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 久美ちゃんは言葉を続けた。

「でもね、わたし、遼太郎くんを止めたこと自分勝手で悪いけど、後悔してないんだ。だって、遼太郎くんとこうして話せたんだもん。また出会えたんだもん。だから……だから、勝手なお願いかもしれない。我侭かもしれないけれど、生きてほしい。どんなみっともない生き方でもいいから生きて欲しい。生きているからって別に幸せなんてあるはずないけれど、でも、生きて欲しいの。そうすれば、わたしも、生きてゆける気がする。別に、遼太郎くんが死んだとしても、わたしは死なないけど。でも、わたしの心に、たとえ幸せというものがあって、たゆまなく注がれたとしても、遼太郎くんという存在がなければ、心に開いた穴から際限なく零れ落ちていってしまう気がするの。遼太郎くんは再会して高々、数日じゃないかって思うだろうね。わたしだってそう思うよ。だけど、そういう存在なの。そういう存在に過ごした月日なんて関係ないの。だから、生きて、わたしと一緒に存在してくれたら嬉しいな」

 そう言い終えると、久美ちゃんは椅子から立ち上がり、空になったコーヒーカップをキッチンの流しに持ってゆき、戻ってくるとぼくの両手をその小さな両掌で掴んだ。

 そして、ぼくを潤んだ瞳で黙って見上げる。

 ぼくには口に出すしか選択肢がないように思えた。

「うん。心配しなくても大丈夫だよ」

 そう言って、ぼくは初めて『心配されている』という言葉が道徳の教科書や推薦図書に書いてあるだけの空虚な言葉でないような気がした。

 久美ちゃんがすぅーっと、右手の小指を伸ばして、ぼくの前に立てる。

「じゃあ、約束」

「えっ、何を?」

「明日も生きるって。わたしも明日も生きるから」

「明後日は?」

「明後日は明日約束すればいいじゃない?」

「そう?」

「そう」

「じゃあ」

 ぼくも右手の小指を伸ばす。

 2人の小指が絡み合う。

「指切り拳万、嘘ついたら針千本飲―ます。指切った!!」

 久美ちゃんの潤んだ瞳から微笑みとともに涙が零れ落ちた。

 ぼくは目を瞬かせる。

「もしかして、遼太郎くん、感動しちゃった?」

 茶化すように言う。

「ドライアイなんだよ」

「またぁ」

「ほんとなんだけどな。それに今、泣くところあったかな」

「サイテー」

「えっ、サイテーって言われても感じたまま言っただけなんだけど」

「遼太郎くんのそういうところ、治さないと!!」

「治さないとって、ぼく、病気!?」

「もう。明日からわたしに付き合いなさい!!」

「なんでそうなるわけ?」

「そんなことも分からないの!?」

「いや、まあ」

「あれだけ言って、言葉で分からないなら、体で教えないとね!!明日は学校サボりなさい」

 辞めたからサボりようがないんだけれど、まあ、暇だし。いっか。

「わかった」 

「じゃあ、明日、また連絡するね」

「うん」

 彼女を玄関まで送って別れた。

 

 彼女が帰ったあと、ぼくは自分の部屋に入り、セレクトショップで購入した服を袋のまま床に放り投げ、電気を点けずベッドに横になると、ベッドの上だけ重力が地球ではなく、もっと巨大な星の上にいるような感覚に陥って、一度ベッドに横たえた体を起き上がらせる気力が沸いてこなかった。

 天井には蛍光灯から垂れ下がるプルスイッチの紐がゆらゆらと円を描き、眠気を誘う。

 久美ちゃんとの指きり。

 それが出来るのは7月4日までだ。

 その日、ぼくが指きりをしないと言ったら彼女はどう反応するんだろう?

 ぼくはどうしたいのだろう?

 7月4日を過ぎても、指きりをしたいのだろうか。

 ぼくは右手を指先まで広げ、天井へと掲げる。

 小指の感触を確かめるように、動かしてみる。

 プルスイッチがその周りをゆっくりと周回する。

 まるで人工衛星のように。

 約束とは不確かなもので、期限が長ければ長いほど信憑性は薄くなる。でも、1日1日を重ねてゆく約束なら、もしかしたら守ることも出来るのかもしれない。例えば、永遠なんて聞こえはいいけれど、そんな言葉、口にした瞬間、嘘に変わってゆく。欺瞞で、空虚で、呆れるしかない。けれど、明日までの約束なら信じてもいいのかな?

 信じるということの代償を考えると、ぼくは空恐ろしくなってしまう。

 ああ、でも、ぼくはこの小指の感触を思うとなぜだか、穏やかな気持ちになってしまうんだ……。


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