はどうしているのかが気になった。

「期間は、“その場で”から最長で半年後まで設定できます。そうですね。あまり“その場で”をご希望される方は少ないですが、諸費用の関係上、半年後に設定するのは難しい方もいらっしゃいます。多くの方は一月前後をご希望されますね」

 鈴木さまはどうなさいますか?とぼくに笑顔を向ける。


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