はぐれ貴族の記録
ウィスタリア魔法騎士学院は今、パーティの最中であった。
壁際で知人・友人と会話する者。部屋の中心で楽団が奏でる演奏に合わせて踊る者たちや、新たな交友関係を増やそうと様々な人に挨拶するなど色々な理由で、着飾った少年少女たちが集まっている。
その部屋の片隅で、黙々と一人で食事をしている少年がいた。
「……うっま。 国が協力している夜会は飯も酒も高級品だな。ワインがあっさり飲めるの最っ高だわ」
くすんだ銀髪を髪紐で結び、体のサイズが合っていないのか、ブカブカな上着を身に着けてワインを飲んでいた。
その光景を周囲の人達は、少年から距離をとり冷たい目で見ている。
「何で、ハイエナがここにいるのよ……せっかくの創立記念パーティが台無しじゃない」
音楽に混じって、少年の陰口が聞こえるが、本人は気にしていない。
それは少年にとって、日常的に言われ慣れているため、雑音程度の感覚だ。
「お前も参加してたのか、フェルナンド」
「ん? ベクターにミアか」
無心で食事を続けていた少年、フェルナンドに二人組の男女が近付く。
スーツをベースに、襟や胸元に装飾を取り入れた服を着た男。ベクターとその後ろに使用人の格好をした護衛、ミアが付き従っていた。
ベクターとフェルナンドは同級生でもあり、ビジネスパートナーだ。
学院が休日の時、フェルナンドは冒険者として金を稼いでいる。
ある日、盗賊に襲われていた商人を偶然助けた。
それがベクターの関係者だった。
その縁もあり、ベクターから指名依頼されるようになった。
ミアは、ベクター家の専属護衛であり、仕事仲間でもあった。
「それにしても派手な格好だな」
「ああ、これか。隣国でこの格好が流行っているのでな、宣伝も兼ねて着ている」
「……商人の息子も大変だな」
「好きでやってることだ。それより、お前の格好……」
「ん、どうした?」
ベクターは、フェルナンドに詰め寄り服装と銀髪を指摘した。
「そのサイズのあってない上着と、髪の毛はどうにか出来なかったのか?」
「ああ、これには事情があってさ」
「事情だと?」
ワインを飲みながら、この格好になった訳を話す。
「今日の夜会は、年に一度の創立記念パーティだろ」
「……そうだな」
「学生の俺たちには参加資格があるから、制服姿で参加しようとしたんだよ。だけど生徒指導の担任からドレスコードで参加しろって、言われてさ」
「……」
「そんな豪華なものは持ってないから、仕方なく近所の仕立て屋から、それっぽい上着を買って来た。髪の毛の方は適当に結べばそれらしくなると思ってな」
「そこまでして、このパーティに参加したかったのか」
「ワインが飲める年齢になったんだ。しかも高級品が無料で飲めるなんて最高だろ」
飲みかけのワイングラスを掲げながら、パーティに参加した理由を話す。
その理由に、ベクターは額に手を当てて呆れてしまう。
「はぁ。お前は、それでも四大貴族の一人だろ?」
ベクターの言葉に、ワインを飲む手が止まる。
四大貴族。
それは、ウィスタリア王国がまだ出来ていない時代。ウィスタリア王になる人物を支えていた四人の貴族達だ。
その四人の功績は、今も貴族達にとって尊敬されている。
フェルナンドは、その四大貴族の一つバーネット家で育った。
「バーネット家に面倒見てもらっただけさ。それに、後継者はレオンだしな……アイツもこのパーティに参加してるんだろ?」
「ああ、参加しているな」
ベクターの言葉に、苦笑しながら答えると部屋の中心に視線を向ける。
その先には弟、レオン・バーネットがいた。
赤髪に体が細く、体型に合ったきらびやかな服装を身にまとい、笑顔を浮かべている美少年。
その少年は近くにいる少女をエスコートしていた。
しかし、その空間はどこか張り詰めている。
レオンの周りには数人の取り巻き達が周囲を警戒していた。まるで何かから守るかのように。
「ん? 何であそこだけ張り詰めた空気になってんだ?」
「王女の対応で、神経質になっているのが原因だな」
しばらく見ていると、違和感を感じたのか口に出てしまう。
その疑問はベクターが説明する。
「王女? それって、レオンが相手しているあの女か?」
「今年から、この学園に入学した第三王女だ」
「へぇ、王女様が俺達の後輩か。先輩風吹かす奴は、これから大変だな」
「その馬鹿が少しでも減るように、この夜会に参加しているそうだ」
「それで、神経質になっているわ、け、か……」
「……まさか、気がつくとはな」
「はぁ。しかも面倒臭い奴が来そうだ」
遠くから見ていたフェルナンドの視線に、レオンは気がついたのか、こちらに顔を向け視線が合う。
その行動に、周囲にいた取り巻き達もフェルナンドに気が付く。
その取り巻きの一人がフェルナンドに近づく。
「どうして、ハイエナがここに居る?」
「……名前ぐらい正しく呼べよ? ダグラス」
「捨て子のお前には、ハイエナで十分だ。それより、何故このパーティに参加している?」
「…………」
「無視するな、ハイエナ!!」
豪華な服を着た四大貴族の一人、ダグラス・マクリアは誇らしげな顔をしてやって来た。
会う度に絡んでくることにフェルナンドは、うんざりしながらもダグラスの質問に答える。
「……何故って、参加資格があったから参加しただけ。まるで、参加したらダメみたいな言い方だな」
「ふっ、そんなことも分からないのか? お前のような半端者は、この場にいるだけで空気が悪くなる」
フェルナンドの返事にダグラスは小馬鹿にする。
ダグラスの言葉に同意するのか、フェルナンドの近くにいる参加者達も小さく頷く。
半端者ものね……会う度に、その台詞言うの飽きないな。
酔いが回って来たのか、どうでも良いことに思考が流れつつ、ダグラスの言葉を聞き流す。
「それにしてもその格好……レオンと比べてみじめだな」
「…………」
黙っていると、反論出来ないと勘違いしたのか、ダグラスはフェルナンドの全身を見て嘲笑う。
会場にいるレオンとフェルナンド。二人の格好に明確な差が出ていた。
それは、二人の生まれに原因がある。
フェルナンドは元々捨て子だった。
当時、バーネット家は正妻から子供が出来ず跡継ぎ問題に直面していた。
それに悩まされていた、当主は領地内で捨てられていた赤子を偶然見つける。
跡継ぎで悩んでた当主は、その赤子を跡継ぎ候補として育てることに。
だが、引き取った半年後に正妻が妊娠。そして翌年、レオンが生まれた。
それによってフェルナンドは、バーネット家とって不必要な存在になった。
後継者候補として育てる案もあったのだが、正妻はそれに猛反対した。
「捨て子が、バーネット家を継ぐなんて不愉快よ」
しかしフェルナンドを拾った手前、もう一度捨てることに当主は嫌だったのか、弟の競争相手という体裁で育てられる。
その特殊な育ち方は、貴族社会において異質であり、妬み嫌われていた。
貴族に紛れ込んだ、半端者として。
「まあ、仮に半端者のお前が、貴族の格好を真似した所で似合わないだろうがな」
「なら、実際に試してみないか?」
「は?」
「…………」
隣で、聞いていたベクターが軽いノリで二人の会話に混ざる。
その顔は、面白い物を見つけたのか口の端を釣り上げ微笑んでいた。
フェルナンドは、面倒臭いことになったと内心そう思いながら、残っていた料理を口にする。
◇ ◇ ◇
フェルナンドとベクターはパーティ会場を離れ、隣りの控え室に移動していた。
「はぁ……何でこうなる」
「ダグラスに見つかったのが運のつきだ。諦めろ」
控え室に置いてあるソファに、フェルナンドは座り、面倒臭い状況を作った原因をにらむ。
「なあ、ベクター。この状況を作った理由、説明してくれるんだろうな」
「勿論だとも」
そう前置きし、ベクターはこの状況を作った理由を話す。
「ダグラスの挑発行為が、俺にとって都合が良いからな利用させて貰った」
「アイツが挑発したのは、俺だろ? どこに都合が良いんだよ」
「そのおかげで、服の宣伝が出来る」
「は?」
ベクターから予想外の言葉にフェルナンドは言葉を失う。
それに気がついていないのかベクターは淡々と説明する。
「俺が今着ている服は、隣国で流行っている服装だと言ったの覚えているか」
「ああ」
「じゃあ、俺がこれを着ている理由は?」
「……この国の貴族達に宣伝するためだろ」
「そうだ。そして隣国には、この服以外にもう一つ、流行っている服があってな」
「……」
「お前にはその服を着て、宣伝して欲しい」
ベクターが言うには、自身が着ている服の他に、流行っている服がもう一種類ある。
その説明を、フェルナンドは頭の中で整理しながら確認した。
「つまり、何だ? ダグラスの挑発で注目されている俺を見て。隣国で流行の服を着させたら、宣伝になるのを思い付いたと」
「そうだ」
「……それで、この状況を利用したと」
「ああ」
「いい度胸してんじゃねえか、商人」
「俺達が、得にするなら利用するさ」
フェルナンドの文句をベクターはドヤ顔で返す。
ベクターのドヤ顔に内心イラッとしたが、フェルナンドは我慢して話しを続ける。
「それで、俺達が得するってどう言うことだ?」
「まず、フェルナンドの利点だが……俺が用意した服を着れば、ダグラスに恥をかかせる事が出来る。向こうは、お前が代えの服を持っていないと、想定して挑発してきたからな」
「……」
「で、俺の利点なのだが……次のパーティで宣伝しなくて済む」
宣伝に時間を掛けると商売が遅くなるからなと、事情を話す。
「それでもダグラスが、挑発してきたらどうする?」
「その時は、俺がまた割り込むさ」
その会話が終わる頃には、控え室の扉が開きミアが入ってくる。
右手に、黒色の服を抱えていた。
「注文通り持って来たわよ」
「来たか。それじゃあミア、フェルナンドに服を着させるのを頼んでもいいか?」
「それは良いけど、アンタはどうするの」
「パーティ会場の様子を見てくる。フェルナンドに、嫌がらせする奴がいると俺も困るからな」
「アンタの護衛は?」
「襲われたとしても、魔法を使えば数分ぐらい時間を稼げる。それに、様子見が終わったらここに戻ってくる」
ミアと入れ替わるように、ベクターは控え室を出る。
その行動にミアはため息を吐く。
「依頼主なんだから、少しぐらい大人しくしてなさいよ」
「ミアも大変だな」
「振り回されるのはもう慣れた。それよりも、さっさとやる事やって護衛に戻るわ」
そう言って気持ちを切り替えるとフェルナンドに近づく。
「それが、俺の着る服か?」
「ええ、これがそうよ」
「それ……ロングコートか?」
ミアは、フェルナンドの前に立ち手に持ってる服を広げて見せる。
それは、黒のロングコートだった。
「あら、フェルが知ってるなんて珍しいわね」
「何度か見た事があるからな」
雪が降る時に着る、防寒具の一つだ。
そして、防寒具の中で一番人気が無い。
分厚い生地のせいで重く、身動きが封じられる。
冒険者にとってそれは致命的であり、雨風を防げるローブの方が人気だ。
それでも使うとすれば、馬車を使う行商人か御者くらいだ。
「動きづらい服は……着たくないんだが」
「それなら問題無いわよ。この服、パーティ向けに手を加えた物なの」
そう言ってミアは、フェルナンドにロングコートを渡す。
スーツと似た素材でロングコートを作ったのか、生地が通常より薄く軽い。
ひと通り確認し、フェルナンドは着ていた上着を脱ぎ、ロングコートに袖を通す。
「へぇ、悪くないわね。でも、髪の毛のせいで格好良い姿が台無しね」
「……なら、こうすればいい」
髪型をダメ出しされた、フェルナンドは髪紐を外し魔法を使う。
「……その魔法、何度見ても羨ましい」
「水魔法の応用だけどな」
フェルナンドが、やった魔法それは。
頭全体を水球で包み込むと数十秒後。髪に付いてた汚れが浮き上がり、右手を顔にかざして水と一緒に汚れを回収していた。
掃除が終わると、光輝く銀髪と右手に汚れた水球を持ったフェルナンドが立っていた。
「それにしても、汚れが酷いわね」
「パーティが始まるまで、森で魔物を狩っていたからな」
髪の毛が汚れていた訳を話しながら、近くの窓に汚れた水を捨てる。
その行動をミアは無言で、うずうずしながら見ていた。
「……もしかして、やって欲しいのか」
「え、してくれるの!?」
ミアの視線に気づいていたのか、フェルナンドは確認する。
「余計なトラブルに巻き込んだんだ。迷惑料として、これぐらいやってもいいさ」
「じゃあ、お願いするわ」
「なら、始める前に頭に着けてる装飾品は全部外してくれ」
髪が綺麗になることに喜びを隠せないのか、ミアは急いで装飾品を外し始める。
その喜びように、フェルナンドは呆れてしまう。
「準備出来たわ」
「……それじゃあ始めるぞ。終わるまで、暴れるなよ?」
そう注意し、水球をミアの頭に出現させる。
事前に来るのをわかっていたミアは、水球で呼吸を止められても落ち着いた様子で対応していた。
「あとは、汚れが浮き出るのを待つだけか……」
「何をしている!!」
フェルナンドは汚れが浮き出るまで、ミアの様子を観察していた時、怒鳴り声が部屋内部に響き渡る。
大きな声に振り向くと、金髪をサイドテールにした少女が出入口に立っていた。
ドレスを着ているってことは、パーティの参加者なのだろう。
その姿を目にしたフェルナンドは、この状況をどう説明すればいいか悩んでしまう。
それでも誤解を解ける可能性を信じて、説明した。
「待て、勘違いしていーー」
「大丈夫か!!」
「!?」
少女はフェルナンドの言葉をさえぎり、ミアを押し倒す。
魔法の範囲から離れたミアは、顔全体がずぶ濡れだった。
その行動に、フェルナンドは思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、余計なことを」
「やめなさい!!」
水を回収しようと、ミアに手を向ける。だが少女はフェルナンドの前に立ち塞がり邪魔をした。
「フェル。この状況は一体どうなってるの?」
「魔法の途中を見られて、こうなった」
「説明はしなかったの?」
「する暇もなく、お前を助けたんだよ」
「……なるほど。それで私、押し倒されたのね」
フェルナンドの状況説明で、ミアはようやく理解した。
「あの、お嬢様」
「……大丈夫か? 貴女はさっきまで、彼の魔法でイジメられてたんだ」
「誤解です。あの魔法は、そんな危険なものじゃ」
「もしかして、脅されているのか?」
「…………」
少女の予想外すぎる言葉にミアは、つい無言になってしまう。
それを、無言の肯定と勘違いしたのか話が余計にねじれる。
少女は、フェルナンドをキッとにらみ物を投げた。
フェルナンドは投げられた物を咄嗟に受け取ってしまう。それは、少女が身に付けていた手袋だった。
「ウィスタリア王国、第三王女リゼット・ウィスタリアはお前に決闘を申し込む」
その宣言でフェルナンドは、ようやく思い出す。彼女はレオンが相手していた少女だった。
◇ ◇ ◇
翌日、フェルナンドは決闘の指定場所、学園の訓練場に来ていた。
舞台の周囲には大勢の生徒がすでに観戦している。
それもその筈、決闘宣言をしたあとリゼットは、パーティ会場でこの決闘を盛大に発表していたのだ。
ダグラスの挑発が、どうでもいいほどに。
「王女様が決闘するって知り合いから聞いたけど何で?」
「さぁ知らない。どうせ、あのハイエナが王女様に無礼なことしたんでしょ」
「昨日のパーティにアイツも参加してたよ。それをリゼット様が叱ったんじゃないの? それであのハイエナ、逆ギレして決闘を申し込んだのよきっと」
「うわ、最低」
「逆ギレで決闘……それって不敬罪にならない?」
「だから、王女様による公開処刑なんだろ」
観客席から漏れ聞こえる声に、苦笑してしまう。
嘘だらけの決闘理由。そして、決闘を吹っかけたのがフェルナンドになっていた。
「何故、学園長がここに?」
「決闘の審判と見届け役だ……で、決闘になった原因は何だ?」
「汚れを落とす魔法を使っている所を見られ、誤解を解こうとしたがこうなった」
「……ああ、あの魔法か」
「突然の決闘を受け入れていただき、ありがとうございます」
「…………」
すでに待ち構えていたのか、舞台の中心に学園長のコーラルとリゼットが立っていた。
リゼットの口調の変化と礼儀正しさに、フェルナンドはまじまじと見てしまう。
「あの、何か?」
「昨日と比べて、口調と態度が違うから本人なのかと思ってな?」
「……どうやら、あの場の雰囲気に酔っていたみたいです」
フェルナンドの指摘で、昨日を思い出したのか顔を赤らめる。
「酔っていたのなら、この決闘無かったことにしてくれないか?」
「それは出来ません。使用人をイジメている貴方を、見過ごせません」
「だからそれは、誤解だと」
「そんなの、信じられません」
「…………はぁ」
頑なに信じないのか、聞く耳を持たない。
その反応に、フェルナンドはため息と共に気持ちを切り替える。
「それで、勝負の方法と賭けの内容は?」
「勝負内容は私が説明する。二人には学園で用意した武器で模擬戦をして貰う。勝負がついたと判断したら私が止める。何か質問は?」
コーラルは腰に装備している二種類の剣を叩く。長剣と刺突剣の二本だ。
「学園で用意した武器?」
「同じ条件で戦いたいので」
「…………同じ条件か」
「? 何か?」
「いや、戦いを知らない素人なんだなと。ああ、王女だから当たり前か」
「な!! 戦闘訓練は経験済みです!!」
フェルナンドの言葉を挑発と思ったのか、リゼットは声を荒げる。
その声にうんざりしながら、賭けの内容を聞き出す。
「それで、賭けの方は?」
「……ふ、ふふふ。最初は、使用人に二度と関わらないでと言うつもりでしたが……気が変わりました。敗者は勝者の下僕になって貰います!!」
口元をヒクつかせながら、リゼットはそう宣言し、コーラルから刺突剣を奪い取る。
「フェル坊。王女様をわざと煽ったな?」
「下調べで軽くな……大まかな性格は、なんとなく把握したが……煽るんじゃなかったな」
「自業自得だ。下僕になるのが嫌なら勝つことだな」
コーラルから長剣を受け取り、仕方なくリゼットと対峙する。
「二人とも準備はいいな? それでは、決闘開始!!」
コーラルの手が振り下ろされ、二人の決闘が始まった。
試合開始とほぼ同時にリゼットは、地面を踏み込む。
頭身が少し下がり、全身の輪郭が歪むと同時に、フェルナンドの目前に現れる。
「ーーシッ」
「!?」
瞬きする間もなく距離を詰め、すでに攻撃の動作に入っているリゼットを認識した、フェルナンドは反射的にバックステップで、距離取りながら剣を盾にする。
一息で何度も繰り出しくる攻撃を剣で防ぎ、頭上に水球の魔法を用意しリゼットに向けて魔法を飛ばす。
飛んで来る水球を冷静に回避し、いったん距離を取る。
攻めきれないと判断したのだろう。
「守るのが上手いのですね」
「戦い慣れしてるからな」
「む、ならこれはどうですか? 雷球よ、敵を襲え」
その反応が気に食わないのか、次の攻撃を仕掛ける。
リゼットの周囲に雷球がいくつも現れ、かけ声と共にフェルナンドに襲いかかる。
飛んでくるのを避け、時には剣で弾くが、次々と新しい雷球を作り出し攻撃を続ける。
その攻撃を対処しながら、フェルナンドは考えていた。
(先制攻撃に雷の魔法、それに会話した印象……思い込んだら一直線って感じだな。それに、あの踏み込みで追い詰めても、逃げられるか……なら)
「そこ!! 雷よ、敵を穿て」
考え事で隙ができたのか、リゼットはそこを見逃さず、刺突剣の先から雷を出す。
雷球よりも速いのか、回避が間に合わない。
フェルナンドは回避を諦め、剣で防御する。
「ッ!?」
だが、その雷は剣を伝い右手にまで襲いかかる。それにより右手が痺れ、手から剣を離してしまう。
その隙を見たリゼットは、強く踏み込みと全身の輪郭が再び歪む。
「これで終わりです!!」
「……そうだな。爆ぜろ」
「なっ!?」
リゼットが接近するのを待っていた、フェルナンドは魔法を使う。
二人の間に水球が現れ、声に反応して水球が爆発した。
爆発した水は二人を襲い、次の行動に差が出る。
リゼットは爆発音と降りかかる水に驚き、手で顔を隠してしまう。
フェルナンドは爆発と水を無視し、左手でリゼットの手を掴み、引っ張り倒す。
「きゃあ!!」
倒れたリゼットは、起き上がり武器を構える。だが、フェルナンドは落とした剣を拾っていたのか、攻撃する準備に入っていた。
それを見たリゼットは、咄嗟に刺突剣をフェルナンドに向かって投げる。
「くっ!!」
「……へぇ」
刺突剣を叩き落とし次の攻撃で、首筋を狙った。だが、その攻撃をぎりぎりで避けたリゼットは、フェルナンドから距離を取る。
咄嗟の行動力にフェルナンドは感心していた。
刺突剣を打ち落とす動作がなければ、首筋に剣を突きつけて勝負がついていたからだ。
距離をさらに取ろうとするリゼットに、フェルナンドは追撃する。
「くっ、雷球よーー」
「矢よ、貫け」
「……え? どうして」
リゼットは接近させないために雷球で牽制するが、雷球はその場で放電し消失する。
予想外のことに、リゼットは驚いてしまう。
その隙をフェルナンドは見逃さず、一気に距離を詰め首に剣を突きつける。
「……あ」
「そこまで!! 勝者、フェルナンド」
こうして、二人の戦いに決着がついた。
◇ ◇ ◇
「さて。フェル坊の勝利で終わったわけだが......決闘前に決めた賭けについて話そうか」
「……ッ!?」
「どうやら『敗者が勝者の下僕になる』約束を忘れてなかったみたいだな」
コーラルの言葉に、リゼットは小さく震える。
負けると思っていなかったのか、唇を噛み締める。
「良かったなフェル坊。この国で第三王女を、下僕扱いしても許される人物になったぞ」
「......はぁ。下僕とか邪魔」
「......へっ??」
「王女様を邪魔扱いか。それはどうしてだ?」
リゼットの反応を見た、フェルナンドはため息と共に不満がこぼれる。
その不満に、コーラルは理由を聞く。
「あ? そんなもん。王女様がトラブルの塊だからだよ」
「ほう、例えば?」
「他の王族と騎士達による報復の可能性。それと、王女様を下僕から解放しろと騒ぐ奴らが出た時の対処が面倒臭い」
リゼットに指を差しながら、下僕にした時に起きうる可能性を思いつく限り話す。
「それに、弱い王女様がいると金稼ぎの邪魔だからいらん」
「なっ!?」
「それが本音か」
「ああ」
冒険者として、金稼ぎをしているフェルナンドにとって本当に必要ないのか、リゼットに向かって手で追い払う仕草をする。
その理由と仕草にリゼットは反論しようとしたが、フェルナンドはそれを無視し訓練場の出口に向かって歩く。
こうして、二人の決闘は終わった。
二度と関わる気が起きないように、不快な気分にさせた。
今後、学園内ですれ違ったとしても、お互い無視する程度の関係で終わるだろう。
フェルナンドは、そうなると思っていた。
「待ちなさい!!」
「……何?」
リゼットは、出入り口に向かって歩いているフェルナンドに近付くと腕を掴む。
腕を掴まれたフェルナンドは、リゼットに視線を向ける。
「先程の言葉、取り消しなさい」
その視線の先には、不機嫌な顔で睨んでいた。
「黙って聞いていれば、金稼ぎの邪魔だから必要無いですって!? だったら」
「……だったら?」
「私でも金稼ぎ出来るという所を、証明してやります」
どうやら、相当な負けず嫌いだった。