8月8日
8月8日
江田市内にある高層マンションの1室。
窓の外にはいつもと変わらない街の明かりが見える。
そして、窮屈そうに瞬く星々。
ケータイの着信音が響く。
彼女はケータイの受話ボタンを押す。
『受給者鈴木遼太郎及び村山百合の記憶を解析した。介錯方法は鈴木が口腔からの服薬。村山が電車への飛び込み。ペナルティに該当するような事項はなし。今回の介錯報酬鈴木遼太郎30000元、村山百合4500元はいつもどおり1週間後に振り込まれるから。だが――』
「何?」
『相変わらず違法行為すれすれだな。こういうのを脱法行為というんだぞ。受給者の願望を叶えつつ、契約させずに、介錯予定日を越えた時点で介錯するなんて』
「ふっ。自由入札なんだから、わたし以外の人間が介錯してもいいのに誰も手を出さないから好きにやってるんじゃない」
彼女は鼻で笑う。
『お前を少しでも知っている介錯士はたとえ自由入札だとしても、勝ち目がないって端から諦めて手を出さないよ。よっぽど間抜けなやつじゃない限り』
電話の向こうで男も鼻で笑っている。
「いつも同じ手を使っているわけじゃないでしょ?それに結構、準備とか大変なの。受給者には介錯士としてのわたしの存在を消して、接しないといけないし、幾らか地を出さないと信用してもらえないし、協力者になってもらう受給者を探したり、受給者の過去の情報を手に入れるのにも時間とお金がかかるし、少なくとも受給者には予定日を過ぎても生きたいと思ってもらわないと。それに今回は運もあったわ。たまたま彼が自殺しようとする現場に居合わせることが出来たからね。報酬に見合ったサービスはしているつもりよ」
『しかし、お前に介錯される受給者はかわいそうだよ。最後の最後までお前のこと久美だと思っていたぜ。まったく生きる希望が出来たと思ったら断ち切られるなんてさ』
「誰だって、見覚えの無いひとに、『お久しぶりです。憶えています?』と言われたら、記憶に無くても分かるふりをするものでしょ?初歩的な手よ。それに、自分で死ぬと決めたことを人にそそのかされて撤回するぐらいの人生なら、そのまま終わるべきなの。生きる生きないぐらい自分で決めるべきじゃない?」
『知渡、相変わらず手厳しいなぁ、おれに対しても、もうちょっと愛想よくしてくれてもいいんじゃないか?』
「ふっ。あなたがわたしに介錯されたいんだったら喜んで愛想よくするわ。ツインテールぐらいサービスするし」
『はは。考えとくよ。で、しばらくは休むのか?』
「そうね。少しゆっくりしたいわ」
『じゃあ、またいつか。よい介錯を』
「よい介錯を」
彼女は通話の切れたケータイをリビングテーブルに放り投げ、ソファに身を預けた。
大きく吐息を1つ。右腕で目を覆う。
右腕が少し濡れた。
「みあちゃん?」
「れい、何?」
みあが洗い物を片付けながらキッチンから顔を出す。
「どこか、遊びに行かない?」
「遠く?近く?」
「うーん。遠くがいいかなぁ」
「チンタオなんてどう?」
「国内じゃない」
彼女は薄く笑う。
拙作を最後まで読んでいただきありがとうございます。
というより最後まで読んでいただけるような奇特な方がいらっしゃるのでしょうか。
最後に一つだけ。
知渡れいさんの読み方を。
ともわたりれい なのか。
じるどれい なのか。
他の呼び方で構いません。
読んでいただいた方が呼んで下さった呼び方で呼んでいただければ幸いです。