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 電車を乗り継いで花谷小学校の最寄の駅に着くと、ぎりぎり最終のバスに間に合った。

 30分ほど揺られると、花谷小学校前のバス停に着き、ぼくはこれで使うのが最後になる受給証をバスの読み取り機に翳す。

 これからどうやって生きていこう。このカードにはもう頼れなくなる。

 まぁ、なんとかなるさと自分に言い聞かせて、ぼくは受給証をつつじの花が咲く生け垣に投げ捨てた。

 花谷小学校は所々、水銀灯の明かりに照らされているが、校舎は1箇所を覗いて真っ暗だった。

 ぼくたちはその明かりの方へと歩いてゆく。

 ブランコが風に軋む音がする。

 校庭の砂の匂いが風に混じる。

 水銀灯の淡い光の中、久美ちゃんのツインテールの影が揺れる。

 2人の足が砂を踏む足音が心地よく響いた。

 静かな夜だ。

 空を見上げると、雲ひとつなく、淡い天の川が見える。

「ようこそー!!」

 静寂を裂くように場違いな声が聞こえた。

 校舎の方から、懐中電灯を振っているのが見える。

 ぼくらの足音が聞こえたのだろうか?

 田中さんの声だ。

「来ちゃいましたー!!」

 久美ちゃんが手を振りながら応える。


「よく来てくださいましたね」

 校舎に入ると、田中さんは上履きのスリッパをこちら側に揃えて置いてくれた。

「すいません。お邪魔します」

「お邪魔だなんて、さっ、こちらです」

 夜の校舎。

 暗闇の中、懐中電灯の灯り1つ。屋上の天文台へ登ってゆく。

 夜の校舎というと学校の怪談なんてイメージするけれど、今日はなぜかそんな気はせず、この暗闇の向こうにベガとアルタイルが見えると思うとぼくの心は躍った。

 隣りで久美ちゃんも時々、当たる懐中電灯の灯りで、目を輝かせているのが分かった。

 

 天文台に着くと、時刻はちょうど12時を回っていた。

 天文台には田中さんとぼくら以外に誰もいなかった。

 ドームが開き、星明りが入ってくる。

「ぼくらだけですか?」

「そうなんです。最近の子は星どころじゃないみたいですね。授業よりも本当はこういうことの方が大事なことだと思うんですけれど」

 天文台の扉を閉めながら、田中さんが肩を落とす。

「でも、あなたたちが来てくださって本当に良かった。もう鈴木さんだけでも来てくれればと祈っていたんですよ」

 暗くて、田中さんの表情は見えず、何を言わんとしているのか分からなかった。

「喜んでいただいてくれて嬉しいんですが、ぼくだけでもって言われても……ねぇ」

 とぼくが久美ちゃんに視線を向けると彼女は苦笑いを浮かべていた。

「いや、天文台を閉鎖しようという話が出てましてね。経費削減というやつですよ。ぼくが一生懸命この天文台の存在価値を訴えても、無いものは出せないの1点張りで。こうやってイベントを企画しても参加者が少ないですし、説得材料に欠けるみたいです」

 ん?

「田中さん、苦労なさってるんですね」

 いまいち話の繋がりが分からないまま、相槌を打つ。

「でも、鈴木さんが来て下されば大丈夫。当面の予算もなんとかなります。天文台は存続できるんですよ!!」

 暗闇の中、田中さんは興奮を隠せず呼吸が荒くなっていた。

「おしゃっていることの意味がよく分からないんですが」

「簡単なことです。日付が変わった今、鈴木さんをわたしが介錯すれば全て解決するんです」

 ぼくはその言葉に後ずさった。

「誰かと、勘違いしているんじゃないですか?鈴木なんてありふれていますし」

 田中さんの濃い影が近寄ってくるのが分かった。

「わたしも副業とはいえ介錯士の端くれですからそれぐらいは分かりますよ。だいたいスゥーサイドパスを使って移動するなんて、わたしをみつけてくださいって言っているようなものです。SNSの介錯士側の機能には、どこで誰がスゥーサイドパスを使ったか分かるようになっているんですから」

「じゃあ、もしかしてぼくが、最初にここに来たときから――」

 そうか、だから田中さんは今日も、ぼくらがまだ校庭を歩いているときにぼくらが学校に来ていることに気づいたのか。

「そうです。授業が終わったあと、何気なくSNSを開いたら、学校前でスゥーサイドパスを受給者が使用していることが分かりました。データを照合してみると鈴木遼太郎さん、あなただった。そして、調べてみるとあなたがまだ介錯士と契約していないことが分かり、わたしは出来れば契約を取れればと、スゥーサイドパスが使われた場所付近に行き、鈴木さんが飼育小屋の前に居たので声を掛けたのです」

「でも、田中さんはあのとき、介錯士だとは明かさなかったですよね?そのときに言ってもらえれば契約したかもしれないのに」

 ぼくはこの状況を打破する解決策が思いつかず、時間稼ぎのために話を繋ぐ。

 この狭い天文台から久美ちゃんも逃げられるようにと考えると余計に浮かばない。

 田中さんは鼻で笑う。

「わたしのランクでは相手なんてしてもらえませんよ。それに教師は意外と忙しいので、介錯士の仕事に十分な仕事が取れないんです。だから、もっぱらわたしが介錯するのは、予定日を過ぎても生きているあなたのような方です」

 田中さんの右手に握られたモノに星明りが薄っすらと反射して光る。

 包丁だ。

 天文台の扉は田中さんの後ろで逃げ場がない。

 久美ちゃんはどこにいるんだ?星明りの下、彼女の姿を探す。

 田中さんが彼女を殺すようなことはないだろうけれど。

「か、介錯士も大変ですね」

 冷や汗が止まらない。

「ええ。でも、止められないんですよ。一度、殺すことを覚えてしまうと」

 そう言うと田中さんは刃を上に向け、ぼくに向けて突き出してきた。

 寸でのところで右に避け、田中さんが包丁を突き出して体勢が崩れた隙に扉の方へ走ろうと踏み出したが何かに躓き、ぼくはその場に転んでしまった。

 田中さんの影は星明りを背中に大きくなり、ぼくを逃がさないよう、上に圧し掛かる。

 ぼくはそのとき、死を覚悟していた。

 久美ちゃんはどこかで、この光景を見て立ち竦んでいるのだろうか。

 出来れば、見て欲しくなかったな。

 観念して目を閉じる。

 田中さんが包丁を振りかざす音がした。

 久美ちゃん、さよなら。


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