おでかけ
春が来たから。
僕達が旅に出る理由は、それこそいくらでもあって、どんなちいさなことも、すぐにこじつけられる。そうやって頷いて楽しくやってくのが、僕達のいつものこと。
A子とB男がいい雰囲気だとか、どうやら危ないらしいとか。そんなのは僕達には関係ない。
どこにでも転がっていて、その上、中身がスカスカなもの。そんなのは僕達にはいらない。
僕達は、ずっと変わらない本物だけを欲しがっていて、それが宝物なのだと知っている。それだから僕達は、どんなちいさなことでも理由にして、揃って一緒に旅に出ることができる。
「知ってっか、佐久間」
「何をだ。目的語を言え、大野」
大野の肩に頭を預けたゆかりさんが、もぞもぞと動き、もたれかけた体がより一層傾く。大野が小さく舌打ちをした。
乗車して、三十分ほど経った頃だろうか。
ボックス席で四人、カードゲームに興じた後、他愛のない会話をしていた。
しばらくするとゆかりさんが眠気を催し、大野が反論できぬほど素早く、大野にもたれかけて寝入った。大野は何やらよくわからぬ愚痴を口ごもり、膨れツラをした。
愛結さんは「やぁね。あてつけちゃって」と大野をからかい、「ねぇ?」と同意を求めるように、笑いかけてくる。
ぼくは愛結さんに、苦笑を返した。
信用しきって大野の肩に頭を預けるゆかりさんの姿に、見慣れた光景とはいえ、少しも胸が痛まないというわけにはいかない。
おそらく愛結さんも、今のように吹っ切るまでには、そうだっただろうと思う。
ぼくの片思いの相手がゆかりさん。愛結さんの片思いの相手が大野。
その二人が憎からず想い合っていることは、誰の目にも明らかで、それなのに二人は未だに付き合ってはいない。
それならば、とその隙を狙って、振り向かせようと、ぼくと愛結さんで組んだ共同戦線。
すでに形骸化してしまっている。
ぼくも愛結さんも、こうして四人で出掛けることに充足感を抱くようになった。
色恋沙汰に腐心するより、四人このまま。このままでいいじゃないか、と。
愛結さんはぼくのぎこちない笑顔に、やれやれというような表情をつくると、「あたしも眠くなっちゃったわ」と言って、ぼくとは反対側の手もたれに肘をつき、瞼を閉じた。
そうしてぼくと大野は静寂の中、取り残されてしまった。
列車がガタリと揺れたのを機に、愛結さんの頭がぼくの肩に載ったこと以外、なんの変化もなかった。
「おい、大野。ゆかりさんが疲れないように肩を下げろ。ゆかりさんが首を違えでもしたらどうする」
大野はぼくを一睨みすると、ずずっと背もたれに沿って上半身を下にずらした。そのせいで大野の膝がぼくの領域へと突きだしてくる。
「ちっとは人の迷惑も考えろ」
「うるせぇ男だな。おまえがどーのこーの言ったんだろ」
「他にも方法があるだろう」
「たとえば?」
この男はアホか。
「大野が片方の肩だけを落とせばいいだろう」
「それじゃおれが疲れんだろ」
「……きさま」
思わず身を乗り出すと、大野が視線をふい、とぼくの横にずらした。ぼくは慌てて動きを止める。
「おれにどーのこーの言う前に、おまえが愛結をいたわれよ」
「きさまに言われんでも、わかっとるわ」
実を言うと危なかった。
愛結さんの頭はころり、とぼくの肩から転げ落ちる寸前で、すうすうと静かな寝息をたてる愛結さんを、危うく起こしてしまうところだった。
「それで佐久間。話を戻すが、おまえは知ってんのか」
「だから何をだ」
苛々とする。要領を得ないアホとの会話は疲れる。大野がすうっと目を細める。
「愛結に、男が出来たぞ」
咄嗟に振り返ると、その反動で愛結さんはぼくの肩から少しずり落ちたものの、依然すやすやと平和に眠っていた。大野が「おれが言うようなことじゃねぇけどな」と言った。