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『吹上 みあさまをスゥーフレに承認しますか 承認 or 拒否』
断る理由もないので、承認をクリック。
メッセージ一覧に戻ってみると、メッセージは50件に増えていた。
1件以外、名前の後ろに『介錯士』と表示され、ランクはEからG。そのほとんどが、FとGだった。
下位ランクの介錯士は顧客確保に必死らしい。
その中で名前の後ろにアルファベットが表示されなかった1件のメッセージを開いてみる。
『村山 百合(受給者)さまよりメッセージが届いています。
件名;織姫と彦星の再会に立ち会えないきみへ
はじめまして、村山 百合といいます。
突然に、それも大仰なタイトルでごめんなさい。
なぜか、このタイトルしか思い浮かばなくて。
このメッセージを送らせていただいたのはSNSの新規入会者リストを覗いていたら、あなたの介錯予定日が7月6日だと分かり、居ても立っても居られなくなったからなんです。
遼太郎さんは今年の七夕を祝うことが出来ないんですね。
実はわたしも7月6日に死にます。
わたしがこの日に決めたのはちょうど1月前のことで、そのときは7月6日ということにこだわりはありませんでした。
2ヶ月くらい後に、自死すればいいんじゃないかとなんとなく安易に決めていました。
だって、死ぬ日をいつにするか考えるなんて慣れてなかったし、友人に相談するようなことでもないしね。
でも、そう決めたすぐ後に、わたしが死んだ次の日が七夕だということに気づいて、七夕が祝えないんだなぁと、ちょっと寂しい気持ちになりました。
これまで生きてきた27年間、七夕のことなんてほとんど気にしていなかったのに、今年の七夕には、わたしはこの世にいないことがわかると、1日くらいずらして、織姫と彦星の再会に立ち会えば良かっただなんて思うとは不思議なものです。
けれども、介錯日をずらしたらずらしたで、また別の日のことが気になったりしてしまうのでしょう。ひとのこころ、とくにわたしのこころは移ろいやすいですから。
わたしのことはこれくらいにして、遼太郎さんにこうしてメッセージを送らせていた だいたのは、7月6日を予定日にしている者同士で交流を深めることが出来ればと思い立ち上げた『7月6日会』というコミュニティに是非、入っていただきたかったからです。
本題まで随分と遠回りをさせてしまい申し訳ありません。
コミュニティに入っていただければ、お互いの親睦はもちろんのこと、SNSのことや、介錯士、失望保険のことなどで分からないことがあれば、何かお役に立てるのではないかと思います。
と言っても、わたしだって遼太郎さんより受給期間が1月長いだけなので頼りないとは思いますけれどご検討していただけると嬉しいです。
メッセージの最後に7月6日会のリンクを貼っておきます。
では』
『村山 百合さまをスゥーフレに承認しますか 承認 or 拒否』
躊躇うことなく承認をクリック。
ぼくには吹上みあを承認して村山百合を拒否する理由が見当たらなかった。
そのまま、村山百合のプロフィールを開く。
年齢;27。プロフィールの写真を見る限りではもっと若く見えた。
だからといって幾つぐらいに見えるかと聞かれても、20代の社会人とまでしか言えない。社会人と学生の区別はなんとなくつく。けれど、17歳のぼくにとって10歳離れている大人の女性というのは見当もつかない存在だ。比較対象がないので、ただ、ぼくから遠く見えるか、近く見えるかといったら、近く見える。その程度のこと。
住所;江田。ぼくと同じだな。
自殺未遂はしていないらしい。
世帯主;村山百合。
担当介錯士;知渡 れい(介錯士;SS)。
ランクSS!!
5000人いる介錯士の中でたった10人しかいない介錯士とどうやって契約したんだろうか。
知渡 れいをクリック。
性別;XX。
写真を見ると、レイヤーの入ったオレンジ色のショートボブの間から覗く、どこかで見たようなくっきりとした二重の瞳は冷めた視線を送っている。容姿は、いわずもがな。
年齢;19。
活動地域;日本
活動期間3年3ヶ月。知渡れいは16歳か17歳の時分にもう人を殺していた。
今年度介錯人数;5人。
平均保険点数200万。1件当たりの報酬は2000万円(20000元)。ランクSSの平均の4倍の数字。ほかの介錯士との違いは何なんだろう?
最多介錯法の服薬は吹上みあと同じだし。
村山百合なら知っているだろうか。
少なくともぼくよりはこの世界に詳しいだろう。
村山百合のメッセージまでスクロールして、『7月6日会』をクリック。
コミュニティ『7月6日会』のページを開くと、過去、7月6日に起こった出来事や、亡くなった著名人の名前がずらりと並んでいる。
毛利 元就。
ウィリアム・フォークナー
オットー・スコルツェニー
美咲 沙耶。などなど、特に死んだ日が同じという以外に共通点もなく列挙されている。
『入会する』をクリック。受給者のみ入会可。介錯士は参加出来ないらしい。
会員数は500人前後。この制度が出来るまでの自殺者数が年間30万人だと言っていたから、そのまま3年間、自分の死を希望する人の数が変わらなかったとして単純に356日で割ると842人。結構多くの人が、律儀に違法行為の自殺をせずに、自死を選んでいるみたいだ。まだ1月あるから、これから会員数も増えるだろう。大久保らいかの介錯数を見ると『その場で』を選ぶひとも多いみたいだから当日、突然死にたくなるひとも多いだろうし。
もしかしたら、『自殺』よりも、こうして迷惑をかけずに自分で死を選ぶということが、死というものに対する抵抗を少なくしているのかもしれない。
とりあえず、自己紹介トピックに前の人が書いているのを参考に型どおりに書いて、他のトピックを見てみる。年齢別や、地方別のトピックなど、本来のSNSにあるようなことや、介錯士について語るトピックや、受給証を使ってどんな豪遊をしただとか、死に方について熱心に語り合っているところはスゥーサイド・ネットワーキング・サービスらしい。
自分のページに戻って、増え続ける介錯士の勧誘メッセージの中に村山百合からメッセージを見つける。
『村山 百合(スゥーフレ・受給者)さまからメッセージが届いています。
件名;スゥーフレ登録ありがとう♪
早速、登録してくれて嬉しいです。
コミュニティにも登録してくれてありがとう。
これから死ぬまでの1月仲良くしてね。
そうだ、もしよかったら今からチャットしない?
遼太郎くんの都合が悪くなければでいいよ。
部屋は『ベガ』でPASSは『アルタイル』にしておくね。』
部屋の時計を見ると、九時を過ぎていた。夕方に帰ってきてから、4時間ぐらいモニターの前にいたのか。一休みしようかなとも思ったが、断るもの悪いので、チャットに付き合うことにした。
チャットルームは賑わいを見せていて、『ベガ』を探すのに5分ぐらいかかった。
PASSを『アルタイル』と打つ。
百合 〉こん〜
遼太郎〉こんばんはー
百合 〉緊張してる?(笑)
遼太郎〉多少(苦笑)
百合 〉チャットしたことないの?
遼太郎〉あんまりないですね。普段、ケータイばっか使ってるし
百合 〉ケータイでもチャット出来るでしょ。
遼太郎〉そうなんですけど、打つのあまり速くなくて……
百合 〉高校生らしくないなぁ。って、高校生でいいんだよね?
遼太郎〉そうですね。って、受給受けると高校通うの辞めなきゃいけなかったりするんですか?
百合 〉うーん。よくは分からないけれど、辞めるコは多いよ。なんでだろう。そうそう、あと、わたしに敬語使わなくていいよ。
遼太郎〉えっ、なんか悪いですよ。礼儀知らずみたいじゃないですか。
百合 〉そんなことないよー。だってさ、敬語って自分より、誕生日が早い相手に使うわけじゃない?
遼太郎〉はぁ。
百合 〉誕生日は早いけれど、忌日が早いかどうかは分からないでしょ。でも、遼太郎くんとわたしは、誕生日は違えど、忌日は一緒なわけ。だったら、お互い、同じ目線でいいんじゃないかとわたしは思うの。他のひとは分からないけれど。
遼太郎〉そうですか……
百合 〉だーかーらー、敬語じゃなくていいの!それから百合って呼んで。わたしも遼太郎でいい?
遼太郎〉……うん。百、合!?
百合 〉そうそう♪
遼太郎〉まだ、ちょっと違和感あるな(苦笑)
百合 〉すぐ慣れるよー。わたしの介錯やってくれる、れいだって8つ離れてるけど、タメ語だよ。
遼太郎〉れいって、知渡れい?
百合 〉そうだよ。よく知ってるね。あっ、そうか、わたしのプロフに載ってるものね。
遼太郎〉知渡れいさんはランクSSだよね?よくランクSSの介錯士と契約できたね
百合 〉れいってランクSSなの?すごいなぁ。そういうのあんまり知らないから。
遼太郎〉どうやって契約したの?
百合 〉どうやってって……。れいは同じバンドのファンで、ライブハウスで知り合ったの。わたしが失望保険なんて知る前から。
遼太郎〉知り合いだったんだ?
百合 〉ううん。友達。
遼太郎〉友達?そっか。でも、友達に介錯してもらうって抵抗ないの?
百合 〉全然。最後に立ち会ってくれるひとが一番信じられるひとって良いと思うな。
そう思わない?
遼太郎〉そんなひといないから。
百合 〉ペシミスト?(笑)
遼太郎〉そうじゃないとここにいないでしょ(笑)
百合 〉確かにそういうひとは多いかも。
遼太郎〉ぼくの介錯をれいさんに頼むことは出来ないのかな?
百合 〉遼太郎は介錯士、決めてないんだっけ?うーん、難しいと思うよ。れいは依頼は受けないみたいだから。
自分で気に入った受給者を選んで、介錯するみたい。気に入れば、受給者が受給を受ける前から目をつけることも多いらしいし。それで、出来るだけ多くの情報を収集して、介錯するって言ってたかなぁ。遼太郎はどんな介錯士がいいの?やっぱランクが高いほうがいいのかな?
遼太郎〉そりゃ、低いよりはね。受給する前って、目の付けようがないでしょ。
百合 〉自殺未遂の段階では受給するかどうかは決まってないじゃない。
遼太郎〉あっ、そうか。なるほど。
百合 〉上位ランクの介錯士に介錯して欲しければ、自由入札にしてみれば?
遼太郎〉自由入札?何それ?
百合 〉介錯当日まで、介錯士が誰だか分からないの。いろんな介錯士が、遼太郎のこと介錯しよう競争するわけ。そうすると大方、競争に残るのは腕がいい介錯士、つまり上位ランクの介錯士だと思うから、契約するのに交渉する面倒もないし、上位ランクの介錯士を探して契約する手間も省けるよ。れいもけっこう自由入札の仕事するらしいから、遼太郎くんも相当高いランクの介錯士に介錯してもらえるかも。
遼太郎〉それかぁ。受付の人から聞いてはいたけれど、そういうメリットがあるとは思わなかった。自由入札か……考えとく。
遼太郎〉でも、ランクってどうやって決めてるの?保険点数とかさ。
百合 〉介錯士協会の判定員が保険点数を決めてるみたいだけれど、細かいことは分からないな。そうだ!!介錯現場を見学してみる?そうすれば判定員がやってることぐらいは見ることが出来るよ。
遼太郎〉介錯現場の見学なんて出来るの?
百合 〉公共の場で行われる介錯なら見学出来るよ。事前に介錯士が申請を出しているし、自死予定日が近い受給者の知り合いがいるから、聞いてみようか?そのひとの現場を見学すればいいよ。そうすれば介錯後にすぐ判定員が出てくるから、何やってるかぐらいはわかるよ。どういう理由でとかまでは分からないけれど。
遼太郎〉でも、人が死ぬのを見るのは気が引けるな。
百合 〉自分だって結局そうなるんだから、そんなこと気にしてもしょうがないじゃない(笑)
遼太郎〉まあね。
百合 〉決まりだね。
遼太郎〉とりあえず、お願いしとくよ。
百合 〉うん。じゃあ、早速、聞いてみるから今日はここらへんでお開きにしよう。
遼太郎〉うん。色々、ありがとう。
百合 〉じゃあ、また連絡するね。そうだメッセージにわたしの連絡先書いとくから、よかったら遼太郎のも教えてくれると連絡しやすいな。
遼太郎〉うん。あとで、送っとく。
百合 〉またねー。
遼太郎〉またね。